第161話 パーティ編成

「いつの間にか皆、ダンジョン攻略にむけて、パーティを作り始めちゃってるんですよ! 私、完全に出遅れてます!」

「知るかよ。見つからないなら見つからないで、一人で行けばいいじゃねえか」

「やですよ! そんなの!」


 パーティってそっちじゃないよな。もちろん分かってたさ。ダンジョン攻略の講義は五人パーティで、と言ったが、それより少ない数であれば、特に問題はない。こいつなら、別に一人でも問題なさそうなんだが。……とも思ったが、多分あれだ。なぜかこの年頃は、集団で行動していないと不安になる奴が多いんだよな。お前も、何やかんやでまだ学園生だもんな?


「折角のピクニックなのに、一人じゃ楽しくありません!」


 ああ、そう。お前はそんなもんだよね。あと、ダンジョン攻略は特別講義であって、ピクニックではない。


「ね~ね~! 良いでしょう? カイル先輩~!」

「お前、煩いからなぁ。ん? それなら、エンジでもいいじゃねえか?」


 それは、俺も気になっていた。ノービスと一緒に行きたいとは思っていないが、何か理由があるのだろうか。さっき、俺達を見て何かを考えるような仕草をしていたような気がしたが……。


「そうなんですよ! でも、エンジ先輩には、クリアちゃんがいますから」


 どういう事だ? パーティは五人まで登録出来るはずだが。


「エンジ先輩! 私が、何とかエンジ先輩の名前を滑り込ませておきました! 私、偉い! クリアちゃんを守ってあげて下さいね!」

「え、何?」


 ダンジョンに出るモンスターは、そこまで危険だとは聞いていない。クリアだって魔法を使えるみたいだし、守るなんて、そんな大袈裟な。


「それよりさ、名前を滑り込ませておいたって何?」

「という訳で、カイル先輩! よろしくお願いしますね!」

「おーい。ノービス?」

「カイル様!? 私は反対です!」

「おい」


 本当、俺の周りは話を聞かない奴ばかりだ。言っている事も要領を得ないし。何時ぞやの闘技大会よろしく、また勝手に登録でもされたのだろうか? 今回に限っては、別にどこのパーティだっていいけどよ……。やれやれと、鼻からスフーと息を吐き出す俺。その俺の袖をクリアがクイクイと引き、胸の前でぐっと拳を握りしめた。


「頑張ろ! エンジ!」


 あー、はいはい。頑張ろうね。





 ……。





「カイル、中々どうして上手くいかないもんだな」

「ああ。どうして、ああなるんだ?」


 右へ、左へ。方向が定まらない風が吹く中庭で、俺とカイルの二人は、設置してあるベンチに座り、不満を言い合っていた。ひゅ~、フワリ。ピンクに淡いグリーン。俺達の前を通りがかった二人の女生徒が、短い悲鳴を上げる。


「うぅ」

「先生達、見た?」


 ぽっと、ほんのり赤くなった頬。俺達はそこまでの一連の流れを楽しんだ後、問いに答える。


「サンキュ!」

「ありがとな!」


 ニコリと微笑み、お礼の言葉。こういうのは、変に焦ったり、言い訳したりすると、不快な思いをさせてしまうのだ。俺達が、HAHAHA! ファンタスティック! と笑っていると、二人の女学生は、いや~ん! なんて可愛く叫びながら、恥ずかしそうに駆けて行った。


 俺達はそれを見送ると、また気怠げな表情に戻り、何をするでもなくぼ~っとしていた。すると、また女学生のスカートが舞い、俺達はお礼を言う。時に、風が吹いたと思ったら、スカートの留め具が外れ、地面にストンと落ちる、というカイルの新技。いや、信じられない技。それを楽しむ。


 しばらくの間、それを繰り返した後、この中庭で風を起こしていた男の方を向くと、そろそろ行くか、と腰を上げる。本当は、こんな事なんてしたくなかった。こんな、女の子の痴態を楽しむような。当たり前だろう? 俺達は今、生徒の見本である先生なのだ。しかし、先の事を思うと、こうでもして強引にやる気を出すしかなかった。……ありがとう。あどけなさの残る女学生達。行ってくる!


 黒パンツ先輩との出会いから数日が経ち、今日は、いよいよダンジョン攻略特別講義当日。俺達のやる気が出ない理由は、その特別講義を共にするパーティメンバーにある。ノービスが、俺の名前を滑り込ませておいたと言っていたが、まさに予想通り、俺はすでに、あるパーティに組み込まれていた。普通であれば、本人の許可なく強引にパーティに登録される事はないのだが、俺が先生の立場だったっていうのと、ノービスが好き勝手にでたらめを言ったせいだった。





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「ふふ。クリアちゃん。ここに名前を書いてくれるだけでいいんだ」

「そう。書くだけだから。もちろん、悪用なんてしないよ?」

「よしよし」

「……はっ! ダメー! クリアちゃん! それ、特別講義のパーティ申請を受け付ける魔道具だから!」


 とある休憩時間。


「って、もう書いてるしぃ! くぅ。まずいまずいまずい。……仕方ない! そう言えば! エンジ先生が、どこでもいいので空いてるパーティに入れておいてくれ、とおっしゃっていたので、あなた達のパーティに入れておきますね! カキカキ」

「あ! やめろぉ!」

「なんて事を! これじゃあ計画が!」

「うん、僕としてはこれで……」


 三人の男子学生とクリア。近くで、他の友人と話していたノービス。


「計画が! って何!? やっぱりあなた達、クリアちゃんに何かするつもりだったのね!? 嫌らしい顔だったからすぐに分かったわ! でも、これでもう安心! 先生がいれば、あなた達なんて即座にパンツ一枚よ!」

「どういう事!?」

「ふう。先輩がいれば、怖くないよね? クリアちゃん」

「……ありがとう」


 という一幕があったらしい。いや、確かにクリアが軽率だったというか、そのままじゃ、何かの悪巧みに引っかかりそうだったけどさ。何でそこで俺? 自分の名前を書いとけよ。


 はあ。まあいいかぁ? そいつらも、わざわざ講師の前で、何かしようとは思わないだろう。その時の俺は、気楽に構えていた。それが。


「私は、いつもクリアちゃんを影から見守っている男です。明日は、よろしくお願いしますね」


 ん? 口調は丁寧だが。お前それ、ただのストーカーでは?


「俺は、クリアちゃんの貞操を狙う者。以上だ」


 こわ……。というか、え? それって本人を前にして、口に出して言っても良い事なのか?


「エンジ先生! 初日、クリアちゃんを拘束した上、粗雑に床へ転がしたのには感動しました! 今度そういう事をする時は、僕も近くで見てみたいです! あ、他のどうでもいい皆さんも、よろしくお願いします」


 何言ってんだこいつ? クリアに直接の害はなさそうだが、ある意味で一番怖い。


「……クリアです。よろしく。私は、その、エンジを捕まえたいです」


 この流れだと、クリアもこいつらと同類だな。


 そう。特別講義前日、俺はパーティメンバーを集め、自己紹介をさせたのだ。悪巧みをしていたと聞いて、どんな奴が集まるのかと思えば、仮にも先生を前にして、一切怯まない犯罪者予備軍共。クリアはどうしてこんな奴らに? と、後でノービスに聞けば。


「クリアちゃん、余り喋りませんけど、可愛いですしね。影で結構人気あるんです。特に、大人しそうな男の子に」


 と、言っていた。……大人しそう? 普段のこいつらは知らないが、全然大人しそうな自己紹介じゃなかったけど? 闇を抱えてる奴ばかりなんだけど?


 自己紹介の後、額に皺を寄せた俺は、念のためクリアを引き連れ、無言で変態共と別れた。学園内とはいえ、クリアとあいつらを同じ空間に閉じ込めておくのは、危険だという判断だ。そのまま向かった先は、俺と同様、パーティメンバーの顔合わせをしているはずであろうカイルの所。


「先輩方! 先生が困っているじゃないですか! もっと離れて下さい!」

「そんな事ありませんよね~? カイル様」

「カイルせ~んせ! 肩こってません? 私が揉んであげます」

「私、あれからもう一度、魔法の勉強をする事にしたんです。今度、二人きりで見てもらえませんか?」


 椅子に座るカイルが三人の女を侍らし、その正面でノービスが抗議をしていた。同窓会? どういう巡り合せか、闘技大会での一回戦、二回戦、三回戦の相手が、現在魔導学園に在籍し、カイルのパーティに入っていた。


「下着と一緒に、カイルは心まで奪っていたんだな」


 遠くからその様子を眺めていた俺は、一言呟く。微笑を湛えた俺が、何となくクリアの方を見ると、全然上手くない、意味分かんないよ? とばかりに、首を横に振っていた。


 愚痴を聞いてもらおうと思いやってきたのだが、その時は、幸せそうな顔をするカイルを気遣い、俺達は静かに立ち去った。しかし、この夜。カイルは、ぶるぶると震え、俺に相談を持ちかける事になった。


「……って、事が起きたんだ。女は怖いな、エンジ」

「そうか。互いに、面倒な事になっちまったな」

「まさか、あの煩いノービスが、心の安らぎになるなんて」

「まさか、ダンジョンの敵より、味方を警戒する事になるなんて」


 こうして、ダンジョン攻略特別講義、前日の夜は更けていった。





 ……。





 そしてこれは、すでに俺のパーティ申請が終わった後、変態共と顔合わせをする前の話。


「エンジさん!」


 こいつがいれば、どれだけ楽を出来ただろう。


「来週の特別講義、僕と一緒にパーティを組もうよ!」


 こいつがいれば、どれだけ仕事が捗っただろう。


「悪い。俺もう、どっか違う所に入ってるらしい」

「えー! 残念だなぁ」


 しゅんと、可愛い顔をして項垂れる男。俺が、カイルを除き、最もパーティを組みたかった男だ。


「お? もしかして、まだ決まってないのか? 銀狼?」

「あ、僕。一緒に行きたい人がいたから……」

「これは、念願のあれが出来るんじゃないか!?」

「無視は出来ない存在。これまでにない人材。今まで見つからなかった、最後の一ピース」

「やった! 今年は五人で挑戦だね! ビューティフル・アドベンチャー!」


 でも、その人は駄目そうだし、他を当たるよ。と、小さな声で言っているようだが、盛り上がるマジカル・スマイルの面々には聞こえていない。


「マジカル・スマイル、全員集合だ!」

「え、あの、僕」

「優勝間違いなしだぜ! よろしくな! 銀狼!」

「入るなんて、一言も」

「ふっ。ロンリーウルフは今回で卒業だな」

「そもそも、銀狼とか、マジカル・スマイルとか、僕は認めてな……」

「わーい! わーい! ありがとね! 銀狼さん!」

「え……はい」


 何もかも、全てが遅かった。俺がパーティを組みたかった男ルーツは、マジカル・スマイルの連中の勢いに負け、とうとう、本人の認めていないマジカル・スマイルの一員として、動く事になったのである。


 全員が全員、望む形にはならなかったが、いよいよ俺達のダンジョン攻略が始まった。


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