第159話 企み
「エンジ先生! カイル先生! この度は、誠に申し訳ございませんでしたぁ!」
俺とカイルが今日も元気に出勤すると、赤い翼ノースが全力で謝ってきた。昨日、こいつが言っていた構図そのものだが、立場は全くの逆だ。
「良いんだ、良いんだ。こっちは、大して気にしちゃいない」
「イケてるメンズ通し、仲良くしようや」
俺達は手をひらひらと振り、頭を下げている赤い翼の側を横切る。
「イケ……?」
何だ? 何か文句でも?
「はい! ありがとうございます!」
まあいい。これで一件落着だな。生意気なガキ相手でも、誠心誠意対応してやればこの通りだ。俺達、教師向いてるんじゃねえか? と、二人して穏やかな笑みを浮かべていると。
「ちょっと皆! すまない! 今から先生方がお通りになるので、道を開けてくれ!」
「あん?」
何こいつ。何言ってんの?
「ささ、先生方! 前方に障害物はありません。どうか、ごゆるりと」
ちょっとあれ、ノース君じゃない? きゃ~。赤い翼よ~。と、言いつつ、意味もよく分からないまま、ノースの言葉に従う生徒達。人気者の発言ってのは怖いな……。
って、そうじゃねえよ。何してんのお前? 障害物はないって言うか、お前がどかしたよね? ごゆるりとって言うけど、広い廊下だ。元々、ゆるりと歩いてたけど? むしろ、注目を浴びてしまっているこの状況。ゆるりと出来なくなったんだが!?
「おい、それ以上やめろ」
「お前邪魔。付いて来んな」
「そんな、師匠! 少しのお世話くらい、弟子の俺にやらせて下さいよ!」
誰が師匠だ。勝手に弟子になってんじゃねえよ。そもそも何に対する師弟だよ。
「ああ! 待って下さいよ~」
俺達がしっしと追い払っても、赤い翼はしつこく食い下がってきた。
……。
「ノース。お前どうしちまったんだ!? あいつらが俺達より強いのは認めざるを得ない。だが、昨日あいつらにやられた事を忘れたのか? 何もあそこまで」
「……王子が、出てきた」
「え?」
「何も分かっていないのは、俺達だったんだ」
赤い翼は、ルーツを除く他のマジカル・スマイルの三人に真剣な表情で語りだす。
「昨日の夜。家に帰った俺は、パパに話そうとしたんだ。生意気な教師がいるってね。そしたら」
「そしたら?」
「パパに殴り飛ばされた」
俺がその話を始める前に、焦ったような、鬼のような形相で、と赤い翼は付け加える。そして、教師相手に生意気な態度で逆らったんだってな! と、言われた事も。
「いやいや! そんな事で殴られまではしないだろ? 今までだって……」
「そうさ。普通ならな。だが、続けてパパは言ったんだ。他はいい。でも、そいつにだけは逆らうなってね」
「どういう事だ? 王子が出てきたって言うのは?」
「それがな……」
俺だって、信じられなかった。だが、これは現実に起こった事。俺が家に帰る前に、モンブラット王国の第一王子である、シビル殿下の使いの者がやってきたらしい。そして……。
赤い翼の説明に、静まり返る三人。口火を切ったのは、赤い翼と共にパンツ一枚で放り出された、青の荒波。
「俺達、とんでもない人達に喧嘩を売ってしまったんじゃ」
「これは、無視できない」
「まずいよ!」
考え込むような表情を見せていた赤い翼が、焦る三人に言った。
「それに関しては大丈夫、だと思う。あの二人は特に気にしていないようだった。本人達もそう言っていたし」
「本当か? それなら、まあ」
「命拾いしたな」
「危なかったね!」
……。
「先生! 一生ついていきます!」
「ノービスちゃんがいて、尊敬する先生もいる。この講義は最高だな」
「ふん、関心100%」
「わくわくするよね! グッドタイム!」
次からはいなくなると思っていたのに、俺とカイルの謎講義には、マジカル・スマイルの面々が参加するようになった。いや、なってしまった。
「私じゃないですよ!」
「主任、これは……」
「ぐう。効き目がありすぎたようだ」
「私じゃないですからね! いやでも、さすがは私の憧れている先輩達! 昨日の今日で、何をどうしたらこんな!?」
あんな男でもさすがは王子。何を言ったかまでは知らないが、凄い影響力だ。……まあ、予定とは少し違ったが、あの件を進める上では良い方向のはずだ。
俺とカイルは苦い顔をしつつも、頷き合った。あと、ノービスうるさい。
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「またかね、君達! 何度言ったら分かってくれるんだ!?」
「はい! すみません!」
「反省の色が見えないね。ついてきなさい」
「はい! すみません!」
場面は変わり、魔導学園の教師陣が集まる部屋。所謂職員室と呼ばれるようなその部屋で、俺とカイルは叱られていた。
「また、あの二人……今度は何をやったのかしら」
「特に問題となるような行動はしてないはずだけどなぁ。にしても、学園長ってあんなに怒りっぽい人だっけ?」
「臨時とは言え、期待も混じっているんじゃないかな? 学園長、あの二人にここで働いて貰いたいみたいな事を、この前ぼそりと漏らしていたし」
「嘘!? でも、それ良いわね! なんたってあの二人、まだ若そうだしね! 私のやる気も上がるわぁ」
他の教師達の、そんな声を背中で聞きながら、俺達は学園長室に連行される。よしよし。目論見通りだな。
「さて、君達……まずはそこに座り給え」
学園長室に連行された俺達は、まず扉を閉め、鍵をかけた。対になったソファの半分に俺とカイルが座ると、その反対に学園長が座る。ふぅっと全員で息を吐くと、誰ともなしに口を開いた。
「疲れた。君達、めちゃくちゃ言って済まなかったね」
「いえいえ。そういう作戦なのですから、お気になさらず」
「学園長、お顔がまだ怖いままですよ」
そうか? と、学園長は顔をこすると、怒るのはあまり得意でなくてね、と相好を崩した。俺達も釣られて笑顔になると、誰も来ないこの部屋で、例の件の進捗を話し始めた。
「順調、順調。意図した事ではありませんが、マジカル・スマイルの連中も味方にする事が出来ました。彼らは、いい隠れ蓑になりそうだ」
「資金に土台、そして、いざという時の言い訳に味方。へへっ、あとは計画通り、事を進めるだけですね」
「うむ。さすがの手腕だと、言っておこう。では、こちらも二人がいない間に、やれるだけの事はやっておこう。仕上げは、君達に任せるしかないがね」
「ええ。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
秘密の話は終わった。俺達は握手を交わし、学園長室から退室する。部屋を出ると、他の先生方からの、哀れみや心配するような視線が飛んできた。俺は、それらを一通りサッと眺めると、期待通りである事を確信する。ふふ。これだけ、学園長からの当たりが強い俺達が、まさかその学園長と繋がっているとは思うまい。
俺達が進めている、事業とも呼べるべきこの件は、これで一旦鳴りを潜める事となる。再開は、来週に行われるダンジョン攻略とかいう、どうでもいい遠征から帰ってきた後。そっちが本来の仕事だろって? 知るか。この件を完成まで持っていく事の方が、俺達にとっては重要だ。
「君達は、全く! さあ、もう行きなさい」
「失礼しました」
再び、怒りの形相をしている学園長に、肩を落としトボトボと歩いて行く俺とカイル。その悲壮感漂う後姿とは反対に、二人の男は悪い笑みを浮かべていた。
……。
現状、何もかもが順調な俺とカイルは、るんるんと廊下を歩いていた。すると……。
「ぐお!」
「主任!?」
油断していた所に、背中から強い衝撃。俺は手を付く事も出来ずに、顔から床を滑って行った。何者かからの背中へのタックル。間違いなく、俺に悪意や敵意を向ける者の仕業だろう。未だ背中に張り付いている、その体重の軽い何者かごと、俺はがばっと立ち上がった。
「お前な……」
「エンジ、捕まった?」
背中から俺の胸に手を回す、悪意や敵意に満ちたその人物は、クリアだった。全て順調だと思っていたけど、そう言えば、お前も何か悪巧みしてたな。……あ、お前もっていうのは違う。俺達のは、学園の生徒を思う気持ちから来る善良な行動だ。
「捕まってない」
「えー」
今ので気絶でもしてたら危なかったけどな、と思いつつも、クリアの腕を解き、俺にぶら下がるように浮いていたクリアを床に降ろしてやる。そして、俺が文句でも言ってやろうかと思った、その時。
「カイル様~!」
ん? カイル……様? 俺とクリアの様子を見ていたカイルの背中側から、一人の女が走ってきた。そして、カイルがその声に反応し振り返ると、その人物は走る勢いを殺し、カイルの胸の中にすっと入るように、抱きついた。
「お前は……」
「カイル様! 会いたかったです!」
カイル様? 様って何だ?
方や、怪我をさせてもおかしくない背中からの強襲。方や、どこかのドラマで見たような、綺麗な腕の中への着地。絵になるような抱擁。その二人を見た後に、俺の方を無表情で伺ってきたクリアに、アレだよ、アレ! あれがお前に出来るか? と指を指し、ジトッと細い目を向け、しばらく睨み続けた。
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