第184話 代表戦3

 私の名前はエクス。モンブラット王国軍の部隊長を務めている。五つある部隊に五人の隊長。全員が全員、自他共に認める実力者揃い。

 それというのも、王女で勇者でもあるスピシー様が、凶悪な魔王軍に対抗するため、身分や経歴問わず、ご自身の手で再編されたからだ。


 かくいう私も、数年前は自身がそのような役職に就くなど夢にも思っていなかった。諦めていたというよりは、考えもしなかった。

 どこへ行っても結局、身分の壁というものは大きい。最たる例である貴族。その貴族の存在や役目は、国にとっては重要で必要なのだ。特に、王国のような大きな国ならば余計に。否定しているわけではなく、そういうものなのだ。


 少しグレーな仕事に手を染めつつも、片田舎の冒険者ギルドでその日その日を生きられるだけの金を稼ぎ、日々の生活を送っていた私。

 腕に自信はあった。私ほどの強者は、この世界に存在しないだろう。帝国の闘技大会だって、出場すれば間違いなく優勝できる。そんなことすら思っていた。


「ここからでは、距離があるしな。残念だ」


 言い訳だった。今にして思えば、私は広い世界を見るのが怖かっただけなのだ。自身の力が認められる狭い世界で、粋がっていただけ。何も捨てる覚悟のない、ただの臆病者だった。

 街に帰れば、頼られる存在、尊敬される存在。一時の感情は、それで満たされはするものの、一人になった途端に感じる虚無感、虚脱感。私は、どこかで苛立ちを感じていた。不安だったのかもしれない。


 その日も、私は出かけていた。出没情報のあった野党の討伐。隠れ家については目星がついていた。ギルドに報告はせず、一人で向かった。野党の集めた盗品等を、全て自分のものにするためだ。このあたりが、先程言っていたグレーな仕事に当たる。


「あなた、結構強いみたいね。どう? 私に仕えてみる気はない?」


 なんなく野党共は捻り潰していた。報告はしなくとも、街が一つ平和になったことには変わりない。私は良いことをしたのだ。そんな言い訳のようなものを、自身に言い聞かせつつ、盗品を漁っていた。

 女の声が聞こえた。


「――なるほど。しかし私は、誰にも仕える気はない。どうせ……」

「あなたの強さが本物なら、煩わしい手順なんて無視して上へ取り立ててあげることも可能よ。あなたの強さが、本物ならね」


 上へ? その女は王女だった。勇者だった。燻っていた私にとって、その女の言葉は、その時の私には最も望んでいた言葉だったのかもしれない。


「仮に、あなたが勇者だとしましょう。ですが、王でも、王子でもないあなたに、そのような権限がおありなのでしょうか?」

「お父様も、お兄様も、私の言うことには首を横に振らない。それがとてつもなく、バカな考えでなければね。魔王軍の脅威は、皆日に日に実感しているはず。今回は大丈夫ね」

「ああ。お前ってやっぱり、家でもそんななのか。道理でそんな性格――」

「荷物持ちは黙ってなさい! あなたには、あとでたっぷりとお仕置きをしてあげる」


 女の言葉を聞き、逃げようとした男が、他にいた二人の女に捕まっていた。何であんなことを言ったのよ。今逃げたらもっと酷いことになるよ。と、叱られているのを横目に、私は話を続ける。

 ちなみにこれが、棘の抜ける前のスピシー様。個人的には、私はこのスピシー様のほうが好きだった。


「では王女様。私の力、どのようにして確かめるおつもりですか?」

「ん~。そうね。まずはエン――」

「腹が、それにあばらも何本か。うう」

「そのまま死ね。……はあ。光栄に思いなさい。私が直接、相手になってあげるわ」

「そこの男、光栄に思えよ? 今から、このきつい女が相手してやるからな」

「死ね」


 こうして、私と女は衝突した。遊びのつもりだった。本気で信じてはいなかった。小娘の戯言に少し付き合ってやろう。その程度だった。


「レティ。傷の治療をお願い。あと、この人にも」


 負けたのは、私だった。


「うん。思っていたより、相当優秀ね」


 これが、勇者。そして、これが私の知らなかった……。


「どう? 私に仕える気はない?」


 女は少しだけ微笑み、もう一度先の言葉を繰り返していた。


「はい。この命、尽きるまで」


 世界は、広いな。不思議と、悔しさや喪失感はなかった。心の奥底にはあったのかもしれないが、どちらかといえば、自身の力を認められた嬉しさの方が大きかった。

 たった一度。たった一度の戦闘だ。それでも、スピシー様は私の全てを壊し、新たな世界を示してくれた。この日この時この瞬間、新たな人生を歩みだした。そんな風に感じられた。

 私は、この気高くお美しい王女様に、付き従うことを決めたのだ。


「出世に身分は関係ない。そうおっしゃいましたね」

「ええ。私の作る部隊では、の話だけど」

「では、もう一つ。私は、あなた様に惚れました。恋にも身分は……いえ、私に可能性はありますか?」


 目を丸くして固まっていたスピシー様は、微小を携え言いました。


「そうねぇ。五年後」

「五年後?」

「五年の間に、あなたが王国で誰よりも強い力を身につけること。そして、その時に、私に好きな人がいなければ、考えてあげる」


 ほとんど芽のない、事実上のお断り。それでも、否定はされなかった。可能性は、ゼロではなかった。


「お任せ下さい。必ずやあなたの心にまで、私という男、届かせましょう」

「ふふ。頑張って」


 月日は過ぎていった。スピシー様の言った通り、完全に実力主義の世界で、私は上へと登っていく。

 私が順調に階段を駆け上がる中、ある日を堺にスピシー様は変わられてしまった。覇気のなくなったスピシー様。理由は分からなかったが、見ていられないほどの痛々しいお姿。幻滅なんてしなかった。私はすでに、スピシー様の虜だったからだ。

 さらに自分を鍛え上げた。私を救ってくれたスピシー様を、今度は私が救ってみせる、と。


 しかし、私が救いの手を差し伸べる必要もなく、スピシー様はまた少し変わられた。それは私が、今の役職である隊長にまで、上り詰めた時のことだった。


「ふふ。どこで何をやっているのかしら。あいつ」


 スピシー様は元気を取り戻しておられました。良い変化だと、皆は言っていた。慕う者達もさらに増えた。今更気づいたのか、といいたかった。スピシー様が元気になったことは、私にとっても素直に喜ばしいことではあった。それほど、スピシー様は心を病んでおられたのだ。

 しかし同時に、焦りにも似た感情が私を渦巻いていた。理由はすぐに判明した。スピシー様を、変えた奴がいる。私ではなく、他の誰かの手によって、スピシー様は変わってしまった。暗雲は吹き払われた。


 別に、スピシー様を手篭めにしたかったわけではない。スピシー様の幸せが、私の幸せ。そう言えば聞こえはいいが、そこまでは言えないか。似た感情も持ち合わせていたが、やはり悔しい部分もあった。私だって、一人の男なのだ。

 王? 王子? それなら納得もした。同じ勇者である、メルト様やレティ様? 彼女たちであれば、どんなによかっただろう。だが、淡い希望は打ち砕かれるもの。スピシー様には、男の影がちらついていた。


「エクス。あなたの腕を見込んで、お願いがあるの」

「は! なんでしょう」

「エンジという男について、情報を集めてきてちょうだい。極秘。極秘任務よ、これは」


 私を頼ってこられたことは非常に嬉しい。しかしそれよりも、私には聞かずにいられないことがあった。


「その男は、スピシー様にとって、どういった……」

「恋人。いえ、夫です」

「は?」


 今はまだ、ぎりぎりのところで踏ん張った。もうほとんど駄目な気もするが、認めるわけにはいかない。だが、五年を待たずして、私の恋は儚く散ろうとしていた。


 エンジって誰だぁぁぁぁ!



 ……。



 代表戦三日目。三対三の市街地戦。戦いは、すでに始まっていた。


「へえ。やるね、君」

「せやろ? 名高いA級冒険者とは、ワイにぴったりの言葉やで。ほんま」

「ん?」


 市街地へ入った瞬間、凄まじい量の魔法の雨が私たちを襲った。敵の奇襲だった。私は、少し負傷してしまっていた。


 極秘任務に出ていた私へ、招集の通知が届いたのはつい先日のこと。目を疑った。憤りを覚えた。同行した隊長達は、何をしていたのか。私が一緒だったならば、スピシー様を人質にとられるような真似、絶対にさせなかったのに。

 二部隊が、スピシー様に同行していた。彼らは、おそらく死んでしまった。死んだ者の悪口を言いたくはなかったが、心の中ではどうしても考えてしまった。


「あれ? 来ていたんだ? そんな外套で姿を隠してまで、何のつもりだい?」

「いや、なんかびっくりさせたろ思うてな。ボスとモンブラットからの依頼が、同じタイミングやったから……」

「わざわざ、それはどうも。びっくりしたよ」

「なんで一緒に戦うのがお前やねん! 反応おもんな!」


 こいつらにしたってそうだ。到底戦いには向いていなさそうな、華奢な体のシャッフルという男と、謎のA級冒険者。一緒に戦うことが決まった時、私は鼻で笑っていた。こんな奴らと? 真剣に勝つ気はあるのか? と。

 だが、実際はどうだ。敵の奇襲に即座に対応した二人に対して、俺は負傷してしまうという体たらく。今も、冒険者の男が展開した特大の魔力盾の中で、体を休めている最中だ。なんと不甲斐ない。

 油断が招いた結果。実際に強くなりはしたのだが、自身を過大評価しすぎていた。焦りもあった。スピシー様をなんとしてでも助けたいという想いと、極秘任務の男の件。私は、いつぞやと同じ過ちを繰り返している。


「さて、ぼちぼちと反撃といこう。アーメイラ、魔力は平気かい?」

「誰に言っとんねん。あないな盾、百でも二百でも展開したるわ」

「そうなんだ。じゃあ、僕の前にも常に出しておいてくれると助かる。怪我するのも嫌だし」

「あほか。冗談の分からんやつやなぁ。まあでも、鬼姫を出すくらいの余裕はあるし、後ろにいるエクスとかいう兄ちゃんくらいなら」

「いらぬ!」


 魔法の雨が止むと同時に、私は二人の前に飛び出した。二人の力を信用していなかったわけではない。同じ過ちを繰り返さないと決めた。どうやら魔術師である二人のため、私が前衛を受け持つことにしたのだ。足手まといには、なりたくなかった。


 絶対に、私がスピシー様を助ける。命を賭してでも助ける。私の命は、スピシー様のためにあるのだ。


「ふう。なんとかなったね」

「兄ちゃん、決めろや!」


 そして、もう一つ。


「うおお! エンジって誰だぁぁぁぁ!」


 最後に残った魔族を、私は一刀両断に切り伏せた。


「やるやんけ!」

「容易い!」


 簡単でないことは分かっている。その道を進むということは、こんな魔族を切ることよりも難しい。だが、私はまだ諦めてはいない。諦めるものか。私の想いだって、そう容易いものではない。


 ……。


 スピシー様が解放された。どちらかだろうとは思っていたが、順当と言えば順当。戦力としては数えられない王が、先に解放されるかとも思っていたが、ここはバルムクーヘン。バルムクーヘンの王は、後回しにされたようだ。


 敵側からすれば、勇者を解放するのはそれなりに危険を伴うはずだが、ふらふらと歩いてきたスピシー様をみて、なるほどと思う。例え解放されたとしても、スピシー様はしばらく戦えまい。

 最終的にどう動くつもりなのか、それは分からないが、一つ分かるのは新魔王とやらの傷が、癒えるほうが早いということ。複数戦を、続けてくるとは思わなかった。

 人質が、全員解放されるなんてことにはならないはず。この先、私達もただ戦って勝つだけでは、道は拓けないだろう。


「あ……エクス?」

「スピシー様!」


 何はともあれ、スピシー様は無事に解放された。今の私にとっては、それが何よりも喜ばしい。


「エクス。助けにきて、くれたのね」

「ええ! ええ!」


 私はスピシー様に駆け寄っていく。ああ、良かった。本当に良かった。


「そういえば、さっき彼が漏らした、エンジ君は今ね」

「エンジ? ああ、あのすっとこどっこいか。来てんのか?」

「いや、それが。彼はね――」

「エンジ!?」


 突然、目を見開いたスピシー様が、私の差し出した手をとるかどうか、というところで、隣で何事かを喋っていた二人の男の方へ、走っていってしまった。


「ねえ、あなたたち。今、エンジって言った? って、あなた! 確か、前にエンジと一緒にいた……」

「せや。ワイはアーメ……いや、ラズベリーの方がわかりやすいか。今まで捕まってた相手に言うのも変やけど、元気にしとったか? 姫さん」

「エンジ! エンジも来ているの!?」

「なんや~? 二言目にはエンジ、エンジて。もしかして姫さん、あいつのこれかいな?」


 冒険者の男が、によによとした憎たらしい顔をして、小指を立てる。


「そうよ!」


 即答だった。


「ほ~。これはまた、おもろいこと聞いたで。帰ったら言いふらしたろ!」

「やめてあげなよ……」

「それとな~く、広めておいてね。王女には、エン何とかっていう秘密の恋人がいるって」

「お? 名前は全部明かさん作戦やな? 信憑性が増して、ええかもな!」

「やめてあげなよ……多分彼は」

「うるさい! 憂さ晴らしや憂さ晴らし。ワイがこんな気持ちになったのは、お前のせいでもあるんやで!?」

「はあ、そうかい」


 男たちとの会話を見守っていた私は、心の中で咆哮した。

 だから、エンジって誰だぁぁぁぁ!?


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