第173話 ジョーカー

 俺は、こいつを知っている。魔王の息子。殺すべき敵。こいつは、勇者との戦いで死んだはずだ。それが、なぜこんな所に。いや、生きていたことよりも、なぜ人間共の味方をする?


「ジョーカー。君だったとはね」


 俺は、こいつを知っている。そして、こいつも俺のことを知っている。魔王軍にいた頃は同じ部隊に所属していた。仲は悪い。互いの考えが真逆だったため、いつも意見がぶつかっていたからだ。最も憎んだ相手だが、同時に、唯一俺がその強さを認めた男だ。


「キヒヒ。てめえこそ、生きてやがったのか」

「まあ、ね」


 ルーツの放ったいくつかの魔法を避け、反撃に出る。が、避けられ、弾かれ、一度下がる。……やはり、強い。俺は考え始める。あの時よりも、遥かに力をつけたとは言え、果たしてこいつを倒すことが出来るのだろうかと。


「ぐ! さすがに、厄介だね」


 少し掠めただけだが、ルーツに一撃を加える。何がさすがだ。いつもそうだ。いつもいつも、上から見下ろすような態度取りやがって。だが、と舌打ちを一つして、俺は怒りを沈める。ここで冷静さを失っては、勝てるものも勝てない。そんな馬鹿な奴らをたくさん見てきた。俺は違う。違うのだ。


 追撃をやめ、一旦引くと、暗闇の中から光弾が現れ、俺とルーツの間の床をえぐり取った。ほらな。こいつがただで転ぶはずがない。しっかりと準備をしていたのだ。俺は一度笑うと、また地面を蹴る。


「キヒヒ!」


 身体能力は、俺のほうが上。だが、魔力量や魔法技術に関しては、こいつの方が圧倒的に上。魔王軍にいた頃も、こいつの底は見たことがない。魔法は、使う者によっては、格上の相手にも勝てる可能性をもった一発逆転兵器。身体能力が足し算だとすれば、魔法は掛け算にもなり得るもの。詠唱している間に殺されるような奴は論外だが、こいつはそうではない。というより、身体能力だって、そこらの魔族とは比べ物にならないほど、高いのだ。まさに怪物。


 それでも、怪物相手にこうして戦えているのは、俺もまた、特殊な才と呼べるものを持っているからだ。獣人と魔族のハーフ。魔族以上の俊敏性をもつと言われる獣人と、魔族ゆえの強靭さを、俺は兼ね揃えている。昔は、この才が嫌いだった。馬鹿にされ、蔑まれ、お前は真の魔族ではない、と言われたこともある。それでさらに、魔族の力だと呼べるものばかりを鍛えていた俺は、体も、心も、何もかもが中途半端だったのだ。


 皮肉にも、そんな俺を目覚めさせたのはこいつ、ルーツだ。魔王の息子とは言え、似たような境遇を持つ者同士、いつだったか、話す機会があったのだ。そこでこいつは、どこか自分に言い聞かせるように、こう言った。二つの血は、二つの才だ。それはきっと、枷なんかじゃない――


「うらぁ! いつも甘いんだよ! お前は!」


 これは、獣人の血か、魔族の血か。それとも、俺自身がそうなのか。分からない。でも俺は、どこか歪んでいるのだろう。力をつけたあとも、馬鹿にしていた奴らは、殺そうとは思わなかったが、こいつのことは、憎くて憎くてたまらなかった。殺したかった。こいつが勇者相手に死んだと聞かされた後は、嬉しい気持ちよりも、何で、と思う気持ちの方が強かった。


 許せない。仇を取ろうと思ったわけではない。ただ、ルーツを倒したという勇者は、殺しておこうと思った。そのためには、何が目的なのかぐだぐだと甘っちょろい戦争を仕掛ける、こいつの父親の元では駄目だと思った。俺は、魔王軍を抜けた。


「甘い? 勝つのは僕だ。この先へは、行かせない。おとなしく、降参すれば……」

「それが、甘いって言ってんだよ!」


 数度打ち合い、距離が少し空いた所で、互いに一度相手の様子を伺う。機会を待て。ここで突っ込んでも、いい事など何もない。おそらく、このまま戦い続ければ、負けるのは……。


 ルーツが生きていたのは分かった。こいつを殺すのは、俺だ。だが、それは最悪、今でなくてもいい。慎重に動け。確実に殺せるその時まで待つのだ。今までだって、そうやってきた。そうすれば全部上手くいった。機会を待て。機会を待て。


「ルーカス君! 帰ってくるのが遅いから見にきたよ~!」

「大丈夫? さっきから、すごい音がしているけど……」

「あ! 駄目! 君達! まだこっちに来るな!」


 ……ルーカス? ねぇ。ほうら、きたぞ。と、俺はぺろりと唇を舐め、ルーツの様子を見に来た生徒の方に駆け出す。人気がないと思ったらそういうことか。生徒たちには、ここには近寄るな、とでも言っていたのだろう。だが、甘いなぁ。甘い、甘い、甘い、甘い! なんて甘さだ、反吐が出る。万全を期すなら、生徒全員を眠らせておくぐらいすれば良かったのだ。それが出来ないから、お前は甘ちゃんなんだよ!


 一瞬の混乱の隙をついた。魔法は間に合わない。生徒達の前に、何とか立ちふさがったルーツだが、俺の狙いは最初から生徒ではない。こんな雑魚ども、後でなんとでもなる。ここで、お前が負ければどうなると思う? 甘いお前には考えつかなかったか? お前は、一番やっちゃいけないことをしたんだ。


「きゃああ!」

「ルーカス君!」


 伸ばした腕は、ルーツに受け止められてしまったが、俺の指から伸びた爪は、ルーツの目玉に、刺さっていた。


「ひゃあ!」


 腕を思い切り引き抜くと、爪に目玉が刺さったままくっついてきた。目を抑え、地面に膝をつくルーツ。今ので殺せなかったのは残念だが、こいつの目は確か……くく。運が向いてきた。今は、特に何も思いつかないが、魔力が見えて損をすることなどない。これで俺は、さらに強くなれる。目玉を舐め、それを懐に回収すると、ルーツにとどめを刺そうと、腕を上げた。


「ルーカス!」


 暗闇を照らす光。俺に向かって炎弾が迫る。一瞬、ルーツにとどめを刺しておくか、回避するかを迷ったが、回避を選択。間違っちゃいない。ここはこれで正解、のはずだ。


「エンジ先生だ!」

「先生! ルーカス君が!」

「分かってる。どっちか、回復魔法って使えるか?」

「少しですけど、私が!」

「頼む」


 教師か。教師が一人来た所で、今更……と、思ったが、俺は引きつりかけた頬を元に戻す。ルーツが、少し笑っていたように見えたからだ。俺の力は分かっているはず。それなのに、この状況で笑えるほどの、任せても大丈夫だと信頼を寄せている教師だということか? こいつが? ――信じられんが。


「てめえ、よくもルーカスの目を。返せ」

「う……エンジさん。あれは、エンジさんの。ごめん」

「今は喋るな! と、言いたいところだが、え? そうなの?」


 ん? 何だ?


「おいこら。それは俺の目だ。こっちに渡してもらおう」

「お前もこの目を狙っていたのか? だが、残念。これはもう、俺のものだ」

「いや、そういう意味ではない。それは俺の目なんだ」


 何を言っている? 分からない。


「くっ、う。エンジさん、あまり笑わせないで。くく」

「ルーカス君! 血がまた! 動かないで!」

「ごめん。ふふ」


 何が何だか分からないが、不気味だ。ルーツのあの笑いは、はったりかとも思ったが、違うようだな。あいつは、本気でこの教師のことを信頼している。ということは、手練の教師はこいつか? 油断は、できないな。――む!?


 ごう、と音を立てて、考えていた俺の目の前に魔法が飛んできていた。速い! なんて詠唱速度。ルーツよりも……いや待て。まさか、この威力の魔法を詠唱なしか!?


「RUN」


 続け様に、俺の進行方向へ飛んでくる魔法。間違いない! こいつ!


「クラブをやったのは、お前だな?」

「誰だっけ?」

「扉を開く奴が、いただろう?」

「ああ、あの穴の」


 やはり、知っている。どうする? と、男の魔法を避けつつも考える。見たところ、俺の一番苦手なタイプだ。この男を倒せば、ルーツにとどめを刺せるのだろうが……。


「キヒヒ! そいつの本当の名前はルーツ! 俺達と同じ、魔族だ!」

「そうだな。RUN」

「うお!?」


 何でだ? 教師ならもっと反応するかと思ったのに、何だこいつ。全く気にもせずに魔法を撃ってきやがった。治療中の生徒は……驚いている、よな。


「先生」

「……気にすんな。こいつはお前らを守ってくれた。違うか?」


 教師の言葉に頷き、治療を再開する生徒。駄目だな。こいつは、ルーツのように甘くない。搦め手も効かなそうだ。


「そういやよ。あの穴には感謝してるぜ? 何せ、あれのおかげで味方をいっぱい呼べたからな。上はもうそろそろ、片付いてる頃だ」

「キヒヒ。騙そうたってそうはいかねえ。あの穴の先には、俺の仲間が」

「どうかな?」


 ニタリと笑う教師。動揺を誘うつもりだろうが、そうはいかねえ。


「俺は召喚魔法も使える。何を呼んだと思う?」


 召喚魔法だと。


「フェニクスだ」


 フェニクス! 伝説の不死鳥!? 絶対に嘘だ。あり得ない。


「俺は嘘をついていない」


 嘘つけ。お前は絶対嘘が得意なタイプだ。間違いない。だって今も、なんて嫌らしい顔をしているんだ、こいつ。だが……。


「くそう!」


 俺は、逃げることを選択した。地上の様子が気になる。あの教師が言っていることが本当なら、すぐにでも逃げ出さなければ手遅れになるからだ。このもやもやとした気持ちは、あの教師が作り出したものなのか、自分で考え作り出したものか、どちらにせよ、逃げるしかない。今までの生き方を否定するわけにはいかない。自分にそう、言い聞かせる。


「あ! その目は置いてけ!」


 不気味な教師を撒き、地上へ出ると、辺りは静まり返っていた。戦闘の音が、していない? あの男が言っていたことは、本当だったのか? この分だと、部下が全員死んだことに……そうなると、どこかに伝説の不死鳥も。よし、近くにはいないようだ。逃げるなら、今。


「んあ? あ、おい! 待てコラ! 警察だ!」


 鼻をほじっていた鳥の魔物を躱し、俺は学園の外に、逃げ延びた。ま、勝負はここからだ。『王国』で待ってるぜぇ。キヒヒ!


「う~、う~。止まれ! そこの魔族! ……あれ? そういや、警察って何だ? 何だっけ? 何だ! 答えろ!」


 知るかよ。誰が止まるか。何だあの鳥……。





 ……。





「何とか追い払えたか。ルーカスは?」

「血は止まりました、でも」

「僕なら大丈夫。ありがとう。それより、何であいつを逃したの? エンジさんなら……」

「お前らの身の安全が優先。それと……いや、ここで全力を出すと、崩れる危険性があったしな」


 今言ったことも事実だが、俺は、ルーツが全力で戦わなかった訳が気になっていた。あの魔族は、強い。ここで逃がせば、後で厄介な存在になるかもしれない。しかし、ルーツが本気なら、生徒を守りながらでも、もっと戦えたはずだ。少なくとも、こいつの目が盗られるようなことはなかった。ああいや、元は俺の目なんだが。


「返そうか?」

「ううん。いい。片方あれば、今はそれで。……エンジさん、僕、甘かったみたい」

「そうか」


 ぎりっと唇を噛み、悔しそうな、どこか泣き出しそうな表情をするルーツ。甘い、か。俺に言えることは、ほとんどないだろうが。


「まあ、そういう時もあるって。大丈夫。それにな、お前に出来ないなら、俺が代わりにやってやるからさ」

「エンジさん」


 少しだけ、笑顔を見せたルーツ。ありがとうと言った後、大丈夫、僕が自分でやるよ、と強く言った。そうだな。何を抱えているかは知らないが、自分で解決出来るならそれが一番。沈みそうになったら、引っ張り上げてやるよ。それくらいがちょうどいい。


「……互いに見つめ合った二人は、顔を寄せ、キスを」

「するか!」

「きゃん!」


 横でぼそりと呟いた生徒の頭を引っ叩き、俺はルーツを連れ、歩き出した。


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