第147話 グッドマン

「こんな時間に、こんな所に呼び出して、どういうおつもりですか?」


 目の前にいる女を見て、心臓が高鳴るのを感じる。美しい。本当に美しい。昼間に見た、賭博場の明るい光よりも、僕は君を見ている方が眩しいよ。


「あの人に関わる大事な話って聞いたから来ましたけど……そもそも、あなた誰?」


 目の前にいる女はルビイ。あの馬鹿息子の許嫁だ。僕は、あの男の悪事を伝えるため、この女を呼出したのだ。一番に伝えたかった。気付いた僕を褒めて欲しかった。そして、あわよくば……。僕は、唇を噛む。


「僕は、アンチェインのグッドマン。君の許嫁。あの男はね? 悪い奴なんだよ」


 僕は説明を始めた。ルビイが驚いているのがよく分かる。僕が説明を終えると、ルビイは口元を両手で覆い、その場にしゃがみこんでしまった。


「ね? ね? 凄いでしょう? 僕が気付いたんだ。一番に。一人で。だから」


 気持ちいい。最高の気分だ。ああ、それでも君は、悲しいんだね? あんな男とは言え、一応は結婚する相手だったしね。でも、心配ない。これからは僕が一緒にいてあげるから。僕がその場から動かないルビイに向かって距離を詰めていくと、ルビイを挟んで反対側に、今まさに話していた、件の男が現れた。


「ルビイ」


 男が名前を呼ぶと、ルビイは立ち上がった。そして、僕と男の方を、顔を振り順番に見る。


「ルビイちゃん! 今話したように、その男は危険なんだ! 早くこっちへ!」


 現れたのは予想外だったが、これはこれで美味しい展開だ。悪人の手から、姫を守るナイト。こんな、もやし野郎は言わずもがな。多少の荒っぽい奴らが出てきたとしても、僕には切り抜ける自信がある。未だ迷う素振りを見せるルビイに、もう一声。


「怖いのは分かる。その男には金も、強大な権力だってある。でも僕は、あの! アンチェインの一人なんだ! 君も、噂くらいは知っているだろう? さあ、こっちへおいで。僕が守ってあげる」


 しかし、ルビイの行動は、僕の予想しているものとは違った。ルビイを迎えようと、両手を広げる僕を無視して、ルビイは一目散に、男の元へ走っていく。


 は?


「遅いじゃないですか!」

「決定的な一言が欲しくてね。それに大丈夫。すぐそこで聞いていたから」


 おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。

 何で、何で、何で、何で?


 君は騙されているんだよ? というより、二人が住人達の話していたような仲には見えない。どう見ても、ルビイはこの男に惚れている。これは一体? 


「えへへ。シャッフル~。凄く怖かったです」

「ちょっと、今は余りくっつかないでくれ。僕は、この男と話がある」


 僕の目の前で、ルビイは思い切り男の腕に抱きついた。その瞬間、僕の中で何かが切れた。



 時計の砂が、反転する。

 


「君、顔つきが変わったね。そっちが本来の顔かい? 殺人鬼」


 俺は、見開いていた目を細めると、すらりと剣を抜いた。君の一番の輝きは、もう失われてしまっていたんだね。そんな君なんて、もう見たくもない。救ってあげるよ、ルビイ。


「何で殺人鬼が、事件を追っているのか疑問だったけど。そうか。狙いはルビイだったのか。苦労するね、君も」

「そうです。苦労しているのです。あなたが、皆にちゃんと……」

「そ、それは、後にしてくれ」


 不満そうな顔をするルビイを、男はさらりと受け流し、俺の方へ向く。


「質問していいかい? 君は、なぜ人々を殺して回っているんだ?」

「救いを、与えるため」


 俺は、続けて言う。人間は皆、生まれながらに死ぬ事を約束されている。年を取って、体も満足に動かなくなって、最後は、病気に苦しんで死んでいく奴がほとんど。どうせ死ぬのは同じなのだ。それなら、美しいままで死にたいとは思わないのか?


「崇高な考えをお持ちのようで。なら、心臓を抜き取っていたのは?」

「生きた証。そいつを動かしていたもの。俺は、あの綺麗な色が好きなんだ」

「生憎、僕は臓器が嫌いでね。苦くない?」


 そう言いながら、男が前へ出てくる。即座に周囲を見渡すが、仲間らしき者はいない。


「実は、僕も似たような考えを持っているんだ。だから、君のご高説が間違っているとは言わない。考えは、人それぞれだからね。でも、他人にまでそれを強要するのはどうかと思うなぁ」


 男が近づいてくるのを見ていると、不気味な何かを、俺は感じ始めた。なぜ、こいつにはここまでの余裕がある? 男からは目を離さず、俺はもう一度、周囲を警戒する。


「そんなに警戒しなくてもいい。僕一人さ」


 一人だって? それなら、俺が不安に思う要素はないはずだ。偉大な父を持つ、無能な息子。あらゆる噂を聞いてきた。この数日、こいつの行動だって実際に見てきた。なのに、何だ? この雰囲気は。今まで見てきたこいつとは、まるで。


「せっかくだし、教えてあげようか?」


 俺の数m先で、男は立ち止まる。


「君の推理は、半分正解だったよ。ここ数日で、街から消えた人達は、僕の仕業さ」

「やはりな……」


 半分?


「あいつらはね、この街で人々を攫っていた奴隷商の奴らさ。人数が多くてね。一網打尽にするのには苦労したよ。幸い、二人の優秀な仲間もいたし、今日で終わったけどね」


 ん? 待て。待て待て。という事は。


「そういえば、君も手伝ってくれたよね? その節は、どうもありがとう」


 俺を囲んだあいつらか。そうなると、今日の賭博場にいた奴らは? あれは他の仲間を聞き出すために痛めつけていたって事か? 助言っていうのも……おとなしく口を割るか、捕まるか、その辺りか?


「怪しい奴がつけてくるな、と思っていたら、まさかアンチェインって言うんだからね。笑ったよ」

「何がおかしい? お前も少しは知っているなら、怯えて見せたらどうだ?」


 盗賊だ! 怖いよ~。目の前にいる男が、下手な演技を始めていた。頭の血管が切れそうだ。


「シャッフル? 性格悪いですよ? この街で知っているのは、私だけなんですから」


 ルビイにしろ、全く怯えた表情を見せない。何だこいつら? 馬鹿にしやがって! 俺が今にも飛びかかろうとすると、鋭くなった男の目が、俺の動きを制限した。そして、少し笑みを浮かべ、言う。


「まず一つ、アンチェインのメンバーは、相手を萎縮させるためなんかに、わざわざ名乗ったりはしない」

「お前が、俺達の何を知っている?」


 男は構わず続ける。


「二つ、情報通の僕は、メンバーの名前を全員知っているが、そこにグッドマンなんて男はいない。新人の子が入るって聞いてるけど、それは女の子だったはずだ。あ、もしかして君、女の子だったりする?」

「馬鹿な」


 お……おい。ちょっと待て。


「三つ、メンバーは依頼なしでは動かない。君は、自らの意思で人々を救う旅をしているんだって? 働き者だね。ただでさえこっちは、ボスのお遊びで大変なのに」


 待ってくれ。まさか、まさか、まさか。


「最後に、決定的な事を教えてあげよう」

「ぐぅ。お前は」

「ボスが、何で僕に依頼したのか分かったよ。近くの街にいたのが、僕だったってのもあるんだろうけどね?」


 こいつが? 嘘だろ? 俺は何も言えず、男の言葉の続きを待った。


「僕の名前はシャッフル。でも、いつも僕に酒を奢らせる友人はこう呼ぶんだ。グッドマン。ってね?」

「お前は、アンチェイン!?」


 はは。偶然にしちゃ出来過ぎだね。それより、自ら奢っている訳でもないのに、グッドマンて……あいつらも酷いよね。俺の質問には答えず、男は楽しそうに愚痴を言っていた。


「そう……か。お前みたいな、お坊ちゃんがな」

「あれ? しまったな。さっき言った事の一つは、間違いだったようだ。名乗った訳ではないし、そんなつもりもなかったけど、どうやら萎縮させてしまったみたいだね?」


 笑いを堪えるために唇を噛んでいた俺が、震えを抑えるために唇を噛み切った。


「なら! 今日ここで! お前を殺せば、俺が本物だろーが!」


 噂には聞いているが、実際に会うのは初めてなんだ。考えようによっては、一対一の好条件。見る限り、武器は何も持っちゃいないし、そもそも弱そうだ。先程の不気味な雰囲気の正体は分からないが……。俺は、男に襲いかかる。


「僕は、賭け事が好きなんだ。特に今は、これに夢中でね」


 男は、俺の初撃を避けると距離を取った。数多もの冒険者や魔術師を殺してきた俺の剣を、あの至近距離からいともたやすく。こんな優男に? とも、一瞬思ったが、そんな事今までだって何度もあった。距離を取った所を見るに、何かの魔法か? させるかよ!


「ギャンブルマジック。処刑ダイス」


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