第151話 パパ、動く

「どっちに賭けた?」

「魔族の男に。あの魔術師の男も強そうだが、さすがに魔族相手じゃな」

「まあな。お? オッズ出たぞ」


 人間の男、20.0。魔族の男、2.5。示された数字に、場内が沸く。観客の興奮冷めやらぬ中、円形闘技場の中心で睨み合っていた二人が激突した。


 先手は魔術師の男。あらかじめ詠唱を終えていたのか、相手の魔族を中心に、火柱がいくつもあがる。そして、次の魔法に取り掛かり、そのまま畳み掛けようとするが、火柱を避ける事もせずに突っ込んできた魔族がすでに目の前に迫っていた。


「温い」


 ただ一言。魔族の男はそう言った。魔族特有の鋭い爪が、逃げようとした魔術師の男の太腿を貫く。大量の血が流れ、魔術師の男は歩く事もままならない状態のようだ。一般的な闘技大会なら、これで試合が終了してもおかしくない程の傷。しかし、ここではまだ終わりの鐘は鳴らない。止めようとする者さえいなかった。


 歯を食いしばる魔術師の男に向かって、魔族の男は大きく体をしならせる。その一瞬を見ようと、さらに体を乗り出す観客達。魔族の男が腕を振ると、魔術師の男の首が、飛んだ。


「どいつもこいつも、狂ってやがる。本当、マリアを連れてこなくて良かった」


 歓声の木霊する場内で、男は心底ほっとした表情を見せる。マリアに今の場面を見られたらどうなっていたのか。別に、誰が誰と戦おうが気にはならない。例え、それが魔族でも。ここはそういう場所だと聞いているし、今死んだ奴も、自分の意思であの場にいたのだ。


「この魔族の男に挑戦する方はいらっしゃいますか!? ……はい! いらっしゃらないようですので、ここまでとさせて頂きます! 今、勝利された魔族の方には、こちらの品が送られます! 人間の奴隷1ダース!」


 天災により、滅んだ街。何もないはずのその街の地下には、非合法の裏闘技場がある。そこで行われているのは、任意参加による競売型デスマッチ。挑戦は自由。胴元が用意した品々を、腕っ節で勝ち取るのだ。


 今のように、戦いに決着がついた後、挑戦者の有無を聞く。挑戦者がいれば、戦う。また聞く。その繰り返しだ。挑戦者がいた場合、最初から戦っている者が不利のように思えるが、一応、利点のようなものはある。連続で勝利していった場合、胴元からの特別報酬があるのだ。


 もう一つ、場内には戦うつもりのない者達も大勢いる。まともな試合では見られないような人死。ルールのない戦闘。そして、その命に金を賭ける。戦う者は、それ相応の報酬と名誉。観客は、趣味と興奮。俺のように目的がある者も含め、ここではそれらが混ざり、弾ける。非日常と非常識がここにはある。


「次の品はこちら! 没落した貴族の娘、プアーちゃんです!」


 俺の目的はもちろん、マリアの母親の奪還。この催しは、一年に二回程しか開かれてはいないらしいので、おそらく今回出てくるはず、との事。ま、あのボンボンが調べ上げたんだ。間違いはないだろう。


「プアーちゃんね」


 目的を忘れるな。俺は仕事の出来る男。例え、あの娘が美人でも、おっぱいが大きくとも、だ。


「プアーちゃん……ね」


 目的を忘れるな。俺は公私混同はしない男。例え、あの娘の尻がプリンでも、おっぱいが大きくとも、だ。あ、二回言っちゃった。


「い、一回やる前に、戦いの雰囲気に慣れとくのも、重要かもな」


 目的を忘れるな。俺はマリアのパパ。そうだ。マリアの顔を思い浮かべよう……よし!


 誰も見ていない所で、男は一人、葛藤していた。





 ===============





 キイキイと揺れるランプを背に、一人の男が部屋から出る。漲る闘気に、鋭い眼差し。男は、汚く剃り残した顎髭を撫でつつ、次の部屋に向かう。


「あ? お前、誰……がは!」


 わーい! ジョリジョリ~! 威圧感だけで人を殺せそうな男。いや、たった今、人ひとりを血溜まりに沈めた男の頭の中では、幼い少女が自分に頬ずりして、笑っていた。


「ふん……ジョリジョリ」


 静かに呟き、もう一撫で。まさか、この濃くてしぶとい青ヒゲが、役に立つ時が来るとはな。男は、その光景を思い出し、気味の悪い笑みを見せた。


 ……。


 いくつかの部屋に入り、牢屋のようなものも見つけた。だが、まだ目的の人物は、見つかっていない。さらに先に進むと、重厚な扉を守るように立っている、二人の男を見つけた。


「お?」


 あそこは? 男は、扉の側に立っていた二人を瞬時に倒すと、その扉を開く。


「あん? 開ける時はノックぐらいしろと……誰だお前?」


 ゴンゴン。


「これでいいか?」


 男は、入ってきた厚いドアの内側を乱暴に二度叩くと、正面を向いた。誰だ? と、問いかけた人物を守るように、数人の男達が前に出てくる。そして、もう一度。


「誰だお前?」

「パパだ」

「パパ? え、パパッて? 誰の?」

「少女の」

「少女のパパって……お前。この世界に、少女のパパがお前一人だけだと思っているのか?」

「女神のパパだ」

「そいつはすげえ」


 突然部屋の中に入ってきたジェイサムに対しても、男達は余裕な態度だった。


「どうやって? だとか、なぜここに? とでも言うかと、期待したか?」

「いや? お前の髪が突然抜け落ちねえかな? とは、期待してる」

「僻むんじゃねえよ、ハゲ。父も祖父もふっさふさだったし、生憎、今の生活にストレスも感じてないんでね」

「そんなキノコみたいな髪型なら、ない方がましだ。それより探している女がいるんだが、聞いてもいいか? ち○こさん?」

「誰がち○こだ! さん付けされても、マイナスの方にしか傾かねえわ! それにしても……やっぱりか」


 やっぱり、ね。ジェイサムが黙って聞いていると。お前みたいに、直接奪い返しに来る奴がいるんだよね。キノコ頭は、続けてそう言った。


「一応聞くが、どんな女?」

「ママ」

「またそれか。どんな、って聞いたんだよ。お前のママ? それとも、奥さん? 面倒臭えし、安そうな奴ならここで売ってやってもいいぞ?」


 ここで商品として出されている奴らは、自分から売られにいったんじゃないだろう? ジェイサムはそう言おうとして、やめた。そして、ふーっと息を小さく吐き出すと。


「俺も面倒になってきた……やるか」


 独り言のような小さな呟きだったが、その言葉にキノコ頭の護衛が反応し、構えた。キノコ頭を除いて十人って所か。そりゃ、こいつも余裕でいられるよな。ジェイサムは、顔を歪める。


「何だ? やんのか? まあ、いいけどよ。一つ言っておくと、こいつらは元B級以上の冒険者だぜ? A級だった奴も数人いる」

「どうでもいい」

「そんな事言わず、聞いてくれよ。これが俺の楽しみなんだからさぁ! そんで、お前みたいに商品を取り返しにきた奴らや、復讐者なんかを、返り討ちにするのが俺のストレス解消法なんだよ!」

「そうか」


 やれ! お前ら! その合図で、キノコ頭の護衛は動き出した。


「出来る限り、痛めつけるんだぞぉ~!」


 ま、確かにそこそこ動ける奴はいそうだな……。だが。


「疼け……ヴァンパイアブラッド」


 全身に行き渡るように、魔力を通す。熱い。体に流れる血の温度が変わった気がする。まるで、ぶくぶくと血が沸騰しているような。ここまで覚醒させるのも久しぶりだ。普段は、20%くらいで抑えてるからな。


「ああ、久々だな。この感じ」

「その右手、もらったぁ!」


 ジェイサムが久々の感触に身を委ねていると、飛び込んできた一人の護衛の持っていた剣が、ジェイサムの腕に振り下ろされていた。しばらく黙って、それを見る。


 ズン。


「誰の右手?」


 剣が振り下ろされるのを見てからの、余裕のある回避。ジェイサムの腕は切り取られず、その腕で護衛の胴体を貫いていた。一瞬のやりとりで絶命する、一人の護衛。


「なん!? が、今だ! かかれ!」


 怯みはしたものの、さすがは元上級冒険者。ジェイサムの腕が、仲間の一人に突き刺さっているのを見て、すぐに追撃しようとした。


「ブラッディ・ソーン」

「あが……」


 ジェイサムに斬りかかろうとした、二人の男が床に倒れる。その全身には、いくつもの大きな赤い棘が刺さっていた。ジェイサムは動いていない。一体どこから? 護衛の男達が疑問に思っていると、それはすぐに分かった。


 ズズ、ズズズ。


 具体的には分からない。ただ、何かしらの特殊な魔法の類だという事は分かる。殺された仲間の死体から溢れた血が、ジェイサムの腕に集まるように動いていたのだ。


「ブラッディ・ナイフ。さあ、お前らの仲間が死ぬたびに、俺は有利になるぞ?

どうする?」


 ジェイサムの周囲には、真っ赤なナイフが浮いていた。有利になるというが、護衛達にとってはすでにまずい状況。男の異常な速さに、仲間の体を安々と貫く豪腕。そして、仲間の死体も、早くも三つ。宙に浮く、数え切れない程のナイフ。だというのに、血はまだまだ余っているようだった。


「ま、一人の血液量でも十分、というか、本当はお前らごとき、俺の体一つで事足りるんだ。俺の特別な魔法を見せてやったのは、そこのち○こにストレスを与えるためだ。お~い。ビビってるか?」

「ヒィ!」


 ジェイサムに睨まれ、問いかけられたキノコ頭は、尻もちをついていた。


「お? いいね。じゃあ、もう一つ教えておいてやる。俺の祖母は、ヴァンパイアだ」


 ヴァンパイア。分類は魔族だが、その中でも数の少ない希少種。今では、どこにいるのか、存在しているのかも怪しい種族。


「ヴァンパイアだと? お前は人じゃないのか?」

「人だ。ヴァンパイアの血が混ざっちゃいるが、間違いなくな。分かるだろ? 俺の祖父は、襲われたんだ……」


 目を伏せ、ジェイサムは暗い表情をみせると、すぐに顔を上げ、言う。


「おっと。話しすぎたな。じゃあ、そろそろ終いにしようか……ブラッディ」

「待て! 分かった! お前が強いのは十分理解した! だから許してくれ! お前が探している女も返すから!」

「駄目だ」

「なぜだ!? 出来る事ならなんだってする! これでも、裏社会には顔が通っている方なんだ。何かと、役に立つと思うが?」

「駄目だ」

「なぜ、そこまで!?」


 ここまで言っても駄目なのか? 何をどうすれば許してくれるんだ? 慌てふためくキノコ頭に対して、ジェイサムはニヤリと笑うと、言った。


「パパ、だからだ」

「パ!?」


 男達は、口をぱくぱくとさせていた。


「お前達は、マリアを苦しめた。マリアを泣かせた。そしてこれからも、そうなる可能性がある以上、パパとして見逃す訳にはいかねえな」


 構える男達を見据えると、ジェイサムは床を蹴った。


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