第141話 アーメイラ
あ……ワイが殴られてる――。
ワイの名前はアーメイラ。盗賊団アンチェインのイケメン担当。ワイの独自に行なった調査によると、恋人にしたい男、一位。結婚したい男、一位。魔術師としての才能を感じる、一位。長生きしそう、一位。良い匂いしそう、一位。髪の毛がさらさらしてそう、一位。その他諸々。まあ、あれや。つまりは、測りきれへん男って事やな。
そのワイは今、少々面倒臭い仕事が終わった後、片田舎でのんびりやってた所や。ま、バカンス気分で来てるんやけど、実は依頼も一つ請け負っとる。頼られる男やからな、ワイは。そして出来る男でもある。……本当の事を言うと、休暇中やってのにあのクソボスが! ってとこやけど、まま、簡単そうやから片手間にやっといたるわ。素晴らしい心の持ち主やでほんま。
面倒臭かった仕事の内容については割愛するけど、面白い魔法を使う奴が一人おったな。記憶をどこかに落としてきよった馬鹿。あいつ、今何してんのやろ? 俺の記憶を知りませんか? この辺りなんですけど。なんて言って、憲兵の所にでも行っとったら笑いもんやな。
きゃっきゃ。つめた~い! アハハハ~。
「仲良うなれそうやったし、あいつも連れて来たったら良かったな」
どこで何をしとるか知らんけど、ほとんどが肌色の姉ちゃん達を日々眺めるワイより、良い生活は送ってないはずや。この光景に勝てるんは、若い女の子が自分からスカートを捲くってくれる事くらいとちゃうか? ……ん? 何か寒気がした。ワイの勘はよく当たるからな。いやでも、そんなまさかな。
さて、そろそろ冒頭の話へ戻ろう。まず、この街の名前はパラハピ。広大な海と砂浜が眼前に広がるリゾート地って所やな。その砂浜に寝転んで、日々を怠惰に過ごしとったんやけど、そんなある日、たまたま砂浜の端の方まで歩いてたら、岩陰でワイが殴られてたんや。
「なんやあれ?」
自分の状況を客観的に言った訳ではないし、過去の記憶を思い出してる訳でも、まさか過去に戻った訳でもない。今まさに、現在。目の前でもう一人の自分が、殴られ蹴られの暴行を受けてたんや。
おっと。もう一人の自分って言うと、また誤解が生まれるな。正確には、自分によく似た他人や。生き別れの双子なんてものはおらんし、完全に他人。名前、年齢、趣味に特技。一切の情報は知らんけど、ただ一つ言えるのは、顔と背格好が似ている。似すぎている男が、目の前におるという事や。
「まあ……ええか」
少し離れた位置。向こうはワイに気づいてない。ワイはその光景をしばらく眺めた後、その場を離れる事にした。同じ顔の奴が殴られているのを見るのは、余り気分の良いもんでもなかったが、ワイには関係のない事やからな。
「きゃあ! 喧嘩してる人達がいます! 誰か! 誰か来てー!」
お? ワイが背を向け歩き出そうとすると、後ろで女の声がした。ワイが振り返ると、ワイに似た男を囲んでた男達が、舌打ちをして足早に去って行く所だった。周りには誰も、ワイくらいしかおらんかったけど……。
「大丈夫!? もう! また一人で出歩いて!」
「煩いなぁ」
ああ、そういう事。あいつを助けるために大声出したって訳やな。勇気あるなぁ、あの娘。一つ間違ったら、一緒にえらい目に合わされる所やったで。
さすがにその時は、ワイが行ったかもしれんけどな、と思いつつ、二人を見ていると。
「放っとけよ。お前には関係のない事だろうが!」
なんや~? ちょっと気分悪いで、もう一人のワイ。助けてもらっといて何様やねん。あ、あれはワイちゃうけど。
「関係ない事ない! あなたは! 私と結婚するのよ!?」
おいおい。ちょっと面白そうな話になってきたで!
「だから……何度も言ってるだろうが! それは、それだけは、出来ないんだよ!」
「あ! 待って! 待ってよ!」
走ってその場から去る男を、女が追いかけて行った。よー分からんけど、複雑やな! 精々頑張り! 心の中で、何となく気になった二人を、ワイは応援する事にした。あんなにそっくりなんや。少しは気になるってもんやろ。
「さて、ワイはもう少し、皆を見守るか」
あれほどのそっくりさんが世界にはいるもんなんやな。少し不思議な気分にはなったが、ワイは気持ちを切り替えると、皆の安全を守るため、また砂浜を歩いて行った。
ちゃうで? 何もやましい気持ちなんてない。砂浜で転んで怪我でもしたら大変やろ? 誰がいつ足を攣って溺れるとも限らん。ワイは、それを素早く助けるための救助員みたいなもんや。野鳥を眺めるだけの、暇そうな仕事やってる奴いるやろ? ワイの心の中はあんな感じや。何も邪な考えなんてない。今年もまた、渡り鳥がやってきました。今年もまた、薄い防具のカワイコちゃん達がやってきました。ほらな?
「やたら長ったらしい言い訳ね! それ、絶対嘘でしょ!」
……!
「えー! 信じてくれよぉ~。俺は、君しか見てないさ~」
「ほんとにぃ?」
ワイの目の前を、男女のカップルが横切っていった。……別に、ワイは驚いてないで? 自分の事なんて思ってもないで? ワイは、日に焼けた男恐怖症やからな。あのアホ面の男がただただ怖かっただけや。いや、ほんまに。
もう出会わないだろうと思ってたワイに似た男が、ワイの今回の仕事に関係するなんて、この時は思わなかった。
……。
「おいコラ! こんな所にいやがったか」
「探したぞ? ちょっと、俺達に付いてこいよ」
宿泊中の宿までの帰り道。アイスクリームを舐めながら歩いていたワイを、数人の男共が囲む。思い当たる事が、ない訳ではない。……面倒くさ。
「あー。多分、人間違いしてるで自分ら。散れや」
「あ? てめえ、この状況見てもの言ってんのか?」
「もういい。早くやっちまおう」
面倒くさ……。
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