第138話 突破

 はあ。朝、目が覚めベッドから体を起こすと、私は自然と溜息をついていました。理由はもちろん昨日の事。三十階のお宝を取ってくるのが仕事なのに、まさかその半分もいかない所でつまずくなんて。


 空前塔は、上の階に行けば行く程、その階を守る番人は強くなると聞いている。並み居る強豪が挑戦する中、自分はその階までは登ったという強さの指針になるし、給料も上がる。そうなるのも当然だろう。後は、戦闘狂という線も考えられるが、あのエンジョイとかいう男からは、そんな雰囲気も感じ取れなかった。


 お前の敗因は準備不足――。男の言った言葉が頭をよぎります。準備不足って言ったってなぁ。怪我もしていなかったし、魔力量にもまだまだ余裕があった。気持ちの上では、少々油断をしていたのは事実で、それが準備不足と受け取れない事もないけど、それだけであの実力差は埋められるものなの? 


「実は、思っていたより接戦だった……とか?」


 口に出してはみても、頭ですぐに否定する。油断はしないと反省したばかりじゃない。ここで楽観視するのは間違っている。男には、まだまだ余裕があるように見えた。それは、認めておかなくてはいけないだろう。


「駄目だ、ご飯食べよう」


 このまま考えていても、際限なく、ずぶずぶと沈んでいくだけだ。私は気持ちを切り替えるため、朝食を取る事にした。


 ……。


「あのスケベ男! 絶対に許さない!」


 元気になり、気持ちが前向きになった私は、再び塔攻略に挑み始めていた。思い出したのは、再挑戦を促す男の言葉と、戦闘の最後にお尻を撫でられた事。そうなのだ。負けて命を失う訳ではない。何度でも挑戦すればいいのだ。それこそ、男の弱点を見つけるまで、何度も何度も。……私が失ったのは、乙女としての大切な何かだけ。


「スケベ! スケベ! スケベー!」

「ええ? 私が、何かしましたかな!?」


 ズドォン。


 昨日と同じく、私は難なく九階までの番人を撃破した。よし、次だ……。私は男を殺してしまってもいいくらいの気持ちで、十階に上がりました。


「ん? 随分と早かったな? という事は……はぁ」


 睨み殺すような目で見ていた私を見るなり、男は落胆していました。何を期待していたか知らないけど、今日の私はやる気が違う。殺る気が、違います!


「スケベ男。あなたを、殺しに来ました」

「こわ……」

「仮に、今回勝てなくたって、あなたを殺す方法を見つけるまで、何度でも何度でも挑戦してやるから!」


 私がそう言うと、男は少し考える仕草を見せました。


「ああ、そういう攻略もありと言えばありか。死にゲーって奴だな。だが、それは俺の求める答えではない」


 死にゲーって何? 求める答え?


「それなら……そうだな。自分から言うのも何だが、言っておこう。これはイベント戦。俺には攻撃が通らない」


 何を言っているのか理解が出来ない。唯一理解出来そうなのは、攻撃が通らないという事。……そんな事ってある? 何かの特殊なスキル? いえ、さすがにそれはないわ。それなら、昨日の私の攻撃も、避ける必要がないもの。


「戯言を!」


 私は、両手に魔力を集め、男に向かって飛び出した。


「理不尽だと感じる程の差を、見せてやるって意味だよ」


 男が何かを呟いたかと思うと、いくつかの特大の炎弾を目くらまし代わりに使い、目の前から消えていました。そして、反撃に転じる暇もなく、私はお尻から伝わる感触に体をビクリと震わせ、小さな嬌声をあげていました。



 ……。



「もう、お嫁にいけない」


 私の体は汚れてしまった。これまでの人生、アンチェインに入るために、ただ腕を磨き続け、魔法の勉強だけをしてきた。その、私の誰にも許してない体を、あのスケベに穢されてしまった。


 お尻を撫でられ、掴まれ。胸を揉まれ、揺らされ。直に触ってはいないとは言え、あれから何度も挑戦する私に対して、男は暴虐の限りを尽した。ある意味で、心が挫けそうだ。


 でも、それよりはもう一つ。私が本当に落ち込んでいる原因は、戦闘の事。正直言って、今の私では勝てる気がしない。色々と試してはみたものの、男は最初から本気を出しているのか、初日のような戦いすら出来なくなっていた。すでに、私が魔法の準備を整えるのも待ってはくれない。それはまさに、男の宣言通り、攻撃が通らないという状況。


「準備不足……って、言ってたよね。確か」


 朝一度、考えていた事。でも、まだどこか信じきれない気持ちがあったのだ。しかし、こうなってしまっては、あのスケベを認めるしかない。言っている事は意味が分からない事も多いけど、戦闘技術は確か。あの男の助言は、しっかりと受け取らないといけないだろう。


 昼食を取った後、頭が冴えてきた私は、一度街に聞き込みに出かけた。実力差は圧倒的。準備不足というのは、おそらく私だけがどうにかすればいいってものじゃない。それに、ここ数回の戦いで、男は視野を広げろだとか、情報が武器になる事もある、と言っていたからだ。


 この空前塔を調べた時と同じく、今回もまたそれらしい情報はすぐに集まった。私は運がいいらしい。今にして思えば、ヒントのようでいて、その実、答えを男は言っていたのだ。その情報に関しては、騙されやすい私でも疑ってしまうほどの内容だったのだが。


 ……。


「また来たのか。今日はもう諦めて、明日……ぬ!?」


 もう何度目か分からない。私は再び、十階の番人エンジョイの前に立っていました。面倒くさそうに振り向いた男は、私の姿を見て、驚きに目を丸くします。


 え? 嘘? 本当に? 男の今までにない反応。眉唾というか、私自身半信半疑だったのが、これはまさか? という、期待を持てるような反応です。私も胸が高鳴ってきました。高鳴るというのも、ちょっと違うけど。


「いいだろう。やっと、俺に挑戦する資格を得たようだな。そうだ、それを持ってこなければ、俺には勝てない」


 男が認めました。これがキーアイテム! 男の無敵の盾を破壊する、唯一の突破口!


「う! 俺の盾が……破られただとぅ!? だが、まだだ! それだけでは、俺を倒す事は出来ぬぅ!」


 変な演技を始めた男を見て、私もこの階を突破する準備を始めます。ああ、やっとだ。この階は大変だった。この先、三十階までこれが続くと思うと、どんよりとしたものが私の体に伸し掛かりますが、まずは一歩。


 私は、男の側に歩を進めます。歩を進める間、私の頭に浮かんだのは、この情報をくれた冒険者達の顔。



「あいつか……。本当、厄介だよな」

「一週間程前に、突然現れたんだけどよ? あいつを倒せた奴はいないって話だ。今までは、俺達もそこそこ上まで登れてたんだがなぁ」


 それを聞いて、納得。あの男は十階にいていいような強さじゃない。私にとって、その上の階は未知数ではあるけれど、九階と十階で差がありすぎるのだ。


「それでも、抜け道のようなものはある。誰が最初に言い出したのか知らんが、いつの間にかその噂は出来ていた。教えて欲しいか?」

「是非!」

「なら嬢ちゃん。俺達があの塔の前に立つから、嬢ちゃんは今から教える台詞を言ってくれ。もちろん、嬢ちゃんは塔だけを見ていればいい」

「……?」


 意味が分からない。でも、そんな事でいいのなら……。男達が、嬉しそうな顔をして、いそいそと移動を始める。


「いくよ~?」

「頼む!」

「うわぁ! すっごい大きいね!」


 男達は、満足気な表情をし、どんどん続けてくれ! と、言った。


「逞しいし! 硬そうだし! もうダメ! 私、疲れちゃうよ~!」


 ……登るのが。


 その後も、塔に対する感想を、一言二言私が言うと、男達はうずくまってしまいました。一体どうしたの!? 私が心配になって駆け寄ると、男達は満ち足りた表情をしています。ほっ、病気なんかではなさそうね!


「大丈夫? 立てる?」

「大丈夫。もう、勃ってるさ」


 どうみても、あなた達立ってませんけど!?


「へへ、ありがとな。さっきの話なんだがな、実は……」


 私は苦しそうな顔をする男達から、攻略法とやらを聞き出します。


「え? それ本当?」


 そして。


「塔が勃っちまった! 俺達はここから動けない! だが、気にするな! 嬢ちゃんは先にいけぇ!」


 塔は最初から立ってるけど!? 質問したい事もありましたが、私は男達の謎の気迫と決意のようなものに負け、駆け出しました。


「私! 行く! 先に行くよ! でも、皆も後から絶対に来てぇ!」

「あは~」


 男達は、幸せそうな顔をして、その場に倒れ伏しました。



 仲間の屍を踏み越え、私は男の目の前に立ちます。不敵な笑みを浮かべる男が、さあかかってこい、というような顔を見せました。私はその男を睨み返すと、覚悟を決めました。


 ……どうよ?


 私は、スカートの前を自分でたくし上げ、男にパンツを見せました。


 それは一瞬。すぐに元の位置に戻し、男の表情を伺います。男の真剣な顔と、私の赤面した顔がひどくアンバランスな場面だったでしょう。見ようによっては、片思いの女の子と、その相手です。


「よし! 通れ!」


 私は、エンジョイエンジョイと呟きながら頷く、男の横を無言で通り抜け、見事、苦しめられた十階を突破しました。


 ああああ! 死ぬほど恥ずかしい!


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