第171話 後輩と女教師

 ぽこぽこと、地面に沼のようなものが出現し、その中から魔族さんが這い出してくる。やっと分かった。先程口に出していた、開く、ってのはそういうことね。この沼は、どこかとどこかを繋ぐ、扉のようなもの。この先にお部屋があって、そこに魔族さんが収納されているのか、はたまた、ここから離れた場所からの移動手段なのか。詳細は分からないけど、いつの間にか、私が捕らえられていたのも、この魔法によるものだったのね! 納得!


「厄介だなぁ……」


 次々と現れる魔族さんをなぎ倒していく、とっても頼りになるノービスちゃんを眺めながら、私は呟きます。見たことのない、珍しい魔法。お部屋になっているのなら、どのくらいの人数が中にいるのか、移動手段だとするなら、どのくらいの距離まで届くのか。その辺りは、多分聞いても教えてくれないだろうけど。――ま、いいや! 物は試し。一回聞いちゃえ!


「う、この魔法は、一体どういう、ものなのら?」


 座って応援しているだけなのも、ノービスちゃんに悪いし、少しでも役に立とう。そう思い、苦し気な振りをしつつも、聞いてみる。


「ら? 敵であるあなたなんかに、教えると思うの?」

「ちっ」

「先生! 今は無理をせず、休んでいて下さい!」


 誰にも聞こえないように、小さく舌打ちをする。それはそうだよね。教える訳ないよね。しかしこの状況は……非常によくない。お部屋であろうと、移動手段であろうと、どちらにせよ、このクラブとかいう魔族さんがいる限り、たくさんのお仲間を呼ばれてしまいます。


 むむ。敵ながらあっぱれ! いい魔法持ってるじゃない! 胸も私よりは大きいね! 私は、敵である魔族さんを認めました。敵の力量を認めるところから、攻略の糸口は見つかるの! そういうものなの! 前に、教頭先生がそんなことを言っていた気がする!


 認めても、認めなくとも、勝てないものもある。毛根の死滅だ――


 しかし、特に何も思いつきませんでした。教頭先生の嘘つき! 頭の中に出てこないで! 消えろ、ハゲ! 私は、ぶんぶんと頭を振ります。


「ふ!」

「この女、中々……ぐわ!」


 髪の薄い教頭の、薄い幻影を頭から追い出し、顔を上げると、状況はさほど悪いものではありませんでした。魔族さんの補充よりも、ややノービスちゃんの倒していく速度の方が早い。さすがは、私の生徒! こうなったら、私達二人でこの魔族さんたちをやるしかない!


「やるぞぉー! 私の方にも、かかってこーい!」


 応援に来てくれたノービスちゃんが、戦闘の切れ間に教えてくれたエンジ先生立案の作戦内容。それは、兵をまとめる強魔族の各個撃破。つまり、逆を言えば、クラブとかいう強魔族さんのいるこの場には、他の誰かが応援に来てくれる見込みはない。元気よく叫んだのに、私の方に向かってくる魔族さんもいない。


「いいのか?」

「あんなアホは放っておけ! それよりも! 今は目の前にいるこいつ……ぐお!」


 誰も構ってくれないので、私は、ノービスちゃんを狙う魔族さんを、横から魔法で撃つだけの簡単なお仕事を始めます。男どもはいつもそう! 私を見てくれない! 相手にしてくれない! 何が悪いっての!? こんなに可愛いのに! キャピピ!


 それにしても、あの、エロ目教師が。それって作戦と言えるの? 言えないよね? そもそも、大丈夫なの? 目の前にいるノービスちゃんは、驚くほどに頼りがいがあるけど、他の場所への応援は誰が向かったのか。今日、学園に来ている教師で、誰かいたっけな? この女魔族を見る限り、半端な強さじゃ、簡単に殺されちゃうよ。


「安心しました」


 激しい戦闘の波が収まったところで、ノービスちゃんが笑いました。


「いつの間にか、私はこんなに戦えるようになっていたんですね。エッチな欲望が隠せない、だらしない先輩たちですけど、ついてきて良かった、と思います」

「疲れたの? だったら、死ぬ? 遅かれ早かれ、あなたのお友達も死んじゃうし」

「いえ。それはあり得ません。安心したって言ったでしょう?」


 クラブさんの周囲には、また新たな敵の出現。それを見ても、ノービスちゃんは、笑顔を崩しませんでした。


「それなら、いい事を教えてあげる。こいつらを取りまとめる幹部は、私を入れて四人。その中でも、私は最弱。それなのに、あなたはこんなにも苦戦をしている」

「それが、何?」

「あなたは結構やるようだけど、私には勝てない」

「勝ちます」

「無理。私が言いたいのは、他の場所ではもう決着がついているってこと。殺されてるよ? あなたの尊敬する先生も。お友達も」


 何てこと。敵の言葉を鵜呑みにするつもりはないけど、こいつが一番弱いの? 一番、強いと思っていた。どこにも行かず、ぼーっと佇んでたし、ちびのくせに、おっぱいあるし。いけないんだよ? ちゃんと、体に見合ったおっぱいつけないと。


「ふふ。では、私も言わせて頂きますが、決着がついていることには同感です。でも、負けたのはあなた達の方です」

「笑える。面白い話だね」

「きっと、笑えなくなります。だって……応援に向かったのは、私の尊敬する先輩たち。あなたと同じ境遇なのは、少し不愉快だけど、私もその中で、圧倒的に未熟だからね!」


 それが本当なら、確かに安心できるわね! でも誰だろう? 先輩? 応援に向かったのは生徒ってこと? 誰かいたっけ? ああそうだ。ルーカス君がいたわね。彼なら、まあ。規格外過ぎて忘れていた。あとの二人は?


 私がまた無視をされる中、魔族さんたちとノービスちゃん、両者の戦いが過熱していきました。沼の数がさらに増え、足の踏み場がどんどん減っていく一方で、私のノービスちゃんの両手からは、異なる色の輝き。


 だっと、駆け出すノービスちゃん。行く手を阻むように、三人がかりで魔族さんが立ち塞がる。正面から突っ込むのは、さすがに分が悪いのだろう。直角に曲がる。その動きを予想していたのか、曲がったその先に、新たな沼が出現した。それは真下。にゅっと、腕が伸びてくる。


 ノービスちゃんは避けた。片手にまとっているのは、おそらく風属性の魔法。自身に風を当て、無理な体勢からも加速。そして回避。さらには、攻撃への起点。背中を取り、魔族さんを撃破していく。


「これは、カイル先輩に案をいただき、稽古をつけてもらいました! どうですか!」


 どうですか? 凄い。凄いわ、私のノービスちゃん。私に出来ることは、もうないわね! 頑張って! 少し離れた所で、状況を見守る私。決して、さぼっている訳ではない。生徒の、ノービスちゃんの頑張りを、目に焼き付けるためなの。


「く! どけ! ボンクラ共! 私がやる!」


 遂に、クラブさんが前に出てきました。さすがに、あいつはまずいか? 私も行くべきか? 迷っている内に、勝負は付きました。それは、一つの魔法。少なくとも、私にとってはそう見えました。


 別々の魔法を、同時に使えるんだろ? だったら――


「エンジ先輩、水蒸気爆発って、名前でしたっけ?」


 魔族さんがいた場所を中心に起きた、大爆発。爆発の前に辛うじて見えたのは、火と水。ノービスちゃんの使用した魔法はその二種だと思うのだけど、一体何をしたのだろうか。詳しくは、分からないけど、どうでもいいか! やった! 私のノービスちゃんが、勝った!


「ノービスちゃ~ん! やっほーう!」


 地面に横たわるクラブさんを見下ろしていたノービスちゃんに、駆け寄ります。ぐうの音も出ないほどの圧倒。完全勝利とはこの事。高揚していた私は、ノービスちゃんめがけて、飛びついていました。


「まだです! 先生!」

「へ?」


 私とノービスちゃん。二人の地面の下には、暗い沼が出現していました。ちらりと横を見ると、すでに虫の息のクラブさんが、口元を歪めています。――そう。生きていたのね。しぶといなぁ。


 暗い沼。この先には、何が待っているのだろう。魔族さん? それとも、死? 落ちたら最後、そのまま高所から落下させられるかもしれないよね。思えば、私の人生も落下の日々。――子供はちょっと。――僕の趣味じゃない。――え? 君、そんな歳なの? 嘘でしょ?


 沈んでいく、心と体。誰か、持ち上げてくれないかな。くれないよね。私はこのまま落ちてもいいんだけど、せめて、ノービスちゃんだけでもさ。手を伸ばしてみますが、届きません。届いた所で、私も同じ穴に落ちているのだから、意味がないことに気付きます。本日二度目、何もかもを諦めた私が、最後に考えていたのは。


 一度くらい、恋人を作りたかった――





 ===============





「もうちょい、だったな。いいとこまでは、いってたぞ?」

「カイル先輩は厳しいな。あ、俺から教えることは、もうないから」


 強魔族を撃破し、他の場所へ向かった俺は、途中でカイルと合流していた。行き先は同じ、互いに簡単な報告をしつつ、共にその場所へ向かうと、そこではノービスが戦闘中だった。戦いは、佳境を迎えており、劣勢と言える程でもなかったので、俺達は黙って、その戦いを見ていた。


「教えてほしいことはある。その日のパンツの色だ」

「それは、俺も知りたい。知っておきたい。強引に確かめることも出来るが、自分から言って欲しい。出来るだけ、恥ずかしげな表情で、豊富なパターンを頼む」

「……もう、何をお願いしているんですか! 相変わらずですねぇ」


 戦闘は終わり、その場にいた二人が同時に沼に落ちていくのを見て、俺とカイルは走り出した。意図はしていない。カイルの到着の方が早かったということもあり、俺達から見て、奥にいたノービスをカイルが、手前にいたちびっこを、俺が抱きかかえ、救出した。救出は……したのだが。


「おーう、ちびっこ。怪我はないか?」

「トキ、メキ! エンジ先生? 好き!」

「あ?」


 あ~! きゅんきゅんするぅ! 心臓も! お股も! と、教師らしからぬことを口走る、俺の助けた女教師。教師か? まあいい。おそらく、魔族による卑劣な魔法で、頭がやられてしまったのだ。到着の遅くなったことが、悔やまれる。


 関わり合いになりたくない……ではなく、今は安静が第一だ、と考えた俺は、その辺の、どこか適当な地面にちびっこ女教師を放り投げ、まだ息のあった女魔族の方を向く。女魔族は、ゴホッと咳をした後、口元を歪めた。


「私は死ぬ。でも、あなたの生徒も、死ぬ」


 何を……。


「真ん中にある建物。あそこに、あなた達の守る生徒が、いるのよね?」


 間違いではない。しかし、正解でもない。生徒達がいるのは、あの建物の地下だ。教える必要もないので、俺は黙る。


「へへ。最後の魔力で、素敵なプレゼントをしたの。今から向かっても、間に合うかな?」


 女魔族がそういった瞬間。大きな音がした。振り返った俺達が見たのは、窓の割れる音に、崩れる一部の外壁。崩れた外壁からは、巨大な魔物の姿。――こいつ!


「あなた達も、受け取って」


 女魔族は、体の前までふらふらと腕を持ってきたかと思うと、自身の心臓を一突きにした。瞬間、女魔族の体が溶けるように地面に吸い込まれ、出来上がる、一つの沼。暗い沼の先からは、声が聞こえ始めていた。


「やられた! 何か出てくるぞ!」


 距離をとり、沼を睨みつける俺達。女魔族が、命を使って出現させた、最後の扉。この先にいるのは、相当に厄介なやつだと思っていい。武器を構える音と、風の吹く音以外が消え、辺りは静寂に包まれる。


「匂いがした?」


 聞こえてくる声が、大きくなる。


「え? ここ? ここってか、これ?」


 誰かと話しているのか? ということは、最低でも、二人以上か。


「嘘つけ! もう駄目だろ、その鼻。前にも言ってなかった? この前は、確かあれ。王城の方から匂いがするって。あいつが、あそこに行くのはあり得ないんだよ!」


 王城? あいつ? 


「え? 突っ込むぞ? 何でやねん! ああおい、やめろぉ! 泥遊びがしたいなら、一人でやれ! こんなの絶対違うって! 最悪、落ちたら死……ああああ!」


 何でやねんって、何でやねん。はあ、と溜息を吐き、俺は警戒を解いた。なぜ、そこにいるかは知らないが、先にいるアホの正体が分かったからだ。俺が目を細める先で、どこかから落ちている訳でもないというのに、絶叫をしながら現れる鳥。


「お前かよ……」

「ああああ!?」


 沼から出てきたのは、フェニクスだった。


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