第148話 無能な男

 男の手の平に、大きさの違うサイコロが二個出現し、そのままそれは、地面に落とされる。何だ?


「4と1。ああ、面白みはないね」


 男の言葉に気をとられ、俺が地面に落ちたサイコロの出目に、目を奪われた瞬間。


「執行」

「ん? っつ! ああああ!」


 一瞬の燃えるような熱さの後に、鋭い痛み。頭上から振ってきたギロチンに、俺の片腕は落とされていた。


「さっき言いかけてた続きだけどさ、僕は、君と似たような考えを持っているんだよね。執行」


 その後も、男はサイコロを投げ続ける。どうやら、出目によって出て来る魔法が違うようだ。大きい方が属性。小さい方が種類か? 一体何のために? 分かんねぇ! 俺は、腕を抑えながらも、突如目の前に現れた水流を避ける。


「皆、言うんだよ。僕みたいな、いいとこ育ちの坊っちゃんが、何で盗賊なんかにって。執行、執行」


 避けられない、事もないのか? だが、片腕を失った俺には、もうどうしようも……。


「人間、多少の差はあれど、生きていればそれなりに悩み苦しむものだろ? だって、そいつにとっては、それが世界の全てなのだから。今が幸せか不幸かなんて理解らないよね? そういう『差』ってものを知っていないと。執行」


 男は色々と話しているようだが、俺には、そいつの話す言葉を理解なんて出来なかった。必死なのだ。俺は今、生きるのに必死なのだ。手首からは血が滴り、頭が朦朧としてくる。


「結果から言うとね、僕は、平坦な人生なんてつまらなかったんだ。誘ってくれたボスには、これでも感謝してるんだよね」


 男の展開する魔法を避けつつも、頭の片隅では考え始めていた。これも、男の言う差なのだろうか。安全圏から呑気に魔法を撃ち続ける男と、必死にそれを避ける俺。


「だから僕は、ギャンブルが好きだ。先が分からないってのはさ、僕にとっては幸せな事なんだよね」


 も、もう無理だ! 反撃の隙さえ与えてもらえない。俺は、逃げる準備をする。


「いっぱい話しちゃったね。さて、そろそろ終わりにしようか」


 そんな声が聞こえてきたのは、俺が男に背を向けた時だった。


「掛け金追加だ。全部、持っていけよ。執行!」


 背後で、大量のサイコロがばらばらと地面を転がる音が聞こえた。右を見れば、轟々と燃える柱が、自分に向かって倒れてくる。左を見れば、針の壁が迫ってくる。それだけじゃない。その他おぞましい見た目の諸々が、あらゆる方向から俺に迫る。


「くそぉ!」


 前方の隙間に、身を屈めて飛び込む。色々な物がごちゃごちゃと迫る中、唯一、空いているように見えた隙間だ。


「あーあ」


 男の声が、耳に残った。


「この中じゃ、一番辛い奴かもね? でも、君にはピッタリの代物だ」


 隙間だと思っていた空間は、大きな牛の像の口だった。俺がそこに飛び込んだ後、その口はぱかりと閉まる。


「ああああ! 熱い! 死ぬ!」


 その中は、高温だった。高温なんてものじゃない。明らかに、焼かれているような熱さ。温度はどんどん上がっていく。だが、出られない。壁を殴っても、びくともしない。殴った手が焼ける。床についた足が焼ける。足裏の熱さに、思わず四つん這いに倒れると、手の平と膝が剥がれなくなった。


「俺が悪かった! だからここから出してくれ!」


 俺にはもう、命乞いをする事しか出来なかった。


「他人にまで、自分の考えを強要するのは良くないよね。悪徳宗教と呼ばれるものも、ほとんどがそれだ」


 男は話し始める。い、今はそれより! これを早く!


「まず、話をしてみろよ。話を聞いてみろよ。僕はこういう考えなんだけど、あなたはどうですか? ってね」

「話を聞いてくれ! 何でもする! 今までの事だって償うから!」

「他人に自分の考えを押し付けてきた奴の話を、誰が聞きたいと思うんだ? 別に、今回の件に限らずとも、相手が君じゃなくてもさ。そんな奴の話、面白くなさそうだよね」


 くはぁ! 皮膚をべりべりと破きながらも、何とか、床から手を放す。この男は、俺を生かす気なんてない。


「君にピッタリって言ったのはさ、簡単には死ねないからなんだよね、それ」


 ほら、な。俺は息も絶え絶えに周囲を見渡す。


「君には、死ぬ寸前まで考えて欲しい。君が殺したあの女の子も、生きたかったんだよ。その弟も、姉に死んで欲しくなんてなかったはずだ。少なくとも、お前に殺された人々は、まだ明日を見ていた」


 男の言葉が、聞こえる。呼吸すら困難。吸った空気で肺が焼ける。


「確かに、人は産まれた時から、極刑を言い渡されているよね。罪を犯そうが、犯すまいが。どんな生き方をしても、最後に行き着く所は同じだ。……ああ、考えてみれば、これも君の言う救いってやつなのかな? どうだい? 救ってもらってる気分は」


 何か方法はないかと探していると、遂に息が出来なくなり、倒れ込んだ。顔が焼け、痛みに少しだけ意識が覚醒する。もう、死にたかったのに。熱くて痛いのは嫌だったのに。最後に、俺の口から出てきた言葉は。


「救えねえな、お前。俺だって、明日を……」


 そうだね。これも、僕の考えの強要だったね――。


 消え行く意識の中。男の言葉が、頭に響いた。




 ……。





 時計の砂が、反転する。


 今日もまた、何が起こるか分からない、新しい一日の始まり。しかし今は、子供はもちろん、健全、堅実な大人であれば、寝ている時間。そんな時間にも関わらず、外に出かける者達の姿があった。


「よく頑張ったな! グッドマン!」

「いいぞ! グッドマン!」


 僕は、街を恐怖に陥れていた二つの事件を解決した次の日、ルビイと一緒に酒場に来ていた。待っていたのは、友人の二人。


「事件解決記念だ! さあ、飲むぞぉ!」

「アンチェインの名を語る偽物は死んだ。後は、俺達が酒に溺れて死ぬだけだ!」


 はあ。こいつらは……。僕が溜息をついていると、隣に座っていたルビイが、二人に言う。


「という事は、主賓はシャッフルですよね? もちろん、お代は二人が持ってくれるのですよね?」

「え」


 ルビイの言葉に、二人の表情が消える。やはり、そのつもりだったか。でも、今夜は頼れるルビイがいる。ざまあみろ、だ。僕が心の中で笑っていると、二人は悔し気な顔をした後、同時に何かを思いついたようだった。


「まあ、その件は後で話そう。今は楽しい宴の席なんだ」

「うむ。それよりよ? いつ一緒になるんだよ? お前ら」


 お、おい。それは……。


「い、今の生活! 僕は気に入ってるんだ。それに、組織の事を考えると、この立場は動きやすいからさ!」


 そんな唐突な切り口だったが、ルビイが反応してしまう。


「シャッフル? 私だけ知っているというのも、誇らしいし嬉しいのだけど。私は、もっと自慢したいです。強くて、頭も良くて、本当は凄い人なんだって……それに、今回の件だけじゃない。あなたが侮られていると、煩いのがたくさん寄ってくるんですよ?」


 うぐ、痛い所を。


「ほれみろ! 早く覚悟決めろよな!」

「何も心配いらない。式場の予約から、スピーチまで。招待状の手配だってやってやるぜ? 俺は運び屋だからな。二人の愛も、運んでやるぜ?」

「はっ!」


 調子に乗った渋い男二人が、無意味に盛り上げる。くそう、くそう。……仕方ない! 僕は煩い二人を遮り、言う。


「き、今日は奢るよ! じゃんじゃん飲んでくれ!」

「酒のなる木、とはお前の事だ!」

「俺はお前を信じてた! 実は金なんて持ってきてねえ!」


 誰が、酒のなる木だ。あと、酒場に来といて金を持ってないってどういう事だよ。果実に群がる害虫共め。


「お! これ飲んだ事ねえ奴じゃねえか? お前どうだ?」

「俺は伝説の運び屋。胃袋さん? 酒をお届けにあがりました」

「はっ!」


 全く。こいつらはこいつらで、自分の考えを押し付けてくるような奴らだが、不思議とこいつらの話は面白い。違いなんて分からないけど、きっと何かが違うんだ。


「もう! また、そうやってはぐらかすんですから!」


 ルビイがぷくっと口を膨らませ、僕を睨む。そして、少し俯き、言う。


「このままだと、先に子供が産まれちゃいます……」

「え? ちょっ」


 予想外の一言。これだから、人生はおもしろ……って、言ってる場合じゃない! 水を得た魚。燃料を与えられ、轟々と燃え盛る男が二人。サイは投げられた。


「チクショー! いつも、すっとぼけた顔しやがって! やる事はやってたんだな! そりゃあ、こんなに美人だもんな!」

「俺は愛の運び屋。シャッフルさん? ベイビィ、お届けにあがりました」


 こうなっては、もう二人を止められない。影響を受けたのか、酒が回り始めたのか、ルビイも少しおかしくなっていた。


「そうですよ! 孕んじゃえばいいんです!」

「そうだ!」

「その通りだ!」


 え?


「そうすれば、さすがにシャッフルだって落ち着いてくれますよね!」

「解決への近道、見つけたな!」

「俺はどんな仕事でも完遂する究極の運び屋。シャッフル? それでも子種だけは、お前が運ぶしかないんだ」


 誰かとめて。


「ねえ、シャッフル? 早く、お家に帰ろう?」

「ヒュウ。今夜は盛り上がるな! こりゃ!」

「妻子が出来れば、飲みに誘われなくなる奴が多いよな。でも、俺達の絆はそんな柔いものではない。変わらず、誘い続ける事を誓うぜ?」

「それは、必要ありません」

「奥さん!?」

「俺はめげない運び屋。悪友という名の友人、お届けにあがりましたー!」


 茶化す友人達に、しなだれかかってくるルビイ。無能な僕は、渇いた笑いを見せる事しか、出来なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る