第176話 邂逅1

「ごめんごめん。冗談だよ、冗談。今回は、エンジ君の力が必要になりそうでね。今、僕の元を離れてもらうのは困る」


 ふざけていたらしいことを謝る、エクレト。いや、お前の格好は、冗談ではなく、現実に起こっていることなんだが……。


「それに、少しは聞いていると思うけど、今回の件は、君だって見過ごせないはずだ」

「……まあな」


 それなら、僕達と一緒にやろうよ、とエクレトは続けた。俺も半分冗談で言っただけだが、半分は本気だ。こんな……ふざけた上司に、ふざけた組織。

 ま、仕方ない。今回は、さすがに一人でどうにかなりそうなものでもないしな。辞める、辞めないは、この仕事が終わってから、考えることにしよう。

 俺が渋々頷くと、少しだけ僕の話をしよう、と前置きをした後、エクレトは、自身のことについて語りだした。


「聞いてくれ。最近、僕は一人の友人を失ってね? 何がいけなかったのか……僕はいつも通り、朝の散歩に出かけただけだったんだ――」


 こんな切り口で始まった、エクレトの話。前半部分は、俺達にとってどうでもいい、興味も沸かないような話だったので、省略する。

 一言、言わせてもらうとすれば、その元友人とやらの、反応は正しい。何も悪くない。悪いのは、間違いなくこいつだということ。――何がいけなかったのか、じゃねえよ。自分の下半身を、もう一度よく見てみろ。


 重要なのは、おまけのように言い放った後半部分。王国から見て、魔族領とは反対の方向。魔法都市を越え、さらに南へ進んだ先に、王国にも帝国にも属さない、第三の国がある。

 名を、ライトフェザー。通称、自由の国。我らがアンチェインのボスは、なんとその国の王子様だったのだ。


「――と、言うわけさ。エンジ君やカイル君は、まだ知らなかったよね? どうだい?」


 凄いだろ? 驚いただろ? と、得意気に語る、下半身丸出しの王子。

 余程悲しかったのか、話の半分以上は、一人の友人を失ったという朝の散歩について。ライトフェザーという国についても、なぜ下半身が丸出しなのかについても、結局、詳細は分からないままだ。

 俺達が、呆れた表情で、再度問いかけてみるも。


「僕の国のことは、自分の目で確かめてくれ。ここからじゃ、かなりの距離があるけどね。そして、僕のこれだけど、これにはある事情があってね……ま、そういう病気だと思ってくれればいい。僕には、どうすることもできない。困った、困った。はは!」


 と、適当にあしらわれた。病気、な……本人はそう言っていたが、表情を見る限り、多分嘘だ。気にはなったが、これ以上この話題を続けても、互いに損しかしないと思った俺は、強引に納得することにした。

 病気は病気でも、こいつが患っているのは頭の病気。予想通りと言えば、それまで。俺達のボスは、変人だった……いや、変態だったのだ。


「その表情……馬鹿にしているね? エンジ君は、例えばカバンを持つとき、片方の手が塞がってしまうよね? でも、僕は塞がらない。なぜだと思う?」

「知らん。どうでもいい。言わなくていい。言うな」

「僕には、第三の手があるからさ」


 言うなよ……。

 それにどう考えても、そんなところにぶらさげておく方が邪魔だし、片手が塞がることよりも不都合だろ。そう言うと、また何か面倒くさいことを言い返してくるだろうと思った俺は、話を流す。


「あー分かった、分かった。便利そうで何よりだ。見苦しいから座っとけ」

「傷ついたよ? 僕の心」

「やったぜ」

「あ、いけないな~。部下が上司にそんな態度取っちゃ。いけないと思うな~、僕」


 はあ、もういい。もう疲れた。誰か、こいつの相手代わってくれ。そう思い、俺が周りを見渡すと、その場にいた全員に、目を背けられる。――なんて薄情な奴らだ。


「それより、今回の仕事について、早く説明しろよ」

「んー。それは、もう少し待って。まだ、皆揃ってないからさ」


 仕方なく、俺が話を先へ進めようとするも、細かい話は、全員が揃ってからにするらしい。

 今、この場にいるのは……ボス、色白メガネ、カイル、ルーツ。あとはなぜか、アンチェインズ・キッチンの厨房でギアラが飯を作っていたはずなので、俺を合わせても六人だ。今回は大仕事。これだけでは少ないとは思っていたが、あとは誰が来るのだろう。


 大抵の場合、こういった集まりにおいては、知っている奴がいればいいのだけど、と思ってしまうものだが、アンチェインの奴らに限っては逆だ。知っている奴は、会いたくない奴ばかりなのである。

 参加者が全員揃っていないことを知った俺が、そわそわとし始めた時、扉の開く音がした。


「わ~い! 見てこれ、パパ! すっごく広いよ!」


 一番に入ってきたのは、少女。続いて、どこかで見たようなハゲ二人と、魔族の女。魔族の女についても気になるが、ルーツを連れてきた俺としては、何とも言えない。そういうこともあるのだろう、程度。

 それよりも、パパ? なんで家族連れ? あいつら……子供がいたのか。いや待て、あいつらっておかしくね? どっちがパパだ!? 


「ちょっと、マリア。走らないの」

「あ、ごめんなさいママ。でも、凄いよ! パパ~ズも早く来て~!」


 パパーズときたか。随分と、複雑なご家庭のようですね……。

 もしかしたら、魔族の世界では、夫は二人いるのが普通なのかもしれない。俺が、そんなことを考え始めていると。


「やあ、待ってたよ二人共。そうなると、君がマリアちゃんだね? 僕は、パパのお友達の、エクレトだよ~」


 爽やかな笑顔で歓迎する、エクレト。女性なら、誰もが振り返るようなイケメンフェイス。しかし、残念なことにその男は、椅子から立ち上がっていた。


「え? やあああ! パパぁ!」

「何だこの変態!? てめぇ! ぶっ殺すぞ!」

「見るなマリアぁ! ママさん、マリアを頼む!」


 こいつらも、ボスと会ったことはなかったか。パパーズは、突如現れた変態に対して、瞬時に戦闘態勢へ移行していた。

 俺としては、応援したいのはパパーズの方だったので、さっと隅に避ける。


「あれ? おかしいなぁ」


 何もおかしくない。おかしいのは、お前の頭と下半身だ。


「解放! ドラゴンズフォース!」

「疼け、ヴァンパイアブラッド」


 パパーズが走り出し、何らかの力を開放した途端、大気がびりびりと震えた。魔法の目で見ずとも分かる、身体能力と魔力量の向上。――あ、死んだな、これ。


「お~い。誰か、助けてくれ~」

「粉々に潰してやるぜ!」

「楽にしろ。今すぐに、切り取ってやる」

「いいぞ! パパーズ! そうだ! やっちまえ!」

「傷ついたよ? 僕の心。……本当、冷たい部下ばかりだね」


 助けてくれ、と俺やカイルのいる方をエクレトが見てくるが、俺達が応援しているのはパパーズだった。当然だな。

 俺達に動く気配がないことが分かると、エクレトは迫りくる二人の方に顔を向ける。そして、一つ溜息をついたかと思うと、うっすらと口角を持ち上げた。


「減給ね、君達」


 バチっという音の後、エクレトはその場から消えていた。そして、声が聞こえたのは、パパーズの頭を地面に叩きつけた後だった。目にも止まらぬ速度。そして、少し聞こえたあの音。今のは……まさかな。


「ぐ、お前が、俺達のボスだと?」

「待ってくれ。気色わりいもんが、一瞬当たった気がする」

「君達、この状況で、言うことがそれかい?」


 ずりずりと顔だけを横に向け、口を開いたパパーズ。エクレトが本気ではなかったのか、それとも、二人の男が頑丈なだけだったのか、パパーズはまだまだ元気だった。


「なるほど。お前をボスとして、認めてやらんでもない」

「まずは、ズボンを履け。そして、減給も撤回したらな」

「ふむ。減給と言ったことは、撤回する。でも、もう一つの条件は飲めない」


 いや、飲めよ。飲んでくれよ、頼むから……。

 二人の頭から手を離し、笑みを見せたエクレト。パパーズは起き上がった後、舌打ちをし、すでに戦う気は失せたのか、汚れた服を払っていた。

 過激な邂逅となったが、ひとまずは、少女に近づくな、絶対に見せるな、ということで、話は落ち着いたようだ。それはいいのだが。


「あ、そうだ。俺達は、今回の作戦に参加しないから」


 頼りになる奴らが来てくれたものだぜ、と思いつつ、俺は話を横で聞いていたのだが、二人はこの基地から動かないことを、エクレトに伝えていた。

 それを聞いた俺が非常に残念に思っていると、それは困るよ、とエクレトも言う。


「俺達には、ここでマリアを守るという大切な仕事があるからな。これだけは譲れない」

「えー。ここなら誰も来ないって。それに、人数がさぁ」

「心配ない。そういうこともあろうかと、代わりにシャッフルの野郎を連れてきておいた」

「……彼が? よく連れてこられたね。絶対渋ると思っていたけど」

「はっ! あの子犬は、俺達を親くらいに思っているからな。二つ返事で了承したぞ」

「キャンキャンと、嬉しそうに吠えてたな。ま、大好きなんだろうな。俺達が」

「へ~。それならまあ、いいか。エンジ君も、一人連れてきてくれたようだし……」


 嘘っぽい。非常に胡散臭い話だが、来てくれたのならありがたいか。ボスが認め、さらにこの二人の推薦ということであれば、その実力も期待できる。ルーツにしても、参加するのは問題ないようだし……あれ? そのルーツは?


 ルーツのことを、まだボスに話してなかったな、と思い至り、振り向くが、先程まで近くにいたルーツがいなかった。

 どこに行った? と、俺がきょろきょろと探すと、マリアちゃんという少女と、そのママさんの近くに、ルーツはいた。

 ルーツは、二人に話しかけているようだった。


「ルーツ君? え、嘘……君、ルーツ君?」

「はい。お久しぶりです」

「ママ? 誰この、お兄さん」


 聞こえてきた会話に、俺よりも先に、パパーズが反応する。何を想像したのか、くわっと目を見開くと、エクレトを突き飛ばし、ルーツ達のいる方に、素早く駆けて行った。


「こら! ガキー! そうはいかねえぞ!」

「許しません! パパは許しませんよ!」

「良かった。本当に良かったわ。……マリア? 彼はね、あなたのお兄ちゃんよ」

「え! マリアにお兄ちゃんがいたの!? わ~い! お兄ちゃん~」


 ひし、とルーツに抱きつく少女。――お兄ちゃん? ということは、あの娘。


「よお。ルーツって言ったか? これからよろしくな」

「会えて嬉しいよ。俺達のことは、パパとでも呼んでくれ」

「ええ……」


 集まりだした、アンチェインメンバー。

 ルーツは、困惑していた。





 =====





「あ! いらっしゃい~。随分と久しぶりじゃないか! 何食べる?」

「おまかせするよ。ああ、お酒もあると嬉しいな」

「作戦前だが、少しならいいか。どうしたんだ? 元気がないじゃないか?」

「友達って、何だろうって思ってさ……」


 アンチェインズ・キッチンに現れた一人の男と、席に座ったその男を見て、飛び上がるほど嬉しそうな表情をする女。女は、死んだような顔をする男に、その理由を問いかけていた。


「またか。お前は、いつもいつも難しいことばかり考えすぎなんだよ」

「そうかな? ……うん、そうかもね」


 男は、理由を語りはしなかった。女は、ちらりとその表情を盗み見たが、何も言わず、手を動かし、最後にぺろりと指を舐めた。


「はい! できたよ!」

「ありがとう。……あ、美味しいね、これ」

「ふふ! どういたしまして。少しは、元気出たか?」

「うん。ギアラは、何でもできるよね。優しいし、気配りも上手だし。人に頼ってばかりのあいつらとは、大違いだ」


 ニコリと笑う女。女は、自分の作った料理を食べ、少しずつ元気を取り戻していく男を見て、もう一度、嬉しそうな表情をした。


「もう少し、作ってやろうか? お前の前にきた連中は、み~んな素通りしていったからな。食材もあまりそうなんだ」

「そうだね。じゃあ、お願いするよ」

「よし、待ってろ。腕によりをかけて作ってやるからな!」


 ここは、アンチェインズ・キッチン。普段は誰もいないその場所から、じゅうじゅうと何かを焼く音と、女の鼻歌が聞こえた。


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