第167話 解決と新たな問題
「エン? そうだ。その続きを言ってみろ。俺は誰だったっけ? ダンジョン王さんよぉ」
先程、勢い良く飲んだ魔力水を逆流させていたフェニクスは、逃げ場を探すようにわたわたと左右を見渡した後、突然ピタッと動きを止め、最後にすっと背筋を伸ばした。
「しゅ、主人? 俺様には、主人がいたのか……」
何を始めるのかと思いきや、そんな言葉を呟いたフェニクスは、わざとらしく俺から体の向きを逸し、カイルの方を向く。
「ご主人とやら……」
「主人はこっちだ」
「おっと、申し訳ない。実は俺様、激しい戦いを繰り返す内に、過去の記憶を失ってしまったのだ」
俺のいる方に、ぎぎぎっと体を向けたフェニクスが、悲しげな声を出し始めた。どうやら、記憶を失った設定でいくみたいだ。まあ、色々と粗が目立つが、続きを聞いてみよう。
「――という、つらく苦しい戦いがあってな。それにしても、俺様の主人か……。この目で、見たかった」
「まさかお前、目が?」
しばらく、記憶をなくした経緯について話していたフェニクスは、最後にそう締めくくると、サングラスを外し、遠い目をする。ひとまず、どうするのかと先が気になり、この悪ふざけにのってみたのだが……俺の問いかけにコクリと頷き、一滴の涙を流すフェニクス。俺の右肩辺りに視線を飛ばしているつもりのようだが、時折、ちらちらと様子を伺っているのが分かる上――お前な、もうちょっと上手くやれよ――その涙の色は、緑色だった。
「アホらし……」
「み、耳も少し遠くなった気が!」
「ああ。いい、いい。分かった。じゃあ、預かってたこれも、もういらないよな。お前のガールフレンドからの手紙だったんだが。確か、ベルだっけ? メアリーだっけ?」
俺は懐から適当な紙を取り出し、もう一方の手にファイアボールを作る。その瞬間。
「ああああ! 嘘です! すんません! いります、それ! いりますからぁ!」
「こっちも嘘じゃボケェ!」
俺は、まんまと無防備に近付いてきたフェニクスを思い切り蹴飛ばした。お前以外の鳥が、喋ったり、ましてや手紙を書いたりなんて出来るかよ。壁に跳ね返った後、フェニクスは両翼をついて体を起こし、全てを認めた。
「ぐぅ。女を盾に取るなんて卑怯な……この悪魔に魂を売ったようなやり口。こんな男は一人しかいねえ。俺様の主人である、エンジさんですね?」
「記憶が戻ったようで何よりだ。フェニクス君」
随分な言いように、もう一発殴ってやろうかと思ったが、まあいい。それにな、それはすでに俺が一回やったから。ま……俺は本当に記憶をなくしてたんだがよ。と、考えていると、カイル達が側に近付いてきた。
「おい、エンジ。この魔物と……知り合いか? 何か、主人がどうとかって聞こえたけど」
あれ? でも本当に魔物か? 喋ってるじゃん、と眉を潜めるカイル。そういえば、カイルはフェニクスと会うのは初めてか。こいつ、闘技大会の時も、変な奴らと遊んでたもんな。
「おーう! そこのエンジの友達らしき兄ちゃん! そうなんだ! 実は俺様とエンジはマブの……」
「ん~。俺のペットに似ていたんだが、やっぱり知らないな。こんな、人語をぺらぺらと話すような鳥。賞金も欲しいし、ぱぱっとやっちまうか!」
「エンちゃ~ん! そりゃないぜ!」
「ん~。俺はどっちでもいいんだけどな。しかし、やるにしても、こいつは結構……」
よくよく考えると、こいつと知り合い同士というのは、あまり知られたくない。だが、やっちまうってのは冗談だが、カイルの気にしている事は何となく分かった。こいつ、真面目に敵対するとかなり厄介だ。勝つのは俺達だろうが、見えている魔力量はかなり増えている気がするし、何やかんやで魔導学園の教頭を下している。一筋縄ではいかないだろう。
「俺様に賞金が!? そんなバッドニュース聞きたくなかったぜ! 餌を探しに行ってる間に雛を食われた、親鳥並にバッドニュースじゃんよ!」
それは確かにバッドニュースなんだろうが、今はどうでもいい。ち、仕方ないな……。俺は、カイル達に馬鹿鳥の説明をし、フェニクスからも話を聞くことにした。
「あの爺さんがよぉ! 最後の試練だ! とか何とか言ってよ!」
ダンジョンで起こっている異変。おそらくは、強大な魔物が現れたというそれの正体は、俺のよく知っている馬鹿な鳥だった。人々の力試しをしていた訳でもなく、何か特別なお宝を守っていた訳でもない。ただ、フェニクスが戦闘の経験値を積むために勝手に居着いただけだったのだ。襲い来る人々を殺さない姿勢を保っていたのは、報復を恐れたためだ。普通の魔物であれば、そんな事まで考えるやつはいないが、こいつは違う。あまり褒めたくはないが、人間の数も、怖さも、分かっているからこそだ。
そしてもう一つ、探索者達に情報を与えていたのもこいつだった。魔力水だけでの厳しい生活に、上司として何かしてやりたかった、とこいつは言った。ああ、ここに来るまでに戦った各階層の強力な魔物は、こいつの部下だそうで、フェニクスを尊敬しているとのこと。うん。こんな奴を慕う危ない魔物共。とどめを刺しておくべきだったな。反省だ。
まあ、今回はフェニクスに助けられた部分もある。こいつが探索者達に要求していたのは、いつも通り可愛いメス鳥だったのだが、あいつらが連れてきたのは、こいつのお眼鏡にかなわない小鳥だった。それが結果的に足止めをすることになり、俺達の勝利は確定した。ぱふぱふも確定した。
しかし、なんだろうこの気分。騒ぎが起こって見に来てみれば、こんな……。家で飼ってる犬が、通っている学校に遊びに来てしまったような、申し訳無さと恥ずかしさを感じる。アンチェインの仕事はこれで終了だが、これからどうするか。まずは地上へ戻るか。そう、俺が言いかけたとき、ノービスがフェニクスを見て微笑んでいた。
「先輩のペットちゃんですか~」
「こらこら、嬢ちゃん。口の利き方には気を付けような? フェニちゃんなら可!」
ふふっと笑うノービス。あの顔は、よく可愛い可愛いなんて言って、クリアなんかを相手にしている時の顔だ。まさか、こんな変な鳥を気に入ったのか? それとも、こいつも学園生。何でも可愛いと思ってしまう、言ってしまう、学生特有のあれか? やめておけ。こいつだけは。
「そういや、フェニクス? お前、ルーカスから逃げただろ?」
「誰だそれ?」
「ほら、俺の目のさ……。ダンジョン王が、聞いてあきれるぜ」
「知らねえ! 知らねえ! ああ、あれかな? 俺様がちょうど寝てた時にでも来たのかな? まったくぅ~! 知り合いを見かければ声くらいかけてくれたっていいのにな! そう思わねえか!?」
俺がフェニクスと話していると、ノービスの含むような笑い声が聞こえたので、後ろを向く。すると、なるほどなぁ、と言った顔をして、カイルやクリアまでもが、少し笑っていた。――なんだ?
「ああ。ペットちゃん可愛いです」
「あん? こら嬢ちゃん! 可愛いってどういうことだ? 格好いいと言え!」
「ふふ。エンジ先輩の事、好きなんですね」
「あ!? 話が通じねえ! 駄目だエンジ! こいつは!」
「まあ、な」
だって、とノービスは一度口を閉じ、そして。
「口調も、挙動も、考え方も、先輩にどこか似ていますもん。真似、しているんですよね? か~わいい!」
「おいこらノービス。お前……」
「おいこら嬢ちゃん。お前……」
言いかけて、またノービス達がくすくすと笑い、無表情になる俺とフェニクス。互いに、何を言うでもなく向かい合った俺達は、殴り合いを始めた。
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「あ~? ここが魔導学園かぁ?」
「そうみたいですよ? 凄く立派な建物ですね~。あれなんてほら、お城みたい」
「はしゃぎすぎ……自重」
「いいじゃないですか~。でも、これを壊すのはもったいない気もするな~」
「聞いてなかったのかい? 壊す必要はない。僕達が狙うのは、人間共。そうでしたよね? リーダー?」
「キヒヒ! ま、好きにしろやい。結果にそう大差はねえ」
何でもない、平日の昼下がり。魔導学園正門にそいつらは突然現れた。
「は? 何だあいつら? 魔族?」
「だ、誰でもいい! 先生方に伝えに行け! 早く!」
百を超える魔族の集団に、それを率いる四名の強魔族とその指揮官。四名の強魔族は、正門にいた警備兵を、いともたやすくその手にかけると、下っ端魔族を従え、散り散りに駆けて行った。
「キヒヒ!」
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