第七章 アンチェインのお仕事
第136話 エンジとカイルと新人
「くっくっく。よくぞここまで辿り着いた。俺こそが十階の番人、名をエン……エンジョイ・カタストロフィという」
不敵な笑みを見せる俺を、目の前にいる少女が睨んでいた。咄嗟に名乗った名前が少々言いにくい事は置いておき、いい雰囲気だ。こういうの、一度やってみたかったんだよな。
「傷は負っていないか? 魔力は回復したか?」
ボスたるもの。それが、これから自分を倒しに来る敵であろうと、気にかけてやるのが世の常だ。やはり、ボス戦というのは、互いに全快の状態じゃないとな。直前のセーブポイントがない事だけは、心残りだが。
「準備は整ったようだな。では、始めよう!」
俺と少女の戦闘が、始まった――。
……。
さて、なぜ俺がこんなくだらない遊びをしているのか。話は、俺が変態王女から逃げ、じゃなくて、泣く泣く別れた後、喫茶店アンチェインズで、カイル達と合流した所まで遡る。
「お疲れ様。記憶も、無事戻ったようだな」
「サンキュ」
俺達の帰りを待っていたのかは分からないが、店の中にはギアラがいた。他の奴らも数日前まではいたらしいが、さすがに待ってはいられないと、帰っていったらしい。
「はは、そんな面白い事になっていたのか。私も、その水神とやらと戦ってみたかったな」
「ギアラちゃんがいれば、あんなに苦労せずにすんだよ」
俺はカウンターに座り、ギアラの煎れたコーヒーを啜る。雑談のような報告をしていると、店のドアが開いた。
「秘密基地じゃん! 喫茶店じゃん!」
「だからそう言ったよ? ガルル」
「エンジと全く同じ反応だったの! すごいの! グルル」
カイル達が、来たようだ。何だ? お前も初めてだったのかよ。ふふ、まあゆっくりしていけ。俺は意味もなく古参の空気を出す。
「置いてくなよ、エンジ。それに、あの姫さん相当怒ってたぞ? よかったのか?」
「……おう」
俺には、まだやる事があるんでな。ま、いつか戻るって言ったし、その約束まで破る気はない。それがいつになるかは、分からないが。
「エンジは、あんな女についていかないって信じてたの! グルル」
「エンジー! 次も一緒に仕事しようよ! ガルル」
「そうだなぁ」
カイルが隣の席に座り、ファングとクロウが俺の周りをうろちょろする。すると、カイルがファングの言葉を聞いて、思い出したかのように、魔力文書を取り出した。
「ファング、クロウ。残念だが、お前らは一旦帰還のようだぜ? ボスがお呼びだ」
「えー!」
「えー!」
「俺の仕事内容だ、ほれ」
カイルが俺に、魔力文書を投げてきた。そういやこいつ、何であんな所にいたんだ? 今更ながら、その事を疑問に思いつつ、俺は文書を開いた。そこには、こう書かれていた。
(記憶を失ったと聞いたが、あの馬鹿はきっと余計な事に首を突っ込むだろう。そうなれば、僕の可愛い双子ちゃんが帰ってこないかもしれない。由々しき事態だ。一度盗んだものを返す気なんてない。あの子達は僕のものだ。あるべきものをあるべき所へ。ああ、あの馬鹿はどうでもいい。放っとけば、勝手に何とかするだろう。くく。勇者に出会った時の顔、僕も見たかったよ)
「……」
なるほどな。俺を馬鹿呼ばわりしている事は許せんし、なぜかカイル宛の文章に意地の悪い感情が漏れているが……それより。
「これもう、完全に誘拐だろ」
何が、あるべきものをあるべき所へ、だ。ファングとクロウは、どちらかと言えば、あの村があるべき所だろ。俺の左右で、覗き込むように文書を見ていたファングとクロウが、揃って溜息をついた。
「一度、戻る? ガルル」
「えー? でも。うー。にー。はぁ……仕方ないの。グルル」
無視するか、もっと駄々をこねるかと思っていたが、二人は以外にもすんなりと受け入れた。俺が理由を聞くと。
「あんなのでも、僕達を育ててくれたんだ。ガルル」
「絶対まずい血だけど、一応ね。グルル」
助けた時の話は、詳しく聞かされていなかったようだが、命を救われた事、そして、自分達を育ててくれた事。あんなのとか、まずい血だとか、その後も散々な事を言われてはいたが、二人は親分に感謝しているようだった。
それなら。
「また、すぐに会えるさ。俺達は同じ組織に所属しているんだしな」
俺だって寂しいが、ここは快く送り出してやるべきだろう。
「一回戻ったら、またすぐにエンジに会いに行く! ガルル」
「すぐなの! すぐだからね! グルル」
「ああ。二人共、今回は本当に感謝してる。ありがとな」
「うん! 僕も! ガルル」
「すぐなの! だから私がいない間、外で女の子を捕まえちゃ駄目なの! グルル」
「そんな、大丈夫だって。任せろ」
「信用ないの! グルル」
何でや……。
何はともあれ、ファングとクロウとは一旦ここで別れる事になった。喫茶店を出て、俺達は二人を見送る。何度も、何度も振り返る二人に、俺は手を振ると、二人は尻尾を振った後、走っていった。
二人の姿が見えなくなり、さてどうするか……一度、アドバンチェルへ帰るか? と、俺が考えていると、カイルが口を開いた。
「エンジ、俺の仕事手伝わねえか?」
……。
「きたー!」
ベッドの上で跳ねながら、私は、枕元にあった一通の魔力文書を手に取る。本当に来た。噂通り。
「私ほどの才能を、見逃すなんてあり得ないよね」
自信のある言葉を呟きながらも、顔がにやけるのを抑えられない。助けられた。憧れていた。努力もそれなりにしてきたつもりだし、冒険者ギルドや傭兵団、色々な場所で自分を売り込んだ。いつかきっと、私の名前が届くようにと。
私の名前は、ノービス。冒険者であり、魔導学園に所属する魔術師。学園には所属しているというだけで、入学式以来一度も行っていない。単位が取れないので、永遠に一年生のままだ。でもいいの。だって、私には他にやりたい事があったから。
「アンチェイン所属! ノービスよ!」
いつ使うとも分からないが、いつかは言いたいこの台詞。ああ、アンチェイン所属って事は、外では言わない方が良かったっけ。でも、へへ。
そう。私は念願叶って、アンチェインの一人となった。今日この時、この瞬間から! 本当に良かった。学園にそろそろ行った方がいいかも、と思った事はあったけど、この広い世界で、ちゃんと私を見つけてくれた! 私を認めてくれた! さすがはアンチェインね!
「さて。気を引き締めないと……」
ひとしきり喜んだ後、私は同時に送られてきた依頼書の方を、再度確認する。
(空に近づく30の試練。暴力こそが、何よりの近道。こんな感じだっけ?)
……分かりません! 何これ!? これが依頼の内容? これが私の仕事? 最後の一言、本当何なの!?
奪取率100%。アンチェインに狙われた物は諦めろ。どこかで聞いた噂が、私の頭をよぎる。しかし、それももう、私の中では噂ではなくなった。実在していたのだ。
「くぅ~。さすがは噂に名高きアンチェイン。先輩達は、皆こんなのを簡単に?」
先程までの意気込みと自信はどこへやら。私は、落ち込み始めていた。とりあえず、考えるのは後にして、朝食を食べ始める。私は、ご飯を食べると元気になるのだ!
元気を取り戻した私は、まず冒険者ギルドへ向かった。情報を集めるなら、まずそこだろう。学園の事などすでに、頭の中からすっかりと消え去っていた。
「これだ!」
意外にも、それらしい場所はすぐに見つかった。誰が何の目的で作ったのか、三十階建ての大きな塔。空前塔と言われるそこの最上階には、お宝が眠っているという。だが、塔の各階には番人がいて、そのお宝を守り続けているらしい。
ちなみに、番人は時給制で、その階の番人を倒せば新たな番人に成り代われる事も可能だ。高まっていた気分が、少し冷める。本に書かれていた注釈なんて、読まなければ良かった。
「待ってなさいよ~!」
それでも、湧き上がるやる気を抑える事は出来ない。私は、少しの荷物とお金だけを持ち、空前塔へと向かった。
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