第108話 獣人

 太陽が沈み、いよいよ暗くなり始めた頃、俺は賊のアジトに辿り着いていた。前回来た時と同じように、アジト全体をぐるりと見渡して見たのだが、何かがおかしい。お前がここの何を知っているんだ、と言われればその通りなのだが、明らかにおかしい点が一つある。


 明かりが、灯っていない?


 悪いことばかりやっている奴らだ。夜の間は、明かりを灯さないのかもしれないが、あいつらがそこまで慎重な奴らとも思えない。それに、ここまで暗いと、何をするにも不便すぎるだろう。全員寝たっていうなら納得はするけど、さすがにそれは早すぎる。どこの良い子ちゃんだよ。


 もしかして、小屋を襲撃したことがバレて、何もかもを置いて逃げ出したのか? もしそうだとするなら、いい逃げっぷりだと褒める気持ちも出て来るが、まさかな。


「行くか」


 明かりを消しているだけなのか、すでに逃げてしまったのか、どちらにせよ、確認しない事には始まらない。俺は、身体強化の魔法だけを施すと、下に見えている賊のアジトへ向かった。


「おいおい。これは……」


 近くまで行き、まずは身を潜め様子を伺ったのだが、話し声や物音は一つもせず、最初は本当に逃げられたのだと思った。だがそこで、漂ってきた異臭が鼻をついた。嫌な予感がしながらも、俺は身を隠すのをやめ、アジトの中を歩き出した。


 俺がそこで見たものは、死体の山だった。首がなくなっている者、何かに貫かれて体に穴が空いた者、死因は様々だが、生きている者はいないだろう。よく見てみると、獣に引き裂かれたような爪痕まで残っているが、魔物にでも襲われたのだろうか? しかし、それだと食い荒らされた様子がないのは変だ。


「戻るか」


 俺の目的を考えると、これで仕事は終了なのだが、さすがに公爵には言っておいた方が良いだろう。戻るのをためらってはいたが、何か変なものが周辺に潜んでいる可能性はある。俺はそう考え、もと来た道を引き返し始めた。


 坂を登った所で、ノートが捕まっていた小屋の事を思い出した。あそこに縛っておいた奴らはどうなったのだろうか。俺は少し考えた後、念のため見に行く事にした。


「お?」


 俺の想像とは違い、捕まえた奴らは、そのままの状態でそこに座っていた。俺が小屋に入ると、中にいた奴らが俺に気付き、話しかけてきた。


「あ! あんた!」

「聞きたいことがある。下にいたお前らの仲間が全員死んでるんだが、何か知ってるか?」

「何だって!?」

「おいおい、あの話は本当だったのかよ」

「話?」


 話を聞くと、俺が去った後しばらくして、戦闘音と怒鳴り声のようなものが聞こえてきたらしい。下のアジトからは距離があるので、何が起こっているのかよく分からなかったらしいのだが、その音が聞こえなくなった後、二人組の子供が、この小屋に入ってきたそうだ。そいつらは、縛られているこいつらを見ると、下の奴らは全員殺したから、とだけ言って、興味なさそうに小屋を出ていったらしい。


「嘘だろ? あんな話、冗談か何かだと思っていたのに」

「本当だ。全員死んでた。でかい斧の横に、坊主頭のちょび髭が倒れていたんだが、あいつがお前らのボスか?」

「ボスまで!? そんな、馬鹿な……」

「やはりそうだったか」


 二人組の子供なぁ。……しかし、こいつらが殺されなかったという事は、誰でも無差別に、という事ではないようだな。下にいた奴らは、歯向かって来たから殺した、って所か。まあ、話が通じそうな奴らなら、何とかなるか?


「え! ちょっと! どこ行くんだい?」

「帰る。明日になったら、お前らを公爵が捕まえに来ると思うから。じゃあな」

「そんな! 俺達をこんな状況で残して行く気か? あいつらがまた来るかと思うと怖いんだが!? 一緒にいてくれよ! あんたがいりゃあ、俺達も安心だ」

「気持ち悪いな、お前ら。一度見逃して貰ったんだし、多分大丈夫だろ。しっかり縄に繋がれとけ」


 一緒にいてくれと懇願する、気持ち悪い悪党共に手を上げ、俺は小屋を出た。そして、公爵にこの件を報告するため、屋敷に向かっていたのだが、岩石地帯に入った辺りで、人の声がした。


「ねえ、お兄さん。こんな所で何をしているの? ガルル」

「駄目じゃない。夜遅くに出歩いて。この辺りには、こわーい人達がいるのよ? グルル」


 俺が立ち止まり、声のした方に顔を向けると、二人の子供がいた。一人は、高い岩の上に立ってこちらを見降ろしており、もう一人は、その横にある小さな岩に座っていた。こいつらは……。


「よっと」


 岩の上に立っていた奴が飛び降り、座っていたもう一人と共に、俺に近づいて来る。ふりふりと、先程から薄っすらと見えていたそれが、月明かりに照らされて形を露わにした。


「獣人か……」


 獣人。基本的には、魔族領の奥地に住んでいると言われる種族で、人と獣を合わせたような姿をしている。魔族とも人族とも関わりは薄く、森の奥などでひっそりと暮らしているらしい。俺も、本で読んだ知識しか持ち合わせておらず、実物を見るのは初めてだ。


「そうだよ~。ガルル」

「で? お兄さんは、賊のお家なんかに行って、何をしていたの? グルル」


 この二人が、賊を壊滅させたのか。敵か味方かも分からんが、俺が賊のアジトに行っていた事はばれているみたいだな。どうする?


「別に? ただの散歩だ。夜遅くと言うが、大人の時間はこれから始まるんだ。何も問題はない。お前らこそ、まだ子供に見えるが、何してるんだ?」

「大人の時間だって、嫌らしい。僕達は、強いからいーの。ガルル」

「私達は、目障りな奴らを懲らしめに来たの。グルル」

「へぇ。それはお疲れさん。理由を聞いてもいいか?」


 二人は顔を見合わせ、互いに頷くと、また俺の方を向いた。


「僕達は、ある組織に属していているんだけどね? ガルル」

「なぜか、偽物がいっぱい湧いてくるの。だから、そいつらを懲らしめるのが、私達の仕事なの。グルル」


 偽物か。という事は、こいつらアンチェインか? 危険な奴らだが、俺の敵という訳ではないか?


「それでね。お兄さんは、何してたのかなぁ~って? ガルル」

「もしも、あいつらの仲間だって言うのなら……。グルル」

「待て待て。何を隠そう、俺もアンチェインだ。名はエンジという」


 俺の言葉を聞いた二人は、また顔を見合わせると、今度は顔を横に傾けていた。そして、しばらくそのままでいた後、互いに頷き、腰を低く落として俺を睨んできた。……あー、嫌な予感。


「まーた偽物が現れたよ。ガルル」

「お兄さん、今まで見た事ないもの。だから、ね? グルル」

「俺は新入りだからな。お前らが見た事ないというのも当然……って待てや! RUN」


 俺の言葉には耳を傾けず、二人が襲い掛かってきた。すんでの所で、オーバークロックの魔法を使った俺は、何とか、二人の初撃を躱した。怪我こそなかったものの、俺のシャツの腹の部分は切り裂かれ、大きな爪痕が残っていた。


「あっぶねえな! 人の話を最後まで聞けや! 何のためにそんな大層な耳ついてんだ!」

「あれ? 躱されちゃった。ガルル」

「この人、偽物のくせにちょっと強いかも。グルル」


 二人は、通り過ぎた俺の後ろで、顔を見合わせぶつぶつと呟いていた。獣耳がピョコピョコと動いてはいるが、俺の言葉は聞こえていないようだ。もう取っちまえそれ。


「よく聞け? 俺はな……」

「久々に楽しめそうだ。ガルル」

「強い人は好きよ。グルル」

「ガキ共がぁぁ!」


 俺は、耳をもっと使えと言っているのに、こいつらは尻尾をふりふりと嬉しそうに動かすばかりだった。ああ、もういい。俺はガキだろうと女だろうと容赦はしない。そのうざったい尻尾の毛を全部抜いた後、蝶々結びしてやる。


 マジック・マクロ キャパシティインクリーズ MLC RUN――。


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