第83話 夜に咲く

 魔法都市から少し離れたところに、大きな木が一本植わっている。

 何か嬉しいことでもあったのだろうか、頭上からうるさいほどに聞こえてくる鳥の鳴き声。

 すでに空は暗くなり、通常であれば家に帰り始める時間帯。そんな時間にも関わらず、その木の下には大勢の人が集まっていた。

 彼らは、マジックファクトリーが崩落するかもしれないという市長からの報せを受け、街の外に避難してきた人々。

 何が何やら。事情をわかっている者は誰一人としていないが、街を発展させてきた信頼する市長の言葉を信じ、避難することを決めた。


「一体、何があったのだろうな?」

「さあ? でもまあ、あの市長が言うんだ。俺達は、ここにいた方がいいのだろうさ」

「ま、そうだな」


 確かに今、マジックファクトリーからはごろごろといった音や、不規則に点滅する光が見えている。

 しかし、人々は不安げな顔をしているというよりも、ちょっとしたイベントに参加してるような顔でマジックファクトリーを見ていた。


 ……。


「うぇ。ひぐ。お兄さん」

「姫様」


 少女たちは何とか地上に辿り着いていた。

 マジックファクトリーを出て、少し離れた場所まで歩く。が、少女はそこで座り込んでしまった。


「エンジは帰ってくる! メソメソすんあ!」

「そうだね。帰ってくるよ、あの男は。こんな所で死ぬような奴じゃないさ」

「それも、やぶさかではない」


 しかし皆の思いとは裏腹に、エンジは一向に姿を現さなかった。

 発射時間である一八時は、すぐそこまで迫っている。


「だって、だって……」


 一向に止まる気配を見せないマジックファクトリー。

 魔力光は眩しさを増し、今にも何かが発射されそうな気配を見せている。


「小僧……失敗して、しもうたのか?」

「おい爺さん! 私の夫が、失敗するはずないらろうが! きっとマジックファクトリーを止めてくれうし、もちろん死んでもいねぇ! あまりいい加減なこと言うな!」

「す、すまん。そうじゃのう。あやつなら、きっと……」


 その場にいる全員が、マジックファクトリーを見上げた。

 瞬間、今までにない眩しさが視界を奪い、そして――


 ドン。大きな音と共に、何かが発射されてしまった。

 だがその何かは、どこかに飛んでいくというよりも真上に上げっていく。

 そして、甲高い音を立てたかと思うと、爆発した。


 ぴ~ひゅるるる~、ドン!

 夜の空に、花が咲いた。


「……え?」


 ひゅるるる~、ドン。ひゅるるる~ドン。夜の空に上った魔力の塊は、大きな音を立てながら花を咲かせていく。

 いつの間にか、少女の涙は止まっていた。


「うわ~! きれ~い!」


 母親と父親に挟まれ、手を繋がれていた幼い少女が声をあげる。


「花火?」


 先程まで泣いていた少女だけは、その存在を知っていた。

 あれは花火。たくさんの人を殺すためのものではなく、たくさんの人に笑顔を与えるもの。


「お兄さん……」


 少女の顔に、笑顔が戻る。


「ほれみろ! ぐすっ。きっと、エンジがやっらんだ! あいつはやる時はやる男なんらよ! 何らよあの技術、凄いよ! 本当に……凄い」


 作業服の女は、嬉しさの中に悔しさを見せる。


「絶対、追いついてやうからな……」


 その後も数十分に渡って打ち上がった花火。

 最後に今までにない大きな音を立て、大きな魔力の塊が打ち上がる。

 それは、ひゅるるという音も消えるほど高く打ち上がり、花開いた。


「――お兄さんは生きている。間違いない」

「そうじゃな」

「うん!」

「はは……彼らしいな」

「それも、やぶさかではない」


 最後に花開いた魔力の塊は、文字になっていた。


 『またな』



 ……。



「お母さん! 綺麗だったね!」

「ふふ、そうねぇ。また来年も見にこなくちゃね」

「うん! 絶対行く!」


 今年もまた、夜空に花が咲いた。

 今では魔法都市の誇る一大イベントとなっており、それを見るためだけに様々な場所から人が集う。


「お母さん、最後のあれって何なの? あの、きのこみたいな形の」

「ああ。あれはきのこじゃなくて、傘なの。毎年恒例の伝統みたいなものでね、最後に打ち上げることになっているのよ。名前が書いてあったでしょう? 一本の傘の下に二人の名前。それで二人は仲良しだって意味になるらしいわ」

「ふ~ん。なんだか可愛いね。でも、エンジって誰なの?」

「随分と昔に、魔法のお花を作った天才魔法技師のツウルちゃんて娘がいたの。でね、ツウルちゃんには好きな男の子がいたの。それが、そのエンジ君。エンジ君が遠くにいても自分を見つけられるように、自分を忘れないようにって想いで、あの魔法のお花を作ったんだって」

「何だか素敵~。その二人は、どうなったの?」

「昔のことだから、よくは分からないけど……エンジ君がツウルちゃんを迎えにきたとか、エンジくんを追いかけてツウルちゃんが街を出たとか、色々な噂があるわね」

「へ~。うまくいってたらいいね!」

「ふふ。そういえばお父さんも昔ね、私に宛てたラブレターにあの傘を真似して――」

「ちょ、母さん! その話はやめてくれよ!」

「あはは!」


 魔法都市、クラフトウィック。世界有数の魔法技術を持つ、綺羅びやかな都市。

 各地から優秀な魔法技師が集うこの街には、人々を笑顔にする花が咲いていた。


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