第109話 喪失

「はぁ、はぁ。死ぬ。……マジで、殺されるかと思った」


 目の前には、話を聞かないガキ二人が重なるように地面に倒れていた。俺は、二人が動かないことを確認し、大きな息をつきながらも、地面に座り込む。……いてぇ。死ぬような深いものはないが、体中、傷だらけだ。真っ白だったシャツは、至る所に血が滲み出し、世界地図のようになっていた。全力を出せば、もう少し簡単に終わると思っていたのだが、見込みが甘すぎた。いきなり襲ってきやがって、アンチェインにいる奴らは、本当に変な奴しかいないな。この分だと、まともなのは俺とカイルくらいではなかろうか。


 痛みを堪えつつ、息を整えていると、ガキ共が顔だけを上げて、俺を見ていた。うーうー、と唸っているようだが、まだ立てないようだ。立ってもらっちゃ困るが。


「う、まさか僕達が、負けるなんて……ガルル」

「思ってたより、強かったの。どうしよう? グルル」

「こ、殺すなら殺せばいいよ。ガルル」

「私、嫌だなぁ。死ぬの。グルル」


 はぁ、とため息を吐くと、俺はガキ共を睨む。


「だからな? 何度も言っているが、俺もアンチェインなんだよ。お前らと同じな。殺す気まではねえよ」


 俺がそう言うと、二人は、初めて聞きました! というような顔をして、俺の顔を見た。おいおい。


「本当に、本当にそうなの? ガルル」

「簡単に騙されては駄目。あ……でも、この強さだし、私達を殺さないって言ってるし、そうなのかも? グルル」

「だから、そう言ってるだろうが!」


 疑り深い奴らだ。疑り深いというよりは、猪突猛進って感じだが。大体、強ければ認めるってのもどうなんだ? せっかく入社してくれた新人も、こんなモンスター上司がいたら、即退社だぞ。


「僕達、死なないで済むかも。ガルル」

「やったの。強いお兄さん、ありがとう。好き。グルル」


 調子のいい奴らだ。それに、お前みたいな奴に好かれても、嬉しくも何ともねえよ。……まあ、これで、こいつらの事情は分かった。ただの殺人鬼って訳ではなさそうだし、当初の予定通り、このまま魔法都市に向かっても問題はないかな?


 ギギ。


 俺が俯いて、考え事をしていると、何かが軋むような音がした。顔を上げ、その音が聞こえた方を見ると、5mくらいの高さの岩の上半分が崩れ、今にも落ちてこようとしていた。


「あ。ちょっとこれ……ガルル」

「体、動かないの。グルル」


 ズズ。ズズズ。


 ずり落ちてくる岩の下には、動けないままの二人がいた。……おい。早くそこから……くそっ! 俺は傷ついた体に力を入れ、立ち上がる。


「お、お兄さ~ん。ガルル」

「短い間だったけど、私の事、忘れないでね。グルル」


 そして遂に、俺の目の前で、崩れた岩が二人目掛けて落下した。


「暴れ過ぎなんだよ! ガキ共が!」


 俺は落ちてくる岩と二人の間に、身を滑らせ、折り重なるようにして、体の下に隠した。背中に痛みを感じた後すぐに、ゴッ、という音が頭に響いたかと思うと、俺の意識はそこで途絶えた。





「つ……」


 体に痛みを感じ、俺は目を覚ました。……朝? 瞼の外が眩しかったので、俺はそう断定する。というか、ちょっと眩しすぎないか? えらく固い感触がするし、俺はどこで寝てんだよ。恐る恐る目を開けると、心臓が止まりそうになった。なんと、二匹の獣に覗き込まれ、今にも食べられようか、という所だったのだ。


「お……俺には毒がある。食わないほうがいい」


 それだけを言うと、俺はまた目を瞑った。一体、どういう人生を送れば、獣の餌になるような最後を迎えるのだろうか。自分の身に、何が起きたのかはよく分からないが、人間、死ぬ時は死ぬ。ま、こんなもんだろう。


 ガルル。

 

 グルル。


 ……。


 格好つけてる場合じゃない。俺は草、俺は草、草だから。だから食べないで。やっぱりこの死に方は嫌ですぅ。と、祈っていると、二匹の獣が俺の顔に自分の顔を寄せ、匂いを嗅ぐ……あかん。


「お兄さんが起きた! ガルル」

「良かったの! まだ新鮮な体って事なの! グルル」


 俺は人間。獣の兄弟なんていないはずだ。あと、新鮮じゃないです。もう体中腐ってるんで、ほんとやめて下さい。……ん? こいつら、今喋った? 喋ったよな? それなら、食べないように頭を下げてお願いしよう。俺は、微かな希望を感じつつ、ゆっくりと目を開けた。


「わーい、わーい。生き返ったぁ! ガルル」


 俺、生き返ったの? すげえじゃん!


「わーい、わーい。好き! グルル」


 え? 起きて早々何? すげえじゃん!


「お兄さん! 疑ってごめんね! ガルル」

「助けてくれてありがとう! グルル」

「あ、ああ……」


 俺を覗き込むように見ていたのは、獣ではなく獣人の少年、少女だった。あれ? 何かおかしいな。こいつらが、獣人だという認識と言うか、知識のようなものは確かにある。そう言った事は分かるのだが……。


 ちょ、ちょっと待て? 落ち着け。落ち着いて考えろ。俺が俺だと言う事はもちろん分かるし、こうやって考えることもちゃんと出来てる。でも、さっきから出そうと思っても出てこないこの感覚。これは……? まあまあ! 落ち着けよ俺。きっと寝起きだからだ。頭がまだ寝てるんだな。きっとそうに違いない。話に聞いた事はあるが、まさか俺がそんな、ねえ?


「どうしたの、エンジ? ガルル」

「頭、痛いの? 頭、大丈夫? グルル」


 俺の頭がおかしい、みたいな言い方はやめろ。……いや、ある意味ではそれも合っているのか。だって多分、俺は。


「……お前ら、誰だっけ?」

「えー!」

「えー!」


 どうやら俺は、記憶を失くしてしまったらしい。


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