第113話 フルーツ・パフェ

「お~! 似合ってるじゃないか」

「はは。隊長と比べたら、まだまだですよ~。俺も、筋肉で鎧を内側から圧迫してみたいものです」

「せやなぁ。ワイら、まだまだ鎧に着られとるって感じやしな」

「ガハハ! その内しっくりくるようになるさ。ブルーベリーにラズベリーって言ったか? 今回はよろしく頼む!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「よろしゅうな~」


 ああ……重い。重すぎるぞこれ。なぜ俺はあの時、軽々しく参加するなんて言ってしまったのだろうか。ファングとクロウだけに働かせるのは、兄として駄目だろ、と思ったのは確かだったのだが、今は少し後悔している。


 俺とアーメイラは今、ピカピカの鎧に身を包み、王国兵士達と談笑していた。ガハハ、と笑った目の前の筋肉にまみれた男は、俺達が配属された部隊の隊長だ。なぜ、こんな事になっているのか、なぜこんな呼ばれ方をしているのか、俺は喫茶店アンチェインズでの会話を思い出す。




 勇者と魔族の戦いに介入する――。


 ギアラは確かにそう言った。誰も口を開かず、静かになった店内で、最初に声を上げたのはアーメイラだった。


「……本気かいな? 姉さん?」


 軽い口調でそう言った、アーメイラの口元は笑っていたが、薄っすらと細い目を開き、ギアラに睨むような鋭い視線を向けていた。ギアラは、そのアーメイラの目を動じることなく見据えると、首を縦に振る。


「お前達が色々と勘ぐるのも分かるが、勘違いするな。あくまで、私達はアンチェインとして動く。結果的に、そういう場面も出てくるかもしれない、というだけの話だ」


 アーメイラはそれを聞くと、席に座り、ギアラに続きを促した。ギアラは一度全員の顔を見渡し、他に何も反応がないことを確かめると、今回の仕事の説明を始めた。


 まず、ボスからの依頼は二つ。一つは、魔族領で待っているという、ある男に、ボスからの密書を届ける事。これが最優先。もう一つは、王国勇者の救出。王国勇者の救出とは何か? という事なんだが、現在どうやら、勇者達を含むいくつかの部隊が孤立化し、どこかの砦で籠城しているらしいのだ。こちらの依頼に関しては、王国からも、今度大規模な部隊が助けに向かうので、無理しない程度に手伝ってくれ、という事らしい。


 そんな訳で、同じ人間、それも魔族と最前線で戦ってくれている勇者を、助けたいと思う気持ちがない訳ではないのだが、とりあえずの所、俺達は密書を届けさえすれば任務完了となる。だが、ここで問題になってくるのが、魔族領への侵入だ。魔族領へと唯一繋がる道にある砦には、現在王国兵が詰めているのだが、王国軍以外は通る事を許されていない。そこで、王国の勇者救出部隊に混ざり、俺達も魔族領へと入ろうというのだ。王国も人手不足なのか、傭兵を募っており、潜り込む事には苦労しなかった。


 先程、ギアラは勇者と魔族の戦い、と言ったが、正確には人と魔族の戦争だ。もちろん、俺達は人側に味方するので、仮に魔族と戦闘になった際、ただ黙っている訳にもいかないだろう。この辺りが、ギアラの言っていた、そういう場面だ。アンチェインとして、積極的に戦争に関わるつもりはないが、仕事のために仕方なく関わる。そういう事だ。


「なるほどな。要は、密書を届けるために、王国兵の中に潜り込むんやけど、魔族に襲われたら、戦わなしゃーないやん。ついでに、余裕があれば、勇者救出にも手貸したってくれ。そういう事やろ?」

「ああ。それで間違いない」


 話が一段落つき、場の雰囲気も少し和らぐ。先程は、厳しい視線を投げかけていたアーメイラも、開けていた目を閉じ、椅子にもたれた。


「ほうか……ま、物は言いようやけど。姉さんが大げさに言うから、びっくりしたやん!」

「悪い。説明するのは苦手でな」

「かまへん、かまへん。ボスから直接送られてくる依頼書よりはマシやで」

「違いねえ。俺が赤ん坊の頃に書いていた謎の文字といい勝負だからな。あの文書」

「はっ!」


 あっはっは、と俺の知らない話題で盛り上がる男達の側で、ギアラが申し訳なさそうな顔をしていた。


「あれは、主の趣味らしい。すまない」

「何も、姉さんが謝ることないやん。でも、今度おうたら言うといて。アホかって」

「俺からも頼む。くたばれ」

「じゃあ、俺もだ。赤ん坊からやり直せ」

「頭おかしい! ガルル」

「絶対まずい血なの! グルル」

「最後に俺から。困った部下をお持ちのようですね。俺はあなたの忠実なる下僕ですので、給料三倍にして下さい」

「何、自分だけいい子ちゃんぶっとんねん! 記憶を失くしとるからって、それはないやろ! んー? でも、結構無茶な事も言っとるな!」

「はは……今度、よく言っておくよ」


 何の事かは分からないが、おそらく改善はしないな。こんな個性が強い奴らのボスが、まともなはずがない。むしろ、喜ばせるだけのような気がする。ギアラの、今の渇いた表情を見てもな。


 しかし、人と魔族の戦争に、勇者か。どこか遠い国の話を聞いているようで実感が沸かないな。そういう事は、知識として蓄えられていそうなものだが。俺はそういったものに関わりのない、ど田舎にでも住んでいたのだろうか。


 それからは、喫茶店でゆっくりとした後、全員で外に出ることにした。ギアラが、立て看板に、今日はおしまい! と書いているのを見て、誰も来ないだろ、と思った事は心の中にしまっておいた。


「あ! クリームさん!」


 俺達が外に出て、街を歩き始めると、兵士の格好をした男がギアラに話しかけてきた。何やら、ギアラを探していたようだ。……クリーム?


「あなたが、傭兵団フルーツ・パフェのリーダー、クリームさんで間違いありませんよね?」

「ああ。そうだ」


 ギアラ以外の全員が、聞き慣れない単語に顔をしかめる。フルーツ・パフェ? え、俺達そんな名前で登録されてんの? アンチェインの名前を気軽に使えない事は、さっき話していた時に聞いてはいたが、よりにもよって、フルーツ・パフェ? ……別に、文句は言わないけどさ、顔ぶれを見てみろよ。ファングとクロウ以外はフルーツ・パフェが似合わない男達ばかりだぞ。あと、クリームって何だよ。


「私は、明日出発する勇者救出部隊の者ですが、折り入ってお願いがあるのですが……」

「私達に協力出来ることがあれば、構わないぞ? 何だ?」

「ありがとうございます。実はですね、部隊を編成する上で、少々人数が足りない所が出てきてしまったのです。もしよろしければ、傭兵の方に二人ほど入って頂きたいと思っているのですが」


 ギアラは少し考えた後、兵に了承の旨を伝えた。後で向かわせる、とギアラが言ったのを聞いて、兵士が去っていくと、ギアラは俺達の方を向いた。


「王国兵の中に潜り込ませておくのは、色々と便利だと思ったんだ。は~い。行きたい人~?」


 全員が顔を背ける。もちろん、俺もだ。


「何だ? なら適当に私が選ぶぞ? 一人目は、バナナ……お前だ」


 そう言って、ギアラはブルーウィの方を向く。


「バナナって俺かよ!? って今はそれよりも……ちょっと待ってくれ! 俺の宗教では兵士になるのは駄目だったんだ! 確か! エンジ。お前行けよ」

「……ブルーベリーだ」

「え? ブルーベリー! お前が行け!」


 は? 何でそこで俺? 何でブルーベリー? というかお前、衛兵じゃなかったか? 俺が反論しようとすると、他の奴らもそれに乗っかってきた。


「新入り、だしな。そうだブルーベリー、お前が行け」

「せやな。新入りやしな。ブルーベリーは」

「おい待て。俺、いや、ブルーベリーは記憶を失っているんだぞ? そんな……」

「何も、魔王を倒してこいと言ってるわけではない。兵士の真似事をするだけだ。簡単だろ?」


 じゃあジェイサム、お前がいけよ。


「あ、思い出した。さっきは言いそびれてたんだが、ブルーベリーは俺が面倒みてやってた時期があってよ? ブルーベリーが俺の元を離れる時、こう言ったんだ。お師匠様、今までありがとうございます。何かあればブルーベリーに何でも言って下さい、ってな? はは! 俺は良いブルーベリーを持ったもんだ」


 もはや、何を言っているのか分からない。ブルーベリー農家の人かな?


「ワイもあるでぇ! この前の、ブルーベリーの誕生日に、エロイ女がいっぱい家に来たやろ? あれ、ワイの誕生日プレゼントやったんや! え? 覚えてない? くっそう~!」


 絶対嘘だろ。こいつら、俺が記憶を失った事をいいことに、好き勝手言ってるに違いない。


「なら、一人はブルーベリーって事で」

「ギアラちゃん!? てめ、何言ってんだ!」

「……クリームと呼べ。皆を優しく包む、クリームとな。ま、私としては、誰でもいいからな。ああ、双子……リンゴとレモンは色々と目立つのでこっちな」

「ええ!? リンゴはブルーベリーと離れるのやだー! ガルル」

「レモンとブルーベリーを引き裂かないで! そのよく回る口、引き裂いてやるの! おばさん! グルル」

「おば……もう決めた。一人はブルーベリーで確定。これは命令だ」

「ええー!」

「ええー!」


 なんて事だ。ファングとクロウが俺を庇ってくれると思いきや、逆に後押ししてしまっているじゃないか。というか、ファングとクロウを俺が面倒見る云々はどこに行った?


「なら、ベリー繋がりで、もう一人はアーメイラ、いや、ラズベリー。お前だな」

「なんでや!?」

「フルーツ・パフェに入ってきた順番的にもな。別にいいじゃないか」

「横暴やでそれは!? ここ、そんな上下関係はないはずやろ!? あと、分かりづらいねん! さっきから!」

「何も、魔王を倒してこいと言ってるわけではない。兵士の真似事をするだけだ。簡単だろ?」

「じゃあジェイサム! お前が行けや! というか、さっきと全く同じこと言っとるやんけ!」

「……オレンジだ」

「え? もう、よー分からん! オレンジ!」

「俺の頭じゃ、ヘルメットが滑るかもしれないだろ?」

「はっ!」


 禿げた頭を強調し、ニヤリとすると、ブルーウィとジェイサムは、笑いながらどこかに歩いていった。半ば強制的に選ばれてしまった俺とアーメイラは、揃って溜息をついた。


 これが、昨日の出来事である。





「ワイら魔術師やのに、こんな防具邪魔なだけやわ~。そう思わんか? エンジ」

「まあな。ってか、お前も魔術師だったのか。どんな魔法を使うんだ?」

「それは……秘密や。楽しみにしときぃ」


 くっく、とアーメイラは薄っすらと笑っていた。……しかし、よく考えたらまずい状況だな。こいつは後で裏切るはずなので、その場合、俺が殺されてしまうのが妥当な所だろう。味方だったやつが裏切る時ってのは、大抵一緒に行動している奴が死ぬ時だからだ。楽しみにしておけ、とこいつは言ったが、それはそういう事なのだろう。


「これは勘なんやけどな。エンジ、お前失礼な事考えとるやろ?」

「いや? そんな事ないぞ? ただ、お前の一挙手一投足には、注意を払って置こうと思う」

「何でやねん……」


 俺達が隅の方に行き、雑談をしていると、今回の作戦である勇者救出の指揮官が壇上に登り、今回の作戦についての概要を話し始めていた。……さて、いよいよか。


「今回の作戦、絶対に失敗は許されない! 私の、いや、私達の天使を救うぞー!」

「うおおー!」


 天使って何だよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る