第163話 不届き者

 後先考えない馬鹿女、ノービスの提案により、いけ好かない探索者達と何らかの勝負が行われようとしていた。しかし、そもそもの始まりが、自分達の時間を奪っただとかいう言い掛かりもいいところだったので、最初、俺とカイルは止めるつもりでいた。そこで強引に手を出して来るようなら、俺達も容赦はしないつもりだったのだが……。


「よし。じゃあ、嬢ちゃんの所属するパーティが負ければ、嬢ちゃんには何でも言う事を聞いてもらうからな?」

「ふん。いいでしょう。私達が勝てば、皆を馬鹿にした事を謝って頂きます」

「おい、お前ら……」


 どんどんと先へ進んでいるノービスと探索者達との会話。ノービス、お前な。自信はあるんだろうが、負けた時のリスクが全然釣り合ってないんだよ。もしかして、何をされるか分かってないのか? 俺が、その流れをぶった切ろうと口を開きかけたその時、風向きが変わった。


「そういう事か……仕方ない。僕も勝負を受けよう。こんな勝負に何の意味があるのか分からないけど、学園の生徒を、エンジさん達を馬鹿にしたのは謝ってもらいたいからね」


 ノービス同様、ノース達にこれまでの事情を説明してもらっていたルーツが、勝負への参加を表明した。ルーツの参戦の言葉を聞き、俺とカイルは顔を見合わせる。何から何まで人外クラス。走攻守が揃い、顔まで可愛いルーツと勝負? お前は、こういうのに関わらないと思っていたけど。え? やるの?


 ノービスだって、初めて出会った時に比べると著しい成長を見せている。勝負内容は決まっていないが、ルーツとノービスの二人が相手では、俺とカイルでも勝つのは無理ではなかろうか。少なくとも、戦闘では勝てる気がしない。いや、もしかしたら、ルーツ一人が相手でも……。俺達は、ひとまず勝負内容を聞いてみる事にした。やる。やらないの判断は、その後だって出来る。


「勝負方法は、どうしましょうか?」

「そりゃあ、あれだろ。俺達がここにいる理由、ダンジョン探索だ!」

「分かりました。でも、私達は一応、特別講義という体でダンジョンに入る事になっています。ですので、ルールだけはこちらに合わせてもらいます」

「最深部にある魔力水を取って、地上に帰って来るまでの時間勝負だっけ? いいぜぇ」


 なるほど、なるほど。横でノービス達の会話を聞いていた俺とカイルは、ほうほうと頷いた後、ノービスと探索者達との間に割り込み、口を開いた。


「お前らが馬鹿にした生徒の実力、教えてやるよ」

「ただし、今のままの条件では認めない。大事な生徒を、こんなお遊びでは渡せねえなぁ?」

「せんぱ~い!」


 カイルが、ノービスの肩に手を回し、悪い顔をしていた。なぜか、攻守が逆転している気がするが、探索者達も、自分達の言う事が屁理屈だと分かっていたのだろう。俺達の言葉に怯み、悩む素振りを見せていた。何で教師が出しゃばってんくんだよ……なんて小さい声で言っているが、当たり前だろう。教師なんだから。


「ど、どういう条件なら受ける?」


 乗ってきたか。せっかく、まとまりかけていた話だもんな? 全く……まあ、ピッチピチの女学生。気持ちは分からないでもないが、お前らが今、滾らせているその欲ってのは、多くの場合において身を滅ぼすんだぜ。


「こっちだって相当危ない橋を渡らなきゃいけない。俺達が勝てば、お前らにも言う事を聞いてもらわねえとなぁ?」

「女。お前には、ここにいる男全員の顔を、その豊満な胸で挟んでもらう」

「あんたら、本当に教師!? すっごく悪い顔なんですけど! あと、勝敗も決まってない内から、変な要求すんな!」


 俺達の気の変わりように、少し怖気づいた探索者達だったが、自信はあるのか、それとも欲に目が眩んだか、最後には条件を飲んだ。勝負内容を改めて言うと、競うのは、ダンジョン攻略における時間の速さ。勝負を受けたノービスとルーツは別のパーティなので、その二つのパーティの攻略時間を足して半分にする、という事で話はまとまった。


 勝敗? そんなもん、もう殆ど決まっている。ノービスのパーティにはカイルがいるし、ルーツとお前らじゃ、三歳児とオリンピック選手並みに能力の差がある。そうでなければ、こんな阿呆らしい勝負させる訳ないだろうが。いくらお前らがダンジョン攻略の専門家だろうと、その力の差を埋める事は、到底出来ない。


「さあさあ! さっさとおっぱじめようぜ!」

「尻が、好きな奴もいるかもしれないな。尻も見せろ!」

「……こんな奴らが、学園の教師やってていいのか?」


 勝負には参加しないというのに誰よりも張り切る俺と、すでに勝利後の要求を始めているカイル。その俺達二人の前に、状況を見守っていた一人の学生、赤い翼ノースが申し訳なさそうに出てきた。


「あの、先生方。盛り上がっている所すみませんが、俺達の出番までは、まだもう少し時間があります」


 そうだよな。





 ===============





「あの。エンジが呼んでる」


 ベンチに座った男の、禿げ上がった頭頂部を見ながら、声をかける少女がいた。


「うん? 誰?」

「エンジ」

「ああいや、お嬢ちゃんは?」

「クリア。何だかその、揉め事みたい」


 頼み事をされたはいいが、すでに結構な時間探し回っていた。見つからない。もしかして、こっちの方向じゃなかったかも? と、心中慌て始めた頃、ようやく、目的の頭を見つけた。


「揉まれたい? お嬢ちゃん、顔に似合わず大胆だね」

「違う。早く来て。大変な事になるかも」

「揉まれないと大変な事に!?」

「違う。とにかく早く来て」


 自分の方に、振り向く男。ん~。正直、顔を見ても分からない。日が浅い私は、まだ学園の中でも、その人物を見かけた事はない。でも、きっとこの人。この辺りで、エンジの言った特徴に該当する人は、この人しかいなかった。今にして思うと、この時は焦っていたのだ。普段は余りない、エンジからのお願い事。ささっと終わらせて、褒めて欲しかった。


「こんなおじさんでいいのかい? その、好きな男の子とかいないの?」

「いる。でも、今必要なのはあなた」

「そうか……。仕方ない。そこまで言うのなら、おじさんが優しく解決してあげよう。ふふ。君から誘ったんだからね? 君から」

「うん」


 にんまりと笑う教頭先生。よし。早く戻ろう。


「ちょ! 駄目、駄目! クリアちゃん、その人は教頭先生じゃないよ!」

「ごめんなさい! 何でもありませんから! この娘が言った事は忘れて下さい!」


 あ。この人達は……。あれ? そうなの?


「何だい、君達は? おじさん達の邪魔をしないでもらいたいものだ」


 するする。


「うげ! 止めるのが遅かったか」

「クリアちゃん、また厄介なおっさんに声をかけたものだね」

「エンジ先生、呼んでくる。ここは任せたよ」


 この人達は、私のパーティメンバー。エンジには、気をつけろって言われてるけど、おそらく、今回はこの人達の言っている事が正しい。……うん。間違いない。だって、この偽教頭先生、下半身丸出しだもの。





 ……。





「クリア!」

「あ!」


 向こうでの話し合いが終わり、やっと昼飯が食えるな、と思っていた頃、俺のダンジョン攻略におけるパーティメンバーの一人、縛られたクリアに感動した不届き者が走ってきた。おいおい、今度は何だよ? と、げんなりする俺に、持ち込まれたのはやはり厄介事だった。


 簡単な説明を聞き現場に駆けつけると、俺に気付いたクリアが、たたっと駆け寄り、腕に抱きついてきた。何か、恐ろしいものでも見たかのような表情をするクリアの頭を二度叩くと、俺は周囲を見渡す。何を見たのかは、結局教えてくれなかったが、ここで何が起きたのかは、察する事が出来た。


 荒い息をつき地面に座る、パーティメンバーの二人。その横には、教頭そっくりの特徴を持つ男が、うつ伏せで倒れていた。これが、クリアを攫おうとしたという偽教頭……確かにそっくりだ。


「大丈夫か? お前ら?」

「はあ、はあ。くそ。ずっと見守っていたのに、情けない。話しかけるくらいなら大丈夫と思った私が甘かったようです」

「へへ。どうだ。クリアちゃんの貞操は、こんな変態に渡すもんかよ」


 クリアを常に見守る不届き者と、クリアの貞操を狙う不届き者の二人は、襲い来る偽教頭を倒したようだ。いや、よくやった。最初の自己紹介と、無駄な一言がなければ格好いいぞ。


 ……。


 そんな余談もあり、何となく一緒になった俺達は、同じパーティという事もあり、昼食を取りつつ、これからの流れについて話していた。ちなみに、一緒に飯を食おうとしていたカイルは、クリア達と合流する前に、黒パンツ先輩に連れて行かれた。


「へえ、そんな事が。でも、ルーカス君達なら問題なさそうですね」

「クリアちゃんがその場にいなくて良かった。絶対、巻き込まれてたぜ」

「こっちはこっちで、嫌な目にあったけどね」

「うん……」


 詳しく何があったかは知らないが、今回はこいつらがいた事に感謝だな。それにしても……う~む。何て普通な会話だ。こいつら、クリアが絡まない所では、実は良い奴なのでは? 


「ねえ、先生。聞きました? 今年の特別講義、まだどこのパーティも合格していないらしいですよ?」


 俺が心の中で失礼な事を考えていると、クリアを常に見守る不届き者が、気になる事を言っていた。合格していないって事は、時間を競うどころか、最深部にある魔力水を持ち帰れていないって事か? 簡単に攻略出来るダンジョンだと聞いていたが……待てよ。探索者なんて奴らが現れた事もそうだし、あいつら、何かそれらしい事を言っていたな。何も知らないだとか、懲りない連中だとか。


「その情報、詳しく教えてくれ」

「昨日挑戦した皆は、今日学園に来ていませんでしたからね。私もあまり……」

「何でこいつ。先生なのに知らないんだ」


 クリアの貞操を狙う不届き者が、生意気な事を言ってくるが無視だ。風の噂ですが、と前置きをして話し始めた、クリアを常に見守る不届き者の話に耳を傾ける。


 このダンジョンは、大きく分けて一層から五層。地下に伸びるタイプのダンジョンだ。これは、俺達のようなダンジョンに挑戦する者が勝手に決めた単位だが、地上に近い方から一層、二層。下へ続く階段のような道を通れば、次の層といった形だ。


 そんな構成のダンジョンだが、何でも、各階層にあり得ない程強力な魔物が出現しているらしい。それだけを聞くと、特におかしな事もないように思えるが、魔物の挙動が、どうにも変だと言う話だ。負けそうになれば、すぐに逃げ出すのは納得できるとして、勝った後も、止めを刺さず、その場で見ているそうなのだ。

それは何となく、力試しをしているかのような様相。


 これは、後から聞いた話だが、強力な魔物が現れたのにも関わらず、この特別講義が中止にならなかったのは、未だ、このダンジョンで死人が出ていないという事かららしい。いや、危ないからやめろよ、と思うかもしれないが、自分を殺さない強力な魔物と戦う経験は、非常に価値あるものと判断されたようだった。


「挙動の怪しい、強力な魔物か」


 本来の仕事。俺とカイルが来た理由。ダンジョンで起こっている異常ってのは、その事なのか? 飛躍しすぎた考えだが、その魔物達が、もし本当に挑戦者の力試しをしているようなら、ダンジョンの最奥には何があるのか。何かお宝でも守ってるのか? それを、自分達が認めた者に渡すとかいう……妄想のしすぎだな。


「俺のように学園の教師が混ざってるパーティもあったはずだろ? まさか、そいつらもやられたのか?」


 名高い魔導学園で、魔法を教えるほどの教師達。戦闘の苦手な教師だっているかもしれないが、全員がそんな訳ではないだろう。特に、こういった内容の特別講義なんだ。その教師陣が勝てなかったとなると……。


「その、まさかみたいですよ。昨日の到達階層の最高は、第四層。最下層の魔物は、教師達にも倒せなかったみたいですね」

「じゃあ何だ? 俺らもダンジョン攻略なんてしなくていいんじゃねーの? ま、逆に攻略出来れば、鼻高々。クリアちゃんも抱かせてくれるんだがよ」


 マジかよ。お前の頭の中の論理もマジかよ。しかし、そうなるとまずいな。ああいや、クリアの貞操を狙う不届き者の事ではない。段々、話す内に分かってきた。こいつらは、案外悪い奴らではない。強引に、クリアに何かをするような事もなさそうだ。むしろ、偽教頭の時のように、いざという時はクリアを守ってくれそうな気配すらある。


 俺が気になったのは、探索者達とのやり取りの件だ。もちろん、ルーツ達の事は信用している。仮に、あいつらが負けるような魔物であれば、探索者達には到底勝てない相手だろう。そもそも、魔力だけを見る限りじゃ、魔導学園の教師どころか、マジカル・スマイルにだって、通常の戦闘では勝てないだろう。


 だが、あいつらは仮にもダンジョン攻略の専門家。それに加えて、自信もあるようだった。俺達よりも前から、このダンジョンに入り浸っているようだし、何か作戦があるのかもしれない。……ち、早計だったか?


「皆……頑張ろ!」


 俺が今聞いた情報を噛み砕き、ダンジョン攻略について頭を巡らしていると、クリアが胸の前で両拳を握り、ふんす! と言った感じで、やる気を出していた。


「ああ、なんてお可愛いポーズなんでしょう……おっと。いけない。ええ、そうですね。エンジ先生はお強いと聞きました。攻略を目指しましょう」

「ふん。クリアちゃんがそう言うなら……悪い、鼻の中を切ったようだ。ティッシュくれ」

「はい、これ。鼻血なんてベタな。僕は、クリアちゃんの鼻血を出す所を見てみたいな」


 今の、興奮ポイントだったのか? 後、さっき言った事は間違っていた。やっぱり、一人だけ笑顔の怖い奴が混ざってるわ。何はともあれ、この情報は、ルーツ達にも教えておいた方がいいだろう。俺はそう決め、有用な情報を集めていた、中々頼りになるパーティメンバー達の顔を、ぐるりと見渡す。


「サンキュ。情報、助かったぜ」

「いえいえ。このくらいは別に」

「先生も、攻略の際は頼りにしてるぜ?」

「んふ」


 うんうんと頷く俺。何を考えているのか分からない一人を除き、パーティに連帯感も生まれ始め、ダンジョン攻略に向け、整ってきたと言えるだろう俺達。最後に、ずっと気になっていた事を、尋ねてみる事にした。


「お前ら、名前何だっけ?」

「同じパーティなのにひどい! しかも、あなた教師でしょう!?」

「おいおい……」

「んふふふ」


 嘘でしょう? と、いうような顔をする不届き者達に、俺は、ニコリと笑顔を返した。


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