第84話 土の中
「なり損ねた、メアリーちゃんの恋人に」
「なり損ねた、百人の女を侍らす街の英雄に」
俺ことエンジと鳥の魔物フェニクスは、現在薄暗い土の中にいた。
少しでも何かが違えば今頃は、光に溢れた世界であらゆる欲を満たすことのできる夢のような生活を送っていたかもしれないのに、どうしてこんなことに。
「あいつら、まだ俺達のこと探してんのかな?」
「諦めたんじゃねえか? 俺様、もう一週間以上ここにいる気がするわ。そろそろ飛び方を忘れちまいそうだわ。鳥なのに」
「お前、普段から走ることの方が多いじゃん。鳥なのに」
フェニクスが言うように、俺達がこの狭い土の世界に足を踏み入れてから一週間が過ぎようとしていた。
もちろん、好きでこんな所にいるわけじゃない。ここに来るしか、生き残る術がなかったのだ。
俺は、魔法都市での最後の記憶を呼び起こす――
「……はは! 上手くいった。どうだフェニクス? 俺はやったぞ!」
「ワーイ。ヤッター。エンジクン、スゴイヨ」
魔力を集めるための管を通して、今にも発射されようとしている魔力の塊を花火のような魔法へと書き換えた。
人を殺すための膨大な魔力を、少しずつ小分けにして。
そんな偉業を成し遂げたというのに、隣にいるフェニクスの反応は薄い。
ここからでは花火が見えないため、実感が沸かないのだろうか? それとも、落ちてくる天井やその破片に頭をぶつけすぎて、どこかおかしくなってしまったのか。
「お前、もっと盛り上がれよ」
「エンジよ……」
フェニクスは、かっと真剣な目を俺に向ける。
こいつが真剣な表情をしているときは、大体いつも同じだ。
好みのメス鳥がいたときか、自分に余裕がないとき。今回は、後者かな。
「何嬉しそうにはしゃいでんだ! どこだかの顔も知らない奴らが助かったのはいいけどな、俺様達はどうすんだよ! あれ見ろ! 入り口が完全に塞がれてんじゃねえか!」
「ワー。ドウシヨウ、フェニクスクン」
「おいい! 諦めるな! 虚ろな目をしてんじゃねぇ! 何か考えろ!」
「ん~? そういえばさ、お前はどうやってここに来たんだ?」
「簡単だ。魔物共を倒した後少し道を戻ってよ、直接柱に沿って降りてきたんだ。なんたって、俺様は飛べるからな」
「なるほど。でも、今も絶賛落下中のこの天井があったはずだろ?」
「おお、そうなんだよ。途中までは順調で、こりゃエンジより先に着くんじゃないかとも思っていたんだが、そこには床があった。俺様、エンジを出し抜けなかったことにイラついて、床を足で踏みつけてたんだ。するとどうだ? 床が崩れていくじゃねえか。いや本当、悪いと思ってるよ。この状況は、俺様の強靭すぎる足が招いてしまったんだ」
謝りつつも、どこか誇らしげにフェニクスは語る。お前が踏んづけたくらいで、床が落ちるわけないだろうが……。
正すのも面倒なので、未だ続いているフェニクスの語りには無視をした。
しかし、もう八方塞がりだ。物理的な意味でも。
周囲を諦めの境地で見渡す。
唯一の入り口は、落ちてきた分厚い岩盤ですでに塞がれており、例え破壊して先に進んだとしても、階段が塞がっていないという保証はない。
何より俺自身は、最後までこの場に留まり、魔力を書き換え続けないといけないのだ。
それが終わる頃には、この部屋にはもう歩けるスペースもないかもしれない。そうなれば、自分が生き埋めになるのを黙って待つ他ないだろう。
「あの時の本田君の焦り、絶望、覚悟。俺は今、それを感じている」
「どの時で誰なんだよそれ。今はそんな奴より、俺様達のことだろ! 何とかしろやぁぁぁ!」
俺を落石から守りつつも、フェニクスが翼でバシバシと叩いてくる。
守られているはずなのに、別の要因で傷を負っていく。
しかしそれがきっかけになった。その後もしばらく叩かれ、つつかれしていると、破れたポケットから滑り落ちたマジックファクトリーの設計図。
俺は思い出す。
「あ……そういや」
「何か思いついたか!?」
「もしかしたら、な。マジックファクトリーの設計図を見ててさ、違和感を覚えた場所があったんだが、この部屋のことだったかもしれない」
「違和感?」
「ああ、何か不自然な空間があったんだよ。……あの辺かな? RUN」
片手で管を持ち、空いていたもう片方の手で魔法を放つ。
ちなみに骨折は、回復のエキスパートであるレティによって治療済みだ。
放った魔法が記憶通りの場所、それは床に当たる部分だったのだが、その床に大きな穴を開けた。
「俺はもう大丈夫だ。フェニクス、ちょっと見てきてくれ」
「穴ぁ!」
勢い良く、穴に向かって走っていくフェニクス。
穴の前で立ち止まり中を覗き込もうとした瞬間、フェニクスが立っていた床までもが崩壊し、汚い悲鳴をあげながら落ちていく。
地面にある穴に落ちる鳥なんて、あいつくらいしかいないだろう。
しばらく黙って様子を伺っていると。
「エンジー! 下に降りた所に横穴がある! 先に進めそうだぞ!」
「お前は降りたんじゃない。落ちたんだ! だがよし! 先を少し見といてくれ!」
「ういろう」
本当に何かあったか。
死を覚悟していた俺に、少しの希望が湧いてくる。それなら……。
最後の花火には、少し手を加え打ち出す。
同じタイミングで天井が全て崩壊し、部屋を埋め尽くすように落ちてくる。が、何とか穴に滑り込み難を逃れた。
「あっぶねえな。学生服を着ていたら、裾が挟まれていたかもしれん。しかしここは」
「おーい! エンジ! 生きてるか~? 変なもの見つけたぞ~」
魔法で光を灯し、少し先を行ったフェニクスに追いつくと、そこには石で作られた墓のようなものが。
「これってよぉ」
その墓には文字が彫られていた。
『ツウルへ。これは僕の墓だ。この先どうなるか分からない。だから念のため作っておいた。何だか複雑な気分だけどね』
自分の名前くらい掘っておけよ。
おそらくそれは、ツウルの兄が作ったもの。兄から妹へのメッセージ。
とすると、この横穴はツウルの兄が魔法都市から逃げた時の……。
「俺様たち、生きて帰れるんじゃないか?」
「ああ。五年も帰ってきていない上に、初っ端から自分の墓を作ってはいたようだが、期待はできそうだ」
ツウル。お前の兄ちゃん、生きてるかもしれないぞ――
ここまでが、一週間ほど前の出来事。それからはずっと、穴の中を彷徨い続けている。
どのようにして作ったのかは知らないが、所詮は人工物。
初めの頃は、すぐにどこかから出られるだろうと甘く見積もっていたが、そううまい話はなかった。
穴の中は迷路のように入り組んでおり、追手を巻くためなのか、分岐路には毎回謎の看板が立っていた。
『僕はこっちに行ったよ』
『その道は危険だ』
『ここは行き止まりだよ? 何しているんだい?』
『この先、休憩所。でも、休憩している暇はないんじゃない』
これが、俺達を惑わせている。人を馬鹿にした文面もイラつくが、そこに書かれていることの全てが全て、正しいわけではなかったのだ。
同じような風景に、同じような看板。スタート地点であるツウル兄の墓があった場所に戻ることもしばしば。
魔法があるため、飲水には困らなかったのが救いだが、そろそろ何かを食べないとまずい状況だ。
「エンジィ……魔物ってさ、人間の肉も食うんだよな」
「フェニクス……お前って確か、鳥だったよなぁ」
一時の間、互いの顔を見つめる。
「すみませんでした。水を、水だけでも下さい」
「ああ。俺もどうかしてたようだ。ほらよ」
水流の魔法をフェニクスのクチバシ目掛けて飛ばす。
見ようによっては、魔物を討伐するため攻撃しているかのようだ。
「ガボ、ガボボ。エンビよ、ごんな時ごぞ、楽びいことでも話ぼうぜ」
「よし、魔法都市に帰ったときのことでも話すか。幸せに溢れた未来の話を」
そうだ、幸せな未来を考えよう。ここでフェニクスを食べても、きっと後悔する。
一時の腹を満たすよりも一人でこの暗い洞穴を進む方が、精神的によくない。
俺は自分に、そう言い聞かせる。
「俺様はな、まずメアリーちゃんに会いに行くんだ。まず間違いなく、俺様に惚れている。親鳥も公認の仲となるだろう」
「おお、良いじゃねえか。それから、どうなるんだ?」
「それからは、俺様の子を産んでもらう。バンバン子孫を残してもらうんだ。数は、一万くらいかな?」
「メアリーちゃんって魚だったのか? というより、お前に似た奴がそんだけ生まれたら事件だぞ。まず間違いなく、ギルドに討伐依頼がくると思うが」
「そうなれば、人間共と戦争だ。どちらかがいなくなるまで戦ってやる!」
「新しい魔王が誕生してんじゃねーか!」
「うるせえ! お前こそどうなんだよ!」
「俺か? 俺はな――」
自身に起こるでだろう、未来を想像する。光溢れる魔法都市へと、俺の意識は飛んでいった。
ここは、魔法都市クラフトウィック。馬鹿でマヌケな市長の企みを潰し、さらには多くの人々の命を華麗に救った英雄の住む街。
その英雄は今、新たな市長として街を治めつつ、爽やかな笑顔を振りまき大通りを歩く。
「あ! あれ見て! エンジさんよ!」
「キャー! こんな朝から英雄様を見られるなんて! 今日はついているわね!」
「行きましょう!」
「うん!」
大通りを歩いていると、可愛い女の子達が近付いてくる。
ふっ……今日も今日で、罪な男だな。
「英雄様ー! 今日の私、どうですか!?」
「私だって自信あるんだから! こっちを見て~!」
俺がおはようと挨拶をすると、女の子達は挨拶代わりにスカートをめくり、見せつけてくる。
これが、今の魔法都市で根付いた文化。俺が見せろと言うまでもなく、自分達から下着を晒す。
それはそれで寂しい気持ちもあるが、これはこれでよしだ。
「ん~どれどれ?」
英雄が注目すると、女の子達は頬を赤らめ視線を逸らす。
しかしそれでも、スカートはめくれ上がったままだ。
「よし。君達、今晩私の部屋に来なさい。私の百人目の妻として、君達を迎えよう」
「キャー! やったわ!」
「夜が待ちきれない! あ、ちょっと湿ってきちゃったかも……」
「全く。いけない娘だ――」
どうだ? 意識は薄暗い洞窟の中に戻り、フェニクスの反応をみる。
俺の話を死んだような表情で聞いていたフェニクスは、ぷるぷると体を震わせたかと思うと、カッと目を見開いた。
「新しい暴君が誕生してんじゃねーか! とんでも設定もいい加減にしろ! お前そんなん、あのカールとかいう奴の方が遥かに善人に見えるわ!」
「そうか?」
「そうだよ! 色々おかしいんだよ! 色々おかしすぎて、色々おかしいとしか言えないわ!」
「でも、それは俺からではなく、女の子達が勝手に……」
「滅んじまえ、そんな街! お前にできないようなら、十万となった俺様の軍が滅ぼしてやるわ!」
「お前こそ、メアリーちゃんに無理させすぎだろ」
俺達が起こりうる未来の話をしていると、この洞窟とは一風変わった少し明るい場所が見えてきた。
顔を見合わせると、いてもたってもいられず走り出す。
辿り着いたその先は、地上ではなかったものの今までいたような人口の洞窟ではなく、道の真ん中に水が流れる天然の洞窟らしきもの。
水が流れているということは、出口もあるはず。俺とフェニクスはさらに走り、出口を目指した。
そして遂に、地上に出たのである。
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