第158話 教育と予習
翼は折れ、荒ぶる波は静まった。
義務教育でもあるまいし、卒業に必要な単位という訳でもない。この学園のように自分の学びたい講義を受けていくような場所で、講師に逆らう方が悪いよな? 今回の発端がノービスだと言う事は知っている。だが、それとこれとは、また別だ。
「俺達はな、別にお前らみたいなイケメンが嫌いなのではない」
「そう。なぜなら、俺達もまたイケメンだからだ」
恨みも無ければ、大して、こいつらの事も嫌っちゃいない。ただ、生意気なガキに現実を教えてやっただけ。たくさんの後悔に、たくさんの失敗。こうやって、子供は大人に成長していくのだ。
「てめえら。こんな事して、ただで済むと思うなよ? 俺のパパはな……」
イケてるメンズである俺とカイルは、満足気に頷きつつ、パンツ一枚となった赤い翼と青の荒波を、修練場の外、入口にある柱に括り付けていた。すると、意識を取り戻したのか、赤い翼が俺を睨み、何かを言っていた。
「そんな格好で言ってもだせえぞ? ……ああ、そうだ。一応、お前の父親の名前を聞いておいてもいいか?」
「スノウ・ホットドグ。くく、モンブラット王国の伯爵なんだぜぇ?」
「ほ~ん。すげえじゃん」
「よくて追放。最悪は処刑だな。ふはは!」
モンブラットねえ。伯爵がどのくらい偉いのか、だとか、か弱き庶民である俺達に対して、そこまでの事が出来る権限があるのか、だとか。詳しくは、実は全然知らないが……まあ。
「お前らが明日、俺に謝り倒して来るのが目に浮かぶぜぇ!」
とりあえず、煩いからもう一発殴っておこう。
……。
「大丈夫なのか? エンジ?」
修練場の中に戻る途中、カイルが話しかけてきた。カイルが言っているのは、赤い翼が俺達に言っていた事だろう。正直、俺達は学園を追い出されようと一向に構わない。そもそも、二週間だけの講師という役割に加え、ダンジョンの調査だってノービスに任せるか、強引に混ざるという手もある。カイルの様子から見ても、何となく話の繋ぎに聞いてきただけだろう。
「一応、手を打っとくか」
「どうするんだ?」
「俺達は、あれの増築で忙しいし……そうだな。ネコに頼んでおく」
「猫?」
「一度、学園内で見たんだ。暇だったのかな? 多分、呼んだら来てくれるはずだ」
「猫を?」
「ここからなら距離も近いし、大丈夫だろ。明日の朝には間に合うさ」
「猫が?」
先程は、親の権力に頼って恥ずかしい奴だ、とか何とか言ってたけどな? 俺は、使えるものは何でも使う主義。大人は汚いのだ。
俺達がマジカル・スマイルの二人を撃破し、修練場の中に戻ると、中にいた者達が一斉にこちらを向いた。赤い翼と青の荒波のように、俺達に挑もうとしていた、残りのマジカル・スマイルの二人に、まずは問いかけてみる。
「おい。そこの二人もやるか? 今なら特別に相手してやるぞ?」
「ふ、ふん。俺の事は無視しろ……して下さい」
「戦わない事! それがハッピーライフ!」
闇影サウスと、黄色い果実ウエストはやらないようだ。それなら、よし。当初の予定通り、生徒同士で戦ってもらうか? 黄色い果実って何だろうな? バナナとかオレンジとかあるけど? と、俺とカイルが話していると。
「エンジさん! カイルさん! 僕と戦ってよ!」
ルーツが元気に手を上げていた。あかん……!
いや、そういう場じゃないからね? あいつらは、ノービスに良い所を見せたかったというか、煽られたというか……。嬉しそうな顔をするルーツに、俺達は教師らしく、ハッキリと断ってやった。
「うぐ! 今になって効いてきやがった! さすがは赤い翼だぜ! その赤い翼というのは、数多の返り血を浴びた結果だとでも言うのか!?」
「う、うわぁ! 足が! 腕が! 息まで苦しくなってきやがった! 抗えない! 逆らえない! 人の意思さえも飲み込み喰らう! それが荒波なんだ!」
「むー」
迫真の演技をする俺とカイルに、不満気な視線が突き刺さる。ちらりと様子を伺うと、ルーツは口を尖らせていた。しかし、むーってこいつ……ちょっと可愛いな。
「あの先輩達が! まさか!?」
あ、馬鹿だあいつ。ノービスは目を見開き、驚いていた。嫌なんだよ! こいつとだけは! ちょっと頑張ったら勝てそうってレベルじゃねえんだよ。
「エンジ、大丈夫か? くそっ、ひどいなこりゃ。これでは、戦いなんて、とても」
「カイル。お前の方こそ、強がんなよ……立っているのがやっとなんだろ? 無理しているのが丸分かりだ」
互いにフォローし合う俺達。面白くなさそうな表情をするルーツは、何かを思いつき、悪い顔。いや、優しい顔を浮かべていた。
「お二人が戦わないって言うのなら、そうだなぁ。エンジさんの背中を撫でている、女の子。僕の相手は、その娘にしようかな~?」
何それ? さっきの赤い翼の真似? 言い方も、表情も、何もかも優しすぎるだろ。腹を抱え、膝をついていた俺は、すっくと立ち上がり、言う。
「頑張れよ、クリア」
「君ならやれるぞ」
いつの間にか、俺の横でカイルも立ち上がり、クリアを応援していた。
「もう! エンジさん! カイルさん! やろうよ! やらせてよ!」
「先生と呼べぇ!」
結局、クリアは優しくルーツに倒され、マジカル・スマイルの残党をノービスが軽く捻った後、ルーツとノービスが戦った。同じ学園生である、ノービスの意外な強さに、ルーツの不満はどこかに消え去っていた。よくやったノービス。だが、元々はお前のせいだと言う事を忘れるな。
「やらせてよ、か……。ああ、神様。なぜ、あんな凶悪なものを、あいつに与えたのでしょうか?」
カイルが真剣な表情で、ルーツの顔を眺めていた。
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とある荘厳な建物。その最上階にある一部屋で、男は優雅に寛いでいた。
コンコン
部屋の窓を叩く音。風か? 何となく窓に視線を移すと、そこには一人の少女がいた。
「おわ! 誰だ君は!?」
「お使い、頼まれた」
「は? お使い……? 何を? 誰から?」
「手紙。エンジ」
「おお! 天使使い協会会長、好き好き大好きブルーベリー君か!」
「ん……誰? その人じゃないかも」
……。
「エンジ、行ってきた」
「おお、サンキュ」
とてとてと、物欲しそうに近付いてきたので、頭を撫でてやると、一瞬びくりと体を強張らせた後、ネコは気持ちよさそうに目を細めた。
「何だ、こいつか」
俺の横にいたカイルが、なるほどと呟く。
「お前って、そんなんだっけ? 俺の時と比べて、全然違うような」
そんな従順な奴だっけ? と、カイルは続けて言う。こいつは、いつも大体こんなもんだと思うが。ああでも、今のように、人形の状態で頭を撫でたのは初めてかもしれないな。考える内、俺はいつの間にか、顎を撫でていた。少し話しづらそうにしながらも、ネコはそのまま、視線だけをカイルに向ける。
「こ、今回は特別! 暇で暇で仕方なかったから! 普段は、頼まれても無視。……特にあなたは」
「え? 何で?」
え? 何で? 俺もカイルと同じ疑問を持っていると、ネコが少しの間を置き、言った。
「嫌いだから」
「俺、お前に何かしたっけ?」
「した。今も、してる」
「何を?」
「……ここに、存在している事」
「存在全否定!?」
「私の大嫌いな鳥と、あなたは一番を争っている」
何だかよく分からんが、哀れカイル。しかし、鳥が嫌いだったのか。意外だ。旨いのに。
「あれ? じゃあ、エンジの事は?」
俺? 俺は問題ないだろ。だって今も、頭を撫でても、文句言われてないし……。
「き、嫌い!」
「そんな!?」
「へん。エンジも嫌われてるようだぞ?」
マジかよ。地味にショックだ。俺が撫でるのをやめると、ネコは、はっと何かに気づいた顔をした後、カイルをキッと睨んだ。
「今日で、あなたが一番に躍り出た」
「何で!?」
金髪死ね、という汚い言葉を残し、ネコはどこかに去っていった。予想外の精神へのダメージがあったが、頼んだ仕事は片付けてくれたようだ。ま、これで何とかなるだろ。明日の予習はバッチリだ。
俺も、学園の講師が板についてきたもんだ、としみじみ思いつつ、悲しむカイルを励ました後、ベッドに入った。本当の満天の星空が、屋根の形に四角く切り取られ、一つの絵のようになっていた。
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