第178話 遅い雨

 対魔導兵器用、魔導兵器。クレイトは、そんな言葉を皮切りに、語りだした。

 クレイトがツウルの兄だったということもあり、何となく、それがどういうものか分かった俺は、呆れた表情でその話を聞いていた。

 まさに想像通り。魔法都市にある、マジックファクトリーと言われる大きな建物。あれは、建物全体が一つの兵器となっていたのだが、似たようなものが、三つ、王国領にあるらしい。……三つもだ。


 さすがに、大きさはマジックファクトリーよりも数段小さいのだが、そもそも、そんなものを作った理由が、近い未来、マジックファクトリーが悪用されることを、エクレトに教えてもらったクレイトがそれを防ぐため、撃ち出された魔力の塊を宙で相殺するために、という話なので、威力は十分あるそうだ。

 結局、魔法都市での一件は、俺達が解決したので使われなかったらしいが、仮に、そのまま撃ち出されていたとしても、王国に被害は出なかったのだという。ただその場合、各国に魔導兵器の存在が明るみになってしまっただろう、とのことで、一応俺達がやったことに、意味はあったのだ。


「一つだけだと、それを元にまた争いが生まれると思いました。なので仲良く、各王国領に一つずつ作りました」


 記憶を失っているとはいえ、また同じ過ちを繰り返してるな、こいつ……と、思いつつも、なぜ三つも必要だったのかを聞くと、クレイトは満面の笑みで、そう返してきた。

 反省するどころか、悪化している気さえする。本末転倒というか、争いの種を増やしただけというか。

 抑止力っていうやつだろうか? 規模は小さいが、似たようなことをやっている世界があったな。確かそれは、俺のよく知っている世界で……。


「なんて迷惑な……」

「いやはは。中々の傑作、壊してしまうのがもったいないですが、今回ばかりは仕方ない。一緒に頑張りましょう! エンジ!」


 本人は悪びれず、そう言っていた。

 もしも、この世界に正義の味方がいるのなら、人々を不幸にするお前らを許さない! なんて言われて、倒されちまうやつだな。その場合、こいつが所属するアンチェインごと、俺も含めて。


 ちなみに、そんな悪の組織アンチェインの末端構成員である俺が、幹部である魔法技師先輩に、妹が帰りを待っていたぞ? と、伝えると。


「うん。そのうち帰りますよ、そのうち。私には、まだやりたいことがたくさんありましてね……。ま! その件については、今回の仕事が終わってから、考えることにしましょう」


 と、煮え切らない態度で、返してきた。

 映像で見た、記憶を失う前のこいつは、もっと朗らかな性格で妹思いだったというのに、今ではこれだ。エクレトなんかの側で働いていることが、色々と悪影響を及ぼしているのかもしれない。多分そうだ。

 可哀想なツウル。この仕事が終われば、こいつを引き摺ってでも連れていこう。俺は、心の中でそう決める。


「話は……分かった。具体的な止め方は、魔導兵器のある場所へ向かいつつ、聞くとして、他に誰が一緒に行くんだ?」


 まさか、二人だけってことはないよな? と、今度はエクレトに話を振る。

 エクレトは、それで大丈夫そうならそれで。と、返してきたので、俺はぶんぶんと首を横に振った。

 おそらく、クレイトは戦闘とは無縁の男だろう。何も起こらないでほしいものだが、何かあったとき、俺一人ではさすがに厳しい。ついでに、性格もな……。

 実はフェニクスもいるはずだが、この場にはなぜかいない。いつの間にか消えているのはいつものことなので、放っておいたのだが、あいつの場合、そのままいなくなる可能性も高いのだ。

 カイル辺りが一緒であれば、助かるのだが。俺がそう思っていると。


「じゃあ、カイル君」

「オウケイ。それなら、何も問題な……」

「とでも言うと思ったぁ? カイル君は駄目だよ~。彼の力は、こっちで活かしてもらわないとね!」


 何やねんこいつ。言っていることは最もだが、非常に殴りたい衝動に駆られる。エクレトの後ろに立っていたハゲ兄弟が、よし殴れ、と、俺に向かってうんうん頷いていたので、俺は頷き返す。――そうだな、後で後で。


「そっちは、二人でもなんとかできると思うけどなぁ」

「念のためだ」

「ん~。分かった。スズ? いるかい?」


 スズ? 誰だ?


「いる」

「話は聞いていたかい? すまないが、エン」

「いく!」

「ジ君と……あ、うん。頑張って」


 エクレトの呼びかけに、どこからかネコが現れ、エクレトの言葉に食い気味で返事をしていた。猫ではなく、ネコだ。

 スズという名前だったらしいネコ。やる気があるようで大変結構だが、こいつも荒事は苦手なんじゃないか? しかも、俺のことが嫌いと言っていたはず。反りの合わない三人だが、大丈夫なのか? 俺が、引き続き渋い顔をしていると。


「ここにいるメンバーは駄目だ。でも、モンブラット領にある魔導兵器には間に合わないと思うけど、他の誰かは、次の現地に直接向かわせるよ」


 俺の思いを察したのか、エクレトはそう言ってくれた。

 ネコが若干不満そうな顔をしているのが気になるが、こいつはそれほど自信があったのだろうか? ま、それならそれで、ありがたい限り。ここらへんが妥協点だなと、俺はエクレトの言葉に頷いた。


 一体、誰が来てくれるのか。変なやつじゃなければいいのだけど、いや、変なやつしかいないか? と考えるうち、そういえばと思い出し、俺は口を開く。


「ファングとクロウあたりは、来たがっていたんじゃないか?」

「だめだめ! 今回は非常に危険なんだ! 僕の大事な彼らを、こんなところに連れてくるわけにはいかない!」

「お前……」


 それはつまり、今ここに集められた俺達は、どうでもいい奴らということになるのだが?

 全員が、エクレトに険のある視線を飛ばすも、本人はふふんと俺達を見渡し、そんな雰囲気さえも楽しんでいた。――やっぱりだめだ、こいつ。


「エンジ。難しいことはよく分からねえが、そっちは頼むぜ」

「エンジさん。頑張ってね」

「いや、お前らの方が、さしあたって危険なんだけどな……」


 新魔王軍との代表戦は明日からだが、魔導兵器破壊組は、この後すぐに出発する。そんな俺に、カイルとルーツが声をかけてくれた。

 俺は、言いかけた言葉を飲み込み、こっちも頼む、とだけ言う。俺が言おうとしていたことが伝わったのか、伝わらなかったのか、それは分からないが、二人は少しだけ、笑った。


「任せろ」

「うん!」


 こいつらのことは、信頼している。きっと、任せても大丈夫だ。俺は、そう確信する。ついでに、カイル達の後ろを見てみると、ニヤリと笑い、親指を立てているハゲが二人。――いや、お前らは何もしないよね? まあ……いいけどさ。

 少し気恥ずかしくなった俺は、話を逸らすため、エクレトに話しかけていた。


「つい最近、お前と同じように、下半身丸出しの女がいたんだけどな」

「へぇ。その娘、分かってるね。気が合いそうだ」

「不幸なことに、こんなアホのボスが作った組織に入りたいって言ってたぞ?」

「エンジ君も、その組織の一員なんだよね。幸運なことに。ま、君の紹介であれば信用もできる。今度連れてきてよ?」

「分かった。出来る限り、悪評を伝えておくな」

「僕さ、エンジ君と会話してるのかな? 互いに、別の人同士と話してない?」


 よかったな、クリア。アンチェインに入ること自体は、できそうだぞ。おすすめはしないがな。

 まだ、何かを言いかけているエクレトを無視し、最後に、今回一緒に行くことになった、ネコの方に俺は顔を向ける。


「スズって名前だったんだな、お前」

「あ! 僕がつけたんだ! その娘の名前。可愛いでしょう?」

「ネコでいい」

「……ん? スズ?」

「これから、私の名前はネコ。エンジ、分かった?」

「あれ? 俺がお前のこと、ネコって呼んでたの知ってたっけ?」

「ち、違う! 今、思いついた! 何となく! 名前も変えたかった!」

「スズ!?」

「くく。分かった、分かった。別に俺は、どちらでも構わない。お前が好きな方でいいぞ」

「じゃあ! スズ! スズがいいと思う! 僕は! あ~、いい名前だなぁ」

「ネコがいい」

「分かった。今回はよろしくな、ネコ」

「仕方ないの!」

「……傷ついたよ? 僕の心?」


 ネコと話していた俺が顔を上げると、エクレトの顔が沈んでいた。――何やってんだ、こいつ。





 ……。





 ぽつぽつと、降り出した雨。

 周囲がえらく薄暗いのは、曇が陽の光を遮っているせいか、それとも。


 雨脚が強くなる。

 俺は、先に行かせたやつらが、向かった方角を見た。すでに、後ろ姿すら見えない。少し、不安に思う部分もあるが大丈夫。あいつは、いざというときには頼りになる。――気づいていたよな? 気付くよな、お前は。


 少し寝るか。……少し寝るか? 何を考えてるのだ、俺は。ここは屋外で、さらに雨も降り出してきているのだ。こんな所で、寝るやつがいるかよ。

 抗いようのない、眠気が襲ってくる。


 周囲がぼやけ始めた。意識が混濁する。顔を下げた俺は、良かった、と思う。間に合った、と思った。薄っすらと笑い、目をつむる。


 雨の振り出しが、遅くてよかった。なんとか、ぎりぎり隠し通せた。

 雨の勢いはどんどんと強くなっていき、地面が吸収しきれず、高い方から低い方へと、水が流れていく。

 壁に背を預け、座っている俺の周りからは、赤い水が、流れ始めていた。

 

「……そんな」


 朦朧とする意識の中で、足音が、聞こえた気がした。そしてどこか、聞き覚えのある声。


「嫌だ。エンジ君。……嫌だよ。嫌だってば」


 お前は、元気だけが取り柄だろ。いつもみたいに、もっとうるさく騒げよ。

 最後に、そう思ったことだけを、覚えている。


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