第156話 魔導学園
「よし。始める前に、聞いておこう」
二人がけのソファが対に並び、端に置かれた大きめの机の上には、魔法に関する本が積んであるだけの小さな部屋。その部屋でソファを一つずつ占拠し、雑談をしていた俺とカイルの側、入口付近に三人の男女が立っていた。
二人の男女はニコニコと笑顔で、一人の女生徒は無表情でじっと俺達を見ている。こいつらが、ここに何をしに来たのかは想像が付く。でも、予定はしていなかった。まさか? と思いつつも、俺は三人に問いかける。
「お前ら、何で来たの?」
三人は顔を見合わせ、誰から話そうか迷っているようだった。黙って見守っていると、快活そうな女生徒が前に出てきた。
さて、この状況は一体どういうものなのか。今回、俺とカイルはどういった仕事を抱えているのか。三人がこの部屋に来た理由を聞く前に、まずはその話からしようと思う。
……。
魔導学園。魔法を学ぶ場所。日本で言う所の大学に近い。違っているのは、学年やクラスのようなものが、一応存在しているが、合ってないようなものだという事。特定の講義の単位を全て取得すれば、その日から学年が一つ上がるシステム。さらに、一度講義に出ただけでも、その講義の先生が認めれば、その一回での取得もあり得るのだ。
つまり、時間の許す限り単位を取り続ければ、一年を待たずして卒業も可能だという事。優秀な者を、イタズラに学園に縛り付けたくないという方針のようだが、よほどの天才か、あるいは、最初から魔法をある程度習得した上で入学するくらいでしか、そんな事は出来ないらしい。
ちなみに、過去実際にそんな奴がいたらしく、しかもそれは最近で、風の噂じゃルーカスって名前だったが、どこの誰だったかな? 今は学園の研究室に入ったらしいので、その内からかいに……ではなく、祝福に行ってやろうと思う。俺は、未来ある若者を大事にする善良な大人だからな。
では、そんな背景のある魔導学園で、俺達特別講師とは何か? それは、進級や卒業に関係のない講義を行う講師の事である。主に、基本から外れた、変わった講義をする場合が多いので、外部から呼ばれる奴らが多い。しかし、そのような立場でも、何十人かの生徒の取りまとめはしないといけない。何分にも、生徒の数が多すぎるのだ。
ここでやっと仕事の話。昨日、俺が体調不良で早退する前に、病気で来られなくなった先生の代わりに来た、とクラスの皆の前で言ったが、あれは嘘でも何でもない。病気になったそいつが、実はアンチェインの一人で、今回の依頼を任されていたのだが、学園の長期休暇中に入院してしまったのだ。そこで、動けないそいつの代わりに仕事を任されたのが、カイルだった。
昨日が、長期休暇明けの新学期一日目。クリアのような編入生には辛いかもしれないが、一週間後に、毎年の恒例となっているらしい、ダンジョン攻略という特別講義がある。学年問わず、全員参加。五人パーティを作って、最下層までの到達時間を競うのだ。魔物はいるらしいが、基本的には弱い。ま、お遊びのようなものだな。
そして、俺達の仕事内容がこのダンジョンの調査。なぜ学園関係者も知り得ない情報を先に掴んでいるのか。うちの組織は分からない事が多いが、このダンジョンに何らかの異変が起こっているらしい。そんなもん、学園の教師に任せとけよ、と思うかもしれないが、そういう場所には大概良い物が落ちているそうなので、それの回収をしてこいとの事。……俺はこの話を聞いた時、絶対に良くない事が起きると思いました。
何はともあれ、そのダンジョン攻略が始まるまでの一週間は、特別講師という立場。何でも良いから適当に講義を開いといてくれと頼まれているので、誰にも参加して欲しくなかった俺とカイルは、『素敵な魔法が今ならこのお値段! 僕はこの講義に出るようになって、身長が5cm伸びました』という講義を開設した。怪しい広告のような、そして、何を教えてもらえるかも分からない、全てが謎の講義だ。
空いていた小さな部屋を見つけた俺達は、そこを講義の場所とし、一応は扉にそういった旨の張り紙をした後は、誰も来るはずがない、と思い切り寛いでいたのである。それなのに……。
「ノービスと言います! お二人に、そこはかとない凄みを感じ、この講義を受ける事を決めました!」
俺とカイルが何で来たんだよ……と、苦い顔をしている前で、ノービスはそう言い、ぱちっとウインクをしてきた。ああ、はいはい。確かに、お前は来るかもしれなかったね……。ノービスには、今回の仕事内容を伝えてある。学生の資格をまだ持っていた事もあり、いい訓練になるかもなと思い、連れてきたのだ。
「はい。次」
俺が鼻息を荒くするノービスから視線を逸らすと、次は無表情の女生徒が一歩、前に出てきた。
「クリア、です。エンジを捕まえに……あ、違う。そのためにもっと魔法を……知ってる先生も……ああでも」
何だ!? 俺が体をゆらゆらとさせ、いつ止めてやろうかと、そわそわしていると。
「あ……エンジを捕まえたいです」
「はい。馬鹿」
お前は進級に必要な単位を取るのが先だろぉ!? 捕まえたいです、って何だ! ただの願望じゃねえか!
「ぐすん」
悲しい顔をするクリアは無視し、俺は最後に残った男の方へ向く。
「ルーカスです! 僕は、今やってる研究よりも、この講義の方がためになりそうだと思いました! 身長も伸ばしたいです!」
「研究室に帰れ」
こいつが一番分からん。何でここにいんの? 卒業したんじゃないの? 絶対ためになんてならないからな? 身長? 伸びる訳ねーだろ。むしろ、お前がそういう魔法の研究をしろ。
「ちん長なら、俺が引っ張って伸ばしてやってもいいが……ああ、伸びるのは皮だけか」
目を瞑り、ぼそぼそとおっさん臭い事を言ってるカイルを無視し、俺はもう一度言った。
「お前ら、何で来たの?」
「よろしくお願いします!」
……。
来てしまったものは仕方がない。全員顔なじみとは言え、何か始めよう。他の講義はもう始まってる時間だしな。と、俺とカイルはその場で講義の内容を考え始めた。しかし、誰かが来るなんて全く予想してなかった上に、俺達二人はある秘密の話題で盛り上がっていたので、何だかやる気が起きなかった。そこで。
「初日ですので、懇親会を実施したいと思います」
俺達は逃げた。でも、こういうの結構あるだろ? 次回に期待しといてくれ! 文句を言われそうだと思ったが、三人は案外、まあいいか? という態度だった。
「へ~。エンジさん、父さんに会ったんだ。何か言ってた?」
そして始まった懇親会。俺は、クリアの頬をむにーっと縦横に引っ張りながらルーツと話していた。
「いや? 特に何も。まあ、あの時は互いにゆっくりと話していられない状況だったしな。俺に至っては、記憶もなかったし」
ふ~ん、と考え込むような顔。父親との間に何かあるのだろうか? 少し気になったが、本人はすぐにケロッとした顔をして、別の話題を振ってきた。この話以外は特に気になる事もなく、順調に時間は過ぎていき。
「もう、やっぱりエッチなんだから~。あ! 今のやっぱりっていうのは勢いで。別に、私は先輩達とは何の関係も……あ! 先輩って言っちゃった」
「おい、ノービス。この二人、俺の知り合いだからな? しかも、お前よりも付き合いの長い。そんな、私は最初から知ってましたアピールしても、恥ずかしいだけだぞ?」
「そんなぁ!? やだ! 早く言って下さいよぉ!」
赤面するノービス。いや、俺達の方が恥ずかしいわ。お前それ、他の生徒の前でやるなよ? このメンツだったからよかったものの……という一幕もありつつも。
「そういえば、君」
「エンヒ、いひゃい……。あ、あの時は、ありがとう。クリアです」
「どういたしまして。僕はルーカス。君もエンジさんと知り合いだったんだね」
ここにいる全員が俺の知り合いだと言う事も明かし、三人の生徒も打ち解けていった。問題が起きたのは、次の日である。
……。
「でも、あれってよく考えたら何なんだ? 脂肪ではなさそうだし、筋肉なのか? じゃあ、鍛えたら大きくなるのか? いやしかし、鍛えるって言ったってどうやって? ……ぶら下げる?」
カイルは一人、真剣な表情で何かを呟いていた。お前は早くその話題から離れろ。
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