第165話 不測の事態

 俺の魔法の目は、すでに入口近くに帰ってきていた膨大な魔力を捉えていたのだ。正直、遠目でも誰だか分かってしまう魔力量に、尊敬と恐怖を覚える。


「どうだ! エンジさん! どうだ!」


 嬉しいのは分かるし、探索者共の驚いた顔を見る事が出来て、俺も満足だ。ただ……な。何でお前、それを俺だけに言ってくんの? 褒めて欲しいのか? それもいいけどさ、せめて名指しはやめてくれない?


「あーよしよし。よくやったな。俺も鼻が高いぞ。……おっと。それ以上、近付かないでくれるか?」


 うん! と笑顔を見せた後、うん? と眉をひそめるルーツ。理由が分からないのだろう。困った表情をしつつも、俺の方に一歩踏み出してきたので、それと同時に、俺も一歩後ろに下がる。


「何で逃げるの!」

「今日だけ。今だけだから」


 怖いんだよ。お前のファンのお姉さま方が。後ろを向いてみろ。鬼のような形相で俺を見ているぞ? 視線で誘導し、ルーツを一度振り向かせてみるが、瞬時にニコニコ笑顔に変わる、お姉さま方だった。……偏見もあるがな? ああいう奴らは、本当に危害を加えてきたりするんだよ。さっきも殺すなんて言っていたが、冗談とも限らん。お前は、俺がぶすりと刺されてもいいのか? めった刺しにされて校舎に吊るされてもいいのか?


「もう! せっかく頑張ったのに!」


 何を期待していたんだよ、こいつ。褒めたんだから、もういいだろ? 怒った顔も、可愛いルーツだった。


 ……。


「マジカル・スマイルの皆さんがお帰りになられたわ~!」

「さすがです! 早すぎます!」


 また、この流れか。別にいいけどよ、とダンジョンの入口を眺めると、ノース達が手を振り、歯を輝かせている所だった。よく見ると、額には汗をかき、少し息を切らしている。そうか。あいつら、本気を出したルーツに、ついて行くのに必死だったんだな……ついて行けてないけど。


「銀狼、お前やべえな」

「俺達、ただ走ってただけじゃん」

「マラソンお疲れ。どうだったんだ? ダンジョンの方は?」

「あ! そうだお前ら! 何か卑怯な手でも使ったんだろ!」


 俺が、帰ってきたマジカル・スマイルの面々に話を振ると、隣で放心状態だった探索者達も乗っかってきた。


「はい。見ていいよ」


 ルーツが汲んできた魔力水の小瓶を懐から取り出し、ぽいっと投げた。


「く……馬鹿な」

「緑色だと!?」

「私、外でこんな深い色見たの、初めてかも」


 このダンジョンの魔力水は、どういう訳か持ち出した瞬間から色が抜け始める。大抵、ダンジョンの外に出た時は、少し色がついてるな、という程度らしいが、ルーツが渡した魔力水はまだまだ綺麗な緑色。こんな色は、今まさに汲んでこないとあり得ない。……この状態だと、飲む気にはなれんがな。


「ね?」


 顔を上げた探索者達に向かって、微笑むルーツ。ぐうの音も出ないとはこの事だ。仮に、カイルのパーティが少々時間を食ってしまっても、さすがにこの差は埋められない。


 しかし、予想外の出来事が起こったのは、この後だった。勝ったな……と、俺がほくそ笑んでいると、ダンジョンの入口付近が、にわかに騒がしくなり、そして。


「怪我人だ! 道を開けてくれー!」


 怪我人? カイルのパーティ、ではないよな。さすがに入ったばかりだし、ノービスもいる。あいつらが、そう簡単にやられる訳が……。続いて、聞こえてきたその声は。


「教頭のいたパーティが全滅したらしいぞ!?」





 ……。





「ち……逃げ足の早い奴め」

「エンジ先生。私が思っていたよりも、相当お強いですね。これは、しっかり作戦を練らないと」

「ん~。排除は厳しいか? 出来れば、卒業までにはって思ってたんだが」

「さすがです。あの速さであれば、僕だって抗うことなく、いつの間にか縛られているでしょうね」


 二層へと続く道の前にあった広い空間。そこで俺達を待ち構えていた魔物を追い払い、先へ進む。本当は、こいつらに相手させてやりたかったが仕方ない。状況が変わった。まさかの、あの教頭が敗北するという事態に、先へ進んだカイル達の事が心配になったのだ。


「お前らな……」


 そのような状況だと言うのに、ぶつぶつと呟く俺の頼もしいパーティメンバー。こいつら、自分の野望の事しか考えてねえ。何の作戦? クリアをストーキングする作戦か? 排除って何? 俺の事? 俺は、お前らを良い奴だと思い始めていたってのによ。最後の奴、お前は本当に分からない。怖い。


「何を立ち止まっているんですか? 先生。このペースなら追いつけるかもしれません。先を急ぎましょう」

「お前らが、それを言うのな」


 順を追って話そう。まず、全滅したという教頭や芋がいたパーティだが、死人が出たという訳ではない。幸いにも、あのいけ好かない探索者達以外の、別の探索者が居合わせ、難を逃れた。では、魔導学園最強と言われる教頭が、どのようにして大怪我を負うような事態になったのか。


 それは、予想の内といえばそれまでだが、芋のせいだった。始めは、生徒に経験を積ませるため、生徒だけで戦闘を行わせていたらしい教頭。結果は、二層での敗北。まあ、それはこの際どうでもいい。ダンジョンの様子を探るために、大して怪我もなかった生徒を引き連れ、その後は、教頭一人でダンジョンの魔物と戦っていった。ここまでは、何の問題もなく、すこぶる順調。事件が起こったのは、その後だ。


 四層の魔物に負けを認めさせ、最下層である五層へと進んだ芋パーティ。色々な芋料理を食べるパーティの事ではない。現役探索者でも、中々辿り着けない五層。そこで何と、教頭が敗北してしまった。それはそれで問題だが、教頭はその戦闘で大怪我を負った訳ではない。噂通り、引くなら引け、と言わんばかりの魔物の態度に、教頭は自身の敗北に驚きつつも、一旦は帰ることを決めた。


 もう少し戦う余裕はあったが、生徒も連れてきているので無茶は出来ない。それに、負けはしたものの目処はついた。相手は魔物。何も一対一とは言われていない。今回はそうなってしまったが、今度は他の教師や、探索者なんかと協力して、討伐すればいい。


「おらぁ! くたばれや!」


 突然だった。しばらくは、教頭の後ろをとぼとぼと歩いていた芋が、二層へと帰って来た途端に、隅の方で休んでいた強力な魔物に襲いかかっていた。一度は負けたはずだが、どうせ殺しはしないのだろう? と、高を括って。実際に、なぜかそうなっている事ではあるのだが、さすがに相手も、そこまで甘くなかった。怒ったような声色の咆哮。そして、死んでもおかしくないような、強力な魔物の反撃。芋を庇う教頭。教頭を失ったパーティは、後は崩れていくだけだった。


「う、エンジ君……。気をつけろ。あいつは、化物だ」


 病院へと運ばれていく教頭が残した、最後の言葉。化物。あの教頭が言うんだ。五層にいるというそいつは、相当厄介な魔物なのだろう。……しかし、あれ? 学園関係者の大怪我の対処に追われていて、聞きそびれていたが、ルーツはすんなり帰って来たよな? そこら辺、どうだったんだ? ダンジョンへ突入する前に、近くに立っていたマジカル・スマイルの一人に聞いてみると。


「あいつら、銀狼が走っていくと、すっと道を空けていました。びっくりですよね!」


 と、言うことらしい。いや、本当にびっくりだよ。確かに、納得は出来るのだが……。化物の、さらに上をいく化物って事か、あいつ。とんでもねえな。そして、全く攻略のヒントにならない情報を聞いた後、遂に俺達のパーティも、ダンジョンへと突入した。


「お前はこれが欲しいんだってな? ほれ」

「はっはっは~! お先!」


 すでに、俺の中では勝利が決まり、いつダンジョンへ入るのかと思っていた、いけ好かない探索者達が、立ちはだかる魔物をやり過ごし、奥へと向かった。単純でしょっぱい作戦だったが、これが案外まずい。その作戦とは、魔物に食料を渡し、道を譲ってもらうというものだった。


 それでいいのか? と、この時は思ったが、襲い来る人間を食べず、ただ戦い続ける魔物達。外にも出ず、どうやってやりくりしているのかは知らないが、飢えには勝てなかったのだろう。そして、これは後で分かる事だが、食べ物なら何でもいいと言う訳ではなかった。あのいけ好かない探索者達は、このダンジョンに入り浸り、事前にその情報を入手していたのだった。


「RUN」

「……すごい。エンジ」

「む? 先生! 次は私にやらせて下さい! 今なら出来る気がします!」

「いや、俺だ! 俺は今、愛の力により新たな力を授かった!」


 教頭が言う、化物の事も気になるし、余裕だと思っていた探索者達との勝負の件もある。そんな方法ずるいだろ? とは、学園に来る前のどこかの塔で、同じような事をしていた俺には言えない。とりあえず、早くカイル達に追いつかないと……。


「うるせえ! 名も知らぬ不届き者達よ! お前らのは、邪悪な心が生みだした偽りの愛! 気のせいだ、気のせい!」

「なんて言いよう! ひどすぎる!」

「おいおい……ってお前、やっぱり名前知らねえんじゃねーか!」

「うるせえ! 行こう!」


 三層の魔物を退け、俺達は降りていく。戦いの音鳴り響く、第四層へ。

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