第166話 ダンジョンの王

 その音は、うるさい程に聞こえていた。三層から四層へ降りた俺の所属するパーティは、その音の方向へ進んでいく。浅いダンジョンだ。これまで分岐もほとんどなく、迷うことなく進んでこられたが、それでも少しずつ広くなってはいる様子。しかし、その戦いの音を頼りに進んでいった俺達は、何の苦労もなく、四層を駆け抜けていった。


「もっと真面目に戦って下さい!」

「やってるってばぁん……あ! カイル様助けてぇ~!」


 遂に見えた五層へと続く道。その道の前では、カイル達のパーティが戦いの音を響かせていた。


「きゃ~。カイルしゃま~!」

「次! 私! 私が行きます!」


 確かに、四層の魔物は強そうだった。見た目の印象は、どでかい猪。その大きな体からは考えられない程の速さの突進は、俺達の目の前で安々と大きな岩石を砕いた。だが、何もカイルが苦戦しているわけでも、その魔物と壮絶な戦いを繰り広げている最中というわけでもなかった。カイルは、俺が当初やろうとしていた事。生徒に魔物の相手をさせているようなのだが、どうにも様子がおかしい。


「カイルせ~んせ! 助けてくれてありがとう。ちゅ!」

「……むほほ」


 実際、真面目に戦っても勝てない相手かもしれないが、そんな事とは関係なく、生徒の動きがわざと負けているようにしか見えない。カイルのパーティメンバーは、仮にも帝国闘技大会の本戦出場者だし、その時でさえ、もう少しましな戦いをしていた。


「もう! いい加減にして下さい!」

「うるさい小娘ね~。あなただって、さっきカイル様に抱きついていたじゃないの」

「ちがっ! 私のは、躓いて転んだだけです!」


 そう。こいつらは、カイルが颯爽と助けるのを期待して、わざと負けていたのだ。全ては、お礼という名の体で、カイルに接触するために。そして、満更でもない様子のカイルに、このお遊びを止めようとするノービス。俺達に聞こえていた戦いの音とは、実はカイルを取り合う女達の声。女の戦いのことだったのだ。


「おーい! 羨ま……何やってんだ、お前らぁ!」


 俺の抱える変人共とのあまりの違いに、本音が出かけた。違う違う、と首を振り、カイル達の元へ走る。


「お? エンジか。早かったな」

「うわ~い! エンジせんぱ~い!」


 助かった! と情けない顔をして、両腕を広げて走ってきたノービスをひょいと躱し、俺がカイルの側まで行くと、カイルは抱えていた女を地面に下ろし、俺の真剣な様子に、少し顔を引き締める。ノービスは、その勢いのまま、クリアに抱きついていた。


「どうした?」

「あれ? その様子だとあいつら……あ! くそ!」

「クリアちゃ~ん! ああ、可愛い可愛い」

「……離して」


 カイルの様子を見て、いつの間にか探索者達を追い抜いたのか? と、辺りを見回すと、出口付近に大量の肉の塊が置いてあるのを見つけた。釣られて全員がその方向を見ると、猪の魔物はこれは俺のものだと言わんばかりに、自分の大きな体で、それを隠す。――いや、取る気はねえよ。しかし……。


「ちょっと急いだ方がいいな。お前が、うらやまけしからん事をしている間に、探索者達は先に行ったようだ」

「どういうことだ?」


 俺は説明をする。余裕だと思っていた探索者達との勝負に、まだ決着がついていないこと。それに加えて、五層の魔物に、教頭が敗北したことを。俺が全て伝え終わると、カイルは苦い顔をした。


「教頭のパーティとすれ違ったが、あの後そんなことがなぁ……それより、すまん。ノービス。俺としたことが、見逃しちまってたみたいだ」

「私も気付きませんでしたし、仕方ありません! まだ大丈夫です! 急ぎましょう!」

「ルーカスに感謝だな。後で、なでなでしてやらないと……」


 さてはこいつ、相当楽しんでたな? だが、そうだ。まだ大丈夫。地上へと戻る探索者達とすれ違っていないことを考えると、現状、マジカル・スマイルのおかげで優位である事に変わりはない。問題は、この先。教頭が敗北した五層の魔物を、どれだけ早く倒せるかって事だが……ま、考えても仕方ないな。


「ずるい気もするが、俺達が手伝う。行くぞ」

「すまん。デカブツも、待たせたようで悪かったな?」

「ふごぉ!」


 人間の言葉が分かっているのか、いないのか。どちらにせよ、俺達が話している間、ずっと待っていてくれた猪の魔物に、カイルが話しかけていた。そして、俺達が戦う気配を見せた瞬間。猪の魔物は、力強く地面を蹴った。


「ふごごぉ!」

「もひとつ、ごめんな――」


 猪の魔物が、走り出すか、走り出さないか。その時、すでに戦いは終わっていた。カイルが目の前からいなくなり、気付いた時には、猪の魔物の向こう側にいた。相変わらずの凄まじい戦闘速度。カイルがナイフをしまうと、猪の魔物はその場に倒れた。


「せ、せせせせ! せんぱ~い! 何ですか今のは! ずるいですよ!」

「ずるくない。遊びは終わりだ。早く行くぞ」


 きゃ~! カイル様~と、カイルの後を追う女生徒達。うん。確かに、今のは格好良いな。格好良いと思う。でもさ、ふと、思うんだ。


「ふふ。エンジ先生のここまでの頑張りは、私達が見ていましたよ。クリアちゃんの次に、ですが」

「すげえ。俺もカイル先生と一緒が良かったぜ! こんな、生徒の名前も覚えてない奴よりかよ~」

「君達は分かっていない。あの先生では、クリアちゃんを縛ったりはしないでしょう」


 俺とのこの差は何だろう……。


「エンジ、羨ましいの? ちゅう、されたいの?」


 クリアが俺の横に立ち、くてんと首を傾ける。羨ましいさ、されたいさ。お前が、やってくれるのか?


「クリア。パンツ見せろ」

「え……」

「おい、教師!」

「てめえ!」

「むは! これが、僕の求めていたものだ!」

「……うん」


 頷くなよ。俺はスカートをたくし上げようとするクリアを止め、その正面に回り込もうとした三人の不届き者に水流の魔法を浴びせると、カイル達の後を追った。





 ……。





「貴方様の求めるものは用意しました! 何がいけないんですか!?」


 問題の五層、最深部。先に到着していたカイル達の姿を見つけ、俺達が追いつくと、何やらもめる声が聞こえてきた。


「カイル?」


 俺がカイルの名を呼ぶと、カイルは無言で前を指差した。もめているのは、カイル達ではないらしい。そうなると……。


「馬鹿か? まだ子供じゃねえか! 可哀想に。そいつを置いて、とっとと帰れ」

「そんな! せっかくここまで来たのに! せめて! せめて、そこの魔力水だけでも、汲ませていただけませんか?」


 もめていたのは、あの探索者達。何をもめているかは知らないが、どうやら俺達は追い付くことができたようだ。ここで一緒になるなら、俺達の勝利は間違いない。最悪、俺が魔物の相手をしている間に、カイル達は魔力水を汲み、先に帰ってもらうということも可能だろう。――ん? ちょっと待って。そんな事よりも。


「駄目だ! 駄目だ! この、なぜか体から力が溢れる水は、俺様のもの。どうしてもって言うなら、相手になるぜぇ?」

「くそぉ!」

「ここまで来たんだ! やってやる!」

「今までのに比べると弱そうじゃない! 行けるわ!」

「はぁん? ここ数日、色々と教えてやったってのによぉ? 恩知らずが!」


 ドゴォ、という音とともに、一蹴りで壁に埋まる探索者達。ばたばたと足を動かしているのを見るに、殺されてはいないようだ。


「カイル先輩……」

「ち。思っていたよりやべえかも。生徒は下がれ! ノービス! お前もだ! ……エンジ? やるぞ」


 ああ。こいつをやるのに、何も問題はない。喜んで手を貸そう。なんたって、むかつくからな。


「がぼ、がぼぼぼ! ぷはぁ! 色は気になるがうめえ! そんで、人間共も気になるぜぇ! 何だ! わらわらと! ピクニックする場所じゃねえぜ? ここはよぉ!?」


 魔力水がたまった泉に、頭から突っ込む豪快な魔物。俺はこの先、ここで売られるダンジョン饅頭は食べない。そう、心に決める。


「いや~。今日はそのピクニックに来たんだよ、俺達~。魔物討伐ツアーってやつさぁ」

「あん!? 暗くてよく見えねえが、生意気な人間だな? それは、鳥目である俺様に対する当てつけか? ダンジョン王である、俺様に向かってよ! おぉん!?」


 俺はニヤリと口角を上げると、陰になっていた場所から、魔力の光輝く泉の近くに歩いていく。そして、やたらと人を苛つかせる、おらついた魔物。なぜか、サングラスをかけていたダンジョン王とやらに向かって、口を開いた。


「主人の声も忘れた鳥には、おしおきが必要だなぁ? フェニクス」

「エン! ガボァ!」


 緑色の血を吐き出したその鳥の頭に、ちちちち、と小さな鳥がとまっていた。


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