第132話 不満
話は少し戻り、またもや現れた、水神の子を二匹ほど倒し、俺は村に入った。村は閑散としている。その様子を一目眺めた後、鮫も鰐もいない川を越え、もう一つの村へ向かった。
「エンジさん!」
村に到着してすぐ、俺を見つけたナギの両親と、ナギの祖父である村長が、走り寄ってきた。
「ナギが!」
村の真ん中には、水神の子と思われる死体が一つ。村人達は、その死体を見て暗い顔で俯いていた。その中に、ナギの姿は見えない。
「私達は、ナギの元へ! エンジさん! あなた、お強いのでしょう!? お願いします! 私達と一緒に来て!」
「おい、お前。俺達の事情に、エンジさんを」
「形振りなんて構っていられないわ! 私は、あの子が助かればそれでいいのよ!」
俺は、その言葉を聞いて、少し嬉しくなった。とりあえず、今にも駆け出そうとしている夫婦を止める。
「ちょっと待ってくれ。気持ちは分かるが、多分お前らじゃ何も出来ないんだ。大丈夫。俺が行くから」
その前に……。夫婦を止めた後、俺は、水神の子の死体に群がる集団に向かって歩いていく。
「ナギが、倒してくれたんです」
そんなの、見れば分かる。決して綺麗な一撃とは言えないが、あいつら家族が作り上げた一撃。聞けば、この村に突然現れ、暴れ始めた水神の子を、ナギが皆を庇って受け止めたのだという。そして、ナギは止めただけではなく、見事にそれを討ち取ったのだ。
大勢の村人達を逃した事で水神が怒ったのか、それとも、もしかしたら魔法を覚えたナギが狙われたのかもしれない。後者であれば、少し皮肉なもんだが。
「で、そのナギは?」
答えなんて、分かっている。ナギが頑張ったんだ。最後まで、説得しようともがいたのだ。自分に出てけとまで言われたこいつらを、庇ったのだ。俺は、少しの期待を持って、問いかける。
「あの子は、ナギは、水神様の所へ向かいました」
「……そうか」
遂に、村が襲われたんだ。お前なら、そうするよな。他人の事なのに苛々する。両親の、ナギへの愛は本物だった。それだけは、救われた気分になる。だがこいつらは……。何で誰も追わない。何で誰も、止めようともしない。別に、一緒に戦えなんて事は言わない。お前達が行った所で、何も出来ずに死ぬのは分かってる。じゃあ何で、せめて、助けを求めるくらいはしてくれよ。
こうしている間にも、あいつは一人走っているのだろう。それは分かっている。俺だって、すぐに追いたい。でも、あいつの意思は大事にしたい。あいつがやろうとしていた事を、無駄だなんて言わせたくない。
「腰抜け共が」
ナギがいつか言っていた言葉を、俺は静かに言う。何人かが、俺を睨むのが分かった。
「俺達に何が出来る! 俺達には、あの英雄キングのような力なんてないんだよ!」
「腰抜け共が」
再度、俺は言う。
「お前らだって、心のどこかでは水神なんていなくなってしまえと、思っているんじゃないのか?」
これは、俺の勝手な考えだ。俺の勝手な推測だ。こいつら全員が、そうは思っていないかもしれない。だが、言わずにはいられなかった。
「水神にも、もちろん寿命はあるかもしれない。いつの間にか、いなくなるのかもしれない。だが、状況は年々悪くなっている一方じゃないのか? もしかしてお前ら、その内この事態が解決するなんて思っているのか? 仮にそうだとして、それまでに何人死ぬんだろうな」
「勝手な事ばかり……」
勝手な事だよ。分かっていて言っている。ナギの意思という建前の、俺の不満であり、自論だ。
「滅びを避けるためには、変化が必要だ。お前らは、生きてはきたが、ただそれだけ。……俺も聞いたよ。あの長い昔話。今までに、何のために伝承してきたのだと思う? 怖がらせるためか? それとも、被害を少しでも抑えるためか? ま、それもあるんだろうな」
生き延びてはきたのだ。呪われた子、というものを作り出す事によって。それ自体が間違っているとは、俺の口からは言えない。
「でも、俺はそうは考えない。いつか誰かが、それに立ち向かうと信じていたからだ。いつか自分達の子孫が、その問題を解決するのだと信じていたからだ。過去の自分達の努力は無駄ではなかった。そう、信じたかったんじゃないのか? 伝承の中にも、ヒントはたくさんあったんだ。それを、お前らは無視していた」
キングの攻撃が当たったという事は、そういう事なのだろう。
「水神はな、魔力を伴った攻撃に弱い。弱いというより、そうじゃなければ通らない。お前らが憧れているキング。キングは、多少なりとも魔力を扱えたのだろう。お前らは、そのキングの事も、呪われている、なんて言うつもりか?」
実際には、おそらくもう一つ種がある。でも、それは今はいい。どうしようもなかった事は分かっているさ。この村の事情を考えれば、その答えに辿り着くのが難しかった事も。
言いたい事は言った。悪いな。他人がごちゃごちゃ言っちゃって。俺は、俯いてしまった村人達に背を向ける。そして最後に、俺の顔を見ていたナギの両親に、笑いかけた。
「英雄の、手助けに行ってくるよ」
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