第139話 二十階

 魔の十階。私にとって、いえ、多くの塔攻略に挑む者達にとってそう

呼べる階を突破し、私は空前塔を登っていた。


 わだかまりはある。まともとは言えない突破方法。仮に、あいつがスケベじゃなかったら? 私が女じゃなかったら? 私は、今回の仕事をやり遂げる事が出来なかったのではないだろうか。


 悔しい。勝ちたかった。勝てないまでも、一矢報いたかった。それでも、私は先へ進む事を選んだ。自尊心と、やるべき仕事を天秤にかけて。


「うわああ!」

「こ、こんな魔法見たことないわ!」


 どうしても、今回の仕事は完遂したかった。憧れていたアンチェイン。こんな所で、自分の実力を思い知らされるなんて思わなかったが、私のような未熟者のせいで、皆の顔に泥を塗るのが嫌だったのだ。


 あの緩みきったスケベ顔を殴るのは、この仕事が終わってからだ!



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 どうだった? 薄暗い店の中、目の前に座っている男がそう言った。何の話だ? と、聞くまでもない。俺達の頭に思い浮かんでいるのは、おそらく同じ事。


 カランコロン、と手に持ったグラスから氷の動く音がする。俺はグラスを少し傾けると、それを一旦机に置き、男の目を見て言った。


「いい感じだ」


 それを聞いて、目の前にいる男がニヤリと笑う。順調も順調。俺達の思惑通りに、事は動いている。余りにも上手く行き過ぎてて、後でとんでもないツケを払わされるのでは? と、思える程だ。


「具体的に、聞かせてくれ」

「ああ」


 くく。やはり気になるか。俺も、もったいぶろうってんじゃないんだ。ただ、この高ぶった感情を余すことなく伝えるには、どうすれば良いのかと考えていただけだ。……ま、素直に伝えるのが一番だろうな。俺はそう、結論付ける。


「素晴らしい。と、まずは」

「ほう。理由は?」

「若さ、積極さ、純真さ、そして何よりも」


 そこで、俺は一拍置いてから口を開いた。


「そんな娘が、自分からスカートをたくし上げて、恥ずかしがっている所かな!」


 他の客の喧騒が聞こえ始め、店内が少し明るくなったような気がした。エンジョイこと俺、エンジの目の前に座っているのは、もちろんカイルだ。そのカイルが、俺の言った光景を想像したのか、興奮した様子で言う。


「いいねぇ! いいねぇ! さいっこうだな! それは!」

「いや~、本当良かったよ。突然の風に慌てだすのもいいけど、自分からってのも、また違う味があるもんだな!」

「まだ学生って事らしいしな! さぞ、美味しかったんでしょうなぁ! ああ、この仕事を受けた時は、どうしようかと思ったもんだが、こんなにも心躍る仕事になるとはな! さすがだぜ! エンジ」

「はは! いいって、いいって! 俺もお前の魔法にはお世話になりっぱなしだしな! この分だと……お前の所でも期待できそうだ」

「ふふ、楽しみだぜ。俺、今日寝れないかもな?」

「おいおい、大丈夫かよ? これは仕事。大事な大事な、お仕事なんだぜ!?」

「どの口が言ってんだ! だがまあ、俺もプロ。覚悟はいつでも出来ているさ」

「何の覚悟だか! 何の! はは!」


 この夜、俺達二人は、今日の出来事を酒の肴に大いに盛り上がった。そして別れる前に、ついでの事のように俺はカイルに尋ねる。


「そういやよ。今日、お前の所にも一度行ったんだよな?」

「ああ、すぐにご退場願ったがな。また変わった魔法を使う奴を、見つけてきたもんだ。うちのボスは」

「そうだな。鍛えてやれば、将来はいい人材になりそうだ」

「存分に、鍛えてやってくれ先輩」

「楽しんでくれ? の間違いだろ?」

「俺も、明日が楽しみだ」


 こうして、少女の必死な思いとは裏腹に、欲望を滾らせた男達は悪い顔を浮かべると、夜の街に消えていった。



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 油断や慢心なんてものは全て捨てきっていた。もう、あんな思いはしたくないと誓ったばかりなのだ。出来る準備は全部した。上の階に上がる前には、階段の途中に座って魔力の回復を待ち、息もしっかり整えたし、気力が充実した所で、両手に魔力を集めだし、そこでようやく階段を登りきった。


 それを繰り返して、私は一階一階を順調に攻略していった。一つ思ったのは、やはり、あのスケベが戦闘面では飛び抜けていた事。何の目的があるのか。あいつは十階を守るような強さではなかったのだ。その事は少し疑問に思いつつも、私は登っていった。


 苦戦もなく進んでいった私を、またもや、止めた男が現れた。それは、二十階の番人。十階のスケベと同じく、他の階の者とは違う雰囲気。今度は喋りかけてくる事もなく、その男は目を瞑り部屋の中央に座っていた。


 違和感はあった。だが、それが何かを考えるよりも先に、私は男に襲いかかった。準備なんて待ってあげない。この階に足を踏み入れた時点で、戦いは始まっているのだ。私は、ここに辿り着くまでに、それを嫌というほど教えられてきたのだ。


「とーう!」


 私が飛び出すと、男は目を開け立ち上がった。そして、私の魔法が発動するかしないか。そのタイミングで……。


 シュン。


 男が直接やったのか、それとも何らかの魔法なのか。今の私では、対処する事の出来なかった何かが、私を襲った。


「え……」


 はらりと、私の周囲に小さな何かの布が舞う。


「き、きゃああ!」

「今日はもう遅い。明日、また来てくれよな」


 いつの間にか、私は上下共に下着一枚になっていたのだ! 私の、第二の試練が始まった。


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