第150話 二人のパパ
「誰がパパだ! しばくぞガキ!」
「黙って俺達についてこい。それが、互いに幸せになる近道だ」
俺にも、尖っていた時代があったもんだ。目的の街へ着こうかという頃、一人の男はそう呟く。それを聞いたもう一人の男も、あの時はきっと疲れてたんだ。と、言って目を瞑り、微笑みながらも首を振っていた。
順を追って話そう。怪しげな動きをする魔族共をしばいた後、俺達の事をパパだとか抜かす子供が、突然現れた。互いに問いかけ合ってはみたものの、身に覚えのなかった俺達は、とりあえず無視をする事にして、魔族の尋問を再開した。
あの手この手で口を割らせると、魔族共が探していたのはこの子供だという事が判明した。なぜ、こんな子供を? と続けて聞くと、驚くべき事に、この子供は魔王の娘だという。第二だか、第三だかは知らないが、あの魔王の妾の娘。この魔族共は、魔王軍とは別の派閥の新興魔族で、自分達の有利を作り出すために、この娘を誘拐しようとしていた。
いたな、そんな奴ら。しかし、特に興味のなかった俺達は、やれやれと手を振ると、足にしがみついていた少女をひょいと持ち上げ、街を出た。……あ。魔族の死体の処理が。まあいい。街に常駐する王国兵辺りが、何とかするだろう。
俺達が今回、依頼されている仕事はこれで終わった。俺達はお前のパパではないと少女に言い聞かせ、のんびりと帰路についていたのだが。
「パパー! あのね! あのね!」
「だから、俺達はパパじゃない」
「そもそも、何でパパが二人いるんだよ。俺達のどっちを、パパだと言っているんだ?」
「え……パパパパ!」
少女は、俺達の事をパパだと言い続けた。……パパパパって何だ? いい加減煩わしくなった俺達が理由を聞くと、こいつの母親が原因のようだった。
「ママがね! 言ったの! きっとパパが、私達を助けに来てくれるって! 私はパパに会った事なかったけど、もの凄く強い男が助けてくれたら、それはパパだって!」
との事である。ああ、俺達は強くて逞しい男。それは間違いない。外には余り出せない、恥ずかしがり屋の大きくて逞しい息子だっている。でもな? その息子は、お前の事なんて知らないと言っているんだ。よく見ると、髪に隠れて小さな角まで生えている。もう、間違いなくお前のパパではない。もっと、外見とか説明しといて下さいよ、ママさん。
「パパだもん!」
「うるせえ!」
「黙ってろ!」
ひし! と、足に抱きつく少女を引きずり、俺達は、先を目指した。
とても、幼い子供を相手にしているとは思えない、そっけなく冷たい態度の男達。後にあんな事になるとは、この時は誰も想像出来なかっただろう。
……。
「パパー! あの大きな街に行くの?」
男達よりも高い目線から、遠くを眺めていた少女が、声を弾ませ言う。男は、自分の肩にかかる幸せな重みを感じながら、少女に向かって優しい笑顔を向けると、口を開いた。
「うん、そうだぞぉ」
「あの街にいるボンボンなら、ママの居場所もすぐに分かるはずだよん」
「ほんとぉ!? ワーイ! ありがとー! パパ!」
「良いって、良いって」
「お礼を言えるなんて……マリアは天才だな。俺がこれくらいの時は、人の言葉を喋っていたかどうかも怪しいぞ」
「はっ! 俺もだ。将来は可愛くて頭の良い、素敵な女になる事間違いなしだな」
「えへへ~」
少女。名前はマリアと言うのだが、その少女を肩に乗せた男と、すぐ側で少女に笑いかけつつ、周囲を異常に警戒する男がいた。二人を知っている者なら、馬鹿笑いするか、気持ち悪がっていたであろう。言葉には、気味が悪い程の優しさが込められており、普段と比べると、口調もどこか怪しい。
純粋で愛らしく、無垢で素直。いくつかの街を越える内に、裏表のない健気な少女の態度に男達は参った。汚れた、いや、穢れた心を持つ男達には、眩しすぎる存在だったのだ。
そして今に至り、先程の会話。ママの居場所とは何なのか。穢れを浄化されつつあった男達は、ある時マリアに尋ねた。
「どうしたんだ?」
「うん……」
「お前、たまに暗い顔をしている時があるよな」
「あ。パパ、気付いてたの?」
「そりゃあ」
パパ、だからな! ニヤリと笑い、同時に言う。さらには、何でも聞いてやるぞ? と、父親気取りの男達。ぱあっと顔を綻ばせた少女は、抑えていた感情を吐き出した。
「パパ! ママを助けて!」
「おう」
「任せろ」
先を聞かず、男達は了承した。その後で、具体的に話を聞くと、マリアの母親は、逃げる過程で捕らわれてしまったらしい。最初は、マリアが魔族に追われていた事もあり、魔族が母親を攫ったのだと思っていたが。
「パパと出会った二つ、三つ前の街で、私を庇って人間達に……」
「人か。人も魔族もあんまり変わらねえなぁ、おい。それより、何でもっと早く言わなかったんだ?」
「え? だってパパ」
「全くだ。しかし、そういう事なら、一旦あいつの所に寄った方がよさそうだな」
自分達が、少女に冷たく当たっていた過去は、なかった事にしていた。やはりどこか穢れた男達は、すぐ近くまで来ていた情報通の仲間がいる街を、目指す事にした。魔族領に乗り込むというならともかく、相手が人間なら、その仲間に話を聞いた方が早いだろう。そういう判断だった。
「最近、あの街には悪い奴がいたんだけどな? パパが懲らしめてやったんだ」
「えー! そうなのぉ!?」
「ああ。全て、俺達二人で解決した。これから会う奴は、俺達の仲間なんだが、少々頼りなくてな。その時も、色々と助けてやったんだ」
「さすがマリアのパパ! じゃあ、その人に今度は助けてもらうの?」
「頭の良い子だ。そうだ。俺達に頼られる事を、至上の喜びとしてるような奴だ」
「俺達に会っても、ぼ~っとした顔をしていると思うが、そこはつついてやらないでくれ。あいつは言葉には出さず、心の中で万歳するような偏屈男なんだ。十分気をつけろ」
「恥ずかしがり屋さんなんだね!」
「人の悪い所を良いように捉える。マリアは、女神の生まれ変わりかな?」
「いや、マリアこそが、地上に現れた女神だ」
「もう~。パパったら」
そんな話をしつつも、大きな砂時計のある街へ辿り着いた三人は、街にいるという仲間の一人に事情を説明した。それから、半日もしない内に。
「おそらくだけど、分かったよ」
「おう。もっと小さな声で喋れ。マリアが起きたらどうするんだ?」
「てめえ、この天使の寝顔が歪むような事でもあれば、この街が地図から消えると思え」
「いや、君達の方が煩い」
情報を集めてきたにも関わらず、感謝するより先に、因縁をつけてくる男達。仲間だという優男は、呆れた顔をしていた。一体、何がどうなってこんな事に? ジロジロと二人を見ていた優男は、溜息を一つ吐いた後、話し始めた。
「……と、思うんだけどね? 最近、奴隷商の奴らがたくさんいたのも、もしかしたらそれが原因だったのかもね」
「へ~。さすが、裏カジノを取り仕切っているだけはあるな」
「いや、あれは領主にも許可を貰って……」
「そんな事どうでもいい。黙ってろ。それよりフィクサーマン。一日だけ、あの娘の面倒を見てやってくれ」
「君達ね……って、ええ。面倒だなぁ」
その言葉に、男達は憤慨した。唾を飛ばし、喚き散らす男二人を手で抑え、顔を背ける。小さな声で喋れとは、何だったのか。
「いいか? 擦り傷一つでもつけるなよ? 転んだ時は、お前が先に転んで地面との間に入れ」
「汚い心を持つお前は、出来る限りこの娘に触るな。ま、ルビイちゃんがいれば、問題ないとは思うが」
意味が分からない。それに、こういう事を言われそうだったから、面倒って言ったんだ。優男は口には出さず、手をひらひらと振り、二人と別れた。そして、次の日。
「パパー! マリアも行く!」
「ごめんな、マリア。すぐに戻るから。あと、俺達がいない間は、このもやしを頼れ。パパよりは頼りないが、この街では一番マシだ」
「本当にすまない。ママを助けたらすぐに戻る。パパと比べると、熊と子犬ほどの差があるが。仕方ない。頼んだぞ? 後でドッグフード買ってやるからな」
「君達、それで人に頼み事をしているつもりなんだ? それにしても、君達が仕事外の、しかも他人のために何かをするなんて、珍しいよね」
「パパ、だからだ!」
渋い表情で、男達は言った。
「そ、そう」
二人のパパは、何度も少女の方へ振り返った後、悲痛な表情を残して去っていった。無表情でそれを見ていた優男は、もう耐えられないとばかりに、吹き出した。
「あは、あははは! 何だよ、あいつら! 何であんな事に! あははは!」
それをさらに横で見ていた、少女と手を繋いだ女が、ぼそりと言う。
「子供って、可愛いですね?」
腹を抱えていた優男は、ピタリと笑い止む。振り返ると、そこには優しい笑顔の恋人。
「あのね。僕だって、将来は君とそうなる事を……」
「子供って、カワイイと思いませんか?」
望んでいる。とは、最後まで言えず、どことなく、脅迫でもされているかのような女の言い方に、優男は一言。渇いた笑顔でこう言った。
「はい。思います」
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