第80話 魔法技師として
執務室を出た俺達は、階段を降りていた。何も正規の入り口から入らなかった俺を、受付に連れて行こうってわけではない。
受付のある一階よりもさらに下、マジックファクトリーで働く魔法技師が使う専用の階段を、俺達は下る。
中央には大きな円柱形の柱が下まで貫通しており、階段は外の非常階段同様、その柱をぐるりと巻くように螺旋状に伸びていた。
地面はまだ、目視では確認できない。
「せっかく頑張って登ったのに、今度は降りることになるとはな」
「制御室はこの先にあるのだ。仕方ない。それより、なぜ君は外の階段なんて使って登ってきたんだい? わざわざあんな――」
「だって、俺が普通に入っても騒動が起きるだけだっただろ?」
「ああ……そういうことか。実を言うと、レティ様にかけた犯罪の容疑は、今日のお昼頃には解かれていたんだよ。君は、勘違いをしてしまったんだね」
「お前、そういうことはもっと早く言えよ! もっと広く伝えろよ! 勘違いをしてしまったんだね、じゃねえよ! 何で俺が早とちりしたみたいになってんだ!」
「ごめん。でも、少しは健康になったかもしれないね」
「うるせえ! 俺の健康を害していた本人から言われたくないわ! 見ろこれ、足に筋肉つきすぎて、もう腹と足の区別つかなくなってんぞ! どこからが足なのか分からねえわ!」
「別に、普通に見えるけどな……」
「皮肉だ、馬鹿!」
冗談の通じない市長を相手にしながらも、黙々と階段を降りていく。
しかしこれは、いつになったら着くのだろう。こんな馬鹿でかい建物で、エレベーターがないとか信じられない。
誘拐された人々を下まで運んだ奴ら、相当足腰に自信があるんだな。
順調に下へと降りていると、不意に階段が途切れていた。途切れた階段の先からは横に通路が伸び、いくつかのドアが見える。
中央の柱は、まだまだ下まで続いているようだが……。
「この先は、技師のための簡単な休憩室と、僕だけが入ることのできる秘密の部屋がある。ここより下は、そこを通らないと降りられないんだ。ああ、ちょっと休憩していくかい?」
「しねえよ、馬鹿! こっちは急いでるんだっての!」
「ふふ、冗談だよ。僕も、君のように言ってみたくなってね」
「ここにきて茶目っ気出してんじゃねえよ! 何で今! 何でこんな所で!? 何もかも下手くそなんだよ!」
「そうか……」
何でこいつ落ち込んでんだよ。ちょっと物欲しそうな顔、してんじゃねえよ。
お前以外の顔を見てみろ。皆、イライラしてんじゃねえか。
「このドアか?」
「そう、僕だけが開けることのできる秘密の部屋さ」
そう言って、誇らしげな顔をした市長はポケットから鍵を取り出した。
あのさぁ……秘密の部屋っていうから何かと思えば、お前が鍵を所持していただけかよ!
ここにきて、とんでもなく馬鹿になった市長にイライラする俺達は、今か今かとドアが開くのを待ち、鍵の開く音と共に秘密の部屋とやらに飛び込んだ。
「う~。ぐるる」
「げひゃひゃ」
そこそこの広さのある部屋。入った俺達を待ち構えていたのは、数十匹の魔物。
見たことのない魔物ばかりがそこにはいた。
おそらく、マッドに改造された魔物達だろう。――この数、厄介だな。
「どこが、秘密の部屋?」
「そんな馬鹿な! 僕が朝来たときにはこんな……」
その魔物たちは、威嚇するようにワンワンゲハゲハと吠えていた。
俺は通訳を呼ぶ。
「フェニクス」
「本当に誰か来たようだぜ、ぐへへ。真ん中の貧乏で冴えない男の側にいる、クールで知的かつ世界最高峰のイケメン魔物様は手強そうだが、あとは餌だな。もう腹が減って共食いし始めちまうところだったんだ……と、言っている」
脚色の盛り合わせなんて頼んでいない。それ多分、違う席の方のですよ?
お前な、こいつらそんなに長く喋ってないだろ。
大体クールで知的とか、何で会ったばっかの奴らに分かるんだよ。あと、貧乏で冴えない男ってのは、お前の俺への評価か? フェニクス?
目を細めフェニクスを睨んでいると、そのフェニクスが前に出た。
「先に行けエンジ。俺様、ちょっとやることができたわ」
また可愛い奴でも見つけたのか? と思いつつ、真剣な顔をしたフェニクスの視線を追う。
すると、隅の方で互いを抱きしめながら震える鳥の魔物が二匹いた。
多分に漏れず、クチバシや羽を少しいじられてしまっているようだがあいつらは……。
「後で追いついてこい。下で待ってる」
「はぁん。任せな」
ニヤリと笑ったフェニクスを一人残し、先に進むことを決める。
いいの? といった顔をするレティ達に俺は一つ頷くと、すぐ横にあったドアを魔法で粉々にした。
「ああ! そのドアの鍵も、僕が持ってたのに!」
鍵を手に持ち、シュンと項垂れる男がいた。
「うるせえ! トロ臭いお前の解錠を待っていられるか! 早く行くぞ」
「うん!」
「あ、待ってよ~! 僕を置いてかないで!」
レティ達が先を行く俺に続き、市長が少し遅れてついてくる。
さらに道を進んでいくと、長い廊下に出た。横幅もかなりのもの。
なんだここは? と聞く前に、息を切らした市長が説明をする。
「はあ、はあ。ここはね、シェルターさ。街の住民のためのね。魔族と一戦構えようってのに、何の用意もしていないはずがないだろ? 一発撃って、それで勝負が決まるわけじゃないんだ」
確かにな。こんな勝負を決めかねない兵器、相手が狙ってこないはずがない。
市長は本気で、魔族と戦うつもりだったんだな。
俺が少し感心していると、二十メートル程先にあるシャッターがゆっくりと降り始める。
そしてどこからか、機械で録音されたような音声が。
――ひひははは! 誰が来たかは知らないけど、僕の邪魔はさせないよ~。ここで骨になるまで暮らすんだね! ひゃはは!
「マッド……」
魔物だけではないと思っていたが、くそ! 俺達は走り出す。
シャッターの降りる速度は決して早くない。俺と、隣を並走するレティと爺さん、ロックは間に合いそうだが……しかし。
とにかくはと思いシャッターの先に行き後ろを振り返ると、もう走れないのだろう市長はその場に座り込み、先にいけと手を振っていた。
そしてもう一人。ツウルがなぜか走るのをやめ、シャッターのすぐ側にある機械――おそらくはこのエリアの制御装置であろうもの――を見つめていた。
「ツウル! 何してる!」
俺は、ツウルだけでも抱きかかえて行こうと走り寄る。
しかし伸ばした手は、ツウルを抱きかかえることはなかった。
ニコリと笑ったツウルは、伸ばした俺の手を取り、両手で大事そうに包み込む。
「エンジ、時間がないから……これだけな」
そう言うとツウルは、頬にちゅっと軽いキスをした。
困惑する俺に微笑みかけると、手に何かを握らせ、閉まるシャッターの先へ勢い良く突き飛ばす。
起き上がった時には、すでに人が通れるほどの幅はなかった。
「ツウル!」
シャッターをガンガンと叩くが、頑丈なそれはびくともしない。
魔法でならと思い、試そうとすると、シャッターの向こう側から聞こえてきたツウルの声。
「エンジ、私ね。本当に、エンジの妻になりたくなっちゃった」
「そんなこと言ってる場合かよ! ツウル!」
「ううん。そんなこと、言ってう場合なんだよ。分かうんだ……エンジ、私のこと好きじゃないだろ? 私はエンジが好き。好きになっちゃった。でもね、私はエンジに好きになってもあいたいんだ。私は、エンジに認めらえる女になりたいんだよ」
「それが、今の状況とどう関係するんだよ」
「エンジ、行ったら帰ってこないと駄目なんらよ? このシャッターは私が開けておくから。この中じゃ多分私にしかできないし、私が先に行っても迷惑しかかけあいと思うから。わがまま言ってごめん。でも、これは私の、魔法技師としての仕事らから」
「ツウル……」
「早く行って! エンジに頼まえてたものは、今渡したから! 大丈夫! くっそ頼りない上に犯罪者だけど、市長もいるから!」
「ツウル君、君言うようになったね……はは」
ツウル……。歯を食いしばり、目の前にあるシャッターを見据える。
一度息を吸いゆっくりと手を放すと、気楽な口調を意識して向こう側へと話しかける。
「ツウル、悪いが先に行くぞ。この分厚い壁、開けといてくれよな」
「私が感じる、エンジとの心の壁よりは薄いよ! 任せて!」
それを聞いて、俺は少し顔が綻んだ。
「……いや。そんなこと、ないんじゃないか?」
「え?」
俺達はまた走り出した。マジックファクトリーの深部へ向かって。
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