第137話 十階
「へぇ。だったら、こういうのはどうだろう?」
きゃ!
カイルの仕事を手伝う事にした俺は、隣を歩くカイルに案を示す。カイルは、少し考えるような仕草を見せた後、ニヤリと笑い、俺の意見に賛同した。
やだ!
「それなら、二つの依頼を同時に終わらせる事が出来るな」
「お誂え向きだろ? 使えるものは、何でも使えってな」
ちょっと! もう!
現在、カイルがアンチェインとして請け負っている依頼は三件ある。たまにしか、仕事の依頼が来ない俺に比べると、何て多忙な男なのだろうか。
ひゃわわ~。
そして今回、その内の二つを、一息に終わらせてしまおうという作戦を、俺達は街中を歩きながら話していたのである。
「方針は決まったな。エンジ、お前はどんなのにするんだ?」
「そうだな……」
駄目ぇ~。
俺は鋭い目つきをし、目の前のものに集中する。ふむ、なるほど。考え始めると、これが意外と思いつかないものだ。こんな時、本で読んだような知識が真っ先に思い浮かぶが、それも何だかしっくりこない。
や~ん!
……それにしても、いいものだな。友人ってのはよ。側にいてくれるだけで、こんなにも俺を幸せにする。俺は素晴らしい友人を持ったものだ、と相好を崩した瞬間、天啓を得る。先程から見えている素晴らしきそれらが、俺の思考を加速させる。点と点が繋がり、一つの形を為していった。
「思いついた。俺はこんな感じで」
「いいね。じゃあ、俺の方は、こんなのはどうだろう?」
「ほう? ありだな」
む? おい! 今だ! カイル!
俺は、視線をカイルに投げる。……いや、何も心配いらなかったな。この男は、俺が最も信頼している男。俺が視線をよこした時、すでにカイルは実行していた。
嘘!?
ひゃあん!
舞い上がるスカート。いや、舞い上がれスカート。俺達の目の前を横切ろうとした二人の女が、恥ずかしそうにこちらを見ていた。
「あはは。事故ですよ事故」
「全く。いたずらな風ですよね」
ニコリ。俺とカイルは、仏のような笑顔を浮かべる。俺達を責める訳にも行かないのだろう。二人の女は頬を染めると、そそくさに立ち去っていった。それからも、俺達の快進撃は続く。道行く女性の、スカートが捲られ続ける。止める奴なんていない。止められる奴なんていない。
これが覇道。抵抗は無駄だ。とっととパンツを見せろ。
その道の達人にしか感じ取れないような、異様なオーラを発した男達が、一つの街を横断した。
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私は、数日前に悪魔の風が吹いたという街を通り過ぎ、遂に、空前塔がそびえ立つ街に辿り着いた。その噂の事は気になったが、命を脅かすようなものではない事に加え、アンチェインの仕事を何よりも優先させていた事から、とりあえず無視した。帰る時に、まだその噂に苦しめられているようなら、首を突っ込んでみようと思う。
「大きい!」
街の中心辺りにいた私は、思わず言ってしまう。周りを歩いていた人からの視線を感じ、一度俯くと、しばらくしてから顔を上げ、それをもう一度見た。街の外からも塔は見えていたが、近くで見ると本当に大きい。
「これを……私が!」
不安な気持ちと、ワクワクとする気持ちが半分ずつ。私は塔をじいっと眺めると、始めに宿を取りに行く事にした。一日では終わらないかもしれない、と思ったからだ。
「さあ。やるぞ~!」
昼食を取り、元気が出てきた私は、アンチェインでの初仕事となる塔攻略に挑み始めた。まずは、行ってみない事には始まらない。
……。
「どうだ!」
「うぐ。お強いですな……。私の負けです。先へ進むか、それともこの階の番人となるか、どう致しますか?」
「先へ!」
もちろん、先へ進む。この塔の番人さんも、聞けば中々の給料だが、私の目的は塔攻略。こんな所で立ち止まる訳にはいかない。
順調だった。塔攻略に挑み始めてその当日の夕方頃、私は九階の番人さんまでを難なく倒す事に成功した。しかし、問題は十階を守る番人さんだった。私はこの時、思い上がっていたのだ。
「余裕! 余裕!」
階段を登る足が弾む。全く、アンチェインを舐めているの? このアンチェインの私を。私が得意なのは戦闘。というより、他に得意な事はない。美味しそうにご飯を食べるね、と言われた事はあるが、それは多分関係ないだろう。
その、戦闘しか得意でない私が、アンチェインのボスに認められたという事は、戦闘技術だけなら、私はすでに高いレベルにあるという事だ。もしかしたら、すでにアンチェインの中でも相当上の方にいるのかもしれない。という事は、幹部にだってすぐに? 十階に足を踏み入れた時には、そんな事まで考えていた。それが……。
「くっくっく。よくぞここまで辿り着いた。俺こそが十階の番人、名をエン……エンジョイ・カタストロフィという」
むむ! 今までの人達とは、一風変わった人が出てきたな。強い、弱いまでは分からないけど……名前は強そう!
「傷は負っていないか? 魔力は回復したか?」
何この余裕! そんな事、今までの人達は聞いてこなかった。私の姿を見ると、名乗りもせずに襲いかかってきた人もいたくらいだ。
でも! 最上階を目指している私が、こんな所でつまずくはずがない! 私はアンチェイン! 私はやれる子! ここまでの戦闘が、自分に自信を与えていたのだ。
「準備は整ったようだな。では、始めよう!」
男がそう言った瞬間。私は両腕に魔力を集め始めた。私だけの特別な魔法。ちょっとだけ詠唱は必要だけど、その分の価値はあるのだ!
「ほほう。面白い事をしているな。どれ、少し待ってやろう」
馬鹿にして! その油断が命取りよ! 私が闘志を剥き出しにしていると、男の表情が突然硬くなる。そして、きっ! と、私を睨むと。
「おい、お前。何て格好をしてやがる」
え? そう言われ、視線を少しだけ下げ自分の姿を見るが、何も変わった所はない。むしろ、戦闘に適した格好とまで言える。男の突然放った言葉に動揺してしまったが、無視をして魔法を放つ事にした。
「これで決めてあげる!」
私は両腕から、別々の魔法を撃った。それは、異なる威力、異なる軌道、そして、異なる属性だ。右手からは火属性の魔法を、左手からは水属性の魔法を、それぞれ展開していく。そう。私は、両手で完全に別の魔法を同時展開出来るのだ。
「これは……面白い!」
右手からは単純にファイアボールを。左手からは、触れたら破裂し傷を負わせる、シャボン玉のようなものを部屋にばらまいていった。男はそれを見ると、少し口を歪め、ひょいひょいと避け始める。だが、四方に壁があるという状況では、それもいずれ出来なくなる。ふん、勝負あったわね。
私が、勝利を確信した瞬間。
「RUN」
ぱぱぱぱ、ぱぱ、ぱん!
男の呟きが聞こえたかと思うと、まずは部屋中に散らばったシャボン玉が全て弾けた。
「え!」
今、何をしたの? 魔法? 魔法を撃ったにしては早すぎるし……。
「そんでもって、油断しすぎ」
まだ距離があったはずの男が、凄まじい速さで私の後ろを取っていた。ゆっくりと出ていくシャボン玉を撃っても意味がないし、そもそもこの距離で破裂すると、私にも被害が。咄嗟にそう判断し、右手を後ろに向けようとしますが、その右手を男が掴みました。そして。
「あ……ひゃうん!」
ぶるっと、全身に悪寒が走りました。
「俺の勝ちだ。お前の敗因は準備不足。準備が整ったら、また挑戦しにおいで」
男は、私のお尻を撫であげていました。私は、まさかの十階で敗北してしまったのです。
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