第140話 空前塔攻略

「いやああ!」


 スパンという風切り音。今回もまた、私の服はゴミになる。二十階を突破する事が出来ない。


 私が空前塔の建つ街にやってきてから、三日が過ぎようとしていた。今は、宿のお風呂に入った後、ベッドの上で横になり頭を悩ませている所だ。私を悩ませているのは、もちろん塔攻略の事。


 二十階の金髪の男は強かった。どちらが強いかは分からないが、十階のあいつと勝負させてみたくなる。今後の参考にというか、興味本位なのだが、一度戦ってみてはくれないだろうか。そんな事を妄想してしまう程の強さ。それに加えて、十階のあいつとは違い、金髪男は何も喋らないのだ。それが私をさらに悩ませている。


 やはり、正攻法では勝ち目が薄い。そうなると、また何か策を用意しなければならない。私が十階で学んだ事だ。勝負後は、ニマニマと嫌らしい笑みを浮かべている時があるが、かと言って攻略のヒントを出してくれる訳ではなかった。


 色々と試した。十階の時のように、スカートをたくし上げたりもした。なぜだろう。どこか、あの男と同じ気配を感じたからだ。今回は、人から聞いた事でもなく、自発的な行動。すっごく恥ずかしかったけど、男は鼻の穴をぷくっと膨らませるだけで、その後、何も言わず私の服を切り刻んだ。少しだけ、心に傷を負った。


「お金もなぁ……」


 本当に凄い技術。私の心には傷を負わせるも、体には少しの傷も負わせず、服だけを切られる。男の趣味だろうか? それとも、他に何か理由があるの? 私が二十階に足を踏み入れた瞬間、それはなぜか挑戦するたびに行われた。私の旅の資金が、服代に消えていく。


 かと言って、服を買わない訳にはいかない。それは十階のあいつのせいだ。一度、恥を捨て下着姿で塔を登ってやろうとしたが、止められた。最初から見せているなんてどういうつもりだ? 常識がないのか? なんて事まで言われた。常識がないのはあなたです。


 その十階の攻略も、徐々に変質していった。これも、私を悩ませている大きな要因の一つ。ある時、男がこう言ったのだ。


「とてもだ。とてもいいものなのだが、前ばかりじゃ飽きたな。一度、後ろを向いてやってみてくれ」


 塔の攻略。私は二十階を越えられない事で疲れていた。麻痺していたと言い訳させて欲しい。その時の私は、言われるがままに後ろを向き、スカートを捲った。そして、男はいつものように、よし! 通れ! と、言う。すれ違う際、男の鼻の下が伸び切っているのが見えた。


 何がとてもだ……よ。どこに配慮してるのよ。気遣うのはそこじゃないでしょう? 私はこの夜、枕を濡らした。


 ……。


 あれ? 一筋の光明。攻略のきっかけは、ふとした事から。四日目の朝、私は諦めずに塔攻略に挑んでいた。ペラ。おはようスケベ。お、今日は黒か。すでに慣れてしまったやり取りを経て、十階を越え、二十階まで登る。幸か不幸か、ここ数日で幾重にも戦闘の経験値を積んだ私は、もう二十階までは余裕だ。


 その二十階に足を踏み入れると、いつものように服を切られるような事はなかった。番人が留守な訳ではないし、誰かが先に来ているという訳でもなかった。私が歩き出しても、男は目を瞑り、黙って部屋の中央に座っている。……いいのかな? ううん。やってみる価値はある。私は昨日の、宿屋のおばちゃんとの会話を思い出す。


「ああ! もう見ちゃいられない! ノービスちゃん、ちょっとこっちへおいで!」


 この日の攻略を諦め、下着姿で塔を出てきた私を見て、宿屋のおばちゃんが駆け寄ってくるのが見えた。


「さあ、まずはこれを着て! ああ……可哀想に。余程、大変な目に合ったんだね」

「あ……え?」


 積み重なる敗北と恥。私の表情は死んでいたのだろう。仲良くしていた宿屋のおばちゃんが、私を慰めてくれていました。


「厳しい所だね。あそこは」


 本当に。こんなにも先の見えない戦いは始めて。


「頑張り過ぎだよ! 毎回毎回、そんな姿になってまで。宿に戻ったら傷の治療からだね」


 あ。これは、激しい戦闘があったとかではないです。もの凄く器用な、スケベ男のせいでして。


「あんなに元気だったノービスちゃんが……諦める訳にはいかないのかい?」


 たくさんの優しい言葉に反応出来なかった私ですが、その言葉にだけはしっかりとした意思を持って、言いました。


「はい。それだけは、絶対に」


 私の言葉に口をつぐんだおばちゃんは、眉をキリリ、とさせると頷きました。


「そうかい。止める事は難しそうだね。それなら、おばちゃんも応援する事にするよ!」

「ありがとう」


 おばちゃんは、優しい顔で笑ってくれました。そして、もう着なくなったという服を、いくつか私にくれるようでした。旦那さんの作る夕ご飯が出来上がるまで、私達二人は、きゃいきゃいと試着を楽しみました。なくなりつつ合った乙女心を、少しだけ取り戻した気がしました。


 まさかこの事が、攻略の糸口になるなんて。



 二十階へと続く階段を登る私は、自分が着ている服を眺めました。それはおばちゃんがくれた服。おばちゃんの優しさが詰まった服でした。


 私は脱ぎました。例え、自分が傷つく事になっても、この服を失くしたくはなかったから。綺麗に折りたたんだそれを階段に置き、下着姿になった私は、意を決して二十階に足を踏み入れます。


 警戒しつつも、歩を進める私。昨日、部屋に戻る前に、最後におばちゃんが言った一言を思い出します。


 応援はしてる。でも、逃げたっていいんだからね? 誰も責めやしない。いつでも帰っておいで。


 ありがとう。おばちゃんの言いたかった事は分かる。素直に嬉しい。おばちゃんの言った意味とは異なるけど、私はそれを聞いて思いついてしまった。逃げたっていい、か……。私の目的を思い出せ。私の目的はこの塔を攻略する事ではない。


 ペタペタペタ。スッ。


 私は、無言で座っている男の側を横切った。男はもちろん気づいているだろう。だが、動く気配はない。私はそのまま、二十一階へと続く階段へ進む。


「それが正解。戦う理由のない相手と、無理に戦う必要はない」


 背中から声がした。私は後ろを向いたままで、問いかける。


「なら、なぜ服を脱がないと駄目なの?」


 それ一つじゃ味気ないだろ? 趣味だ。男の消え入るような声が最後に聞こえる。私が振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。趣味、ね。……やっぱり、趣味だったのね? 趣味、かぁ……。私は誰もいない二十階を一瞥して、先へ進む。少し階段を登り始めた所で、もう一度後ろを向いた。


「ばかぁ!」


 私の声が木霊する。こうして、後で考えればくだらなすぎる、私の二十階の試練が終わった。




 ===============




「ぐわぁぁぁぁ!」

「え? 終わり?」


 その後の話をしよう。


 二十階を突破したノービスは、そのままの勢いで、空前塔を攻略した。実は、元々のノービスの実力でも、この塔は簡単に攻略出来るものだったのだ。


「ぐぅ、強いな。では、そこの木箱を開けるがいい。初の塔攻略者へ送る、栄誉と金銀財宝だ」

「この中に!」


 俺が現在手伝っている、カイルの仕事の一つは、塔の財宝を盗むこと。


「開けるわ!」

「ふふ、長年ここを守ってきたがな? いつしか私の夢は、攻略者の喜びの顔を見る事に変わっていたのだ。礼を言う。ありがとう」


 そしてもう一つ、アンチェインの新人の教育だ。戦闘面はともかく、まだまだ精神的に未熟な彼女を、鍛え上げてやる。それが仕事。……あれ? そんな制度があったのか? 俺への教育は? まあ、いいか。どうせ、あの親分のくだらん思いつき、いや、嫌がらせ辺りが混じっているのだろう。


「やったわ! これで私も認められる! ……ん?」

「うむ! よく分からんが、うむ! ん? どうかしたのか? 素晴らしい物が入っているだろう?」

「素晴らしいもの?」


 俺達にとっては、趣味と実益を兼ねた遊びのようなものだったのだが、彼女はこれで素晴らしい成長を遂げたであろう。色々と、非常に満足している。だが、最初から全てが上手くいくなんて、お前のためにならない。だから。


「何? これ?」

「むむ! なんじゃそりゃあ!?」


 ノービスの手には、一枚の下着と手紙。その手紙にはこう書かれていた。


 (後輩へ。よく頑張ったな? でも、お宝は俺達が先に盗んでおいた。その悔しさをバネに精進してくれ。あ、何も入ってないのは寂しいと思ったので、ある屋敷を縄張りとしている、頭が少しおかしいメイドの下着を入れておきました。それ、あげる)


「ああああ! そんなぁ! ……でも! さすがは先輩ね!」

「先輩って誰だぁ! ああでも! それはそれで、素晴らしいものですな!」

「これ、あげる!」

「私に新たな夢が生まれました! この下着の主を探し出す事です!」



 ……。



 俺達に見せた事のない、弾んだ笑顔を見せる少女が歩いていた。俺とカイルは、ニヤリとすると、その少女に声をかける。


「お~い。おっじょうさ~ん! 臨時ボーナスが入ったんだ。飯でも一緒にどうだ?」

「もちろん奢りだぜ! 優しい優しい『先輩』のな!」


 少女は警戒し、次にポカンと呆けた顔を見せた後、最後に笑った。


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