第121話 衝動

「フルーツ・パフェ~? ん~。やっぱり、知らないわ~。どこの田舎組織なのかしらぁ~」


 クリムと呼ばれた魔族に、ギアラは似たような言葉を返され、むっとした顔をする。敵の味方をする訳ではないが、何で怒ってるんだよ。この組織、出来たてほやほやもいい所だし、秘密結社というなら知られてないのも当然だろ……。


「ばーか! ばーか!」

「秘密結社というのなら~、知らなくて当たり前じゃないの~?」


 俺が思っていた事と、同じ事を言われていた。ええ、その通りです。当たり前ですね。俺達は自然と頷いていた。


「むぬ……お前達はどちらの味方なのだ!」


 一応、お前の味方ではある。俺達アンチェインのメンバーが、はいともいいえとも言わないで黙っていると、ギアラが何かに気付き、真剣な表情を見せた。


「っと、まずそうだな。ブルーベリー! お前は勇者を連れて、先にいけ! リンゴ! レモン! お前らもだ! ブルーベリーの護衛をしろ!」


 何だ?


「かはっ!」


 俺が何かを考える前に、腕に抱えていた勇者が吐血する。いつの間にか、額には大粒の汗を浮かべ、苦しそうに息を吐いていた。……まさか。喋っていたから、大丈夫だと思っていたのだが、結構まずいのか? 


「くそっ! ここは頼む!」

「あ~ん? 逃がすとでも~? うわ!」

「私が、追わせるとでも?」


 勇者の状態を見た俺が、即座に戦線を離脱しようとすると、クリムが追いかける素振りを見せた。しかし、そのクリムが走り出そうとする前に、ギアラが目の前に立ち、行く手を塞いでいた。


「く! この女! お前達~?」

「おっと、待てや! お前らは、ワイが相手したる」


 クリム以外の魔族が動き出そうとするも、それはアーメイラが止める。ブルーウィとジェイサムは、その場から動かず、様子を見ていた。


「クリーム! 何だか大丈夫そうなんで、俺らも先に行っていいよな?」

「ああ、顔が歪んだ女くらい。全く! 問題ない!」

「あぁ~!? 何ですって~? それにこの顔は、あんたの仲間に蹴られ……」

「煩い! こいつには構うな。お前らは行っていいぞ!」

「任せるぜ」

「キィ~!」



 俺が走り出した後ろで、そんな会話が聞こえてきたかと思えば、ブルーウィとジェイサムが、俺の横に並んだ。


「よお、新入り。元気にしてたか? 記憶の方はどうだ?」

「どっちもぼちぼちだ。向こうは、いいのか?」

「敵の数も、思っていたより少なかったしな、大丈夫だろ。一人だけ、そこそこやれそうな奴もいたが、ギアラに敵うはずもねえし」


 そうだろうな。直接戦っている所を見た事はないが、あれだけ強かったアーメイラが慕っているくらいだ。それに、そのアーメイラも残っているようだし、まず心配ないだろう。……ん? そういえば。


「魔族と、停戦協定が結ばれた事は知っているか?」

「ああ。今回の依頼である、俺達が文書を届けた相手、なんとあの魔王だったからな。そこで本人から聞いた。ま、結ばれたっていうか、正確には結ばれている途中だな。魔王の判が押された文書、今俺達が運んでいるしな?」

「さすがに、ゴミ箱にぽい、とはいかねえな。これはボスからの魔力文書でも、ケツ拭く紙でもねえし」

「はっ!」


 ボスから届くとされる魔力文書と、ケツ拭く紙が同列に語られていた。まあ、それはこの際いいのだが。俺が気になったのは、先程の魔族達に停戦の事を伝えれば、戦闘を回避出来るのでは? と、思ったのだ。俺がその事を伝えると。


「ギアラが言うには、あいつらは魔王軍とは違うらしいぜ?」


 との事である。どうやら魔王が言っていたように、魔族にも別の派閥があって、あいつらはそっち側の魔族らしい。そして、どこで聞いたのか、この停戦協定を邪魔しに来る可能性もあるらしいのだが、正直、見た目では何も分からない。


「そんな訳で、一人でも運べそうなこんな紙を、大の大人が二人がかりで運んでいるという訳だ。決して、ガキの使いなどではない」

「はっ!」


 そのような理由から、方向も同じなので、二人も一緒に王国へと向かってくれるらしい。俺が抱えて走っている勇者もこんな状態だし、ファングとクロウに加えてこいつらもいるのなら、道中の安全は問題なさそうだな。


 しかし、俺がそう思った瞬間。


「カハっ! ケホケホ!」

「ん? おい! ちょっと止まるぞ!」


 勇者がまた、少し血を吐き出した。さすがにまずかろうと、俺達は一度止まり、勇者の容態を見てみることにした。


「く……痛う」

「おいおい。まずいぜ、その嬢ちゃん」


 防具を剥ぎ取り、シャツ一枚にすると、体のあちこちから血が流れているのが分かった。どれも血が出ているだけで、大した事はなさそうなのだが、一つだけ、他とは明らかに異なる部位があった。それは、脇腹の辺り、爪で抉られたような傷の周りが変色し始めていた。


「毒の類かもしれねえな……こりゃあ、王国まで持たねえかも」


 ジェイサムがぼそりと呟く。毒だって? 少しの傷の治療ならともかく、毒までを治す術は、俺の魔法の中にはない。その場にいた全員の顔を見渡しても、それは同様で、苦い顔をして、首を横に振っていた。


「エンジ。その人を助けたい? ガルル」

「ファング……まさか。グルル」


 俺が苦しそうな顔をする勇者を見て、何か方法はないか、と考えていると、ファングが口を開く。クロウは、そのファングの顔を見て、目を見開き驚いていた。


「ああ。俺の事を知っているようだったし、こいつは王国の希望なんだよ」


 いや。何か、少し違うな。


「俺はこいつを助けたい。自分でもよく分からないが、死なせたくないんだ。心当たりがあるなら教えてくれ」


 勇者だから? 王国の姫だから? もちろん、それもあるのだろうが、何でかな。記憶を失った俺にとっては、今日が初対面みたいなものだ。王国には、死んでしまったと報告しても、責められるような事もないだろう。でも……。


「頼む」


 ファングとクロウは、下を向き、何かを悩んでいるようだった。だが、二人はしばらくそうした後、顔を上げ、顔を見合わせ同時に頷いていた。


「この近くに、僕達が生まれた村があるんだ。ガルル」

「そこに行けば、何とかなるかもしれないの。道は逸れるけど、王国よりは近いはず。グルル」

「村?」


 獣人の村という事か? こいつを助けられるなら、どこだろうと構いはしないが。こいつらの反応を見るに、故郷であるはずのその村には、行きたいとは思っていなかったようだ。幼い頃から、アンチェインという組織で働くこいつらだ。俺が兄とか、許嫁とか言うのは、もはや嘘だったのだろうとは思っているが、人間ばかりが住む大陸にいたのは、何か複雑な理由があったのではないかと睨んでいる。もしかしたら、その辺りに理由があるのか?


「案内を頼めるか? 近くまで行けば、俺一人だけでも……」

「ううん。僕達も、一緒に行くよ。ガルル」

「多分、エンジだけだと入ることも許されないの。グルル」

「……ありがとな」


 考えていても仕方がない。俺が何かを勝手に想像するのは自由だが、それをこいつらに言ってもな。二人が何に悩んでいたのかは知らないが、今は、一刻を争う。二人の言葉に甘えよう。


「うん! 行こう! ガルル」

「今の私達なら、きっと大丈夫! それにエンジもいるし! グルル」

「よくは分からないが、兄に任せておけ」


 俺は、苦しむ勇者をもう一度抱え、ファングとクロウと共に、獣人の村を目指し、また走り出した。ブルーウィとジェイサムとは、ここで別れる事になった。申し訳なさそうな顔をしていたが、向こうにも重要な仕事がある。勇者の件を報告だけはしてくれるようなので、しばらく帰って来なくても、騒ぎにはならないはずだ。


「ケホっ。エンジ……私は」

「今は喋るな」

「……ごめんね」


 なぜ、こいつがここまで謝るのかが分からない。今、迷惑をかけていると思うのは分かるが、こいつは、さっき出会った時から、ずっとこんな感じだ。過去に何があったのか、俺に何をしたと言うのか。それは分からないが。


「ちっ……」


 苛々する。自分が何も覚えていない事に、そのせいで、何を言っていいかも分からない自分に。今はただ、こいつを助けたいという、衝動のようなものに身を任せるしかない。


「ごめん」

「俺が、何とかしてやる」


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