第134話 伝承 終
日輪物語 下。
どれだけの月日が流れただろう。どれだけの涙が流れただろう。この悪夢は、一体いつまで続くのか。成長し続ける、八つ首の龍。もはや、戦ってどうにかなるものではない。戦おうとも思わない。涙が枯れた後、心も枯れた。
雑草、と呼ばれた少女がいた。少女の名はナギ。英雄キングの血を引く者。何もかも、全てが枯れ果てようとしている大地に生えてきた、一本の雑草。風に吹かれ、踏みつけられ、水も与えられる事はなかったが、それでもたくましく、その草は育った。
自分より大きく、自分より背の高い仲間が、次々に抜かれていく。自分は抜かれない。自分が小さすぎて、見向きもされなかったからだ。だが、例え抜かれようとも、その草は、何度でも何度でも生えてきただろう。その草の根っこは、他の誰よりも強靭で太かった。
今日も今日とて、適当にあしらわれる日々。敵の目には、自分が写ってもいなかった。少女は足を滑らせ、川に流される。一寸先は死。明らかに、助からない高さ。抗おうにも、自分の力ではどうする事も出来なかった。
運命の出会い。ナギが出会ったのは、旅人の男。彼こそが、この悪夢に打ち込まれた一本の楔。偶然にも、水浴びをしていた彼は、落ちてくるナギを優しく受け止めた。たくましい筋肉が踊る。一目で分かった。互いに惹かれ合った。二人が恋に落ちるのは、時間の問題だった。
二人の間には、可愛い双子の子供が生まれた。幸せだった。だがその幸せも、少しの間だけだった。子供達は、呪われていたのだ。
遂にその日がやってくる。龍が村に現れた。ナギと男は、必死になって我が子を隠す。祈った。夜が明けるまで祈り続けた。祈りが通じたのか、上手く龍の目を逃れる事が出来た。四人は抱きしめ合った。
喜びもつかの間。村に戻った家族を待っていたのは、敵対的な目をする仲間達と、理不尽。龍が去り際に言ったのは、我が子を生贄に捧げろという話。力の強い我が子を、おとなしく生贄に捧げれば、数十年はおとなしくする。そんな悪魔の取引。
皆が皆、疲れていた。嫌になっていた。当然の事だとは思う。正気を失った仲間が、子供を渡せと近付いてくる。腕を伸ばし、強引に奪おうとする。当然の事だとは思うし、気持ちは分かる。だが、認める訳には行かない。男の中で、何かが弾けた。
魔法が、この村にいる者にとっては初めて見るそれが、今にも我が子に触れんとする汚い手を燃やした。手を燃やされてしまった者達以外も、初めて火を見た獣のように恐れおののいた。外から来た旅人は、魔法を扱えたのだ。男は、今までに見せた事のないようなギラギラとした目を、仲間だった者達に向ける。そして、こう言った。
1魔法、1おっぱいだ。
後に、物議を醸すこの発言。様々な人種、様々な賢人達が、この発言の究明に取り組んだ。中には、自身の人生全てを費やした者もいる。長い歴史、賛否両論、紆余曲折あったが、多くの学者達の間で一致した意見。それは。
胸は……二つあるものだ。つまり、我が子に触れれば、触れた者だけでなく、別のもう一人を始末する。そんな脅迫の言葉だったのではないだろうか、と。
真実は分からない。だが、確かにそう考えると、その場にいる者達を止めるのに、これ以上の言葉はなかっただろう。自分だけならともかく、それで関係のない者までもが、自分のせいで殺されるのだから。
話は戻る。ナギと男は、龍を殺す事にした。それしか方法はなかった。敵となった村人達。いつ襲われるとも分からない恐怖。愛する我が子。
戦いは、壮絶を極めた。怒り狂う八つの頭に、飛び交う魔法。波のような水飛沫。その戦いは、三時間は続いたのだという。
日は昇り、また沈むもの。決着の時は迫っていた。状況は、ナギ達夫婦の、やや劣勢。よく頑張った。もう十分だ。その戦いを見ていた者がいたならば、そう言っていたであろう。しかし、この戦いは、どちらかが倒れるまでは、終わらない。
負けられない。諦める事なんて絶対に出来ない。ナギと男が倒れた先には、我が子の死が待っている。そんなのは、勝手に日が沈む事よりも認められない。傷だらけの体でありながら、それでもなお、龍を睨むナギを見て、男が突然柔らかな笑顔をみせた。
後は、頼んだ。男はそう言って、ありったけの魔力を放出し、小さな太陽を作り出す。太陽よりは、小さい太陽。それでも、大きい太陽。男の覚悟と、家族への愛が詰まった魔法だった。
全てを出し切った男へと、龍の頭が伸びていく。男はもう動けない。最後に、愛する妻であるナギを見て、もう一度笑うと、男は龍に飲み込まれた。ナギは泣いた。悲しんだ。
もう立てない。立っていられない。ナギがそう思った時、暖かい光が、ナギを照らす。その暖かい光は、ナギを勇気づけ、同時に、龍の頭を葬っていった。
こうしてはいられない。ナギの体に力が沸いてくる。それは、英雄足り得るナギだったからなのか、それとも、男が、家族がくれた愛ゆえの力だったのか。
後は、頼んだ――。
龍の心臓を一突き。ナギは、男の最後の言葉通り、龍にとどめを差した。空には、虹がかかっていた。英雄ナギが誕生した瞬間だった。
村に平和が戻り、エンジの墓が建てられた。そこにはこう刻まれている。
英雄ナギと共に、龍を滅ぼしたもう一人の英雄 『草ナギの剣 エンジ』
……。
文化遺産や、自然遺産。時が移ろえば、どんなに立派な世界遺産にも、落書きをするようなアホが一人はいる。エンジが眠るその墓も、例外ではなかった。刻まれた文字のすぐ横に、刻まれた文字よりは、少し新しい傷。
ナニコレ
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