第180話 雨が降る前

 順調だった。俺と、ネコと、クレイト。愉快な構成で出発した魔導兵器破壊組の三人は、モンブラット領にある魔導兵器を停止させ、次の目的地であるミルフェール領へ向かっていた。


「ああ、エンジ」

「何だ」

「いえ、何でも。……ああ、エンジ。ああ」

「何だ!」

「いえ、何でも……ああ」


 隣を歩くクレイトは、溜息を吐き続けていた。

 先程は、魔導兵器を停止させ、と言ったが、実は少し違う。開発者であるクレイトが魔導兵器を停止させたあと、念のために俺が魔法で粉々に破壊したのだ。

 その光景を見て、膝をついて崩れ落ちていたクレイト。こいつが頭を悩ませている理由は、間違いなくそのことだと思うが、面倒くさそうなので、俺はその件には触れず、先へ進む。


「お前さ」

「うん?」

「前に、鳥が嫌いって言ってただろ? 何で?」

「嫌い!」


 ちらちらと、構って欲しそうな顔を向けるクレイトは無視し、俺はネコに話しかけていた。

 しかしそのネコも、理由を聞いているはずなのに、きらいの三文字しか返してこない。少し呆れつつも、今のクレイトに話しかけるよりはと、俺はネコと会話を続けた。


「お前なら見たことあるかもしれないが、俺の側に、大きくてぶさいくな鳥が、たまにいるだろ?」

「フェニクス?」

「そうそう。あいつの体に依頼文書をくっつけるの、やめてくれないか? 結構見落とすんだよ、あれ」


 見落としたふりを、しているときもあるけどな。それはまた、別の話。


「わざとじゃない」


 エンジの枕元に置いているはずなのに、いつの間にかあの鳥に……と、続けるネコ。

 そうだったのか。じゃあ全部フェニクスが悪いな、と俺が呟いていると、ネコは隣でコクコク頷いていた。


「直接渡してくれれば、それで解決するような気もするけどな……報酬も含めて。まあ、何だ。鳥が嫌いだって言っていたが、あいつのことは気に入っているのかと思ってな」

「え?」


 今度は、ぶんぶんと首を左右に振るネコ。あいつは別に、食用ではないけど? と、俺が言うと。


「丸焼きがいい!」


 と、ネコは言った。どっちなの? それは、食べたいってこと? それとも、食べたくはないけど、丸焼きにはしたいってこと?

 なんと残酷。なんという鳥嫌い。これはもう、好き嫌いって話ではないな。


 そう思いつつも、そんな話を聞いた俺が、やるべきことは一つだ。あらかじめ言っておくが、それは親切心からくる行動、微妙に噛み合っていない旅仲間の団結力を深めるため、理由は様々だが、そういうものだ。


 途中に寄った街での昼食、適当になにか買ってくる! と言って、飛び出した俺がネコのために用意したものは、焼き鳥だった。

 一応、アレルギー等のことも考え、別の肉も用意はしていたのだが、ネコがどんな反応をするか楽しみ……ではなく、美味しいものを食べて幸せになってほしいという思いから、俺は満面の笑みで、ネコに近付いていった。


「ほらネコ! 焼き鳥だぞ! あ~ん」

「エン、え? あえっ?」


 困惑するのが、見て取れる。ネコはそわそわと落ち着かない様子だった。

 それを確認した俺は、目を細め、もう一度優しい笑顔を作り出す。しかし、その後。


「……にゃうう。あむっ!」


 俺の予想とは異なる、ネコの行動。ネコは、俺が差し出す焼き鳥にかぶりついていた。――あ? あれ?

 すでに笑顔は消え、肉が一つかじり取られた串をじっと見つめる俺の前で、美味しそうな顔で、鳥肉を咀嚼するネコ。

 ネコは、鳥が嫌いだと嘘を言っていたのだ。理由は、分からない。


「エンジ。私も、お腹が空きました。あ~ん」

「ちゃんと、お前の分もある。勝手に食ってろ」

「この、態度の変わりよう……興味深い」


 そんな不可解な一件がありつつも、遂に辿り着いたミルフェール領のとある街。基本的に、魔導兵器は人の目につく場所にはないが、その一番近くにある街だ。


「あちらの方角に大樹が見えるでしょう? あの大樹の根に、隠してありますね」

「お前ら、本当やりたい放題だな」


 雲まで届きそうな大きさの、神秘的で偉大な大樹が街からも見えていた。

 大樹の根は、地面を突き破り、外にも出てきているのだが、クレイトが言うには、その大きな根の一つを削り取った中に、魔導兵器を隠しているらしい。


 確かに、人が寄り付かない雰囲気はある。実際、後から街の人に聞いた話では、この辺りでは神木として崇められているそうだ。

 隠し場所としては最適。仮に、あの場所から何かが撃ち出されたとしても、人々に影響はないだろうし、もしかしたら、大樹に住んでいた妖精でも飛び出したのかなと思ってしまうくらいには、驚異的な場所だ。しかし、一つ言わせてもらおう。何て、罰当たりな……。


 とにもかくにも、すでに日が沈みかけているのを見た俺達は、今日のところは街で宿を取ることを決め、街中をふらふらと歩いていた。すると。


「あのぉ……」


 突然、俺達に話しかけてくる女がいた。一言で言うなら、胸の大きな美女。

 歩く、喋る、息を吐く。どんな動作をするにせよ、揺れる、弾む、震えてしまう。その部位に、大して興味のない男がいたとしても、一度は目が奪われるであろう、そんな威圧感を放っていた。

 俺は彼女を見た途端に、全てを理解していた。彼女は、あの大樹の妖精。きっと、罰当たりな俺達に、文句を言いにでもきたのだ。


「すみません、妖精さん。明日には破壊しようと思っていますので、今日のところは勘弁してください」

「え? はい。……あ、え? 妖精? 破壊?」


 俺は、怒られる前に、先に謝っておいた。こういうのは、先に謝られると、怒りをぶつけにくくなるからだ。


「エンジ、お知り合いですか?」

「いや、知り合いではない。彼女は、あの大樹の妖精だ」

「なんと! 妖精さん、根の端の方お借りしています」


 クレイトが尋ねてきたので、説明をしてやる。しかし、そのクレイトは失礼にも、妖精さんに対して、ありがとうとお礼を言っていた。お借りしています、じゃねえよ。完全に無断借用だろうが。全く。――ね? 妖精さん。


「あの、大樹という言葉が聞こえてきましたので、お声をかけさせていただいのですが、先程から何を言って……」


 やはり、大樹の件。俺は、ほとんど確信を持って、答える。


「あなたは、大樹の妖精さんなのでしょう?」


 あれほどの偉大な木だ。豊かな栄養が、そこにはあるみたいですね。ひと目で分かりました。――ね? 胸の大きい妖精さん。


「いえ、全く違いますが」


 違ったみたいだ。


 ……。


「ぽよんぽよん~、ばるんばるん~、飛び込んでゆきたい~」

「あの、エンジ。なんですか? それは?」

「あん? 豊穣の歌だ。お前は、この奇跡とも言える二つの素晴らしい果実を目の前にして、何も思わないのか?」

「もう、エンジさんったら」


 俺達は、大樹まで同行したいと言ったウェルという名前の女性と、街にある飲食店で、夕食を共にしていた。

 何でも、大樹に向かうまでの道には魔物が多いらしく、一人で行くことができず、困っていたのだと言う。


「それ、食べていいってこと? テーブルの上にのってるってことは、食べていいんだよね? うひょう!」

「ダメ。エンジ、酔ってる?」


 座った時に邪魔になるのか、それとも疲れてしまったのか、ウェルの胸が食卓にのっていたので、俺はいただきま~すと腕を伸ばす。が、隣に座っていたネコに、その腕を引っかかれていた。

 少しぼーっとしていたウェルも、そこでやっと俺がやろうとしていたことに気が付くと、身を引き、その豊満な胸を抱きしめるように、腕で隠した。


「エンジさん? さすがにそれは、駄目ですよ? め!」


 心の広いウェルは、俺のセクハラにも、笑顔で返してくれた。それにどこか、満更でもない雰囲気。つつくくらいであれば、ウェルは許してくれたのではないだろうか。――ネコめ、いいところで邪魔をしやがって。


「いてて。自分にはないものだからって、僻むなよネコ」

「ある」

「いや、ウェルと比べるとないようなものだろ」

「ある。ちょっと、ある」

「ないない……あ、そうだ。ちょっと待っていろ。今、注文してやる」

「うん?」


 俺は、席と席の間を歩いていた、店のお姉さんに、声をかける。


「すみません。先程、こちらの女性が注文していたものを、もう一つ」

「あ、はい。えっと、なんでしたっけ?」

「大きくて、柔らかそうなものが二つ、のっていました」

「う~ん。そんな料理、うちにあったかなぁ……」

「あ、そうなの? じゃあごめん。確かに一度は見たと思ったんだけど、勘違いだったみたい。酒が回ってきたのかな? はは。やっぱり、注文はなしで」


 お姉さんが行った後、俺はネコの方を向き、口を開いた。


「ネコ、残念だったな。注文できないってよ」

「嫌い!」


 ネコをからかい、笑う俺。完全に、酔っ払いのおっさんだ。その後も、無駄に元気な俺が騒いでいると、ウェルが席を立った。


「では、遅くなってまいりましたので、私はそろそろ帰ります。皆さん、明日はよろしくお願いしますね」

「ああ。街の入口で待っている。おやすみ」


 小さく頭を下げ、店内から出ていくウェルを見送ると、俺は、むすっとしていた表情のネコに話しかける。


「悪い悪い、からかいすぎたな」

「エンジ、嫌い」

「謝るからさ、機嫌直してくれ。ネコに、頼みがあるんだ」


 猫の手も借りたい状況なんだ、と言うのはやめておいた。伝わらないだろうし、そんな状況でもないしな。

 口を尖らせていたネコだが、俺が真剣な表情をしているのを見ると、その口元を緩める。


「なに?」

「ウェルの後を追ってくれ。少し、気になることがある。深追いはしなくていい」


 俺の言葉を聞き、ネコは目を細める。

 しばらく俺の顔を見ていたネコは、分かったと言い、席から立ち上がると、少しだけ嬉しそうな表情をして、口を開いた。


「酔っ払っていたのって、ふり?」

「まあ、そんなとこ。あまり意味はなかったけどな」

「そっか。じゃあ、許してあげる」


 頼んだぞ、と俺が言うとネコは一つ頷き、ウェルのあとを追っていった。


「重要な仕事中に、なぜ同行者なんかをと思っていましたが、何か理由があるのですね?」

「おっぱいが、非常に大きかっただろ?」

「へ?」


 俺は小さく息を吐くと、胸の大きさは関係ない、それは冗談だ、と前置きをしたあと、クレイトに説明を始めた。


「今はまだ、気になるって程度だけどな。偶然を装っていたが、あいつは多分、最初から俺たちに話しかけるつもりだった」


 そう。俺たちに話しかけてくる前に、あいつが俺たちの様子を伺っていたのを、俺は見ている。なぜなら、一際注意を引くものを、彼女はもっていたからだ。

 それに、突然話しかけてきたこともそうだが、あの女はどこか変だ。どこがと言われると、分からない。時折、どこか上の空で考え事をしているような気配もあるが、それが関係しているかどうかも、分からない。

 ただ、今回は失敗の許されない大仕事。警戒しておいて損はない。と、俺は考えたのだ。


「彼女が、ですか。確かに、彼女には不可解な点がありますが……」

「ああ、それも分かっている」


 考え込むクレイトに、同意する。まあでも、お前が今疑問に思っているその点に関しては、答えてやれるかもしれない。俺は、続けて言う。


「詳細は省くが、俺達が今こうして会話できているのは、音という振動を相手に届けられているからだ」

「ふむ。興味深いですね……続けて」

「揺れる。それは、物体が高い位置から低い位置へと移動すること、つまりは、そこに位置エネルギーというものがある……かもしれない。同様に、物体の運動に伴う、運動エネルギーと呼ばれるもの。そして、それらの力が関係する、振動エネルギー」

「むむ! ちょっと待ってください。初めて聞く言葉も多いですが、頭の良い私には、何となく分かってきました。ということは、あの威圧感の正体も?」

「ああ。例えば、ネコなんかには到底真似することのできない、あの素晴らしき場所で作られた力強いエネルギーが、俺達の目に飛び込んできている……かもしれない」

「なるほど。視線が吸い寄せられるのは、その辺りに答えがあるのではと、エンジは考えているのですね?」


 もしかしたら、いや、そうでなければおかしい。俺は真面目な顔をして、頷いた。


「大きな乳からは、振動エネルギーが飛び出している……か。勉強になります」


 うむ。飲み込みが早くて助かる。

 だが、それとは別にすまない。いい加減な知識を、それらしく並び立てただけなのだ。しかし、ここまで言ってしまうと、もう後には退けない。

 たらりと一筋の冷や汗をかきつつも、俺はもう一度、頷いた。


「いや、エンジと話すのは楽しいですねぇ。あなたの知識は、非常に興味深い」

「そうだろ?」


 なんというくだらない話を、俺達は真剣に話しているのか。俺は、今も頑張っているはずのネコを憂い、目を瞑った。





 =====





 私は、ウェルという乳でか女を追いかけつつも、再認識する。

 やはり、エンジは頼りになる。ふざけてばかりいると思っていたら、頭では、しっかりと思考を巡らせていた。


 うん。そうだよ。そうだった。エンジは、やるときにはやってくれる。今までだって、何度か見てきたじゃない。

 私の頭の中で、嫌らしい顔をしていたエンジが、先程見せた真剣な表情に変わり、私の体は少し熱を帯びた。


「にゃうう」


 だめだめ。今は仕事に集中しなければ。

 偶然にも手に入れた、エンジとの時間。色白メガネ博士は気になるが、邪魔になるというタイプでもない。エンジは、私を頼ってくれているのだ。アホ鳥や、憎たらしい金髪がいない間に、点数を稼いでおかないと……。


「――を? さ、さすがに……それは」


 声が、聞こえてきた。角を曲がった先だ。

 私は、念のため猫に変身し、その角から顔を出す。


「できないなら、どうなるか分かっているよね? 苦しむのは、君だけではないのだよ?」

「それは……ですが」


 にゃ!? その光景を見て驚いてしまったが、猫の姿なので声には出なかった。出ていたとしても、唸り声のようなものだけ。

 私の前で話していたのは、乳でか女ウェルと、魔族の男。すでに話は終わったのか、内容は聞き取れなかったが、魔族とあの女が関わっていたなんて。


「大丈夫。僕は嘘をつかない。やってくれるね?」

「はい。……マッド、様」


 私の目の前で、二人は別れた。魔族の男とウェル、どちらを追おうか迷ったが、迷っているうち、走ってきたウェルに踏んづけられそうになり、私は横に跳んだ。

 顔を上げた時には、魔族の男はいなくなっていた。


 マッドという名前の魔族に、魔族とつながっていたウェルという乳でか悪女。少し気になると言っていたけど、こんな危険を察知するなんて、エンジは凄いの!

 エンジがこの時、まさか乳の話をしているとは知らない私は、たくさん褒めてもらうため、エンジの元へ走った。


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