第152話 禿げた男と魔族の男

 一つの品が紹介されるたびに、最低でも一人の命が消えていく。多い時は二桁。そろそろ疲れた頃だろう。今ならいける。他の奴らより先に。そう思ってしまうのだ。実際にそういう場合もあるだろうが、目の前の魔族に至っては、今の所、危うい場面すらない。息が上がってるように見えるのも、あれは演技だ。


「ここまで! 今回の商品である呪いの絵画は、そちらの魔族の方に贈呈致します!」


 おいおい、あいつ何勝目だよ。誰でも参加出来るとは言え、ありゃ規格外だな。倍率が低すぎて、全然儲けれねえよ。周囲に耳を傾けると、そのような会話が聞こえてくる。目の前で戦っていた魔族の男を分析していた男は、もう一度、その魔族の男に視線を向けると、舌打ちをした後、一言呟いた。


「厄介だな」


 魔族の男が舞台から降りてくると、人垣が割れ道が開く。そして、道を開けた者達の顔をぐるりと見渡すと、鼻で笑った。


「ふん、今回も敵になるような奴は……お?」


 魔族の男が煽るも、周囲にいる戦闘を見ていた者達は、悔しそうな顔をするか、目を背けるだけだった。そんな中、小指で鼻をほじりながら、興味なさそうに見ていた、筋肉質なツルツル頭が一人。魔族の男は不敵に笑うと、その筋肉禿に近付いていった。


「あ? 俺? 何用だ? こっちくんなや」


 横に立っていた者の肩でさっと指を拭い、しっしと手を振る筋肉禿。魔族の男は、特に気にする事もなく近付いていき、男の前に立つと、目を細めた。


「あん? 何だコラ? 照明の光が反射して眩しかったか? 悪い悪い。でも、わざとじゃないんだ」

「お前……まだ一回も戦ってないよな?」


 軽口には全く反応せず、質問を始める魔族の男。一瞬、イラッとした表情を見せると、筋肉禿は答えた。


「戦ってる、戦ってる。お前が、休憩している間にな」

「いや、私は休憩中も、他の試合を全て見ているんだが、お前はいなかったはずだ」

「じゃあ、聞くなや」


 さらに苛々とした表情を見せる筋肉禿。額には、血管が浮き上がってきていた。何人もの力自慢を殺してきた魔族の男に対して、場内でこんな顔を出来るのは、この男だけだろう。


「お前のような奴が、まだ残っていたとはな……楽しめそうだ。名は?」

「マリア」

「マリアというのか。何だか似合わな……」

「の、パパ」


 違う。そうじゃない、と顔を振る魔族の男。


「なぜそこで、娘の名前を出す? 私が聞いているのはお前の名前だ」


 わーい! つるつる~! なぜそこで? と聞かれても仕方がない。野生動物さえも逃げ出すような顔をして、威嚇をしているこの男。頭の中では、肩に乗った少女が自分の頭に頬ずりして、笑っていた。髪の毛? それは多分、あの日あの時、あの笑顔を作るために抜け落ちたんだろう。


「お前から名乗れ」

「おっと、すまない。シャルトだ」

「ブルースカイ・レインクラウズ」

「長いな。ブルーと呼ばせてもらおう」


 誰が勝手に略していいと言った? 愛称みたいになってるじゃねえか。俺を知っている奴が聞いたら、仲良しだとでも勘違いされそうだ。ブルーウィは、自分で付けた適当な名前を後悔していた。


「例え、殺す相手であっても、強者の名前くらいは覚えておきたいのでね」


 シャルトは、そんな爽やかな言葉を残し、去っていった。この場所、そして、ここで行われている行為は、爽やかさとはかけ離れているがな。ブルーウィは、厄介だなと、また一言呟き、話している間に始まっていた次の試合に、視線を移した。


 ……。


 そしてまた、いくつかの死体が積み上げられた頃。それはようやくきた。


「次の品は、本日の一押し! 魔族の女です! 整った顔立ちに、このスタイルの良さ! さあ! どんどん挑戦して下さい!」


 来たか。


 魔力を押さえ込む器具を付けられ、檻に入れられた魔族の女が、衆人の目に晒される。一通り注目を浴びると、またどこかに運ばれていった。ブルーウィは、それを見届けると、重い腰を持ち上げた。


「うひょう! いい女だぜぇ! 魔族ってのも、案外悪かねえな!」


 そりゃ、マリアのママだからな。周りにいた男達と一緒になって頷く。


「魔族かぁ。勝ったら、あの女を奴隷に出来るんだよな?」


 今、何て? あれはマリアのママだぞ? 言葉に気をつけろ。


「一度、やってみたかったんだよな。どんな声で喘いでくれるんだろうなぁ。へへっ!」


 あ? 殺すぞ?


「俺は挑戦するぜ!」

「僕もだ!」

「いや、俺が!」


 よし、分かった。お前らは全員、敵だ。ブルーウィが殺気を放ち始めると、挑戦しようとしている者達の何人かがビクッと肩を震わせ、その殺気の方向に振り向いた。


「寒気が。今回は、やめとくかな」

「何となく、俺も」

「は! 腰抜けばっかだな! 俺は行くぜ!」


 何かを感じ取った者と、そうではない者。感じとった上で、戦いを望む者。各々、様々な思いを巡らしつつ、競売が始まった。


「やはり魔族。仲間を助けたかったのか?」

「私は種族がどうこうと言った事に興味はない。例え、友人が売り飛ばされていようとも、理由がなければ助けようとは思わないだろう。だが、あの方……今回は特別だ」

「がっ!? う、くそぉ!」


 胴元からの特別報酬なんてものに興味がなかったブルーウィは、試合がただ消化されるのを見ていた。次々と挑戦者を打ち破っているのは、あの魔族の男、シャルト。マリアのママと知り合いなのだろうか? 今、少し聞こえてきた言葉に、ブルーウィは舌打ちをする。


「この魔族の男に挑戦する方はいらっしゃいますか?」


 数人があっけなく死体に変わるも、いつもの進行の声。シャルトが出てきた事で、最初に挑戦しようとしていた者達も、かなり減っているようだ。さてと。


「はい! いらっしゃらないようですので……」

「おっ」

「待て! ……上がってこい」

「……ぱい」


 シャルトが進行の声を遮り、一人の男の方を見る。何でお前がストップをかける? それは、俺のセリフだろ? 格好付けやがって。何人かが、何かを言いかけた俺に注目していた。俺は、咄嗟に上手く回避すると、ゆっくり進んでいく。余計に変な目を向けられている事には、気づかない振りをした。


「おい。あいつ、あの魔族に挑む気か?」

「今までの戦い、見てなかったのかよ」


 有象無象の声が聞こえてくる。何も分かってない奴らばかりだ。俺の筋肉を見てみろ。負ける気なんてしないだろうが? 


 魔族の男、2.5。禿げた男、7.0。


 ……まあ、何だ。事前情報ってのは大事だよな。遠くから見てる観客なんかは、俺の滲み出る凄さは分からないだろうしな。うんうん。


「誰が禿げだ、コラァ! 他にもっと良い特徴が、いくらでもあるだろうが!」


 ブルーウィはもっと拮抗するものと、勝手に期待していたようだが、その一方で、観客はこの倍率に驚いていた。すでに会場にいるほとんどが、シャルトの強さを知り、そちらに賭けているはず。だというのに、このオッズ。先程までと比較すると、明らかに高い倍率だったのだ。自分の所に転がり込んでくる額を想像し、会場全体が色めき立つ。


「お前、初戦だったよな? 何か、おかしいな」

「何もおかしくはない。もっと競ってもいいくらいだ」

「考えても仕方がないか。私が勝てばいいだけの話。それより、お前の狙いは、最初からあの女だったようだが、理由を聞いても?」

「お前こそ、さっき何か言いかけてたな? 俺の方はあれだ。パパなんで」


 ん? と疑問符を浮かべ、困惑するシャルト。


「パパ? いや、それはおかしい」

「おかしくない。パパなんで、僕」

「いやいや、だってあの方は私の初恋の相手だからね。よーく知ってるさ」

「なるほどな。でも、あの女の娘がパパだって認めてるからな。俺は、パパだろ」


 嘘は、言ってない。


「私はずっと見ていたんだ。私が、魔王軍の幹部を勤め上げていた時も。あの方がお選びになった相手は……」


 元魔王軍幹部? へえ。


「パパだから。あとお前、さっきから気持ち悪いんだよ。お前の言い方からは、変質者の匂いがする」


 先のない問答を繰り返していると、先にシャルトが折れた。どちらでもいいか。どうせ、勝者は一人だからね、と。それを聞いて、全く折れるつもりのなかった男が頷く。


「パパは娘の結婚を許しません。特に、お前のような変質者とは。絶対に」

「分かった分かった。さあ、やろう? 私は、お前と戦うのも楽しみにしていたんだ。しかも、勝ったらあの方が私の手に。おお! 最高の締めくくりじゃないか」


 そう言うと、シャルトは今までの戦闘では使用していなかった、何らかの身体強化を施した。目に見えない何か、おそらく魔力だと思われるそれが、シャルトの体を覆い、威圧感が増していく。


「おーおー。興奮してやがる。そんなに初恋の相手を手篭めにしたいか? 気持ち悪!」

「は!」


 シャルトはブルーウィの言葉を無視し、正面から突っ込んできた。速い、そして、力強い。今見ている観客のような一般人なら、少し当たっただけでも、バラバラになりそうな威力。だが、相手が悪かったなぁ? ストーカーめ。


「解放。ドラゴンズフォース」


 避けない? 避けられない? 


「なら、そのまま死ねえ!」


 轟音を立てながらも接近してくる魔族に対して、ブルーウィはその場に突っ立っていた。そして、シャルトが勝利を確信し、腕を伸ばした。


 ド。


 重い音のした後に、少し遅れて衝撃波。ブルーウィは正面から魔族の両手首を掴んでいた。立っていた床が、少し沈む。


「ぐうう! 押しきれない!」

「ドラゴンテイル」

「う、あ!」


 ブルーウィは、掴んでいた手首を力任せに自分の体の斜め後ろに逸し、そのままぐるりと一回転した。少しよろめいたシャルトの背中を、ものすごい衝撃が襲う。




「が、ぐ、がは!」


 シャルトは、何度かバウンドしながら飛ばされるも、すぐに体を起こす。背中に焼けるような痛み。きっと、肉が抉られているのだろう。それは今はいい。あれは……何だ?


 ニヤリと笑った男が、自分の方へ向かってゆっくりと歩いてくる。いつの間にか、皮膚は硬そうな鱗で覆われ、翼と尻尾のようなものまで生えていた。


 いや……?


 自分の背中を叩いたのはあの尻尾のようなものだろう。だが、よく目を凝らすと、少しだけ透けているのが分かる。つまり、実際に皮膚が鱗になってもいないし、翼や尻尾が生えてきている訳でもない。全身を覆っているのだ。魔力で作られた、強固なあれらが。聞いた事も、見た事もない。どういう魔法だ?


「お前、それ」

「娘への愛が、俺に新たな力を授けた」


 くそ。そんなはずないだろう? こんな時までふざけるな! ははっと笑うと、男が地面を蹴り、いつの間にかすぐ目の前にいた。


 ゴっ。


 避けられない。受け止める事なんて、さらに出来ない。目の前で腕を交差させ、防御の姿勢を取るも、そのままお構いなしに殴られ、舞台の端の壁まで飛ばされた。ずるずると、壁に沿って崩れ落ちる。崩れ切る前に、また衝撃。男に片手で首を掴まれ、壁に押し付けられていた。


「がふ」


 口から多量の血を吐き出し、男にも少し飛び散る。この短いやり取りで、外も内も、もうボロボロだ。


「死ぬ前に、教えておいてやる。俺は、ドラゴンの血を引く者だ」


 ドラ、ゴン? 物語だけかと思ってた。あんな生物、本当にいたのか。だが、その血を引くってのはどういう……ああ、もう駄目だ。頭が回らない。


「その中でも、古代種と呼ばれている奴らは、どうやら人の形を取れるみたいでな。分かるだろ? 俺の祖母は、襲われたんだ……」


 俯き、少し暗い表情をする男。しかし、すぐに顔を上げると、言った。


「ああ、もう聞こえてねえかな? 実はお前の事、そこまで嫌いじゃなかったぜ? 本当、厄介だったよ」


 くく。聞こえているさ。魔族は頑丈なんでね。興味深い話、ありがとう。でも。


 首を掴んでいる手とは逆の手に、まばゆい光が収束する。本人は、誰がお義父さんと呼んでいいと言ったぁパンチ。とかいう、変な命名をしているが、もうどうでもいい、そんな事。こんなの、体が全開でも耐えられるはずない。


「じゃあな」


 ああ……ここは楽しかったな。種族の壁、性別の壁、生まれも犯罪歴も関係ない。そういう面倒は全て捨てた、何もかもが平等な場所。皆は物騒な場所だと言うけれど、私に取っては、外の世界の方が怖かったよ。ここでお前に会えてよかった。一切容赦のない、お前が相手で良かった。私の好きなこの場所で、死なせてくれて感謝する。


 この日一番の衝撃音が、場内に響いた――。


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