第146話 確信

 一定の距離を保ちつつも、僕は領主の息子を追う。今の所、これと言っておかしい所はない。街の人と雑談をしていたかと思うと、露店で食べ物を買い、こんな時間から酒を煽る。それも少しおかしいと思うのだが、ま、聞いていた通りの駄目人間のようだ。


 しばらく追いかけた後、悩む。こんな時間から動くはずもないか? 僕はいい加減、追いかけるのが嫌になっていた。特に状況は動きそうにない。動くなら夜になってから、それか、こいつの住んでいる屋敷に忍び込んでもいいし、屋敷の周囲にでも張り付いておくという手もある。


「お?」


 僕が追跡を諦めようとした時、領主の息子が薄暗い路地に入っていくのが見えた。店も人通りもなさそうなあの道に、一体何の用が? 僕は一呼吸置いて、男を追いかけ路地に侵入した。


「おっと。待ちな」


 僕が路地に入って少し先へ進んだ頃、声をかけられた。人気のなかったはずの路地の隅々から、柄の悪そうな男達が突如現れ、行く手を塞ぐ。僕が先に目を凝らすと、領主の息子は消えていた。……くそ! 見失ったか!?


「お前か? 最近この辺りを、うろちょろと嗅ぎ回っているって奴は?」


 僕が事件解決のため、調査していた事か。しかし、こいつらは一体? いや、待て。これは罠か? もしもこいつらが、僕の尾行に気づいたあの男の手の者だとするなら……。やはり、あいつは怪しすぎる。疑念が、ほとんど確信に変わる。


「お前達は誰だ?」

「さあな。お前がこの街からすぐに出ていくなら見逃してやってもいいが、もし、そのつもりがないのなら」

「ないのなら? ちなみに、僕にその気はない」


 僕の中にある、正義感のようなものが燃え上がる。僕は、絶対にこの件を解決する。そして……。


「仕方ない。悪いが、消えてもらうぜ。おい! お前ら!」


 そう言って、柄の悪そうな男達が襲いかかってきた。そっちが、その気なら!


「哀れな者達に救いを。ホーリーソード」


 僕は剣を抜き、構えた。


 ……。


「ひぃ! お前! 何者だよ!? があっ!」


 地面に倒れた最後の一人に、僕は剣を突き立て、言う。


「……僕かい? 僕は」


 アンチェイン所属。グッドマン――。





 ===============





 時計の砂が、反転する。


「よお。状況は?」


 夜の酒場。薄暗い店内の隅で、一つのテーブルを囲み、男三人が顔を突き合わせていた。


「まずまず、だね」


 昼間の路地で起きた一件を思い出し、僕は言う。まだ確証は得られないが、やっと尻尾を掴んだ気がする。


「この分だと、後一週間って所かな? 食いついた魚は大きいよ」


 いや、強引にいけば、もうちょっと早くいけるか? 僕は、目の前にある焼き魚のはらわたを、皿の隅によけながら考える。


「二人には悪いけど、もう少しだけこの街にいてもらうよ」

「まあ、俺達の方は急ぎじゃねえしな。金も貰ってるし、文句はないぜ?」

「甘いな。こういう奴の言うもう少しってのは、半年くらいの事を言うんだぜ? 昔、俺の家の隣に住んでた婆さんがそうだった。最後は、もう少し生きると言って、半年経たずにおっちんじまったが」

「はっ! って、そのオチ笑えねえよ」


 渋い男二人の、いつものくだらない冗談を聞き流す。それ以降は、特に実のない会話をしばらく続けた後、僕はグラスに残っていた酒を飲み干し、席を立った。


「もう、行くのか?」

「うん。本当は二人にも来て欲しいくらいだ。広い街だからね」

「頑張れよ」

「応援してるぜ」


 渋い男二人はニコリと笑い、僕を快く送り出してくれた。いや、だからお前らも……もういいや。僕は溜息を一つ吐くと、店を出た。最後に背中から聞こえてきた声は。


「あれ? お連れさんは、もうお帰りかい? お勘定は……」

「いつも通り」

「グッドマンのツケで」


 僕は、もう一度深く溜息を吐いた。





 ……。





「最近物騒なんだ。夜道には気を付けた方がいい」

「ああ!? てめえ何様のつもりだ?」

「こいつあれだよ。あの有名なバカ息子」

「こいつが? はは! 俺達も馬鹿にされたもんだ!」


 夜。僕が歩いていると、目の前で領主の息子と、数人の男女が揉めていた。僕が途中から話を聞いた限りでは、領主の息子があいつらに絡んだようなのだが。


「もう行くぞ! おめえら!」

「バイバ~イ」


 領主の息子は適当にあしらわれたようだ。何をしていたか知らないけど、僕は、その絡まれた数人の男女の顔を覚えておく事にした。なぜなら、領主の息子が最後に呟いた言葉が。


「馬鹿が。優しく助言してやったってのによ」


 そして、僕の読みが、ふわりとした予感とも言うべき何かが当たったのは、次の日だった。


 今日も今日で、街をふらつく領主の息子。僕は昨日に続き、尾行していた。僕の中では、すでに確信へと変わりつつあるので、この男だけを注目していればいい。


「ここは」


 男が突然、酒場の裏口から中に入ったかと思うと、店内には入らず、すぐ側にあった階段を降りていった。僕は警戒し、小一時間、外からその入口を見張っていたのだが、十名程の人数が、同じように階段を降りて行った。綺麗な衣装に身を包んだ者から、無害そうな老夫婦まで。


 それを見て、少し警戒を緩めた僕が中に入ろうかと迷っていると、昨日の夜、領主の息子に絡まれていた男女が、ワイワイと階段を降りて行った。これが決め手になり、僕も後を追うように、階段を降りる。


 長い階段を降りた先は、狭い廊下。一本道のその廊下を進むと、一つの扉があった。近くまで行くと、何やら騒々しい音が聞こえてくる。意を決して、僕は扉を開けた。その扉の向こうに滑り込んだ僕の目に、飛び込んできたものは。


「ようこそ! 当店は初めてですか?」

「は……いえ、何度か」


 過剰な魔法の光が、正直眩しい。外の陽の光とは、また違う明るさ。一瞬素直に答えてしまいそうになったが、僕の目的を考え、咄嗟に嘘をつく。


「では、どうぞごゆっくりと!」


 目の前にあったもの、それは、地下に作られた大規模な賭博場だった。僕でも分かりそうな簡単なカードゲームから、何らかの魔法で動いているのだろう。一見して、遊び方の分からないものまで。それらが、所狭しと並んでいた。


「じゃあ、とりあえず……これだけ」


 いつまでも入口に突っ立っている訳にもいかないし、何もしないのは怪しまれる。そう考えた僕は、お金をチップに替え、端の方の小さなゲームでせこせこと遊ぶ。遊びつつも注目しているのは、領主の息子と、昨日その息子に絡まれていた者達。


「よっしゃあ!」


 目に見えて、状況は変化していった。ただ、運が良いだけなのかもしれないが、領主の息子に絡まれていた男女のグループが、凄い勢いで勝ちを重ねていく。他の客達も、ちらちらと様子を伺っていた。


 するとそこで、そのグループが店のスタッフに声を掛けられていた。笑顔でぞろぞろと歩いて行くのを見るに、特別な部屋に招待でもされたのだろう。所謂、貴賓室って奴だ。あれだけ勝ってたんだ。羨ましいな。


「待てよ?」


 ほとんどなくなってしまったチップ。自分の手元に目を落とした後、僕ははっと気付く。違う! 違う、違う! そうじゃない。この賭博場を作ったのは? この賭博場を経営しているのは? あいつの父親が、事件に関わっているのかどうかまでは知らない。だが! 気付くと、領主の息子の姿も消えていた。


 僕は席を立ち、先程あのグループが向かった扉へと向かう。幸いにも、誰も扉に注目している人はいない。僕は、静かに素早くその扉を開けると、中へ入った。扉の先は短い廊下になっていて、左右に扉が二つずつ。僕は扉の一つ一つに耳を当て、中の様子を確認していった。


「分かった! 分かったから、もうやめてくれ!」


 三つ目の扉を確認した時、その声が聞こえた。……中で行われているのは、まさか!? 僕は息を呑むと、しばらくその声を聞いていた。僕は、唇を噛む。実際に見ておきたいとも思ったが、さすがに中に入るのは危険だろう。


 でも、これで決まりだな。


 もう間違いない。人を攫っているのは、間違いなくあいつ。僕は唇を舐めると、先々の事を思い巡らし、身を震わせた。まずは、そうだな。


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