第154話 エンジとカイルと
広大な敷地にたくさんの建物。敷地の中心には、真っ白なお城のようなものまで。やっとだ。やっとここまで来た。ここが、私の夢に繋がる第一歩。ここから、始めるんだ。
「あ……」
門を抜けてすぐの所。大きなお城を見上げながら歩いていると、躓いた。よろけた体制を整えようと踏ん張ると、前にいた人の背中にぶつかった。
「んだよ! 誰だ!?」
「……あの」
ごめんなさい。私がそういう前に、苛々とした表情で迫る男の人。ぶつかった人の側にいた、友人らしき二人も一緒になって、私は取り囲まれる。
「……転げそうになっちゃって、その。ごめんなさい。とっても大きなお城だったから」
「ああん?」
何だぁ? あんなの、いつも見てるだろうが? こいつ、もしかして初めてここに来たんじゃ? ああ、今日はそうか。あり得るな。
私の顔をちらちらと伺いながらも、言葉を交わす三人。私が黙って見守っていると、苛々とした表情をしていた人が、今度は私の顔をジロジロと眺めると、嫌らしい笑みを浮かべた。
「お前さ、ここに来るの今日が初めてか?」
コクリ、と私は頷く。もしかして、許してくれたのかな? 笑ってくれたし、案内でもしてくれるのかな? 淡い期待が生まれます。
「なら、俺にこんな事して、ただで済むと思ってないよな? 男爵の息子である、俺に向かってさ?」
「……え?」
こんな事って? 少しだけ、体がぶつかってしまったけど、それ以外は特に何も。この場所では、謝るだけじゃ許してくれないのかな? どうすれば……どうしよう。
「今日一日が終わったら、またここまで来い。俺の屋敷で、色々と教えてやる。色々とな」
「あの」
やだ。行きたくない。何を教えるつもりなのか知らないけど、それはきっと、私にとってよくないもの。あ、あの。誰か。誰か。私が心の中だけでわちゃわちゃとしていると、落ち着き払った優しい声が聞こえた。
「君達。その娘に何か用? 見る限り困ってるみたいだけど。僕で良かったら話を聞こうか?」
「う……ルーカス、君」
私が振り返ると、そこには微笑みをたたえた……男の子? 女の子? 服装からするに男の子だと思うけど、自信は持てない。そんな人が立っていた。
「何でもないよ? あ、俺達はもう行くから。君、さっきの事は忘れてね。冗談だから。またね、ルーカス君」
「うん。また」
ほっ。助かった。私の顔は無表情に近いかもしれないが、心の中では物凄く安堵していた。私がそのままの状態で、ルーカス君とやらをじっと見ていると。全くあいつらは。僕には聞こえてたんだよ? と、小声でぼそぼそと喋っていた。そのルーカス君が、あの三人組が見えなくなったのを確認した後に、私の方を向いた。
「大丈夫だった? お節介だったかな?」
私は首を横に振る。その後で、今日が初めてなの? と、聞かれると、私はそれにも無言で頷いた。一言、二言挨拶を交わし、案内を買って出てくれたルーカス君と共に、敷地内を歩き始める。
「魔法の勉強か。ま、普通はそうだよね」
ここに来た目的は? 案内されている間に、ルーカス君にいくつか聞かれた事の一つ。私にとっては、目的のための目的に当たるのだけど、無難にそう答えておいた。ここに来てる人達は、皆そうだと思ったけど、ルーカス君は違うのかな?
「ここは楽しい所だよ。あ、さっきみたいな奴らは例外だからね。最初があれじゃあ不安に思うだろうけど、あんなのは極々少数だ」
さっきの人達には確かに驚いた。でも実は、私が最初にぶつかってしまいまして……と、少しだけ申し訳なく思っていると、ルーカス君が笑顔で振り向き、手を広げた。
「さあ、着いたよ。ようこそ! 魔導学園へ!」
目の前には、先程見上げていた大きなお城の入口。私は、そわそわうきうきと心を弾ませる。
色白な肌に真っ白な髪の少女。余りにも反応のない表情に、内心怖がらせてはないかと心配していた男の前で、少女は初めて、頬を緩めた。
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「エンジ先輩! カイル先輩! この先、見せて欲しいですか?」
「見せて欲しい、です!」
遠くに見える目的地。今いる平原からでも、その広大な敷地と白くて大きな城が目立っていた。その目的地に向かう途中で、もう何度目かも分からないやり取りが繰り広げられていた。
「見せてあ~げない! 悔しいですか?」
「悔しい、です!」
スカートの端をつまみ上げ、ゆっくりと上にずらす少女がいた。少しずつ顕になる健康的な太腿。それを満開の笑顔で、食い入るように見つめる男が二人。少女がスカートを元の位置に戻すと、男二人はこの世の終わりのような表情をした。とは言っても、その表情はどこか嬉しそうだったが。
「んふふ~。駄目駄目な先輩達ですね~。そんな欲望丸出しで、今回のお仕事は大丈夫なんですか?」
憧れる先輩をからかって遊ぶ、何かが吹っ切れた後輩。旅に出る前は、こんな事をする娘じゃなかったのに。純真で綺麗なノービスちゃんはどこへ? 後に、少女が散々言われる言葉である。
「全く、全く~。あはは」
悔しそうに頭を抱える男二人は、少女の方を向くと、突然、キリッと真剣な表情をした。
「いいぞ~。ノービス。順調に育っているのがビシバシと伝わってくるぞ?」
と、金髪の男。カイル。
「焦らされるのも、その見えそうで見えないのも、それはそれで凄くいい。だがそろそろ、この溢れる気持ちが抑えられない」
どうしてくれよう? と、黒髪の男。エンジ。
「え、あれ? 先輩? あの! あの! ごめんなさい! 調子に乗ってました! 私が悪かったです!」
「カイル、今回は俺が上な」
「オーケーだ。俺は下」
「くぅ! やるしかない! 私のこんな……先輩方に渡す訳には!」
何もない平原で、男二人と女一人がぶつかった。
「は!? いつの間に、こんな近くに!?」
「まだまだだな」
「甘いぜ」
「き、きゃあああああ!」
勝者は、男二人。もちろん、戦利品の回収は忘れていない。
「私のそんな……私! 汗一杯かいてたんですよ!」
恥ずかしそうにぺたりと座り込んだ少女。真っ赤な顔をする少女に、男達は近付いていく。
「まだまだだな」
と、ブラジャーをはむはむと咥えている男が、口を綻ばせる。
「甘いぜ」
パンツを頭から被った男が、その二つの穴の中で目を細めた。
「何が!?」
少女の叫びが風に乗り、消えていった。
……。
「私にはね! 憧れている人達がいるの!」
扉の向こうから、元気な声が聞こえてくる。その声は、俺達の仲間ノービスのもの。よしよし、さっそく仲良くやっているようだ。ま、あいつの元気な性格なら友達を作るくらい訳はないだろう。俺はカイルの方を向き、頷く。
そしてそのまま暫く待ち、鐘の鳴る音。俺とカイルは、その部屋に入る。かなり広いな、と周りを見渡しながら歩いていき、壇上へ。静かになった室内を一望し、伊達メガネをくいっと上げると、俺は言った。
「今日から二週間! 病気で倒れてしまった先生の代わりを務める、特別講師のエンジだ! よろしくな!」
「そして俺が、その補佐。カイルという。短い間だが、仲良くしてくれよな!」
俺達が元気に挨拶をすると、教室にいた生徒は、周囲にいた者同士でひそひそと話し合い始めていた。別に、嫌な顔はされていない。うんうん。よくある、よくある。左の先生、格好良くな~い? 私は右かな~? 多分、そんなん!
笑顔で小さく手を振ってきたノービスに視線だけを送ると、俺達は続けて細かな説明に移ろうとした。だがそこで、すくっと席を立った者を視界の端に捉える。ああ、それもあるある。認められない! とか、実力を見せてよ! とか、多分、そんなん!
「あ……エンジ?」
馬鹿もん! 先生を呼び捨てにする奴があるか! と、言いかけてやめてしまった。席を立った人物。それは、俺が予想しているものとは、かけ離れていたからだ。目が合い、数秒見つめ合った後、俺は唐突に腹を抑える。
「駄目だ! カイル君! 私は体調不良につき、今日は早退させて頂く!」
「主任!? あ、え~。よく分かりませんが、主任は今日、体調不良のようですので、私が引き継ぎます」
カイル先生の素晴らしいフォロー。元気に走ってるけど? という、困惑する生徒の声を後ろに、俺は室内から逃げ出した。そして、ばたばたと、後ろを追ってくる者の音。
「君! どこへ行く!? 待ちなさい! よく分からないが、主任は体調不良です! 追うのはやめなさい!」
理由を何も知らないはずの、カイル先生の素晴らしいフォロー。だが、背後から走る音。俺を追う人物は、すでに室内から飛び出してしまったようだ。撒くのは簡単。簡単なんだが……。
「はっはっはっ!」
背後の人物は、走っているとすぐに息を切らし始めた。そして、待って、という小さくも悲痛な声に、バタンバタンと何度もこける音。
はあ。
俺は甘いな、と思いつつも立ち止まり後ろを向いた。その瞬間、あっという呟きと共に、またこけようとしている少女。俺は、少女の前に自分の体を滑り込ました。
「あ……」
「あ、じゃねえよ。相変わらず運動音痴だな、お前」
俺の胸に、体ごと突っ込んできた少女を、やれやれと引き剥がそうとすると、その前に腰に腕を回された。そして、息を整え、上目遣いをする少女が、言った。
「エンジ、捕まえた」
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