第177話 邂逅2
「お兄ちゃん! すっごく格好いいね! 何歳なの? 今までどこにいたの?」
「うん。ちょっと、ね」
「ルーツお兄ちゃん! 質問にはちゃんと答えてあげないと駄目だよ! すっごく格好いい、ルーツお兄ちゃん!」
「もう! エンジさん!」
ブルーウィとジェイサム。二人に絡まれ困っていたルーツが、ちらちらと視線を寄こし、俺に助けを求めていた。
仕方ないな、と俺は間に割って入り、マリアちゃんとやらに懐かれているルーツお兄ちゃんをからかい始めた。
一通りからかい終わったあと、助けを呼んだはずなのに、と呟くルーツを見て満足した俺は、近くにいた二人のパパの方へ、顔を向ける。
「よお、新入り。お前も来ていたのか。記憶、戻ったのか?」
「久々だな。その件については、もう大丈夫だ。サンキュ」
「くく。なんだか、記憶をなくしているときと、そう変わらねえな。いや? 少し、ふてぶてしくなったか?」
人間、根底は変わらないってことかもな。だが、その認識には意義を唱えたい。俺ほど、臆病で慎み深いやつはそういないぞ。
「強がっているだけだ。実を言うと今も、強面のハゲ兄弟に睨まれて、体が震えている」
「誰がハゲ兄弟だ! 筋肉の付き方を見てみろや! 遺伝子からして違うだろうが!」
「俺の方が三倍はハンサムだしな。それに、怖がってるやつが言うセリフじゃねえよ。記憶をなくしたままのほうがよかったな。こいつ……」
散々な言われように、今度は俺がルーツに助けを求めるが、ルーツは笑顔で頷いただけだった。――お前、どういう意味だそれ?
話を変えることにする。
「あの変態が、あれほど動けたことは予想外だったが、さっきのあれ、凄かったな? どんな魔法だ?」
「あれか。確かに、予想以上の変態だったな。……俺はドラゴン、そしてこいつは、ヴァンパイアの血を引いているんだ」
傷ついたよ? 僕の心。と、話を聞いていた件の変態が、口を挟んでくるが、俺達は無視をして話を続ける。
ドラゴンにヴァンパイア……そういったものたちが、存在がしていたことに驚いたが、二人は嘘を言っているわけではなさそうだ。
それが本当だとすると、気になるのは出生の経緯だ。もしかすると、聞いてはいけないような、重い過去があるのかもしれない。
しかし、俺が踏み込んでいいものか迷っていると、二人は、表情で察したのか、あっけからんと答えた。
「俺達の祖父母が始まりなんだがよ? 最初こそどうあれ、その後はずっと、どこかの山奥で愛し合って暮らしていたらしい」
「むしろ何だ……とんでもない美女だったらしくてな。俺の祖父なんて、お相手できたことを喜んでいたらしい。そんな恥ずかしい話、聞きたくなかったがな」
孫にとっちゃ、どうでもいい話だがよ、はは! と、二人は締めくくった。まあ、確かにそうなのだろうが……何だかな。気になることはあったが、まあ、人生色々ってことで。
適当な相槌を返した後、最後に、一番気になっていたパパと呼ばれていることについて、俺は問いかけていた。事情によっては、こいつらも祖父母に負けず、波乱万丈な人生だ。
「パパなんで、俺達」
「そこにいる、マリアのパパなんだ」
「ああ、そう……」
うって変わり、自分達がパパであることしか言わなくなった二人。圧倒的に、少ない情報で、何も分からない。
それでも、何とか少しずつ話を聞きだし、魔王やルーツ、マリアちゃんとこいつらパパーズの関係を、俺が理解し始めた頃、その会話を近くで聞いていたエクレトが、ここぞとばかりに口を開いた。
「魔王と呼ばれている彼、名はワスト。そこにいるルーツ君の父親はね、僕の友人なんだよ」
「あ?」
俺達の会話が途切れ、エクレトに視線が集まる。本人は、注目が集まったことで嬉しかったのか、跳ねるような口調で、とうとうと語りだした。
魔王ワスト。ルーツの父親で、魔族のトップ。この世界で一、二を争う有名人は、この変態王子と繋がりがあるようだった。
どういう経緯で知り合ったのかまでは、詳細に言うつもりはないようだが、ルーツの方をちらりと見ていたことを考えると、その辺りに関係があるのだろう。ルーツ自身も、少し心当たりのある表情を見せていた。
繊細な話であれば、無理に聞こうとは俺達も思っていないが、この場にいる皆が、今思っていることは同じだろう。
「僕が今回、わざわざこうやって出張ってきたのは、新魔王を名乗る男から、人質になっている友人を助けたいのさ。今はまだ、彼を失うわけにはいかない」
何でこいつ、そういう重要なことはさらっと言うんだよ……。朝の散歩友達を失った話とか、どうでもよくね? 少なくとも、今この場において、優先度は低いよな?
まだ、皆来ていないから……と、エクレトは再び渋り始めていたが、苛々とさせられていた俺達は、そいつらにはあとで誰かが説明すればいいだろうが! と、話の続きを促した。
「あいつと、あとはその場にいた勇者たちが、頑張ってくれたようだ」
簡単にまとめると、こうだ。
新魔王。新興魔族を束ねていたその男は、魔導学園への襲撃と同タイミングで、会談中のバルムクーヘン国を襲撃した。会談の内容は、現在停戦状態にある、魔王軍と王国軍のこれからについて。
どういった話し合いが行われていたのかは知らないが、どうなるにせよ、それも新魔王軍の襲撃により中断され、魔王や、三王国の国王、勇者たちが捕まってしまった。
魔導学園の襲撃は、将来ある学生を潰しておくためか、もしくは、バルムクーヘン同様、人質を確保するためか。今となっては分からないが、こちらは失敗に終わった。
だが、新魔王率いる大部隊が押し寄せた、バルムクーヘン国は違った。魔王と勇者たちが奮戦したようだが、多くの人々を逃がすだけで、精一杯だったのだという。
実物を見た俺からすれば、魔王のおっさんが敗北するなんてことは考えられないのだが、新魔王と名乗るくらいだ。おそらく、その男が戦い、魔王のおっさんを下したのだろう。
少しの犠牲はでたが、相当数の人々を逃がすことに、成功したらしい。ネコからは、魔王が敗北し、捕まっていると聞いた時は半信半疑だったが……多くの敵と戦い、疲弊等があったと信じたい。そうでなければ、正直困る。そのくらい、魔王のおっさんは規格外だったのだ。
そして、ここまでの話を踏まえて、肝心な俺達の仕事だが。
一つは、人質の解放。バルムクーヘン国の王城で捕らえられている、魔王のおっさん、国王、勇者を助け出すこと。
もう一つは、新魔王が要求する、魔導兵器の破壊だ。こちらについては、エクレトの隣にいる色白メガネが、後で詳しく説明してくれるらしい。すでに、嫌な予感しかしないがな。
「現場を見た人の話と僕の見立てによれば、新魔王とやら、ワストとの戦闘で相当なダメージを受けてるね。おそらく、時間稼ぎだろうが……あえて、その話に乗る。と言うより、乗らざるをえない」
「なるほど。俺達にとっても好都合だってことか」
黙って聞いていたカイルが一言、口を挟んだ。
まず、人質の解放についてだが、こちらは案外単純。人質を使って立て籠もる、新魔王軍が要求してきたのは、一日に一度行う、代表者同士での戦闘。王国軍、つまりは、王国軍側に所属するであろう俺達が勝つごとに、一人ひとり、人質を開放していくとのこと。
どこまで約束が守られるか分からないが、最初の数人は、約束通り開放されるだろう。約束が守られないようであれば、その瞬間、王国軍がなだれ込むからだ。逆を言えば、約束が守られているうちは、人質の命も助かるかもしれないということなのだが。
「新魔王に傷を癒やされてしまうのは、この際、どうしようもないね。彼らはまだ、この世界に必要な者達だ」
世界、という括りにはいまいちピンとこないが、個人的には、あいつらを助けたいと思っている。俺は、エクレトの言葉を黙って聞く。
「で、だ。今回僕達は、ライトフェザー軍として、王国軍に加担するわけだけど、人質解放と魔導兵器破壊。その二つで、班を分けるからね」
人質解放という、敵味方双方にとっての時間稼ぎをしている間に、新魔王の要求する、魔導兵器とやらを破壊してしまう計画らしい。
問題は、自分の要求したものが、すでに壊れていると知った時、新魔王がどういう行動に出るのか、少なくとも、残された人質が機能しなくなることは間違いない。
仮に、残った人質が、俺のよく知っているあいつらだったとしたとき、俺は……今は、できることから潰していくしかない、か?
「何となく、察しはついていると思うけど、魔導兵器の破壊は……エンジ君、君が主導で行ってくれ。機能停止できない場合は、君の不思議な魔法で、何とかしてくれると助かる」
「……分かった」
どこから、その情報を仕入れてくるのだろうか。こいつは、おそらく俺が魔法都市でやったことを、何となくでも知っている。
まあ、それはこの際構わないが、そもそも魔導兵器ってなんだよ。字面で想像はできるが、それはどこに? 何のために? 何で魔族なんかが、その存在を?
俺が、質問をしようとすると、その前に、色白メガネが前に出てきた。
「エンジ、と言いましたよね? 初めまして。私は、アンチェイン所属魔法技師、クレイトと申します。魔導兵器破壊は、私もご一緒することになりますので、どうかよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。……クレイト?」
「はい。呼び方はどうとでも。私が思うに、君は心の中で、わたしのことを色白メガネとでも呼んでいそうだ。ま、その通りですがね」
メガネをくいっとあげ、ニヤリとする色白メガネ、いや、クレイト。俺の心の中は、読まれていた。――そういう魔法じゃないよね? だったら、仲良くしていく自信、ないけど。
「私の頭が、優秀すぎるだけなのです。心の中なんて見えませんよ? だから、仲良くしてくださいね?」
ふふふ、と笑うクレイト。
こわ! いや、見えてんじゃん。見えているよね? というか、見える見えないに関わらず、仲良くできそうにない性格なんだが!?
性格はともかくとして、こいつがアンチェインの魔法技師。ストレが身につけていたアイマスクや、プレハーブなんかのアンチェイン基地に施された魔法技術は、こいつが? だとすると、優秀なのは間違いないが。
「呼び方はどうでもいいと言いましたが、それには理由がありましてね。実は私、過去の記憶を失ってしまっているのです。クレイトという仮の名前も、私を拾ったエクレトがつけてくれたものです」
エンジも、最近似たようなことがあったとか? 似たもの同士ですねぇ。と、言って、再び笑うクレイト。似た者同士というか、同じ経験をした過去があるだけだが、こいつに同族意識を持たれるのは、何か嫌だな。――しかし、待てよ? 魔法技師、記憶喪失、さらには、どこかで見たような顔……こいつ、もしかして。
「お前ってさ、魔法都市出身だったりする? エクレトから、そんな話聞いてない?」
俺がそう問いかけると、クレイトが目を見開き、言う。ついでに、メガネがカッと光った気がした。
「おおそうだ! 何でも、私が作ったらしい魔法都市兵器の暴走を、エンジが解決したらしいじゃないですか! いや~。ありがとう! 助かりました!」
「やっぱり、ツウルの兄かよ!」
「ほう? 兄? 私が? 興味深い!」
アンチェインの記憶喪失色白メガネは、ツウルの兄だった。――興味深い、じゃねえよ! 早く帰ってやれ!
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