第145話 砂時計の街

 さらさらと、砂が落ちていくのを眺める。見たところ、今は半分程が落ちきったようだ。さあ、ご飯にしよう――。



 ここは、流れる砂が時を刻む街デイグラス。街の中央辺りにある円形の広場は、たくさんの人で溢れかえっていた。恋人との待ち合わせをする者や、走り回る子供、ペットの散歩に来た者、様々だ。


 ただし、広場の中心にそびえ立っているものは、よくあるような噴水などではない。大きな大きな砂時計だ。見上げる程の高さを誇るその砂時計が、計る時間は一日。0時に砂が落下し始め、また0時になると全ての砂が一旦上部に戻り、落下を始める。さすがに、本体部分が反転するなんて事はなく、上部に取り付けてある魔力石に砂が吸い上げられる形だ。なので、正確には0時ピッタリに砂が上部に戻る訳ではない。


 街の象徴でもある砂時計。その砂時計のある広場を中心とした通り、砂時計通りと呼ばれるそこには、雑貨から食べ物まで、多種多様な店が立ち並び、賑わいを見せている。今、その通りを、数日前に別の街からやってきた一人の男が歩いていた。


「相変わらず、凄いな」


 賑わいを見せる通りを一望し、思わず呟いてしまう。僕の名は、グッドマン。各地を旅し、苦しむ人々に救いをもたらす者。


「やっぱり、明るい内は駄目だろうね」


 眼前の喧騒からは考えられないが、現在この街には、住民を悩ませている二つの事件が起きている。一つは人攫い。少し前から、仕事に出かけたはずの身内が帰ってこない、どこかに消えてしまった、などと言った報告が相次いでいる。もう一つは、猟奇殺人。物乞いが餓死したのでも、行き過ぎた喧嘩の結果という訳でもない。見つかった死体からは全て、心臓がなくなっていた。


 この二つの事件に、街に住む人々の関心は持ちきりだ。二つの事件に関連があるのでは? と、ささやく噂も聞こえるが、それはどうなのだろう。どちらにせよ、自分が、自分の家族が、酷い目に合う事には変わりなく、一刻も早い解決を望まれている。


「あ」


 あいつは……。目の前を、ふらふらとした足取りの優男が通りかかる。住民達が解決を期待しているのは、この街を治める領主だ。卓越した手腕を見せ、この街を発展させてきた領主。人々の信頼も厚い。そして、目の前を横切ったのは、その領主の息子なのだが、こちらは打って変わり、無能息子と評判だ。完全に親の七光。今も、有り余る金で、昼間から遊んでいたのだろう。


 現状、領主も兵を徘徊させるなどしているのだが、まだ解決の糸口さえ見つかっていないようだ。だが、それもそうだろう。僕の独自に行った調査では、あの領主の息子が一枚噛んでいるのでは? と、疑っている。いくら有能でも、身内となると目が曇ってしまうものだ。


「僕がこの件を解決すれば……きっと」


 淡い期待が沸いてしまう。あの領主の息子には、この街一番の美人と噂の許嫁がいる。僕も一度見たが、しばらくの間、見つめてしまう程美しかった。正直、一目惚れだ。どうせ、それも親の力で強引に手に入れたのだろう。街に住む人達も、何であの馬鹿息子にあんないい娘が、と嘆いているのをよく聞いた。


「ふふ」


 自然と笑みが溢れる。この街で今、領主の息子が怪しいと睨んでいるのは、自分だけだろう。荒事になったとしても自信はある。解決出来るのは僕だけだ。待っててね、ルビイちゃん。




 ===============




 時計の砂が、反転する。


「はっはっは!」


 きへへ。


「やばいやばい! こんなに遅くなるなんて」


 仕事先の店主の愚痴を言いつつも、走っている女がいた。周囲を見渡しながら、どこか怯えるように。


「う~。怖いよぉ。何で誰もいないのよ」


 それはそうだろう。この街には恐ろしい噂が二つもあるのだ。夜遅くに出歩かないのは当たり前。女を見て、舌なめずりをする。


「でも、おかげでやっと買えたな。あの子の誕生日は来週か。へへ、喜んでくれるかな?」


 高まる事を言ってくれる。ああ……そんなにいい声で鳴かないでくれよ。我慢出来なくなっちゃうだろう?


「はっはっは! よし! もうすぐだ! ここまで来れば……」


 ここかな? いいよね? もういいよね?


「こんばんはぁ」

「え……? やっ!」


 俺の姿を見て、悲鳴をあげようとした女の喉に、剣を一突き。女の口からは血が溢れ、剣を抜くと、喉からは空気の通り抜けるような音がした。


「ご、ゴブ」

「君の血、綺麗だね。心臓も、さぞ綺麗な色をしているんだろうね」


 あは。もう、何も言ってくれないか。その場に倒れた女を見て、男は三日月の形に口を開けると、恍惚とした表情で女の心臓をくり抜いた。


 キヘヘ!





 ===============





 次の日、僕は人だかりの中にいた。目の前にあるのは、心臓のなくなった女の死体。


「お姉ちゃん! お姉ちゃああん! うわああ!」


 弟がいたのだろうか。見る限り、まだ若い。その弟らしき人物は、血濡れた女の死体に抱きつき、泣いていた。僕は、唇を噛む。


「誰か、領主様にこの事を伝えてきてくれ」

「あの子、これからどうするのかしら……確か、あの家って姉弟の二人暮らしだったはずでしょう?」

「それも領主様が何とかしてくれるさ」


 住人達は、悲痛な顔をして、目の前で叫ぶ女の弟を見ていた。すると。


「おい……この娘だけじゃない。昨日、また誰か行方不明になったらしいぞ?」

「はあ? 嘘だろ?」

「もう、街から出た方がいいんじゃないかしら」


 昨日は、二つの事件が両方起こってしまったのか。その会話を何気なく聞いていると、僕から死体を挟んで反対側の奥に、領主の息子がいた。そして、無表情で死体を眺めた後、足早に立ち去って行くのが見えた。僕は、男を睨むように目を細めた後、その場から離れ、男を追う事にした。


 あいつの悪事。僕が暴いてやる。


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