第104話 公爵令嬢の日記20
フェニクスが魔物達から聞いたという情報を元に向かった先には、ゴツゴツとした岩石が立ち並ぶ、岩石地帯があった。そこからさらに進むと、そこは丘陵になっており、下った先には小さな村が見えた。いや、村というのも少し違う。何かを売っているような店などはなく、テントや簡単に作られた小屋のようなものが並んでいるだけだった。一言で言うなら、少し準備すれば、すぐにでも場所を移す事が出来そうな村、ってな感じだった。
「うわ、あそこに住んでる奴ら、全員が賊って事か?」
あの村が賊のアジトである事は間違いないだろう。情報通りの場所とピッタリ一致するし、普通の村にしては、どこか違和感がある。何より、村を歩いている奴らの中に子供や老人が見当たらないし、見た目からして悪い事をやっていそうな、荒くれ者共ばかりがそこにはいた。ま、見た目で判断するのもどうかと思うのだが。
俺は逸る気持ちを抑え、傾斜になった地面を下る前に、まずは全体をよく見渡してみる。すると、村から離れた位置に、一軒の小屋があった。見張り小屋のようなものか? と思ったのだが、見張り小屋にしては多くの人が群がっているのが見えたので、まずはそちらに向かう事にした。
「混ざりたい奴は入ってこい!」
俺が近くまで行って様子を伺うと、小屋の中から声が聞こえてきた。ニヤニヤと嫌らしく笑う男共が中に入っていくのを見て、嫌な予感がした俺は、俺も混ざりたい奴で~す、という感じで、自然にその集団の中に溶け込んだ。
……。
「お、お前は!?」
「ノート、大丈夫だったか? 今そっちに行ってやる」
「うん! うん!」
俺が混ざっていた事がばれ、俺を中心にして人垣が円形状に割れる。とりあえず、俺に話しかけてきた奴を無視して、俺はノートが座っている方へ歩いて行く。
「それにしても、大変な目にあったな。……おい、そこの気が早い半ケツ野郎、道を開けろ」
「てめえ! 何、のこのこと!」
「どけ」
ノートの一番近くに立っていた、すでにズボンを降ろしかけていた男が手を伸ばしてきたので、俺はその男の顔を掴むと、ノートから少し離れた場所の壁に、思い切り叩きつけた。すでに、オーバークロックを始めとする身体強化魔法は展開済みだ。半ケツの奴なんかには負ける気はしない。俺が叩きつけた男は白目を向き、後頭部から吹き出した血が、壁に痕を引きずりながらその場に崩れた。
「どけって言っただろ? 人の話を聞かない奴だな。あと、汚いケツをノートに見せるな。俺にも見せるな。気分が悪くなるだろうが」
今のやり取りを見て、他にも飛びかかろうとしていた奴らの足が竦んでいた。こいつら程度じゃ、突然、俺が目の前から消えたように見えたかもしれない。どこからか、お前も聞かないだろうが、と小さく聞こえた気はしたが、俺が声の聞こえた方に顔を向けると、その方向にいた奴らが視線を逸した。俺はそれを一瞥すると、またノートに向かって歩いて行く。
「エンジ」
「ちょっとだけ、目瞑ってろ」
「ううん、見てる」
「お前には、刺激が強いかもしれないぞ?」
俺がそう言っても、ノートは頑なに首を横に振っていた。
「見てる、エンジを。私は、あなたをずっと見てる」
「お前はあれだな。レイティング指定なんかを無視するタイプだな。……まあいいや、好きにしろ」
俺はノートを背に隠すと、賊の集団へ視線を投げる。
「ぐ……お前が、何でここに? というより、どうやってこの場所を……」
「さあ? 俺の知り合いの馬鹿は、月の光に導かれるって言ってたけど?」
「ふざけた事を。大体、今はまだ昼だ。月なんて見えねーよ!」
シル、言われてんぞ。まあ、俺もお前の事は、ふざけた奴だと思っているが。
「なら、陽の光かな? 陽の光はいいぞ~。俺が聞いた話では、ビタミンDが生成されるらしくてな、それが体に……」
「どうでもいいわ! ペラペラと喋ってんじゃねえ! 死ねや!」
「RUN」
俺の話を遮り、飛びかかってきた三人の男が燃え上がる。
「ぐわああぁぁ」
「お日様の光を馬鹿にするからそうなるんだ。消してやろう。ウォーターフロウ RUN」
燃え上がった男達が、周りにいた数人を巻き込みながら、入口のドアごと、外に吹っ飛んでいった。
「あ、力の加減を間違えたみたいだ。悪いな」
「おいこいつ……」
「一斉にかかれ。魔法を使う暇を与えるな」
「与えるなって言ったってよぉ、こいつの魔法……」
「つべこべ言わずに行くぞ。このままじゃ、どうせ後でボスにやられちまう」
一人の男がそう言うと、部屋に残っていた奴らの目つきが変わった。
「全員で来るのか? そうなると、俺も生き死には考えてやれないからな?」
「ほざけ。この人数相手にどうする気だ? 死ぬのはお前だ」
「ん~まあいいか。さっさと始めよう。ノートを、いつまでもこんな埃臭い所に置いておけないしな。お前らみたいなのとは違って、こいつは綺麗な水の中でしか生きられない、鮎のような女だからな」
「馬鹿にしやがって。俺達はザリガニかっての! くたばれやぁぁ!」
「あ? お前それは、ザリガニに失礼だろ!」
====================
そこからは一瞬でした。まだ十人近く残っていた賊を、エンジは一人で圧倒し、一人ずつ、時に二、三人まとめて、沈めていきました。強いとは聞いていましたが、実際に見てみると、その凄さに驚きます。危なげなく、そして、私に全く危険を感じさせる事なく敵を倒していくエンジを、私はただ、ぽーっと眺めていました。
「さて」
「痛……放せ! どこを掴んでんだい!」
残ったのか、残したのかは分かりませんが、仲間が倒されてしまったのを見て、逃げようとした女の胸を、エンジは鷲掴みにしていました。
「俺だって、お前のなんて掴みたくはなかった。手を伸ばしたら、丁度ここだったんだ。それより、聞きたい事がある。お前らの仲間ってのは、下に見えている村の奴らで全員か?」
「そうだけど……あんたまさか」
「お前には関係ない。さっきから言ってる、ボスってのは強いのか?」
「は! 強いなんてもんじゃないよ! あんたもそこそこやるようだけど、ボスと戦いでもすれば、五分で死体になるだろうね。なんたって私達のボスは、あのアンチェインに所属してるからね!」
「何だと!?」
そこで初めて、エンジは笑うのをやめ、何かを考えるような表情を見せました。私は、アンチェインなんていう言葉自体、初めて聞きましたが、あんなに強かったエンジが驚くなんて……もしかしたら、敵はもの凄く厄介な相手なんじゃ。
「びびったね? 分かったら放しな! 私達にこんな事をして、ただじゃ済まないよ! ……痛」
「まあ待て、情報が足りん。もっと詳しく教えろ」
エンジがさらに手に力を入れると、賊の女は顔を歪めました。形が大きく変わる程強く握られた胸を見て、痛そうだな、と思う気持ちと、ざまあみろ、という気持ちが半分ずつ湧いてきました。私は自分の胸を見下ろして、少しだけ悲しい気持ちになると、エンジの顔を見ました。……やっぱりエンジも、胸の大きな女の子が、好みなのかな。
「今ならまだ、許してやるよ! 私がボスに直接口利きしてきてやるからさぁ。だから放せ!」
「許す許さないは、こっちのセリフだ。お前らのボスの情報、知ってるだけ話せ。そうすれば、全身ハチミツ塗れにして、森に放置するのはやめてやる」
「あんた、そんな恐ろしい事考えてたのかい!? 分かった! 言うから! だからそれだけはやめとくれ!」
「全部話せよ、全部」
「私も、ボスの仕事を直接見た訳ではないけど……アンチェインの中では、ガチガチの武闘派。ボスに歯向かった奴は、肉片も残らない程粉々にされる事から、仲間内では、ひき肉ミキサーの異名を持っているそうだよ」
「ん?」
エンジは眉を下げ、また何かを考えているようでした。小声でしたけど、仲間内? 異名? と、言っているのが聞こえました。でも、女の話が本当だとすると、本当に恐ろしい相手だわ。エンジが、もしそんな相手と戦おうとしているなら、私は止めたい。エンジの事は信用しているけど、怪我なんてして欲しくないもの……。
「武器は? 後、得意な魔法なんかはあるのか?」
「武器は身の丈ほどもある斧を、自由自在に振り回しているわね。魔法は……使えないって言ってた気がする。まあ、ボスほどの強さであれば、使う必要なんかないけどね」
「はぁ……もういい。何となく分かった。一応聞いておくけど、お前のボスが魔力文書を持ってるのを見た事あるか?」
「ない、ね。その質問の意図が分からないけど、ボスはいつも、自分からアンチェインの仕事に行ってるよ。誰かに言われるまでもなく、自ら仕事を見つけるのが一流だ、って言ってね。さすがはボスだね。私はそれを聞いて惚れたよ」
「……心配して損したな」
賊の女の話を聞き終え、エンジは落胆したような、安心したような顔をすると、女をロープでぐるぐると巻き始めました。
「え、ちょっと! 話したじゃないかい!」
「ハチミツ漬けにはしないさ。でも、お前らは捕まえる。当たり前だろうが」
「そんなぁ……」
エンジは、この小屋にいた全ての賊を、部屋の隅の方に一箇所にまとめて縛ると、私が座っている方へ歩いてきます。薄っすらと笑うエンジを見て、私の鼓動が早くなっていきます。助かった事の安心感からかは分かりませんが、私の顔は笑顔になっていきました。嬉しい気持ちが抑えられません。
「エンジ……」
「待たせたな」
エンジは私の前まで来ると足を止め、私の顔を覗き込むようにしゃがみました。な、何かしら? 近くで顔を見られ、頬の辺りが熱くなっていきます。こんな所で寝かされていたのだし、どこか変な所でもあるのかな? 顔や髪に何かついていないか、確かめたかったのですが、両手は縛られているのでそれも出来ません。私がそわそわとしながらもエンジの顔を見つめていると。
「そうやって、縛られているお前を見ると……」
な、何? エンジは一度、何かを考えるような仕草を見せ、真剣な表情で言いました。
「ノート、出来るだけ悔しそうな表情をして、くっ……殺せって言ってみてくれ」
は?
「何でよ! あなたが来てくれたのだから、私は助かるのよね!?」
「まだ早い。俺は賊の一味かもしれない。言ってみてくれ」
「あそこまで派手にやっといて、今更それは無理があるわよ!」
「世の中には色々な組織があるもんだ。一回、一回だけでいいからさ、頼む。助けてやったんだから、それくらいはいいだろ?」
全く、この男は。どんな状況でも、何も変わらないわね。……ちょっと、期待しちゃったじゃない。まあ、今回は本当に助かったし、意味は分からないけど、エンジが望んでいるなら、それくらいは。
「くっ……何よ!? 殺しなさいよ!」
これでいいんでしょう、これで。早く縄を解いてよね、もう。
「何だか、あまりぐっとこないな? 悔しさが足りないというか、そもそも騎士ではないというか……。俺も、詳しくないので分からんな」
「動機も、理由も、これを言って何が起きたのかも、何もかも全然分からないけど、よく分かってないものをやらせないでよ!」
「何か興奮出来るって聞いてさ。違ったのかな? あ、でも! その道の人に取っては邪道かもしれないが、お前のアドリブはちょっと良かったぞ」
「はぁ。もういい。もう疲れた。早く帰りましょう?」
「そうだな。立てるか?」
「ええ……きゃっ」
「おっと!」
立ち上がり、ふらついてしまった私を、エンジが受け止めてくれました。エンジの暖かい体温を感じて、私はやっと、自分が助かった事を心の底から実感できました。もうしばらく、このままでいたい気持ちもありましたが、ここは敵地。いつまでも、こうしている訳には行きません。
「仕方ねえな、おぶって帰ってやるよ。結構、距離もあるしな」
「別に、私はだいじょう……ううん。やっぱりお願い」
「おう」
私は、怪我もしていないし、歩こうと思えば歩けたのですが、なぜか、この時は、エンジにおぶって貰おうと思いました。もう一度、エンジの体温を感じたかったのかもしれませんし、距離があると言われて、怖気づいたのかもしれません。
「ほら、乗れよ。少し走るかもしれないから、肩にでもしっかり掴まっとけ」
「うん」
でも、そんな理由は、もうどうでも良くなりました。私は、肩には掴まらず、自然とエンジの首に腕を回し、首元に顔をうずめます。
「エンジ、助けてくれてありがとう」
「ん? おう、どういたしまして」
今日だけ……いえ、今だけは、エンジの体温と匂いを感じていたい。私は、そう思っていたのだから。
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