第172話 集う者達

「あのダンジョンが最後の試練だって言ってたろ? だからあの後、師匠と合流してさぁ」


 女魔族の作り出した沼から出てきたのは、フェニクスだった。何でも、ひとまず俺に合流するため、あの大きな老狼に匂いを追わせたらしいのだが、向かった先にいたのは、怪しげな沼を囲む大量の魔族。そして、通行の邪魔だと言わんばかりに、こいつと老狼は魔族共を撃破した後、俺の匂いがするという、その怪しげな沼に突っ込んだのだという。


「いや、本当にお前がいるとはなぁ。びっくりだぜ! んで? あの穴って結局何だったんだ?」

「女魔族の穴」

「あん? それってよぉ」


 顔を青ざめさせるフェニクス。その後で、だから入るのは嫌だったんだよぉ! と、老狼の尻を足蹴にしていた。何を勘違いしているのか知らんが、今は細かく説明をしている時間はないのだ。


「しっかし、あれだな。お前はいつも、くだらん騒ぎの渦中にいるな。何で?」

「知るか」


 雑談をしつつも、俺たちは学園の中央に向かって走っていた。お前こそ、いつも変な遊びばかりしてるだろうが、と言いたい所だが、今回は正直こいつが出てきてくれて助かった。魔族の残党はまだまだいるし、さらには学園の中央に出現した魔物たち。急がなくてはいけない中、あの場で、また大量の魔族と戦闘になったかと思うとな。


「期待してるぞ? フェニクス君」

「はぁん。お前が俺様に、ね。もしかして、結構焦ってるな?」

「ぼちぼちだ」

「そうか。ま、任せな」


 ……。


「何で、この天井透けてるの?」

「うん。これって、もしかしてさ……」

「君達! 先生方のお作りになった素晴らしいこの場所に、ケチをつける気かい?」

「結果的に助かっているんだ。ほら、これはあれだよ。地上にいる敵の様子を伺うためさ!」

「そ、そうですよね! ノース先輩!」

「私もそう思ってました! イースト君!」


 学園中央の地下では、避難した生徒達が地上の様子を見ていた。落ち着き、頭が冷えてくると、天井が透けていることに不信感を抱いた生徒もいたが、学園のアイドル、マジカル・スマイルの活躍により、今のところ、騒ぎにはなっていない。そんな状況の中。


「学園長!」


 幾人かの悲鳴が上がり、声を上げた者達に注目が集まる。視線は上。声を上げた者達が見ていたのは、地下への入口を守るため、学園の中にいた学園長だった。学園長は、突如現れた魔物相手に、交戦していた。


「魔物? 一体どこから……」

「何だか、押されてない? 大丈夫かな」

「ていうか、学園長って戦えたんだ」


 生徒達の間に、不安感が伝播していく。助けに行った方がいいのでは、といった声も上がり始めるが、それは、同じく地下にいた教師が止めた。現在、戦闘経験のある教師たちは、すでに全員、地上で戦っている。優勢なのか、劣勢なのか、何もかもが分からない状況ではあるが、それでも、生徒がここから出ていくのは最後の最後。そう、決められていた。


 魔法学園の教師として、大人として、という理由もあるのだが、それよりも、学園長がエンジ先生から聞かされたという、魔族の力。強力な魔族相手に大事なのは、人数より個。魔王軍幹部を名乗っていた男は、何十人、何百人規模の王国軍を、ほとんど一人で壊滅させたのだという。いたずらに人を送っても、死体の数が増えるだけ、という状況になりかねないのだ。――最後の最後には、ここを出ていかなくてはならない時が、来るかもしれないのだが。今は、まだ。


「きゃあ!」

「もう、見てられない」


 魔族だけでも手一杯だというのに、ここにきて、学園長が手こずるような魔物の出現。生徒達が悲鳴を上げる中、尻もちをついていた学園長は、何とか横に転がり、難を逃れていた。このままでは、学園長がやられるのも時間の問題。誰もが、それを予感し始めた時、すっと人影が現れた。こつこつこつと足音がなる。背筋の伸びたその人物は、ゆっくりと廊下を歩き、学園長の隣に並んだ。


「……遅かったじゃないか」

「今日は本来、休暇中の身でして。大丈夫ですか?」


 羽の生えた蛇、と表現できるような魔物が、二人めがけて火を吐き出す。


「危うく、死んでしまうところだったよ。君こそ、もういいのかね?」


 片手を上げ、難なくその火を防いだ男は、口角を持ち上げ、鋭い視線を目の前にいる魔物たちに向けた。


「傷はもう癒えております。これ以上休むと、体が鈍ってしまいそうでしてね」

「はは、さすが。私は少し休む。後は、任せたよ……教頭」


 ……。


「キヒヒ」


 地下へ繋がる、もう一つの入口。人気のないその場所に、一つの笑い声が木霊した。誰もいない。誰も見ていない。それもそのはず。自分の手下や、魔物相手に交戦、混乱中だからだ。


「み~っけっと!」


 地下へ続く階段に、体を滑り込ます。探すのに手間取ったが、こんな所に隠れてやがったか。だが……。きひひと、また笑みが溢れる。守っているつもりの生徒共が、実は皆死んでいました、となったら、どう思うのだろう? その光景を想像するだけで、興奮する。


「キヒヒ」


 階段を降りている間、それにしても、と思考する。思っていたより、進行が遅い。連れてきた奴らは、そこそこの武闘派ばかりだったはずだが。


「遊んでんのかぁ?」


 言った後で、それも違うか、と否定する。遊んでいるにしろ、やや遅すぎる。それに加えて、学園中央に出現した、あいつの穴。俺にとってはいいタイミングだったが、あれは、あいつにとっての最終手段のようなもの。面倒くさがりのあいつが、今日に限って張り切ったとも考えにくい。ともすると、まだ正門前をうろついていても、おかしくないくらいだ。――まさか?


「やられたのか?」


 少し考え、それはあり得るか、と否定はしない。面白い魔法を使えるやつだが、本人はそれほど強くないからな。それに、魔族という種族は、自身の力を過信して、油断するやつが多い。確かに、身体能力は人間共の比ではないが、それは一般的な人と比べたらの話だ。人間共も魔法は使えるし、中には、魔族を超えるような身体能力を持つ奴だって、いるかもしれない。いると考えるべきだ。そうでなければ、人間共との戦争がこんなに長引く訳がない。少し考えれば分かる話だ。


 あらゆる可能性を潰して、今の地位まで上り詰めた。実力をつけてきた。周りにいたのは馬鹿ばかり。禄に考えもせずに、火に飛び込んでいくのだから。俺は、考える。考える魔族だ。予想外はあってはならない。今の状況を見てみろ。俺の一人勝ちだ。


「教師の中に、中々の手練がいるみたいだな」


 その教師はあいつ、クラブを倒した。そう思っておく。そしておそらくは、今ここに向かっているはずだ。魔物の出現を確認しただろうからな。ほらな? そう思っておけば、対処は容易い。遊ばず、迅速に生徒共を処理し、向かってくる教師に備える。もしかしたら、手練は一人ではないかもしれない。早めに逃げ出すことも、考慮しておく。――ま、先に生徒の死体を見せておけば、殺すにしろ、逃げるにしろ、何とでもなるだろう。


「キヒヒ」


 先の予定を立てると、また笑った。万全の体勢。これでまた、俺は一歩先に進める。


「暗いな」


 階段を降りきった所で、明かりが灯っていないことに気付く。それは……まあ、予想の範中ではあるのだが、何だろうか、この感覚は。まるで、この暗闇の先に、吸い込まれてしまいそうな感覚。今までに味わったことのない感覚。全身の毛が逆立ち、悪寒がする。人気がない? いや、それもあるが。


「ファイア」


 小さな火が、周囲を照らす。火の暖かさを感じ、少し安心してしまう。何だ? びびってんのか? 俺が? 何に? すぐに気を引き締め直すと、一歩足を踏み出した。


「……ビンゴ。一人くらい、来ると思ったんだ」


 暗がりから聞こえた声。音もなく歩いてきたその男を見た瞬間、全身がぶるりと震え、内側から冷えていくような錯覚に陥った。これだったのだ。先程の嫌な感覚は。こいつだったのだ。俺の予想の範囲外、こんな場所に、いてはいけない男。


 俺は、小さく舌打ちをすると、その男の名を呼んだ。


「ルーツ」


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