第168話 魔導学園襲撃

「おい! こっちだ!」

「エンジせんせ~い!」

「この下ですか!?」

「そうだ! 早く行け!」


 魔族による、魔導学園への強襲。そんな報告を受けたのは、俺達が特別講義であるダンジョン攻略を終え、数日が経ったある日のことだった。元々いたアンチェイン所属の教師に、もうしばらく代わりを務めておいてくれと頼まれた矢先の出来事。まさか、こんな事が起ころうとは。


「エンジ君! 今の子たちで生徒の避難はおおよそ終わったはずだ!」

「おおよそか……くそ」


 突如、現れた魔族。やはり、生徒全員の安否は確認出来ないか。ここに来ていない奴らも、うまく隠れられているといいのだが……。俺は苦い顔をしつつも、合流した学園長に状況を聞く。


「敵の規模は?」

「百、は越えているらしい。明らかに強力そうな奴も、四名は確認されている」


 現在、学園の教師陣が何とか魔族の足止めをし、生徒達の避難を行っている。四方を囲むように攻めてきた魔族に対して、避難場所は、学園の中央にある一番大きな建物。その地下。俺達の自信作である、通称、魔導学園地下帝国だ。


 不正等にうるさく、学園の規律を重んじる真面目な教頭が、ダンジョン攻略の際に負傷したことで入院し、俺とカイルと学園長は、これ幸いにと一気に拡張していた。これが、生徒達の避難場所として素晴らしい活躍を見せている。今だからこそ言っておこう。俺達は、こんな状況を見越して建造していたのだ。星空パンツは偶然の産物。やましい気持ちなんて一切ない。


「王国軍は?」

「要請はしているが、期待は出来ない。敵も多いし、部隊の編成からここに辿り着くまで、早くとも三時間はかかるだろう」

「待つのは厳しいか」


 どうする? と、俺は考える。王国軍の救援を期待出来ない以上、ここにいる者達で何とかするしかない。強魔族を相手に出来そうな戦力だが、学園最強と言われる教頭はいない。他の教師は戦闘中で、自由に動けそうなのは、ここにいる、戦えるのかどうかも分からない学園長くらい。カイルは、規模を大きくしたことで増えた、ここから少し離れたもう一箇所の地下への出入り口付近で、俺と同じように生徒の誘導をしているはずだ。


 どう考えても、人手が足りない。強魔族は確認できているだけで四名。決めつけはよくないが、四方を囲んでいるという状況を考えると、そいつら一人一人が、数十名の兵を束ね、東西南北に散っているのだろう。無駄に大きい敷地。俺とカイル、そして学園長が、どこかの方角に向かうとしても、穴が空く。そもそも、地下への出入り口から離れるのもどうなんだ?


「どうする、エンジ君? 私は、魔族と戦った経験がないのだ。最悪、上級生数名でパーティを組ませれば何とかなるのだろうか? 意見を聞かせてくれ」

「……それは、駄目だ」


 学園長の問いかけ。一般的な魔族であれば、この学園の優秀な生徒であれば、戦いにはなるだろう。しかし、問題はそれを束ねている者達。今までの経験上、魔族の上に立つ者達は、一線を画す強さを身につけていた。仮に、魔族領で見たような、アーメイラやギアラが戦ったような実力者が相手だとすると、数で押しても無駄に被害が大きくなるだけ。俺は否定の言葉を口にした。


「ならばどうする? このままでは、いずれ……戦闘中の教師達も、早く助けに行かないと。いや、もしかしたら、すでに」

「分かっている」


 学園長の言うとおり、時間は惜しい。相手の戦力も、目的も分かってはいないが、誰かの犠牲を覚悟にしてでも、一方向ずつ潰していくしかないか? 俺がそう結論づけようとした時、背中から声がした。


「エンジさん。やっぱり、僕も戦うよ」

「ルー、カス……」


 声を発したのは、ルーツだった。


「だが、お前」

「いいんだ。ありがとう。大丈夫」


 俺とルーツにしか分からない、主語のない会話。何も、ルーツが学園の生徒だから戦わせないという訳でも、実力不足だなんてこともない。むしろ大助かりだ。しかし……。


「後悔はしない。違うな。今戦わないと、後でもっと後悔しそうなんだ」


 ルーツは魔族だ。ないとは思っているが、今襲ってきているのが魔王軍だった場合。いや、魔王軍ではないにしろ、こいつは魔王の息子なのだ。知っている奴らがいても、何もおかしくはない。いると考えるべきだ。そうすると、下手をすればお前は……。


「僕、この場所が好きだからね」


 柔らかな笑みを浮かべるルーツ。俺は一度目を瞑った後、ゆっくりと開き、ルーツと視線を合わせると、少し笑いかけつつ、言った。


「ああ。頼んだ」

「任せて!」





 ……。





「あんなものを学園の地下に作っていたとは。それに、あの天井……先輩たちの思惑は透けて見えますが、今は、何も言わないでおいてあげましょう」

「ノービスか。お前も生徒だろうが。隠れてろよ」


 魔導学園地下帝国のもう一方の出入り口。そこにいたのは、カイルとノービス。


「そうです。私は学園生。でもその前に、アンチェインです」

「うちは別に、正義の味方って訳じゃないぞ?」


 というより、悪人の集まりだ。と、カイルが続けて言うと、ノービスは後ろで手を組み、ふふっと笑った。


「知っています」

「なら」

「私は、先輩たちと一緒に戦いたいです。尊敬する先輩たちの、後輩として」


 ノービスの言葉を聞き、相好を崩すカイル。ノービスの実力は知っている。だが、本当にいいのか? と、カイルは頭の中で考えていた。


「教師の言うことは聞けよ」

「嫌です。私は元々、学園をさぼっていた不良少女。教師の言う事なんて聞かなくてもいいのです」

「尊敬する先輩の言葉なら?」

「聞きます。でも、アンチェインとしての私なら、先輩は隠れてろなんて言わないはずです」


 いくら私が新入りでもね、とノービスは付け足すと、カイルはニヤリと笑い、背中を向けた。


「好きにしろ」

「へへ」


 少女は認められたかった。いつまでも、頼りになる先輩たちの背中を追いかけ続ける訳にもいかない。いつかは、一人で仕事をこなさないといけない日がくる。今回の件は、少女にとってチャンスでもあったのだ。


「う~ん。でも、どうしましょう?」

「そろそろ、のはずだ。あいつなら」


 遠くを見るような男の目を見て、少女は眉を潜める。すると。


「カイル君! エンジ君からの伝言だ!」

「やっぱりきたか。待ってたぜ」


 そういうことか。ちぇ、と少女は、唇を尖らせいじける。知っていたことだけど、やっぱり自分とは差がある。それでも、目標は見えた。目指すべき所は、あそこ。対等な位置。対等な信頼関係。いつかは、横に並んでやる。


「――という作戦だ。いや、作戦とも言えないがね。穴もあるし」


 横でその作戦を聞いていた少女は、元気に手を上げた。


「私がその穴を埋めます! ね! ね! せ~んぱい! 私がいてよかったでしょ?」

「言ってろ」


 作戦を伝えにきた学園長をその場に残し、男と少女は、別々の方角へ走り出した。





 ===============





「ど、どうよ?」


 はあ、はあと荒い息をつく女教師。学園の北に位置するその場所には、魔族の死体が散乱していた。ツルに絡め取られ首の骨を折られた者、今もなお、個性的なフォルムの大きな花に咀嚼されている者。


「ふ、ふふ。これが、私の研究する最先端魔法草学よ」


 周囲を見渡した後、私はぺたりと地面に座り込んだ。やった。やってやった。足止めどころか、魔族を壊滅させてやった。私の研究。皆は、気味が悪いと言うけれど、今日でそんな認識とはバイバイ。ふふふ。


「研究費増やしてよ! 学園長!」


 叫んだその瞬間。ゴウ、という音と共に、周囲一体が燃え上がった。


「え?」


 その火は自分の育てた草も、花も、死んでいた魔族さえも、何もかもを燃やしていく。


「あぁ! 情けねえ! 情けねえ! お前ら本当に、俺と同じ種族かぁ!?」


 一人の、魔族の男が歩いてきた。その男は、辺りを見回すように首を振りつつ、すでに死んでいる自分の仲間だった者達に問いかけていた。


「お前らだけでやれるって言うから見ててやったのに、何だよ? この体たらくは!」


 どくん、どくんと心臓が跳ねる。熱いはずなのに、体は冷たく感じる。目を見開き、近付いてくる男を見ていると、不意に目があった。――まずい!


「グリーン・モンスター!」


 魔族の男を中心にして、地面からいくつもの太いツタが現れる。それは、そのまま男を包み込むように巻き付いた後、一瞬で……灰になった。


「何かやったか? 今?」


 男は、涼しい顔をしていた。歪に顔を歪ませた男は、手をぎゅっと握り込む。ぐっ、ぐっと力を込めるようにしたかと思うと、男の手は燃え上がり、目の前で、飛び上がった。


「うそ――」

「焼かれろ」





 ……。



 


 魔導学園、東。円柱型の塔が立ち並ぶそこには、一つの黒い影。ひゅっという鋭い音が鳴ると、隣の塔の外壁が一部崩れた。


「先生……」

「し! 大丈夫だ、大丈夫」


 うろうろと徘徊していた魔族を幾人か倒した後、逃げ遅れていた生徒数名を見つけ保護した。しかし、避難場所である学園中央に戻ろうとしたタイミングで、何かの気配を感じ、とっさに塔の一つに隠れたのだが……本当に見つかっていないのだろうか? この音を立てる主が遠ざかる気配はないし、先程から、自分達の隠れている塔の周りだけを、いたずらに破壊しているようにも感じる。それはまるで、格下の獲物を前に、遊んでいるかのよう……。


「あ」


 大丈夫、大丈夫。生徒だけでなく、自分にも言い聞かせるように念じる。見つかっちゃいない。もしそうであれば、なぜ襲いかかってこない? そんな風に考えていたとき、自分の周囲にいた生徒の一人が、か細い声を上げた。それは、自分の向いていた方とは、反対側の窓を見ていた生徒。私は振り返る。


「怖かった?」


 女の魔族。その女魔族は、窓に張り付き、中にいる私達を見ていた。そして、三日月型に口を歪めたかと思うと。


「先生!」


 私が咄嗟に窓に向け魔法を放つのと、窓が割れる音は同時だった。


「ねえ? たくさん血が出てるよ? 痛い?」

「は、はや」


 生徒の叫び声。その悲痛な声を私が認識した時には、私の肩から鋭利な爪のようなものが飛び出ていた。





 ……。





 学園南。正門前。他の魔族たちが学園を襲う中、その場から動かない者がいた。ただじっと、そびえ立つ中央の城を見据え、ぼーっとしている。そして、さらにそれを、近くの建物の影から見守る者が一人。


「は、はわわ~! 何ですか、あの魔族さんは! 一歩もあそこから動きません!」


 頭の中で思った事を、口に出して言ってしまった。他の先生達からはやめろと言われていたのに、その年でその口調は痛いと言われていたのに、言ってしまった。でも、いいの。もう諦めた。もうすぐ三十歳になっちゃう私だけど、見た目はよく生徒と間違われるし、それにこの歳になって、今更自分を矯正することは難しい。


 むむぅ。そうだ。それでいい。自分の好きなように生きるのが一番いいはず。そして、今の状況も、これでいいはず。私の目的は、魔族さんの足止め。動かない相手に、わざわざこっちから突っかからなくてもいいのだ! ――あ。


「クチュん!」

「……そこに、誰かいるの?」


 ひやぁ! 見つかっちゃいました! 覚悟を決めろ私! やってやります! ええ、やってやりますよ! 


「捕まえました。どうしましょう? クラブさん」

「はわ~!?」


 突如、真横に現れた二人の魔族さんに、私は両肩をがっしりと掴まれていました。





 ……。





「もういい。君だけでも、早く逃げなさい」

「……駄目」


 この魔導学園で、召喚魔法なんていう変わった分野を扱う僕。しばらく奮戦はしていたものの、一人の強魔族が途中から参戦し、自慢の子達もすんなりと敗れた。強い。それでいて、なんて凶悪。魔族というものは、これほどの力を持っていたのか。


 魔力が尽き、召喚魔法どころか、簡単な魔法さえ撃てなくなり、後はもう殺されるのを待つだけだった。全てを諦め、来世では伝説と言われる生物を使役してみたい。そんな思いに耽っていたとき、助けが現れた。白い髪に、色白の肌。先程まで僕の講義を受け、すでに避難場所へ向かったはずの生徒だ。


「マジックシールド」


 飛んできた魔族の攻撃に対して、少女は魔法の盾を展開した。それは、少女と一緒に僕を円形状に包み、身を守った。だが、安心する暇はない。その盾を見た魔族達が、次々と魔法を放ち始めたのだ。


「う、うう」

「何で、そこまで?」


 盾は強固。僕達の身には傷はつかない。少女は苦しそうな声を出し始めていたが、僕はなぜかそんなことを聞いていた。


「私の、夢のため」


 少女は一言、そう言った。夢のため? 夢があるなら、尚更こんな所にいちゃいけないじゃないか。尻もちをついていた情けない僕は、少女の後ろ姿を見ながら、そう思う。


「私には、一緒に生きたい人がいる」

「だ、だったら!」


 僕を置いて、盾を貼りながら後退すれば、何とかなるかもしれないのに――。口に出しては言えなかった。真剣な表情をしていた少女が、少しだけ微笑んだ気がした。


「ただ、一緒にいるだけじゃ駄目なの……」


 小さく、そんな呟きが聞こえたかと思うと、少女は今度こそ、僕にも分かるくらいに微笑んだ。


「私、魔力だけはたくさんあるって、エンジが言ってた。頑張る」


 細い声だが、力強い言葉。出来ることはほとんどないが、僕は立ち上がる。――こんな健気な少女だけに戦わせていいのか!? 僕は大人だろ? 教師だろ? 最悪、この少女の盾になってでも! 僕は!


「立たないで。はみ出ちゃう」

「あ、はい」





 ……。





 お約束展開ってやつは困るよな。いざ、自分の身に降りかかると、たまったもんじゃない。俺が向かった先に見つけたのは、尻もちをつく教師らしき男に、魔法の盾を貼っているクリア。――あいつ、トロ臭いもんな。やっぱり逃げ遅れていたか!


 俺が走る速度を上げると、ふと、俺の方を見たクリアと目が合った。すでに限界だったのか、それとも、安心して気が抜けたのだろうか。その瞬間、クリアを守っていた盾は消え、クリアは膝をついた。


「……エンジ。私」

「クリア!」


 俺に向かって手を伸ばすクリアに、魔法が迫っていた。


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