第92話 公爵令嬢の日記8
「悪いが、俺にその趣味はない。諦めてくれ」
「……あ?」
俺は今、屈強な見た目の男三人に呼び出され異世界学園二丁目に来ていた。どことは言わないが二丁目だ。別名、校舎の陰。学園恋愛ものだと必ず一度は出てくる名スポット。
ここで行われる事は、どれも大体同じ。殴り合いの喧嘩、もしくは愛の告白だ。
「何だ、その様子だと愛の告白じゃないみたいだな?」
「当たり前だろうが!」
「ふざけんなよ!?」
「いいえ! それよ!」
――ん?
「お前らは、昨日俺と戦った奴らだな。一体何の用だ? お前らの主人はどうしたよ?」
「はっ。俺達は首になったんだよ! お前のせいでな!」
「……俺のせい?」
話を要約すると、こうだった。
ノート程ではないにしろ、そこそこ名のある生徒の護衛を務めていたこいつらは、昨日の体力テストでも好成績を残していた。
主人も最初は満足気だったらしいのだが、自信のあった自分の護衛を負かした者が気になり調べ出したのだという。
それがどんな優秀な奴かと思えば、そいつは三勝七敗という戦績の雑魚も雑魚。そんな雑魚である俺の情報を知り得たこいつらの主人は憤慨し、こいつらを首にしたのだという。
「そんなお前ら、それは逆恨みだろ?」
「うるせえ! とにかくそういう事なんだよ!」
「職も信頼も失った俺達に明日はねえ! 覚悟しろや!」
「あたしは、あなたの強さに惚れたわ!」
――ん?
「どうしても、やるんだな?」
「ああ、どんな卑怯な手を使ったかは知らねえが、思い知らせてやる」
「失う物は何もねえ。お前をやった後は、あの可愛いお前の主人にも痛い目にあってもらうぜ……へへ。前々から、あのスカした態度が気に入らなかったんだ」
「早く! 早く頂戴!」
人間、追い詰められると何をするか分からんな。一人はズボンを脱いでケツまで向けてきやがる。
まあ、少し時間が立てば、こいつらも頭が冷えるかもしれないが……。
「お前、ノートにも手を出そうとしてんのか?」
「あん? それがどうした?」
「いや……」
予定変更だな。
=====
エンジの姿が見えなくなった後、私は友人二人とどうしよう、どうしようとまごまごしていた。
「やっぱり、誰かに助けを求めに行った方がよいのではないでしょうか」
「そうね。何だか、普通ではなかったもの……ノート様、そうしましょう?」
「そ、そうよね! でも誰に――」
近くにいた友人の護衛二人に顔を向けますが、その二人は下を向いてしまう。
「ごめんなさいノート様。俺、あいつらの一人にだって勝てる気がしません」
「僕も、です。というか、すでに昨日一度ボコボコにされてます」
「情けない……ノート様のピンチなのよ? 正確には、その護衛ですけど」
「先生を呼びに行きませんか? 護衛同士の争いは、体が悪いかもしれませんが」
私は悩む。この学園では、授業以外での護衛同士の争いは禁止となっているのだ。それでも……。
無意識に、エンジに撫でられた髪に触れていた。
「そうね。それがいいわ。うん。そうしましょう!」
「そういう事でしたら、俺が職員室に行ってきます!」
「僕も、この辺りを探してみます! どなたか近くにいらっしゃるかもしれません」
「ええ、お願い。私もこうしてはいられないわ」
しかし、昼休憩も終わりに近付き私達が慌ただしく動き出そうとした頃、ひょこひょことエンジが帰ってくる。
私達がどんなに焦っていたのかも知らず、当の本人は何事もなかったかのような表情。
いつもであれば、皆に心配させて! と怒っていたところだが、この時の私は怒るよりもほっとする気持ちの方が強かった。
「エンジ……?」
「ただいま~。あれ? メシ残ってるじゃねえか。もったいねえな。食わないのか?」
そう言って、返事をする前に、私のお皿からお肉を取って食べていた。
「エンジさん? あの、その、大丈夫でしたか?」
「私達、心配してたんですよ!?」
「え? ああ……何だか怒ってたみたいだけど、真摯に謝ったら許してくれたよ」
「そうだったんですか! 良かった~」
「私達、喧嘩でもしてるんじゃないかって……」
謝った? この男が?
彼らがなぜ怒っていたのかは知らないが、この男がそう簡単に謝るのだろうか?
いえ、あり得ない。私だけでなく、エリエル様にだってあの態度の男が、人に頭を下げるところなんて想像出来ない。
「サンキュ。二人共、よく見たら可愛いね? 今度、俺とどこかへ遊びにいかないか?」
「よく見なくても可愛いでしょう? もう!」
「あはは。あ、やば! もうお昼休憩終わっちゃう!」
「あの、返事は?」
「あ、そうだった! ノート様! 早く行きましょう!」
「おーい、もしもし?」
「ええ。すぐに行くわ」
先に教室へと向かった友人二人を見送った後、料理を摘んでいるエンジに近付く。
「何が、ありましたの?」
「別に何も? 強いて言うなら、青春だな」
「本当に? 戦闘があったとかではないのね?」
「当たり前だろ。人畜無害の塊のような男が、そんな物騒な真似すると思うか? 俺はな、死んだらたんぽぽに生まれたいんだ。誰も何も傷つける事なく、ただ咲き誇りたい。綿毛が耳に入っちまったらごめんな」
「今日のあなた、えらく喋るのね?」
「いつもこんなもんだろ」
「まあ、それは否定しないけど、何だか不自然なのよねぇ」
「何を疑ってるのかは知らんが、いらん気を回さんでいい。何もなかったんだからそれでいいじゃねえか。さ、早く教室に行けよ? 遅刻するぞ?」
「……もう」
私が、気付いていないとでも思ってるのかしら?
男達に連れて行かれるまで右手で持っていたフォークを、今は左手で持っている事に。
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