第81話 最深部
四人となってしまった俺達は、下へ下へと降りていく。案内役の市長はもういないが、基本は一本道。
謎解き要素のあるゲームなんかじゃ、一度上へ登ってから下に降りるという意地悪なこともあるかもしれないが、現実的に考えてそれはないだろう。
誰も一言も喋らないまま走り続け、最後に横幅の狭い長い階段を降りると、そこには大きな扉が。
幸いなことにシャッターの件以降はマッドの妨害もなく、順調だと言える道程。
唇を尖らせたレティが、何度かこちらを伺うような視線を向けてきたが無視をした。理由は察しがつくが、今はそんなことをしている暇はない。
「やっと、それっぽい場所に着いたな」
息を整えると、扉に手をかける。
開いた扉の先は、他に出入り口の見当たらない一つの大きな部屋だった。
壁は白く、天井は高い。螺旋階段を降りる際に見えていた円柱形の柱が、高い天井から部屋の中央に真っ直ぐと伸び、そこには機械じかけのコンソールのようなものがあった。
さすがに、キーボードやマウスといったものはついていなかったが。
「あれが……制御装置か」
さらに部屋を見渡すと、その中央にある柱から壁を伝って管が伸び、壁際に等間隔に置いてあるカプセルに繋がっていた。
目を凝らして見ると、中には人がいた。そして今もなお、管を通して魔力が少しずつ柱に向かって流れている。
「壁沿いにあるカプセルの中に、攫われた人達がいる。まずは手分けして解放するぞ!」
「分かった!」
大声を張り上げる。が、攫われた人々を解放しようと俺達が走り出した瞬間、天井からワラワラと蜘蛛の魔物が降ってきた。
地面に降り立ったその魔物はカプセルを前足でつつき、早いものにはヒビが入り始める。
「いかん! 魔物じゃ! 時間がないと言うておるのに!」
「……大丈夫! 数は多いが一匹一匹は大したことない! 蹴散らすぞ!」
数匹の蜘蛛を燃やしながら、後ろにいる皆に声をかける。
その場に留まっていた三人も、すぐに動き出した。
「ぬぅえーい!」
「やぶさかぁ! あー! やぶさかぁ!」
爺さんは何かの拳法の使い手なのか、体一つでバッタバッタと蜘蛛を薙ぎ払っていく。
なぜか上半身はすでにはだけており、その体は筋肉でムキムキだ。
ロックは大きな剣を振り回し、一太刀で数匹もの蜘蛛を切り払っていた。掛け声が気になるところだが、気にしてはいられない。
レティだけは少し離れた所、カプセルから救出した人達に回復魔法をかけ、俺達の降りてきた階段に避難させている。
「よし! 行けるぞ!」
俺も負けじと次のカプセルに向かう。
光で反射して顔は見えないが、その手には花を握っていた。
あの花は、確か病室にあった……。
「ギシャアアア」
向かったカプセルの上に、三匹の蜘蛛が同時に降ってきた。重みでヒビが入る。
足を止めることなく蜘蛛を睨むと、魔法を放った。
「そのカプセルに、手出すんじゃねえ! RUN」
何もさせず、一瞬にして三匹の蜘蛛は燃え上がる。
前足を上げ、もがき苦しむ蜘蛛の間に飛び込むと、中にいた人を抱えてその場から離れる。
やっとだ。やっと……助け出せた!
「ミウ――」
「いやぁ、今のは怖かった。でも、僕は君を信じていたよ。エンジ」
俺の腕の中には、お姫様抱っこされたフェイがいた。
その手に握った花と相まって、とんでもなく気持ち悪い絵面だ。
無言でフェイを地面に落とす。
「イテ。ひどいじゃないか」
「フェイのフェイントうぜえ! お前、なに花なんか握ってんだよ。似合わないんだよ!」
「何となく、お守りに……」
「はあ、まあいいや。全員助けることに変わりはないからな」
「何でちょっと、僕を助けたことを後悔しているんだ……全く君は。でもその分だと、元気になったみたいで良かったよ。僕の方は、見ての通り失敗してしまったんだ。悪かったね」
「いや、いい。それより今急いでるんだ。手貸してくれないか?」
「分かった。少しでも、期待に応えるとしよう。エンジ、助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
人々の救出にフェイが加わる。それを横目で見つつ、一匹、また一匹と蜘蛛を倒していく。
俺が十個目のカプセルから男を助け出した時には、蜘蛛の数はすでに数えられるほどとなっていた。
あとは、残ったカプセルから人々を助けるだけという状況。
一安心すると、他より一回り小さ目のカプセルを見つけそこに向かう。
だが油断してしまっていたのか、俺は近づくそれに気がつかなかった。
今までどこに隠れていたのか、音もなく凄まじい速さで近付いてきたそれは俺の体を突き飛ばし、小さなカプセルの上に跨った。
「ギィィィィ!」
胴体だけで、五メートルはあろうかという化物。鋭い牙と、凶刃な足を持つ女王蜘蛛だった。
上半身を起こすと、そいつが跨ったカプセルの中が見えた。
中にいたのは、必死な顔で何かを叫んでいるミウだった。
「う……ミウ、心配するな。今すぐ、助けてやるからな。……つ」
立ち上がり、違和感のあった左腕を見つめる。ぶらりと垂れ下がった腕は思い通りに動かせず、力が入らない。
骨が、折れたか? しかし、痛いだなんて言ってられない。
目の前では、女王蜘蛛の跨ったカプセルがめきめきと音を立てている。少しでも暴れられたら壊れてしまいそうだ。
あの中には、ミウが。
「エンジ!」
「お兄さん!」
こちらの状況に気付いたレテイ達が声をあげ、近づこうとする。
「来るな! あいつの下には、ミウが入ったカプセルがある! こいつに今暴れられるとまずい!」
「でも……」
「ここは、俺がやる」
――オーバークロック、RUN。こいつには動く暇さえ与えない。
身体強化の魔法を施し、威嚇する女王蜘蛛を睨む。
女王蜘蛛が一歩踏み出したと同時に、思い切り地面を蹴った。
相手が姿を見失うほどの速さで近付いた俺は、宙に女王蜘蛛を蹴り上げる。
「RUN」
一瞬の早業。宙に浮いた女王蜘蛛を地面に落とすことなく、炎の槍で壁に串刺しにする。
「ギ」
「RUN」
さらに数本の炎の槍が突き刺さり、女王蜘蛛は息絶えた。
「……お兄さん、凄い」
「小僧、今の魔法は?」
女王蜘蛛が動かなくなったことを見届けると、ミウのカプセルに近付きそっと取り出した。
ああ、今度こそ……本当に。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん! うぇ~ん」
ミウが胸の中に飛び込んでくる。
背中の方へ倒れ、尻もちをつく。動く右腕でミウの頭を撫でた。
「怖かった! 怖かったよ!」
「遅くなって悪かったな。でも、もう大丈夫。帰ろう」
「違うの! ずっと怖かったし、ずっと泣いてたけど、あのおっきな魔物にお兄ちゃんが突き飛ばされた時の方が怖かった!」
こんな時まで、自分より他人の心配をしていたのか。
「怖がらせてごめんな、ミウ。でも平気だ。俺が、あんな奴に負けるわけないだろ?」
「……うん。うん!」
「でも、あの時は助けてやれなくて悪かったな。絶対に守ってやるって言ってたのに。格好悪かったよな」
ミウは顔を上げ、首を横に振る。
「格好悪かったけど、格好よかった! 諦めてたけど、信じてた! 私は、ずっと一人で寂しかったけど、お兄ちゃんが来てからは幸せだった! ……お兄ちゃんのことは好きだったけど、大好きになった!」
ミウ……。
あべこべな言い回しだが、言いたいことは十分に伝わってきた。ありがとな。
俺が笑顔になったミウの頭を撫でていると、いつの間にやらこちらを見下ろす二人の男女が側にいた。
「あらあら」
「会いたかったよ。ミウ」
「お父さん!? お母さん!」
ミウの両親か? そうか……無事だったんだな。良かった。
飛びついたミウ。ミウの母は笑顔で二人を抱きしめ、ミウとミウの父は泣いていた。
少しの間その光景を見ていると、突然ミウが振り向く。
「ぐす、えへへ。この人はね、私が将来結婚するエンジお兄ちゃん! 私達を助けてくれたのも、お兄ちゃんなんだよ!」
「あら~。そうなの? エンジさん、ありがとうございます。娘のことも宜しくお願いしますね」
「お、おい母さん。俺は、まだ話しについていけていないのだが」
「もう~。いつまでも寝ぼけてちゃ駄目よ? ミウに素敵な人が見つかったって話よ」
「何だって!? え? だって俺が知ってるミウは、まだまだおねしょするような……み、認めないぞ!」
「はは」
両親まで出てこられては、少しバツが悪い。
私と結婚するって言ったよねと、詰め寄るミウに渇いた笑いを見せていると、レティが話しかけてきた。
「お兄さん、そろそろ」
「ああ。あんた達、積もる話もあるだろうが、それはここから出てからにしてくれ」
「え? うん。それは分かったけど、お兄ちゃんはどうするの?」
「俺にはまだやることがある。大丈夫、俺もあとで行くから」
「分かった。待ってるね!」
ミウとその両親が頭を下げつつも、階段を上がっていく。囚われた人達は彼らで最後のはずだ。
見届けた俺達は、部屋の真ん中にある制御装置に向かう。
そして、だんまりとしていた制御装置のスイッチを入れたその時だった。
「ふふ、まさか僕の自信作を倒されるなんてねぇ。いやー、そんな奴が今の魔法都市にいたとは驚きだよ。ふひひ」
制御装置から聞こえてきたのは、マッドの声だった。
ちっ……最後の最後までこいつは。
俺達は周囲を警戒する。
「どちらにせよ、発射を止めることはできない。市長や僕ですら、構造はよく分かっていないからね。でもまあ、念には念をだ。僕の最後のプレゼント、受け取ってくれ。そして存分に楽しんでくれよ! ああ。苦しんでくれ、の間違いだったかな! ふひはは!」
音声がプツンと途切れたのを合図に、上の方から何かが爆発するような大きな音がした。
嫌な予感のした俺達が上を見ると、天井が崩れ落ちていた。
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