第128話 選択肢
ずるずると、地面を這って現れたのは、俺が村の入口で倒したような大蛇だった。大の大人が両手を広げたくらいの太さ。長さは10mを軽く越えているであろう。その大蛇が突進するようにこちらへ近付いてくると、俺とナギは左右に飛んだ。
「やはり、こっちに来るか」
左右に別れた俺とナギ。悩む素振りも見せず、大蛇に選ばれたのは俺だった。状況とは全く関係ないが、犬を撫でるおっさんが一瞬、俺の頭をよぎる。話に聞いていた通り、やはりこいつらは、魔力の高い者を狙っている。その証拠に、俺を追う大蛇にナギがちょっかいをかけているが、完全に無視されていた。……それにしたって危ねえな。何してんだあいつ。
「くそ! くそ! こっちを向けよ!」
ナギは必死な顔をしていた。別に俺を助けようってんじゃない。だが、切り裂くように振る腕も、大蛇の体には大して効果がないように見えた。
「あれか」
これもまた伝承通り。攻撃自体は当たっているように見える。というよりも、当たらないとおかしい。こんな大きな体に当てられないなんて、目が悪いにも程がある。そんなんじゃ、まともな生活だって送る事は出来ないだろう。
「……何でだよ! くそう!」
ナギの振る腕に、威力がない訳ではない。人間である俺がまともに喰らいでもすれば、大変な事になるであろう威力だ。俺はそれだけを確認すると、走るのをやめた。
「ファイアバレット RUN」
三つの炎弾が大蛇を粉々にする。村に最初に来た時は、急いでいたのもあって気にも止めなかったが、やっぱりおかしいよな。
「エンジ」
木に飛び散った血の跡を一瞥し、考え事をしていた俺に、ナギが近付いてくる。その表情は、悔しそうで、悲しそうで。俺の側までやってきたナギは、顔を上げると、噛み付くような視線で俺の目を見て言った。
「エンジ! 俺に、魔法を教えてくれ!」
「1魔法、1おっぱいだ」
「分かった!」
分かるなよ。
……。
目的の村に辿り着いた俺は、片っ端から村人に話しかけていた。こんな時、最初はお偉いさんの所に向かうのが、基本的ではあるのだが、見る限り小さな村だ。村長の意見を聞くよりも、多くの人の話を聞いておきたいと思ったのだ。
「何も知らないよそ者が」
「水神様の子を殺したぁ!? 嘘つくんじゃねえよ!」
「この不届き者がぁ! 出てけぇ!」
この調子である。はなから期待していなかった分、罵倒されても何も思わない。だが、説得とまではいかないまでも、話を通しておく必要はある。俺は、村をぐるっと一周し、目についた村人達だけでも、事務的に話をして回った。
「聞いてくれ! こいつは、俺の目の前で……」
「ギャハハ。ナギィ、今日もまた行ったんだって? 成果はどうだったぁ?」
「もういいよ。その話は。どこから連れて来たのかは知らないが、知らない奴まで巻き込みやがって」
こちらは少し予想外。同じ村の住人であるはずの、ナギへの当たりは強かった。村の住人であるこいつの前で、俺が大蛇を倒す所を見せれば、少しは上手い方向に持っていけるかとも思ったが。
ひとまず、俺はナギを連れ、村の入口まで戻る。
「お前、こんな小さな村なのに、敵多すぎだろ」
「だって……あの腰抜け共が」
腰抜けね……ま、俺がそこまで首を突っ込む事でもないか。この村でやるべき事は終わった。後は、そうだな。
「ナギ。お前はどうする?」
「え?」
「俺がさっき言っていた事だ。お前は、上手くいくとは思うか? いや、俺を信じられるか?」
「上手く……いくとは思う。水神様の子供くらいなら、少しくらい増えても、問題はなさそうだったし。そうなんだろ? でもよ、それって」
「筋は通した。俺はもう、川の向こうにある村へ引き返す。そして、俺に付いてくる気のある奴らだけを連れて、この場所を離れるつもりだ」
俺の言った言葉を聞いて、ナギは俺を睨む。だが、反論まではしてこない。というか、されても困る。俺は善人でも、人々の希望である勇者でも何でもない。嫌がる奴らを、わざわざ説得してまで連れて行く必要はないのだ。
この件を何とかする、と俺は言ったが、思いつく中で一番楽なのが村から逃げる事だった。得体の知れない水神なんて放っとけばいい。すでに実績のある、水神の子供を倒して行くのが確実だ。
冷たいと思うか? でも、こいつも分かってはいるのだろう。今にも襲い掛かってきてもおかしくないような顔をしているが、何も言わず、何もしてこないのがその証拠。俺は、もう一度だけ聞く。
「お前は、どうするんだ?」
唇を噛み、拳をギュッと握っていたナギが、一度下を向く。険しい顔をして何かを考えているようだが、俺は急かさず、答えが出るのを待った。そして、ナギは顔を上げると、深呼吸をしてから、俺に頭を下げた。
「頼む。もう少しだけ時間をくれ。一週間、いや、三日でいい! 俺が、皆を説得してみせるから!」
肩を震わせるナギに、俺は気軽に言う。
「別にいいぞ? 元々、話が村中に浸透するまでは待つつもりだったし、失敗する可能性だってあるんだ。俺はただ、そういう選択肢もあるんだってのを、伝えにきただけだ」
「ありがとう。エンジ」
「礼を言われる覚えもないな」
俺達は、顔を見合わせ、互いに少し笑った。しかし、話がまとまりかけていた俺達の方へ、大勢の村人がやってくるのが見えた。大勢と言っても、それほどの数じゃないが。
「あ! 丁度良かった! 皆、もう一度聞いてくれ! エンジが」
「ナギ、いい加減にしてくれ!」
「お前が死に急ぐのは勝手だがな、俺達を巻き込まないでくれ」
「え……」
ナギの言葉は引っ込められ、驚いた顔をして、話の続きを待っていた。
「今までは、何もなかったからいいようなものの、そんな人間まで連れてきてよ。もう我慢出来ないんだ」
「お前が良かれと思ってやっている事は、俺達にとっては害でしかないんだよ!」
「ちょっと待って! 今回は! 今回は俺じゃないんだ! ここにいるエンジが、エンジなら本当に何とかして……」
しかし、必死に叫ぶ、ナギの言葉は届かなかった。
「ナギ、この村から、出てってくれ」
「……く!」
目に涙を浮かべ、ナギが村の外へ走っていってしまった。何も言わず、横目で状況を見守っていた俺だが、さすがに今のは少し頭にきた。俺が口を挟む問題ではないのかもしれないが。
「あいつは、お前らをな……」
「はん! いい迷惑なんだよ! こっちは!」
「これで良かったんだ。お前も早く消えろ!」
「……分かった」
村人達の鬼気迫る表情を見て、俺は口を噤み、村を後にした。
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