第179話 代表戦1

「代表戦、か。出場者は、もう決まったのか?」

「はい。王国軍の中から、腕の立つ者三名、あとは、名高いA級冒険者を二名ほど、選抜致しました」

「そうか、助かる。残りの五名は……ライトフェザーが連れてきてくれるのだったな?」

「ええ。そのはずです。しかし……」


 協力の申し出自体は、非常にありがたいのですが、と前置きをした上で、今回の非常に強力な魔族と戦えるような者を、あの国から五名も出せるのか、と男は不安を露わにした。


「そうだが、仕方ない。今回ばかりは、彼らに期待するしか……」

「はい」


 新魔王軍によるバルムクーヘン国強襲で、王国軍は現在、人員不足だ。停戦中とは言え、仮にも魔族の王である魔王との会談。力のある者が、国王、そして勇者と共に出かけていたのだ。

 しかしおそらく、彼らは、もう……。魔族に捕らえられている人質は、魔王に国王、勇者のみ。現状、生死は不明とは言え、魔族がそれ以外の名前を挙げなかった以上、望みは薄い。

 勇者ほどではないにしろ、相当な腕前を持つ者達。数の差はあっただろうが、彼らほどの力を持つ者たちを、倒すことのできる相手。不安に思うのも、仕方がない。


「その時は、私が戦えばいいさ」

「そ、それは!」

「なーに。私だってそこそこやれる自信はある。闘技大会での私の活躍、お前も見ていたであろう?」

「推薦枠で出場し、一度勝っただけではないですか! 正直、微妙なところでは!?」

「あ、あれは相手が悪かったのだ! まさか、対戦相手にも守護天使がついているとは……止めてくれるな。私の大切な妹が、人質に取られているのだぞ。兄として見過ごせるか!」

「シビル殿下……」

「作戦の指揮は取るが、私は明日、王子ではなくなる」

「で、では?」

「天使の、兄だ」

「ええ? 王子も兄も、両方というわけにはいきませんか?」

「できぬぅ!」


 問答をかわしつつも、シビルは考えていた。

 ライトフェザー。魔族領から帰った後、国王である父から聞かされた話。王国軍と魔王軍の停戦、間を取り持ったのは彼の国だという。

 辺境の地で、のんびりとやっている国かと思いきや、実情は、どうやら違うらしい。彼の国は、王国に魔王軍、さらには帝国辺りにも、なんらかの根を張っているかもしれない、とのこと。

 調べだすと、何とも怪しい噂がぽつぽつと出てきたが、敵というわけではない。それらの話も、味方であるというのなら、むしろ頼もしい。期待はできる……はずだ。


「あなたは兄で王子なのです! それで良いではありませんか!」

「ええい! うるさい! 私は、出るったら出る! ……お?」


 コンコンと、扉をノックする音の後、一人の兵士が室内に入ってきた。後ろには、車椅子に座った男を中心に、五名の男女。


「お前たちは」

「やっほ~、シビル殿下。僕達、ライトフェザーだよ~」


 初対面だと言うのに、一国の王子に対して、何という失礼な態度。しかし、シビルはそれを叱責することはなかった。

 現れた者達の中にいた、一人の見知った顔を見つけると、座っていた椅子から立ち上がり、ニヤリと笑う。


「よく来てくれた。歓迎しよう。しかしこれは、嬉しい誤算だ。君が、いるということは……終身名誉天使使い、愛のブルーベリー君も、ここへ?」


 その言葉を聞き、車椅子の男が、心当たりはあるか? といった具合に、自身の周りにいる者達を見渡す。が、全員、大きく首を横に振っていた。


 ……。


 代表戦が始まる。


 新魔王軍が提示してきた参加人数は十名。時間も、戦闘を行う場所も相手が決めるが、参加者だけは、自分達で決めることができる。

 勝てば、人質を解放していくとのことだが、負けた場合の話は、聞かされていない。新魔王の傷が癒えるまでの時間稼ぎだとすれば、簡単に人質を殺されるようなことはないと思いたいが、実際はどうなるか分からないのだ。つまり、負けは許されない。


「モンブラット王国、第二部隊隊長のエクスという。皆、今回はよろしく頼む」


 あごひげを蓄えた男が、口を開く。


「さて、誰が行く?」


 一戦目の内容は、すでに伝えられていた。

 時刻は正午。形式は一対一で、場所はバルムクーヘン国城下町噴水広場。中心に大きな噴水があるだけの、特にこれといって障害物もない、広い空間だ。

 全てが受け身、魔族に言われるがままという状況は気持ち悪いが、人質を取られてしまっている以上、今は相手に合わせるしかない。


「ライトフェザー、カイルだ。それを決める前に……わざわざ、一対一と言ってきたってことは、複数人同士の戦闘もあるってことか?」

「同じくライトフェザー、皆の優しいお姉さん、ギアラ。そうだな。そう、思っておいた方がいいだろう。私は、単体でも、複数が相手でも、どちらでも構わない」


 カイルが問いかけ、ギアラが答えた。相槌をうつ者や、無口な者、集まった十人は様々な反応を見せるが、特に異論はないのか、全員が全員、ギアラの言葉に頷く。


「それなら、どうする? 今回はタイマンって話だが、一人でも勝てる自信があるやつ、もしくは、誰かと一緒に戦うのが苦手ってやつがいくか?」


 カイルの提言に、すっと手を上げる者が二人。苦しそうな表情で鼻水を垂らす女と、腕を組み、ここまで黙って話を聞いていた男だ。


「ずず。あ、冒険者のマスクと言います。自信があるわけでも、誰かと一緒が嫌ってわけでもないのですが。ずず。今日は、体の調子がいい方でして……ゴホ、ゴホ」


 自信は持ってほしい。だがその前に、どう見ても体調は悪そうだが? と、その場にいる全員が、訝しげな目をマスクに向ける。

 誰も何も言わず、皆の視線は自然と、男の方に移った。


「ライトフェザー、シャッフル。魔術師。理由は、これといってない。他に行きたい人がいればかわるよ?」

「あ、じゃあ、やっぱり私ですかね? うえぇ! ゲホ、ゴホ」

「……どうしましょう? 王子?」


 その場の状況を見守っていたシビルに、話が振られる。元々、総指揮をとっているのはシビルだが、参加者同士で決めたことならそれでいい。そう、思っていたシビルは、一度、隣にいる人物を見た。


「初陣だ。この先も、絶対に負けられない戦いではあるのだが、確実に勝っておきたい。誰が適任かな?」


 その人物は、一つ頷くと、口を開いた。


「はい。参謀のエクレトです。やあやあ皆様、今日はお日柄もよく、絶好の戦い日和――」

「うるせえ。早く決めろ」

「主。空気を読んでください」

「はは、ボスは相変わらずだね」

「……傷ついたよ? 僕の心? 皆の緊張を、ほぐしてあげようと思っただけなのに」


 冷たい部下ばかりで嫌になっちゃうなと、エクレトは呟いたあと、顔を上げた。


「そうだねぇ。立候補してもらったところ悪いけど、体調の悪そうなゲホゴホ鼻水ちゃんと、シャッフル君は待機」

「あ、私のこれは本当に、体調がいい時でこんなものでして――」

「……ギアラ。君がいけ」

「私、ですか?」


 口角を上げ、鋭い視線をギアラに投げかけるエクレト。

 ギアラは、その視線をしばらく受け止めたあと、目を瞑り、頷いた。


「相手が何をしてくるか分からない以上、初戦は君が適任だろう。仮に、罠を用意されていようとも、待ち構えている敵の数が多くても、君なら問題はないだろ?」

「分かりました」


 期待に、答えるとしよう。ギアラはそれだけを言うと、今は誰もいない、バルムクーヘン国の門に向かって歩いていった。そして……。


 ……。


 正午過ぎ、ギアラが門に現れた。傷一つなく、背筋を伸ばし、颯爽と歩くその隣には、恰幅のいい男が一人。

 兵士達が男を迎えに走る一方で、ギアラは代表戦参加者の元まで歩き、言った。


「まずは、一勝だ」


 ギアラは、もっと盛り上がるものと、内心期待していたのだが、お疲れ様、やるなぁと、言葉をかけてはくれるものの、皆からは淡白な反応。中には、苦笑いをしている者までいた。

 その反応に、眉を寄せるギアラ。少し離れたところでは、街の方向を見ていた一人の兵士が息を飲み、呟いていた。


「すげえ……」


 街の中心辺り、家々の屋根よりも高い位置まで伸びた氷の塊。その氷山のような氷塊の中では、目を大きく見開いた魔族が、氷漬けになっていた。


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