第162話 ダンジョン街と厄介事

 魔導学園を出発し、何もない平原を小一時間歩くと、小さな山が見えてくる。その山の麓に、ただの洞窟のような穴が空いているのだが、そこが魔導学園特別講義が行われる、ダンジョンと呼ばれる場所の入口だ。ダンジョンと聞けば、お宝や徘徊する魔物。そういったものを想像してしまうが、まあ、間違いではない。


 この世界では、空気中に漂う魔力が濃かったり、危険な魔物が出現したりする場所の事を、ダンジョンと呼ぶ。漂う魔力が濃ければ、そこには魔力石を始めとする、魔力の影響を受けた何らかのものが生まれる事が多く、中には高く買い取ってもらえるものもあるらしい。危険な魔物だって、それ相応の討伐報酬や素材の買い取りに期待が出来るのだ。


 元は、山に出来た何でもないような洞窟の入口。現在、王国の管理となっているその入口は、それらしい装飾がなされ、まさにダンジョンといった趣だ。人の集まる所には、人が集まるもの。ダンジョンの入口を起点にして、いくつかの宿や店が並び、小さな一つの街が出来上がっていた。


「はい。じゃあ、無事に街に着いたので、後は各々自由にやってくれ。困った時は、俺やカイル先生ではなく、一緒に来ている教頭先生を頼るように」


 そのダンジョン街とも呼べる場所に辿り着いた、俺達魔導学園の教師数名とたくさんの生徒。その光景は、まるで修学旅行のようだった。適当すぎ~。先生は助けてくれないの~。やる気ないんじゃないの~。等と、俺の受け持った連中が、やんややんや文句を言って来るが、俺はニコリと微笑み、一言だけ返した。


「よそはよそ、うちはうち」


 俺の受け持った生徒はあれ。自分の行動に責任を持ち、さらには、自分達で考えて動けるような、優秀な奴ばかりだからな。少なくとも、俺はそう信じている。決して、面倒だと思った訳ではない。それによく考えてみろ? 臨時講師の俺達に、問題児を管理させるような真似をすると思うか? しないだろ?


「素晴らしい方針です! 先生!」

「君達、あのお方の言葉が信じられないのかい?」

「困った時は、俺達に頼ってもいいんだ」

「皆! 笑顔、笑顔! ビューティフル・スマイル!」


 問題児いるじゃん……。いや、今の言動や、学園の成績的には違うのだろうが。


「はい! ノース先輩! イースト先輩!」

「マジカル・スマイルの人達と一緒だなんて! 私達ついてるわね~!」


 魔導学園のアイドル、マジカル・スマイルの連中が俺の管理する生徒達に、紛れ込んでいた。ああいや、最初からいたのは知っていたけど。何だかなぁ。生徒の関心を一気に逸し、持っていったマジ・スマの連中は、俺の方を向き、バチバチとウインクを飛ばしてきた。分かった分かった、ご苦労さん。


「はは、また昨日に引き続きワラワラと。懲りない連中だねぇ」

「何も知らないガキ共が。遠足か何かと勘違いしているんじゃねえのか?」

「見てよ、あの教師のやる気のなさ。あれじゃあ、死人が出てもおかしくないわね」


 解散を宣言しようとした俺達の横を、学園生ではない三人の男女が歩いていった。探索者。各地のダンジョンから希少な物品を探し出し、それを売って生活する者達。冒険者と似たようなものだが、ダンジョン攻略における専門家達の事を、そう呼ぶ。


 そして、昨日に引き続き、と一人の男が言ったように、実は、今日は特別講義二日目。ただし、俺達のパーティが、すでに一度ダンジョンに挑戦したという訳ではない。魔導学園の生徒全員が、一日で全て入りきれる訳ないからな。数日に渡って、各パーティが順番に挑戦する事になっている。結果は、最深部に溜まっている魔力水を取ってくるだけのタイムアタック方式なので、いつ入ろうが問題はない。


 聞こえてきた嘲笑に生徒達が顔をしかめるが、気にするなと俺はひらひらと手を振った。馬鹿にされているようだが、どうでもいい。闘技大会で活躍した奴らを筆頭に、学園生の中には大人顔負けの魔術師がたくさんいる事は分かっている。あんな奴らの言う事は、無視しておけばいいさ。俺はむしろ、学園生の講義に使われるような浅いダンジョンに、探索者なんて呼ばれる奴らが来ている事を、不思議に思っていた。


「じゃ、解散。くれぐれも、俺達の責任になるような行為は慎むように」


 俺が解散を言い渡すと、生徒は散り散りに消えていった。これで一旦、辛気臭い教師の真似事も終わりだ。息をふうっと吐き出したタイミングで、後ろにいたカイルが近付いてきた。


「お疲れ、エンジ。飯でも食いに行くか?」


 朝、遅くに学園を出て、今の時間は大体正午。ダンジョン攻略昼の部である、俺達のパーティは、ダンジョンに入るまでにはまだ時間がある。カイルの誘いに、そうするかと頷いていると、クリアが一人でぼーっと突っ立っていたので、声をかけてやる。


「クリア、ご飯一緒に行くか?」


 クリアは、無表情でコクリと頷き、ててっと走り寄ってきた。そこでふと気付く。あれ? 一人? ノービスが一緒だったはずだが? 俺が、ノービスと同じパーティであるカイルの方を向くと、カイルは目を細め、とある方向を見ていた。俺も釣られて、その方向を見てみると。


「あんたら、さっきはよくも俺の尊敬する先生を馬鹿にしたな」

「こんな初心者向けのダンジョン、俺達だって何度も経験している。そんな所に好き好んで来ている探索者なんかには、でかい口を叩かれたくないね」

「消えろ。この世から」

「う~! は~! バニッシュ!」


 カイルの見ているその方向に、ノービスはいなかった。しかし、そんな事はどうでもよくなるほどの厄介な事が、そこで起こっていた。先程、俺達を見て笑っていた探索者達に、マジカル・スマイルが突っかかっていたのである。……やっぱり、問題児じゃねえか!


「俺、知~らね」

「俺も俺も。あんなのは教頭案件だ」

「クリア、ちょっと教頭呼んできてくれ」

「うん。エンジ、どっちに行ったか分かる?」

「分からん。でも、まだその辺で禿げてるはずだ」

「……頑張る」


 クリアを送り出し、俺がもう一度厄介事が起きている方向を見ると、両者は、言い争っていた。教頭の到着を待つ俺達が、念のため、しばらくその光景を眺めていると、言い争う両者は、同時に俺とカイルの方を向いた。……ち、あのハゲ。間に合わなかったか。


「おい! あんたら、こいつらの先生だろ! そんな所で黙って見てんじゃねーよ!」

「あ、僕は先生じゃありません。学級委員長です」

「俺は、副委員長だ」

「嘘つけ! お前ら、制服着てねえじゃねーか! いや、仮にもそんな役職についているのなら、普通何とかしようと思わないか!?」

「思わない。世界の学級委員長が全員、優等生だとでも思うなよ? 誰もやりたがらなかった結果、俺達はくじ引きで選ばれたんだ」

「そうだ。ついでに言うと、俺達はクラスの皆にイジメられている。あのくじ引き、絶対何か仕組まれてたぜ!」


 俺達が、いや~参った参った、と苦笑いをしていると、矛先が俺達の方へ向き始めた。


「仮にもって言っただろうが! 変な設定を追加していってんじゃねえよ! それに、お前らみたいなふてぶてしそうな奴ら、イジメられる訳ないだろう!?」

「先生さんよぉ。このガキ共、何とかしてくれよ」


 俺達は、特別講師という立場だが、ここにいる生徒にとっては学園の先生である事に変わりはない。多少の時間稼ぎも虚しく終わり、仕方ないな、と仲裁を始める事にした。最初に煽るような真似をしたのは探索者の奴らだが、止めるならこっちだろう。


「お前ら、その辺でやめとけ」


 俺は、マジカル・スマイルの四人に声をかける。


「でも、先生!」

「こいつらが!」

「お前らの気持ちは良く分かった。サンキュな。でも、ここは引いとけ」

「……はい」

「そうだ、そうだ! ガキ共が、大人に逆らうんじゃねーよ!」

「早く学園に帰って、魔法の練習でもしてな!」

「君達、可愛い顔してるからお姉さん許しちゃう。あ、おっぱい吸わせてあげようか? ガキ? あははは!」


 俺の言葉を聞き、黙って矛を収めたノース達とは反対に、探索者の三人が調子に乗り始めた。俺とカイルのいる方へ歩いてきていたノース達が、一度後ろを向いたかと思うと、何かを飲み込む素振りを見せ、また歩き出す。


「……く」


 何も言わず、唇を噛みしめ悔しげな表情をするノース達。俺とカイルの側を横切る際、俺はノースの肩に手を乗せ、小声で言った。


「よく、我慢したな。ご褒美だ。ちょっと、後ろ見てみ?」


 俺の言葉に、え? という表情をしつつも、後ろを振り返るマジカル・スマイルの四人。俺がカイルに視線を飛ばすと、カイルも同じ気持ちだったのか、小さく笑い、頷いていた。


「ちょ! いやああ!」

「おお! セクシィー!」

「ラッキーだぜ!」


 ばたばたという音を立てつつ、捲れ上がる女探索者の短いスカート。横にいる男達は髪が揺れる程度だが、なぜかその女の周りにだけ、下から突き上げるような突風が吹いていた。


「何これ! 何これ!」

「おい! てめえらが、何かしやがったのか!?」

「ん? どう見ても自然に発生した風だろ、それ」

「俺達は、ずっとお前らの正面にいただろうが? 何かしたように見えたか?」

「え? いや……そうだけどよ」


 カイルの素晴らしい技術。この魔法に至っては、おそらく見破れるのは目に魔力を注ぎ込んだ俺とルーツくらいだろう。本当はこんな奴ら、殴リ飛ばしたいくらいだが、今は仮にも先生という立場だし、何よりもノース達が我慢したんだ。お前らも、すまんがこれで溜飲を下げてくれ。と、俺がマジカル・スマイルの奴らの顔を伺うと、誰もが真剣な表情で、それを眺めていた。まあ、こういうのに興味津々な年頃だよな。


「そんじゃ、良いもんも見れたし、俺達はもう行くんで。うちの生徒がご迷惑をおかけしました」


 しばらくの間、はためいていたスカートがゆっくり元に戻ると、最後にフワリと柔らかな風が吹いた。気持ちがいいくらいの穏やかなその風は、探索者達のズボンとスカートの固定部分を優しく破壊し、ずり落ちる。三人の下半身は、綺麗にパンツ一枚の状態になっていた。


「おいおい、何ですかそれ? 多感な年頃の生徒達の前で、露出なんてやめてくださいよ。もうちょっと良いズボン、買っといた方がいいんじゃないですか?」

「最後に一つ、生徒の代わりに言わせてもらいますけど、生徒だって遠足じゃない事くらい分かってますよ? そんなみっともないものを身に着けているあなた達には、言われたくないと思います」


 ま、こんなもんだろう。暴力的な事態を起こさずに済んだし、ちょっとした意趣返しもしてやった。折角生徒は我慢したのに、お前らはやりたい放題だなって? そんなの当たり前だろう? あんないけ好かない連中。俺達は、どれだけ汚れようと、あと数日もすれば学園を去る予定だし、そもそもが盗賊。悪い奴なんで問題なしだ。それにな、あれは自然発生した風。俺達がやったと決まった訳ではない。それが重要。


「先生……ありがとう」

「いい風が吹いてくれたな。お前らは何もしちゃいない、気にすんな」


 ノースとイースト、近くにいた二人の背中を叩きつつ、俺達はいそいそとズボンを履き直す探索者達に背を向け、歩き出した。しかしその時、全てを丸く治め、笑顔すら溢れ始めた俺達の方へ、向かってくる二つの影があった。


「いたいた! せんぱ~い! ピクニックと言えば、やっぱりご飯ですよね! 美味しそうな店、探してきましたよ~!」

「エンジさん! これ見て! これ! ダンジョン饅頭だって! 去年はこんなの売ってなかったのに、凄いよね!」


 遠足感丸出しのノービスとルーツが、合流した。お前ら、姿が見えないと思ってたらそんな事を……。


「おいこら。先生さんよぉ? 遠足が、何だって?」


 背中から聞こえる、苛立ちの篭った声。ああ、もう。全て台無しだよ。全てな。別に、ダンジョンに入る時以外は、ゆったり構えててもいいと思う。でもな、今だけはちょっと駄目だったんだ。


「へへ。上玉だな。おい、先生? さっきの風については何も言えねえが、俺達に、無駄な時間を取らせた事は、確かだよな?」

「新しい服を買いに行く時間くらいは、あったな」

「そ、それはもういいんだよ! だが、そうだ。俺達は、とんでもなく忙しい時間の合間を縫って、お前らんとこの生徒の相手をしてやった訳だ」


 ち、面倒な奴らだ。何が言いたい?


「今度は俺達の相手をしてもらわねえとな? 今来た二人の女、ちょっとばかし、貸してくれねえか?」


 それが狙いか。ゲスい野郎共だ。しかし、二人? ノービスと……。


「状況は今いち分からないけど、僕は男だ!」


 お前だよな。しかし、こいつは女の格好もしていないはずなのに、そういう認識をされるのか。顔と仕草が問題なのか?


「男!?」

「マジ?」

「男なの! だとするなら、すごい私のタイプ!」

「こいつは間違いなく男だ! 男だが、顔は俺もタイプだ!」


 探索者共も驚いているな。なぜかカイルも便乗しているのが気になるが、どちらにせよ。


「そんな事、出来る訳ないだろう? PTAが黙っちゃいないぞ」

「ぴーてぃーえい? 何だそりゃ?」

「じゃあ、どう落とし前付けんだよ!」


 PTAないのか。まあ、それはどうでも良いけどよ、どうするかな? こんな時、漫画ならどうやって解決してたっけ? 漫画の知識しか出てこない経験不足の俺が、必死に思い出そうとしていると、すぐ隣から元気な声が聞こえてきた。


「話は全て聞かせてもらったわ! 勝負よ!」


 その元気な声はノービスだった。また余計な事を……。


「は~ん。嬢ちゃん、俺達がその勝負に勝ったら、何でも言う事を聞くんだな?」

「出来るものならね!」


 強引な手段以外での解決策が思い浮かばないまま、いつの間にかどんどん話が進んでいた。教頭! 早く来てくれー! と、俺は心の中で叫んだ。


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