第164話 ダンジョン攻略開始

「……クリア」

「知ってる」


 お前の名前は知っている。言わなくてよろしい。俺が知りたいのは、不届き者達の名前だ。多分一度は聞いたような気はするが、忘れてしまった。自分で思い出せよ、と呆れた目を向けてくるので、俺は思い出そうとしてみたのだが、駄目だ。いくら頭を悩まそうと出て来る気がしない。今だって、悩んでいる振りをしているだけだ。


「お前らが悪いんだ」

「何が!?」


 そう、こいつらが全て悪い。あんな自己紹介されれば、意識がそっちに傾くのは当たり前だろうが。今、ここでじっくりと会話するまで、お前らはその内排除しなければならない敵として認識していたんだ。仕方ないだろう? 


「悪い。やっぱり、もう一度名前を……」


 尊敬されるイケメン教師から、ただのイケメン教師へ。変な意地を捨て、素直に謝って名を聞き出そうとした時、俺達のテーブルに向かってくる者達がいた。


「やあ、君。また会ったね?」


 向かってきたのは学園生の集団。その先頭に立っていた男子生徒が、クリアに話しかけていた。誰だこいつ?


「随分と嫌われちゃったみたいだ。あの時言った事は、冗談だって言っただろう?」


 気楽な口調で話しかけてくるが、クリアはうんともすんとも言わず、俺の陰に隠れた。男子生徒は、そのクリアを見た後、ふうっと溜息を吐き、顔を上げる。


「まあいいか。偶然聞こえてきたんだけど、君達、面白い話をしてたね?」

「周りからしたら、そうかもな? でも、名前を忘れられたこいつらからしたら、全然面白くないと思うぞ?」

「名前を? 確かにそれはいけないね。人の名前を忘れるなんて、失礼な話だ……って違う!」


 何だ。違うのか。何、他人事みたいに言ってんだ! 忘れたのはあんただろう!? と、うるさく騒ぐ不届き者達を制し、俺は続きを促す。


「ダンジョンの攻略者が、まだ出ていないって話さ~。随分とやる気を出しているみたいだけど、君達のような雑魚はもう学園に帰りな。一番に攻略するのも、賞金を頂くのも俺達のパーティだ」


 何言ってんだこいつ。わざわざそんな事を言いに来たのか? 学園に帰りなってのもおかしいだろ。この特別講義は、全員参加の時間勝負なのだから。……しかし、賞金? 


 意気込む男子生徒に、賞金の事について聞いてみると、突如現れたあまりにも強力な魔物達、特に最下層にいる魔物の首に、ダンジョンを管理している王国から賞金が掛けられたようだ。現在、人の命が奪われるような被害は出ていないが、その魔物がダンジョンから出てきた時の事を考え、念のためという事らしい。ついでに言うと、この街で買えるダンジョン饅頭なんかには、最下層の魔力水が使用されている。その魔力水を取りにいけない状況は、商売的にも非常にまずい状況なのだ。……なるほど。それで、探索者をチラホラと見かけるのか。


 高笑いをする男子生徒とその取り巻き。実は、そこまで強そうにも見えないこいつらが、なぜこんなにも自信満々だったのか。それは……。


「君達、何をしている? 通行の邪魔だ。さっさと行きなさい」

「あ、すみません。教頭先生」


 教頭が、遅れて後ろからやってきた。今回は、偽物ではない。聞こえてくる会話から察するに、どうやら、教頭とこいつらは同じパーティらしい。そりゃ、自信満々にもなるか。何せ、教頭は魔導学園で最強と言われる魔術師。実際は、生徒の方にもっと強い奴がいるのだが、今はそれはいい。とにかく、教頭が攻略出来ないようなら、他のパーティは攻略不可能だろう。


「では、エンジ君。また後で」

「ええ」


 俺の横を通り過ぎる際、すまないね、と苦い顔を見せる教頭に、いえいえ、と会釈を返しておいた。だって、俺は知っている。教頭が入るパーティには、問題児がいるはずだという事を。突然やってきては、意味もなく煽り、去っていった男子生徒。おそらく、あいつがそうなのだろう。教頭も大変だなっと思いつつ、俺は、教頭の頭を見て震えていたクリアに聞いてみた。


「お前、あいつと知り合いなのか?」

「ううん。名前も、知らない。でも、一度話した事がある。確か、男爵……」

「男爵? あの年で? すげえな」


 男爵という言葉に反応し、その問題児が俺達の方に振り返った。そして、口元を緩めたかと思うと、再度、俺達のテーブルに近付いてくる。……何だ?


「うん。あ、でも違う。確か男爵の……」

「そう、俺は男爵の!」

「男爵芋?」

「あ……うん。多分それ」

「よくぞ覚えていた! そう! 俺は男爵芋! ホクホクとした食感に、食べごたえもバッチリ! でも、芽はしっかり取ってくれよな! って違う!」


 近寄ってきたかと思えば、何だよこいつ。


「俺は、男爵の息子だ! 芋ではない! 全く……そこの君も、変なところで妥協しないでくれ給え」


 後から聞いた話では、こいつは男爵の息子である事を、自慢するのが趣味のような奴だったらしい。どうりで嬉しそうな顔をしている訳だ。どうでもいいがな。


「クリア。お前の知り合い、変な奴ばっかだな」

「……知り合いじゃない」

「変な奴とは何だ!」


 はあ。早く行けよお前。


「煩い芋だな」

「……うん」

「芋じゃない!」





 ===============





「きゃ~。マジカル・スマイルの皆さんよ~!」


 ダンジョンの入口周辺には、多くの人。ダンジョンに挑戦中の友人を待つ者や、作戦会議中のパーティ。学園生ではない者も含め、様々だ。


「ノースく~ん! 応援してます~!」

「サウス様ぁ! 私を罵ってぇ!」


 マジカル・スマイルが現れ、やんややんやと黄色い声が飛び交う。胸を張り、颯爽と歩くその姿は、一人一人の人物紹介と軽快な音楽でも流れていそうな雰囲気だ。あの有名な音楽番組の始まりを、俺は思い出してしまう。


「ルーカス君! 顔を上げてよ~」

「こっちを見て~」


 そんな声が聞こえてきたので、俺は名前を呼ばれている張本人に注目する。四方八方に、笑顔や投げキッスを振りまく他の奴らとは違い、ルーツは四人の間で縮こまり、恥ずかしそうに下を向いていた。……ま、お前はそうだよな。すでに、不届き者達や芋から聞いた情報は、ルーツやカイルには伝えてある。ダンジョン攻略に関しては、後はもう、あいつらを信用するしかない。


 ずっと下を向いているルーツに向かって、俺も女学生たちに混ざり、声を掛けてみた。あらかじめ言い訳させてもらうが、単なる気まぐれの思いつきだったんだ。何が意図があった訳ではない。


「そうだ、そうだ~。顔を上げろ~。何恥ずかしがってんだ、ルーカス~! 無視すんなよ、銀狼~」


 周囲と比べて声が低かったのか、はたまた、ただの偶然か。周りにいる女学生たちよりも圧倒的に小さかったはずの俺の声に、ルーツが反応した。


「あ! もう、エンジさん! 茶化さないでよ!」


 少し怒りつつも、笑顔を向けてくるルーツ。特に何も話すつもりのなかった俺は、当たり障りのない、それらしい事しか言えなかった。


「頑張れよ」

「うん!」


 満面の笑みを残して、ダンジョンの入口へと向かうルーツ。入口手前でルーツの魔力が急上昇するのが分かった。一瞬ではあったが、久々に見たルーツの本気に、体がぞくりとする。他の者達も何かを感じたのか、その瞬間だけ辺りが静まり返っていた。


「あいつ、すげえやる気だな」


 あれならば、あいつらのパーティは問題ないだろう。と、俺が頷いていると、突如感じる、たくさんの射抜くような視線。……え?


「エンジ先生! ずるいです!」

「何であんたの声には反応するのよ!」

「きゃ~! そんな! 男同士だなんて!」


 俺の周りに群がる、おそらくはルーツファンの女たち。何が起こったか分からず戸惑っていると、まるで俺が親の仇かのように、責められ始めた。


「何で邪魔をするのよ!」


 邪魔? 邪魔ってなんだ? 俺はただ、声をかけただけだが。


「ルーカス君は、あの恥ずかしがっているのが良かったのに!」

「し……知らん、知らん! お前らだって、こっちを見て~とか何とか言ってただろうが」

「煩い! 仮に反応してくれるとしても、何で私の方じゃないのよ!」


 それこそ知るかよ。俺はあいつの知り合いだし、あんなもん、ただの偶然だろうが。


「エンジ先生! ルーカス君とは深い関係なんですか!?」


 あ? 責められている訳ではなさそうだが、なんだかこいつの目は怖い。


「あー。浅くはない、かな?」

「許さない!」

「殺してやる!」


 ああ、どうしてこんな事になってしまったんだ。何で俺が責められなきゃいけない。何も悪い事なんてしていないのに。……くそ! これも全部あいつ、ルーツのせいだ。帰ってきたら説教してやる。


「捗るわ!」


 捗るなよ。





 ……。





 とまあ、そんな事がありつつも、遂に、マジカル・スマイルがダンジョンに突入した。俺が応援していた事からも分かるように、俺やカイル達のパーティは、まだもう少しだけ時間を置いてからだ。


 この後、ダンジョンに入るパーティの順番は、教頭と芋、カイルファンの集い、最後に、カリスマ教師エンジ君とその他だ。結局、不届き者達の名前は聞きそびれた。いいんだ、もう。おいとか、お前で何とかなるだろ。


 そして、問題の探索者達。学園生でもないこいつらは、いつ入ろうが構わないのだが、すぐに入るつもりはないらしい。まずは一パーティ、マジカル・スマイルの様子見か、それとも……。俺が横目で伺っていると、ルーツ達の後ろ姿をニヤニヤとした表情で見ていた探索者たちが、俺達のいる方へ近付いてきた。


「このダンジョンで何が起こっているか。多少は知り得たようだな?」

「まあな。えらく強い魔物がいるみたいじゃないか」

「くく。ありゃあ、倒せんよ。例え、あんたが魔法に精通する教師でもな? 俺達とは次元の違う強さだ」


 別に、俺は魔法に詳しくないのだが。しかし、この言いよう。やはり何度か挑戦してるな。だとしたら、こいつらの自信は何だ?


「今日、初めて挑戦するんだろ? 何も知らないお前らじゃ、俺達には勝てない」


 約束は守れよ? と、念を押す探索者たち。魔物と会わずして、魔力水を取ってくる道でも見つけたか? それとも、他に何か作戦が? 気になることは確かだが、まあでも。


「どうかな……」


 俺は口を歪めると、ルーツ達の入ったダンジョンの入口を睨む。釣られて探索者たちもその方向を見るが、ふんと鼻で笑い、背を向けた。


「せめて、生徒が無事に帰って来ることでも祈ってるんだな。俺達だってその方が嬉しい。だって、その後は……俺達がじっくりと楽しむんだからよ! はは!」

「おい。どこに行くんだ?」


 去年の特別講義。攻略平均時間は、三十分程度らしい。そこから考えるに、ダンジョン攻略の専門家である探索者だと、早くて十分から二十分って所だろうか? だが、今年は各階層に強力な魔物が出現している。そうなると、今はまだルーツ達がダンジョンに入って五分程度。出てくるまでには、まだまだ時間がかかるだろう……。


「あ? 俺達はまだ入らねえよ。取り敢えず、さっき入った奴らを、待とうと思ってな。また、後で来るから心配すんな! いや? お前ら的には来ない方が嬉しいか? くく」

「おい、ゲス共。ちょっと待てや」

「んだよ! 約束の取り消しはしないぜ?」


 とでも、思ってたんだろうな。


「は。ちげぇよ。何も知らないのはお前らの方だ」

「どういう……?」


 それだけを言うと、再度、俺はダンジョンの入口の方へ顔を向けた。


「お~い! エンジさ~ん! 僕、頑張ったよ! どうだ!」

「は、はぁ!?」

「何だと!」


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