第114話 進行
「エンジ、お前ほんまに何も覚えとらんのか?」
現在、勇者救出部隊の一員である俺達は、魔族領へと繋がる砦を越えた所を歩いていた。左右は到底登れないような高い崖になっており、その下には海が広がっている。これだけを聞くと、横幅のない狭い道を想像してしまうだろうが、実はそんな事もない。王国兵が何百人も横に広がっていても、まだまだ余裕はある。
この道が、魔族領へと唯一繋がる陸路で、一日ほど歩けば、いよいよそこは魔族領だ。とは言え、見晴らしもよく、左右を囲まれるような心配もない事に加え、まだまだ、どちらの領なのかはっきりしないこの場所では、兵士たちの間に流れる空気も緩く、お喋りをしている者達も大勢いた。ちなみに、海路を行くのは現実的ではない。俺も話を聞いただけなのだが、魔族領の周りの海はえらく荒れているらしく、船を出したとしても、岸に着くどころか、海の藻屑となるのが関の山だそうだ。
そんな中、多分に漏れず、暇そうに欠伸をしていたアーメイラが、俺に話しかけてきた。ブルーベリーとラズベリーという偽名に関しては、近くに王国兵がいる時だけ使用している。なんたって、分かりにくいからな!
「ああ。さっぱりだ」
「そうなんか。自分、たまに変な事言うからなぁ。ちょっとは覚えてんのかと思ったけど、難儀なもんやな」
本当にな。
「あ、でも」
「何や?」
時折出てくる、俺の中の謎知識は置いておくとしても、最近、よく夢に出てきている事があった。あまりにも非現実的な夢なので、俺も無視していたのだが、もしかしたら何かの手がかりになるかもしれない。そう考えた俺は、暇つぶしにアーメイラに聞いて貰うことにした。
「夢を見るんだよ。綺羅びやかな街を歩いている、俺が出て来る夢を」
「へ~。聞かせてみいや」
俺は語る。魔力に溢れた街の事を。街の中心部には、考えられないような大きさの建物があり、そこに向かう俺。そして、道行く人が、なぜか俺を英雄と呼び、きゃいきゃいと騒いでいる、そんな夢の事を。
少しでも手がかりが欲しかった俺は、至って真面目にこの話をしているというのに、話を聞くアーメイラの顔は、徐々に徐々に冷めていき、最後の方は死んでいた。そんなアーメイラは、全ての話を黙って聞き終えると、俺に一言、こう言った。
「アホちゃうか?」
俺もそう思う。
「いやでも、可能性はあるよな」
「ないない! そんなんただの妄想に決まっとるやろ! 何やねん、女の子が自分から下着を見せてくる挨拶て」
「世界は広い。俺は、諦めたくないな」
「夢や夢! でも……それが本当ならワイもその街に移住するからな。記憶が戻ったら、まずワイに報せてや」
「……」
肩を組み、によによと鼻を伸ばす男がそこにはいた。全く……否定はしていても、お前も信じてみたいんだろ? しゃーねえな。お前が敵じゃないと分かった時は、連れて行ってやるよ。夢の街にな。男二人で妄想し、ニヤついていると、少し離れて歩いていた、同じ部隊に所属する王国兵が近寄ってきた。
「面白そうなお話してますね! 夢がどうとかって聞こえましたけど、私も混ぜて下さい!」
「あ、僕も僕もー」
紹介しよう。まず、筋肉まみれの隊長の下についているのが、今話しかけてきた男女二人で、俺とアーメイラを含め、五人で一つの班となっている。鎧を着ているはずなのに、その下でボヨンボヨンと胸を揺らしながら歩いてくる童顔の女が、フォーク。お前本当に兵士か? と疑うくらいに太っている男が、スプーンという名前だ。こいつらには、ちょっとした秘密がある。
「男二人でニヤニヤしちゃって~。どうせエッチな話でもして……きゃあ!」
転んだ。何もない平らな道で、フォークは転んでいた。でも大丈夫。柔らかい自前のクッションがあるからな。
「あ! 大丈夫~? フォーク~」
それを見たスプーンがフォークに駆け寄ろうとするが、遅い。絶望的に遅い。スプーンがフォークの側まで行った時、すでにアーメイラが助け起こし、砂を払うついでに、尻を撫でるという悪行までもが行われた後だった。
「どこ、触ってるんですか!」
「砂を払っただけやん。そんな怒らんといてや」
「え? そうでしたか。ありがとうございます!」
昨日今日の付き合いだが、こんなやり取りはすでに何回目だろうか。騙されてるぞ、爆乳ちゃん。……そう。こいつらは、兵士としてはてんで駄目駄目なのだ。人数が足りない所に加わると聞いて、こんな事もあるかと思ってはいたのだが、想像以上に二人共鈍い。隊長含め、悪い奴らではないのだが……。
「むふふ。今日も胸おっきいなぁ。おっぱいちゃん」
「誰がおっぱいちゃんですか! それに、今日もってなんですか! その日その日でサイズは変わりませんよ!」
「むふふふ」
怒られつつも、アーメイラはニヤけていた。視線はただ一点、小さな体を目一杯使って怒る、フォークの揺れる胸だ。それにしてもおかしいな。何で揺れるんだ? こいつの防具にだけ、違う素材が使われているのではないだろうか。
まあ、話を戻すと、魔族と一戦交えるかもしれないってのに、この二人を連れて行っても本当に大丈夫なのか? と、俺とアーメイラは疑っている。何でも、兵士になって日が浅いこいつらは、強制ではなく、自分達から志願したらしいのだが……。
俺が揺れる胸に目を奪われつつも考えていると、丁度、俺が今考えていた話題に移ろうとしていた。
「ちゃうちゃう。そんな大層なもんやない。こっちは、ただのブルーベリーの妄想の話や。二人はどうなんや?」
「私のは、夢ってほどではないんですけど、姫様……いえ、勇者様に憧れているんです!」
「僕も!」
話を聞くと、まだ兵士になりたての頃に、勇者である姫さんが、わざわざこいつら新兵が集まる部屋を訪れたらしい。名前を聞かれるところから始まり、しばらく、和気藹々と雑談をしていたらしいのだが、なぜ自分達のようなような下っ端に、姫さんがそこまで良くしてくれるのかを、こいつらは尋ねた。
その質問に姫さんは、一人の死んでしまった仲間を、ぞんざいに扱っていた事を後悔している。犠牲が出るのは仕方ない事だとは思うし、周りもそう言うけど、それなら尚更、一人一人ともっと関わっておきたい、一人一人をもっと大事にしたい。例え、死んでしまっても、少しでも覚えておいてあげたい。要約はしたが、そんなような事を、少し影のある顔で言っていたらしい。
「そうなんやぁ。ワイが聞いてたイメージと少し違うけど、ええ姫さんやん」
「そうです! だから! 私は絶対に姫様を助けるんです!」
「僕も!」
「……」
黙って話を聞いていた俺だが、なぜか心がざわついた。何をやっているか分からない、というか、悪行すらもやってのける怪しい組織にいる俺が、一国の王女と関わりがあるとは思えない。でも、罪悪感とはまた違う何かを、俺はこの時、確かに感じていた。……分からない。分からないのだが、今の俺に言える事はただ一つ。
「そんな良い娘、絶対救わなあかんやん!」
「せやな。でも、何でワイと一緒の口調やねん……」
アーメイラはそう言いつつ、俺に目で何かを訴えてくる。……ああ、分かってる。俺は、そのアーメイラに対して、頷きを一つ返した。
強制ではないという話だったが、出来る限り勇者救出を手伝ってやろう。俺達二人は、丁度その部隊に組み込まれているしな。そして、こいつらに関しても、その心意気を捨てさせたくはない。危なくなったら、俺達がフォローしてやればいい。記憶のない俺が、どこまで力になれるかは怪しいものだがな。
「ワイも頑張るでぇ。ワイ、こう見えてもA級冒険者やから。頼りしたってや」
「そうなんですか! 凄いですね! 一緒に頑張りましょう! ラズベリーさん!」
俺達、筋肉隊長班が一致団結していると、その筋肉隊長が俺達の元にやってきた。
「ガハハ! 仲も良くなっているようで安心したよ。ブルーベリー、ラズベリー、こいつらをよろしく頼む」
「何で私達がよろしくされちゃってるんですか!? 私達が正規の王国兵ですよ!」
「それを、俺の口から言わせるな。さて、お喋りはそろそろやめにしよう。もうそろそろ、本格的に魔族領に入るからな?」
それを聞いて、フォークとスプーンの顔が強張った。
「ガハハ! お前ら、緊張するにはまだ早いぞ! 入ってすぐ出て来る訳ではないと思うし、すでに足を踏み入れているはずの、前の方も静かだろうが。リラックスしておけ!」
魔族は、人間に比べて数も少ないからな。そんな正面衝突のような真似は中々しないだろう。それが起きたとしても、俺達余り物班は最後尾だしな。逆に、正面衝突でここまで攻め込まれているとなると、それはもう撤退レベルだ。確か、真ん中辺りに、アンチェインの皆もいたはずなので、それもないとは思うが。
無駄に伏線を張っては見たものの、しばらくは異常自体も起きず、勇者救出の部隊は、順調に歩を進めていた。しかし、そこからまた一日が過ぎ、夜、テントを張って寝ていると、それは起きた。
「敵襲だー! 推定、魔王軍魔族! 数は50! 左右を挟まれています!」
……。
「ブルーベリー、起きてるか?」
「ああ」
遂に来たか。
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