第112話 喫茶店で
やってしまった事は仕方ない。幸いにも、クロウは怒ってないしな、と気を取り直した俺が、ファング、クロウと共に席につくと、カウンターの中にいた女性が、磨いていたコップを置き、口を開いた。
「さて、全員揃ったようなので、始めるとするか。私が今回の仕事のリーダーを任される事になった。名をギアラという。皆、よろしく頼む」
渋い男二人が手を上げたのを真似て、俺もギアラに向かって手を上げる。喫茶店のマスターだと勝手に思っていたのだが、どうやら、この女が俺達を取りまとめるらしい。先程までは、にこやかな笑顔をしていたが、今は、少しだけ笑顔を崩した凛々しい表情で、俺達を見渡していた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……七人か。こら、どえらい仕事になりそうやなぁ」
「それは追って話そう。む? 七人?」
糸目の男がそう言うと、ギアラが眉を潜めた。ああ、多分俺のせいで人数が合わないのだろう。何かの誤解を生んでも嫌なので、ここは自分から言っといた方が良いだろうな。俺はそう思い、立ち上がる。
「美しさの中に、可愛げがあり、先程までの笑顔も素晴らしかった。性格はまだ分かっていないので、80点ってとこだな」
「ん? んん!?」
「なんや! 唐突にぃ! いきなり何言うとんねん自分!」
あ……思っていた事を、そのまま口に出してしまった。これも、俺の中にいる悪魔の仕業だろう。容姿の配点たっか! 性格分20点しかないやん! と、突っ込む糸目の男を横目に見ながら、俺は間違いを正す。
「悪い悪い。間違えた。実は俺、今回の仕事に呼ばれてないんだよ。皆に、聞きたい事があって、ここに来たんだ」
「ふふ、80点とはな……あ! オホン。聞きたい事とは何だ?」
顔を、によによとさせていたギアラが、またキリッとした顔に戻り、俺の方を向いた。
「あー。悪いが、ちょっと厄介な事になってるんで、俺の事は後回しにしてくれ。まずは、皆の事が聞きたい。いいか?」
俺はギアラを見た後、他の皆に視線を移す。糸目の男がええでぇ、と了承するのを皮切りに、他の皆も頷いた。一応最後に、ファングとクロウの方に振り返ると、ファングは元気よく手を上げ、クロウはギアラを睨み、グルル、と唸り声をあげていた。
「いいだろう。初めて会う者通しもいると思う。一人ずつ、簡単に自己紹介してくれ」
「サンキュ」
俺がクロウをなだめつつ、また席に座ると、糸目の男が立ち上がった。とは言っても、こいつに関しては、さっきから突っ込みを入れる度に、立ったり座ったりと忙しかったのだが。
「ほな、ワイからいかしてもらおか。名前は、アーメイラ。普段は冒険者やっとるわ。他に、聞きたい事とかあるか?」
アーメイラ、だな。特に、俺から聞きたい事はないが……。俺はファングとクロウの側に顔を寄せ、小声で呟く。
「あいつには注意しておけ」
「ん? 何で? ガルル」
「エンジがそう言うなら、そうするけど? グルル」
「よく分からないんだが、俺の失われた知識が囁いている。関西弁糸目は裏切るぞ、ってな」
俺がそう言って、二人に向かって頷くと、二人はアーメイラの方を向いて威嚇を始めていた。よし。
「……これは、勘なんやけどな。とんでもない偏見を吹き込まれたような気がするわ」
良い勘してるぜ。さすがは後の黒幕だ。さて、次は……。アーメイラがぶつぶつと言いながらも席に座ると、頭を丸刈りにした男が立ち上がった。
「あー。自己紹介なんて柄じゃないんだがな。俺の名前はブルーウィ。とある街の衛兵をしている」
ブルーウィ……丸刈り。そして、衛兵か。
「ジェイサムだ。馬車の御者。これでいいか?」
俺が出てきた情報を確認していると、ブルーウィと同じ席に座っていた、薄毛で、髭を汚く剃り残した男が続いた。すると、そこでまた、俺の中のロストメモリーが、ざわざわと心を動かす。
「……ファング、クロウ。あいつらの近くには、あまり近寄らない方がいい。何か大きな事件に巻き込まれるぞ。多分、あいつらは怪我する程度で済むんだが、周囲の人間は、基本死ぬからな?」
「え、そうなの? ガルル」
「そういえば、前の仕事の時も、大変な目にあったような……。グルル」
俺の言葉に、二人はコクコク、と頷き、少し怯えた目でハゲコンビを見ていた。よし。
「チクショー。これは勘だが、厄病神扱いされている気がするぜ!」
「全くだ。俺の信仰する神は、そんな不細工じゃないってのに」
やれやれ、と大げさに顔と手を振ると、ハゲコンビは座った。いやな、俺も適当な事ばかり言いたくはないんだよ? でも、もう一人の俺が煩くてさぁ。俺が心の中だけで謝っていると、ファングとクロウが勢い良く席を立つ。
「僕達の番だね! 僕の名前はね!」
「ファングやろ? そんなん、皆知ってんちゃうか?」
「ああ、知ってる」
「知ってるぞ」
……。
「わ、私の名前はね!」
「クロウちゃん。またちょっと大きなったんちゃう? 背も胸も」
「知ってる」
「知ってるぞ」
……。
「うわああぁぁん エンジー! ガルル」
「こいつら嫌い! グルル」
「おーよしよし。意地の悪い奴らだな」
知っているとはいえ、少しくらい聞いてやれよ。あとアーメイラ、お前が手を噛まれた理由、今ので何となく分かったわ。
「姉さんも、もう少し詳しく話しといた方が、ええんとちゃうか? この兄ちゃんとは初めてなんやろ?」
「そうだな。では、改めて。私はギアラ、名は言えないが、ある国の近衛兵を務めている」
本当、アンチェインて何なんだよ。大層な職についているが、抜け出してきて大丈夫なのか? 俺が渋い顔をしていると、アーメイラがさらに補足する。
「驚くのはまだ早いでぇ? 姉さんはな、謙遜しとるが隊長やったはずや。しかも、アンチェインのNo.2やで?」
マジかよ。もう一度言うが、抜け出してきて大丈夫なのか? 大丈夫なのか? その国。そんな奴まで抱えてるなんて、大丈夫なのか? アンチェイン。色々と大丈夫だった? 過去の俺!?
……しかし、No.2か。それなら、俺の事についても多少は知っているのかもしれない。まずは、俺の話だけでも聞いてもらうか。
「紹介ありがとう。最後に俺なんだが、名前はエンジ。失われた記憶を探す旅をしている。聞きたい事はあるか?」
俺が皆に習ってそれだけを言うと、アーメイラが椅子からずり落ちた。
「聞きたい事ってか、分かったの名前だけやん! それに長くなる、言うてへんかった!? まずそれ、どんな職業や!」
「職業ではない。俺も皆のように言ってみたかっただけだ。あー。俺、記憶を失くしちゃったんだよ。実は今、名前とアンチェイン所属という事しか、自分でも分かっていないんだ」
「はぁ!? そんな、ちょっとサイフ落とした、みたいに言うてるけど、かなりの大事件やん! というか、え? さっき、めっちゃ茶々入れてたやん自分! あれは何やってん!」
「俺の失われた記憶、いや、ロストメモリーが勝手にな。悪い悪い」
「いちいち格好つけて言い直すなや! それに、全然悪いと思っとらんで! 今の自分の顔ぉ!」
「……ツッコミ、疲れないか?」
「兄ちゃんのせいでなぁ!」
俺のせいではないだろ。どうみても、こいつは喜々としてツッコんでる。まあ、こいつはさておき、他のメンバー、特にギアラの反応が気になる。俺は、煩い男から視線を外し、他の奴らを見る。
「俺は知らねえ。悪いな」
「ああ。当たり前だが、同じママの乳を吸ったって記憶もない」
「はっ!」
ゲラゲラと笑う男達から視線を外す。あいつらには期待していなかったので、別にいいのだが、あの空間だけ、どこか別の世界のような気がする。しかも、それを俺は知っていたような気もする。
「エンジ、と言ったか?」
「ああ。ギアラちゃん、何か知ってるか?」
俺の名前を聞いた後、考えるような仕草をしていたギアラには、少し期待が持てる。俺がそわそわとしながら次の言葉を待っていると。
「ギアラちゃん、だと!?」
「え? すまん」
くわ! と、目を見開き、俺の顔を睨んでくる。悪かった。悪かったから。変な所に食いつくなよ。話が進まねえだろうが。
「いや、いい。呼び方は何でも。むしろ……」
いいのかよ!
「まあいい。私は、エンジの事を知っている。主から、お前の事を聞いた事があるのでな」
「おお!」
さすがにNo.2。知っていたか。主ってのが、国で仕えている奴の事なのか、アンチェインのボスなのかは分からないが、この際、どっちでもいい。やっと新しい情報だ。
「悪いが素性に関しては私も知らない。だが、今回の仕事をするにあたって、主から、一緒に連れて行くものを何人か選べと言われたんだ。それで私は最初、お前の名前も候補に挙げていたんだ」
「へぇ?」
「久しぶりの新人だったし、会った事もなかったのでな。丁度いいと思ったんだ。だがな? 主が、お前の名前を見た瞬間、候補から外した」
ふむ。おかしくはない話だな。力が足りないとか、この仕事に不向きだったとか、色々考えられる事はある。
「何かおかしいのか? それ」
「ああ。今までの仕事で、主が誰かを否定した事はなかったんだ。仕事をしていく内に分かると思うが……って、そうか。お前は記憶がないんだったな。主が自ら集めたメンバーは、誰が何をやっても大概の仕事はこなせるはずなんだよ。しかも、今回の仕事を考えると、魔術師であるお前は適任だったんだ」
そうなのか。しかしそうなると、俺もその一人の中なら嬉しいが、どんな組織にも一人はいる、あまり出来の良くない奴、ではなかったのだろうか……。いくつか他にも予想は出来るが、全て確信には至らないな。やはり、ボスに会うのが一番か? 俺がそう考えていると、ギアラが気になることを言った。
「ああ! そういえば、お前の名前を外す時、主はニヤニヤとしながら悩んでいたぞ。これはこれで面白いものが見れるんだが……とか何とか」
「面白いもの?」
俺が仕事に失敗しまくる所を、笑うつもりだったのだろうか。まあ、待て。あまりネガティブに考えるな。俺はボスを信じよう。もう一人の俺が、そいつは信じないほうがいいぞ、と囁いてくるが、今回は無視だ。
「それで、仕事内容は何なんだ? あ、俺が参加してもいいのかな?」
「構わんよ。私としても、双子を躾けているお前がいると、ありがたいからな」
「ギアラ! 僕達が何したっていうんだ! ガルル」
「ひどいの! グルル」
「ああいや、お前らの戦闘能力は買ってるぞ? 私は」
「は、って何だ! ガルル」
「その歯切れの悪い口を、いつか切り裂いてやるの! グルル」
「そういうとこやでぇ。双子ちゃん。お前ら冗談やなく、本間に噛むからなぁ」
アーメイラがそう言うと、ファングとクロウはギアラではなく、真っ先にアーメイラに噛み付いた。俺の教育が良かったのか、アーメイラの間が悪いのか。
「お前ら、今は静かにしといてくれ」
「分かった! ガルル」
「ぺっぺ。こいつの血、まずいの! グルル」
「誰も飲ませたろなんて言うてへんやろがぁ!」
ファングとクロウが、俺の側に寄り添うようにピタッとくっつくと、ギアラがそれを見て少し驚いていた。俺も驚いている。会ったばかりの兄への対応ではないだろ、これ。どっちかと言えば、ペット? 過去の俺は、捨てられたこいつらを拾って、育てでもしたのだろうか。
「話がそれたな。俺は参加する。……仕事内容は?」
「ああ。他の皆も聞いてくれ。今回私達は、勇者と魔族の戦いに、介入する!」
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