第116話 圧倒
俺がいくつか放った火球をすいすいと避け、女魔族が迫る。そして、自慢の爪を振りかぶると、俺がさっきまで立っていた地面が抉れた。
「うお! 当たったら真っ二つになりそうだ!」
「あはは! 威勢がいいのは口だけだったみたいですね!」
「避けられてるのに偉そうにすんじゃねえよ」
威力は確かに恐ろしい。だが、当たる気はしない。俺は爪を掻い潜りつつ、どの魔法を使おうか考える。決して、油断している訳ではない。俺が自分の魔法の感触を確かめておきたいってのもあるが、単にこいつが弱いのだ。おそらく、俺が過去に戦ってきた奴らに比べて。
「ファングとクロウが、じゃれついて来る時の方が恐ろしいとはな……」
「あ? 何!? ……よく聞こえなかったけど、こんな弱っちい魔法で傷を付けられるとでも思っているの? 避けなくてもいいくらいなのよ? こっちは」
「そうか」
それならこっちも言わせてもらうが、お前ごときには全力を出す必要なんて、ないって事なんだよ。俺が足を止めると、それを好機と思ったのか、女魔族が飛び込んでくる。距離はもうほとんどない。だが、俺は女魔族との間に、1m程の火の玉を作り出す。それは静かに、何事もなかったかのように、突然出現した。勢いの付いたまま飛び込み、すでに腕を振り上げていた女魔族は、そのまま火の玉に突っ込む形となる。
「うっ」
「ドカン」
瞬間。女魔族の焦った顔を見て、俺は笑う。体を捻り、直撃を避けようとするが、火の玉は爆発した。俺は、自分と火の玉の間に、魔法の盾を何枚も貼ったので無傷だ。しかし、砂煙の中から現れた女魔族の、上半身のあちこちからは血が流れていた。
「ぐ、こんな威力の魔法まで無詠唱なのか」
「偶然だ」
今ので決まると思ったが、さすがは魔族。体は頑丈だ。俺が感心していると、簡単には距離が詰められないと思ったのか、女魔族は俺から距離を取り、こちらの様子を伺っていた。……まあ、そう思うのも分かるがな。俺は魔術師だぞ? その行動は、ジリ貧だ。
「ファイアスネーク RUN」
数十匹の蛇を象った炎が、女魔族を追い始める。威力こそ、そこまでではないのだが、魔力の見えない相手にとって、そんな事は分からない。さらに、先程爆発した火の玉の件もあってか、女魔族は逃げに徹し始める。
「うひゃひゃ! 毒はないが火傷するぞぉ! 逃げろ、逃げろー! ……おっと」
テンションが上がって、小者のような声を出してしまった。いかんいかん。イメージが悪くなってしまうじゃないか。ただでさえ、ギアラのせいで変な印象が付いてしまっているというのに、これ以上はな。
「この! 来るな!」
「……」
もう少し、色々と試そうと思ってはいたが、もういいか。先程からチラチラと見えている、アーメイラの魔法も気になるし、ここは終わりにしよう。俺はそう決めると、止めの魔法を放った。
「出口で待ってるぞ。ファイアラビリンス RUN」
「え!」
女魔族を中心に、ファイアウォールを多重展開する。高さ10mはある、炎の壁の迷宮だ。魔族ならそのくらいの壁、飛び越える事も出来るかもしれないが、すでに、爆発した火の玉や、炎の蛇によって、コウモリのような羽は焼かれている。諦めて、出口を目指すんだな。
「いや! あっ……熱! あ、あああ!」
迷宮と言っても、そこまで大きくは作っていないし、出口もちゃんとある。出口には、俺が待っている事は置いておいても、一応、攻略は出来るのだ。ずるはいかんからな。
「はっ! くっ! はっ! あ……」
しかし、燃える壁に薄くなる酸素。必死に走ってはいたようだが、結局、迷宮を攻略することは出来なかった。女魔族は意識を失い、倒れると、体には火が燃え移っていった。俺はそれを見届けると、アーメイラの方を向いた。
「ん? 向こうは終わったみたいやでぇ? お前も、もう諦めたらどうや?」
「ぬぐ、くそぉ!」
俺がもう一つの戦場に視線を移した時、アーメイラ本人は戦ってもいなかった。直接戦っているのは、2m程の人形の鬼が二体。今度は足もある。
「俺は魔王軍の幹部だぞぉ! それが、勇者でもないこんなガキに!」
「そんなんアピールしても、どうにもならんで? むしろ、恥ずかしないか?」
「くそがぁ!」
二匹の鬼に、殴る蹴るの暴行を受け、防戦一方だった魔族が魔法を解き放つ。兵士を大量に殺した、あの魔法だ。さすがに威力はあったのか、二匹の鬼はその場に倒れ、薄れて消えていった。しかし、アーメイラにはほとんど焦った表情は見られず、何やら独り言を呟いていた。
「中級やとこんなもんか。さて、次は……」
「おらぁ!」
何もしないアーメイラを見て、魔族が攻撃を仕掛けようとする。だが、アーメイラが、何かの模様が書かれた札を数枚投げると、札は魔族に向かって飛んでいき、魔族の男を取り囲んだ。
「縛」
そして、アーメイラが一言、呪文を唱えると、男はその場にピタリと止まった。
「何だあれ? 星?」
札を起点に魔力の線が繋がり、それが星を形作っていた。札に星。何かを思い出しそうになるのだが、残念ながら出てはこない。
「なんやブルーベリー。お前、あれが見えんのか?」
「ああ。ここからだと水平で分かりずらいが、星、だろ?」
「へ~。やるやんけ。術者以外にあれが見える奴も、世の中にはおんねんなぁ」
身動きが取れないとはいえ、現在戦闘中の魔族を放り出して、アーメイラは感心していた。
「あれは、五芒星言うてな。ワイの故郷で……」
「うがあ! 出せぇ! 戦えやぁ!」
「……うるさいやっちゃなぁ。その結界も破れへんくせに、ワイと戦おうなんておこがましいで」
そう言った後、アーメイラはニヤリとし、懐から人の形に切り取られた紙を取り出した。
「初級、中級ときて、次にこいつは難易度高いかもなぁ? まあ、こいつを倒したらワイが相手したるわ……式神! 鬼姫!」
式神……? アーメイラが魔力を込め、その人形に切り取られた紙を投げると、そこにはいつの間にやら、頭に小さな角を二本生やした女の子が座っていた。自分の爪を噛みながら、ぼーっとした表情をアーメイラに向けると、その女の子が口を開く。
「殺すの?」
「せや」
「……食べていい?」
「ええけど、体に悪そうやで?」
「お腹減ってる。大丈夫」
鬼姫と呼ばれたこいつが、人間寄りなのか、鬼寄りなのかは分からないが、腹が減っていたら大丈夫、というのは何か違う気がする。俺がそんなどうでもいい事を考えていると、魔族が遂に星型の結界から抜け、こちらに向かって走り始めていた。
「おっそいな~。やっと出よったであいつ。……行け、鬼姫」
鬼姫はコクリと頷いたかと思うと、次の瞬間には魔族の懐に飛び込んでいた。
「ああ!?」
魔族が懐に飛び込んできた鬼姫に気付き、声を上げた時、鬼姫の腕はすでに魔族の腹を貫通し、背中に抜けていた。
「ぐ! ゴ、ゴボ」
「近くで見るとまずそう。でも、食べる」
鬼姫は血にまみれた自分の手をペロリと舐めると、息絶えた魔族の肉を貪り始めた。魔族を一瞬で倒したその強さと、今目の前で起こっているグロテスクな光景に俺が顔を顰めていると、アーメイラがパン、と手を叩いた。
「あ! まだ! まだ途中……」
両手を上げ、アーメイラに抗議をしつつも、鬼姫の姿は薄れていく。その振る舞いだけを見ると可愛らしいのだが、口の周りにべったりとついた血を見て、俺は何も言えず、手だけを振っておいた。
「……ふう。これで終わりやな?」
「ああ」
気になる点はたくさんあるが、これでひとまずは片付いたはずだ。疲れたわ、と言って、地面に座ったアーメイラを見て、俺も息を一つ吐いた。
「どやった? ワイの魔法?」
「正直、驚いた。お前が、敵じゃなくて良かった」
「はは。せやろ? ……ま、それはワイも思っとるで」
少しの間、俺達が黙って前を向いていると、隠れていた兵士達が走ってくる音が聞こえた。
「うわぁぁん! ブルーベリーさぁぁん! ラズベリーさぁぁん! ……きゃあ!」
「すげえじゃねえか! 何だよ、あの魔法!」
「今回は本当に助かった。ありがとう!」
「だ、だいじょーぶ~? フォーク~」
兵士達が俺とアーメイラの周りに集まり、ワイワイと騒ぎ出す。感謝される事や、褒められる事はもちろん嬉しいのだが、俺は明るい気持ちにはなりきれなかった。逆を言えば、周りに集まれるほどしか、生きている者がいないという事なのだから。
「さあ、早く向こうの部隊に合流しよう」
「よっと。ま、とっくに終わってると思うけどな」
いつものように転んでしまったフォークを起こしながら、アーメイラは軽い口調でそう言った。確かに、向こうはこっちと違って、兵の数も多い上に、アンチェインの奴らが前線で戦っていたはず。メンバーの一人でさえ、この強さだったのだ。それが向こうには五人もいて、一人はアンチェインのNo.2。負ける所が想像出来ない。
「お~い! お前ら~!」
俺達が部隊に合流しようと走り出すと、俺達の隊長である、プレートが走ってくるのが見えた。俺達が無事であることを知り、顔を綻ばせて走ってきたプレートは、少し涙ぐみながら、フォークとスプーンに抱きついていた。
「ああ! 良かった! 本当に良かった!」
「うぇ。えぐ。隊長ぉ~!」
「ごめんなさい~!」
「全く! お前ら本当……全くよ!」
怒る気持ちよりも、今は無事でいた事の気持ちの方が大きいようだ。俺とアーメイラがそれを見て、少し笑っていると、プレートがハッとした顔をする。
「ありがとう! ブルーベリー! ありがとう! ラズベリー! お前達にはもっと感謝したいが、それは後だ! 西側が大変なんだ! 早く来てくれ!」
「……何やて?」
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